第二話

 「……おねえちゃん、おねえちゃん」


 ガルドとライの二人が異常無しを確認して森から戻ってきた後に、宴はお開きとなった。流浪の旅団ミーネレ・エラの人々が穏やかな眠りに包まれた頃、時は月が登り切った真夜中の事だった。チェシカは何かに怯えるように縋り付くラーナに揺り起こされ目覚めた。


 「ん……どうしたの?ラーナ。怖い夢でも見たの?」


 「ちがうの、こわいけど夢じゃないの」


 チェシカの布団に潜り込み、ぎゅっと抱き着いてくるラーナ。一人寝をし始めた五、六歳の頃から見る事は無くなっていた夜泣きの様なそれに、チェシカは数年前のラーナを思い出し、ぽんぽん、とあやす様にその背を撫でた。


 ーーラーナの夜泣きの様なこの姿の原因に、チェシカは心当たりがあった。数年前まで毎夜の事だったのだから。


 「声が、聞こえるのね?」


 優しくラーナを抱きしめながら声を掛けるチェシカ。ラーナはきょとり、と金の眼を瞬かせながら不思議そうにチェシカを見上げた。


 「おねえちゃんにも、きこえるの?」


 うるうると潤む瞳は、月明かりの下できらきらと輝き、怯えに未だ揺れているものの強い好奇心の色を映していて、今にも落っこちてしまいそうだ、とチェシカはにっこりと微笑んだ。


 「……ううん。おねえちゃんには聞こえないわ。でもラーナがもっともっと小さかった頃、精霊ドラグ・エラ達の声が聞こえて毎日泣いていたから。知らない声がして怖いって。だから、そうじゃないのかなって思ったのよ」


 そう語って聞かせれば、ラーナはふーん、と首を傾げてチェシカに甘える様にすり寄った。


 「そーなんだ……でも、おねえちゃん。ラーナ、もう精霊ドラグ・エラ達のこえ、知ってるよ。だからいつもはもう怖くないもん。でも……今日のは知らないこえなの。知らないこえ、こわいよ。」


 「そうねぇ……どんな声なのか、おねえちゃんに教えてくれる?」


 うん、と頷いて、ラーナは聞こえてくる声を復習し始めた。その言葉を聞いてチェシカはサッと顔色を変えた。


 「おねえちゃん?」


 急に強く抱きしめられて、ラーナはチェシカの顔を不思議そうに見上げる。チェシカはサッと夜着の上に上掛けを羽織り、ラーナを薄い掛布に包んで抱き上げる。


 「ラーナ、ガルドさんのところに行かなきゃ。今おねえちゃんに教えてくれたこと、ガルドさんにもう一度お話してくれる?」


 「う、うん。ラーナ、お話できるよ。ちゃんと」


 いい子ね、とラーナの頭を撫でて、チェシカはガルドの天幕までラーナを抱えて急いだ。


シンと冷たい夜の空気に急かされているように、チェシカの胸はざわめいていた。



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