第一章 宵に抱かれた子

第一話

 それは、星々ネーテの美しく輝くとある夜の事であった。


 エ・ネーテ皇国での興行を終え、エ・ネーテを含む三国の国境に跨る宵闇の木ウェラージャの森と呼ばれる黒々とした、しかし美しい森で、流浪の旅団ミーネレ・エラは次の目的地である南のイガリア帝国に進路を向けながら、今回のエ・ネーテでの興行の成功の祝いを兼ねた宴と野営を行っていた。


 今回のエ・ネーテ皇国での収益は例年よりも多く、また、一座の中にはこれから向かうイガリア帝国に家族のある者も多いため、夜も遅いというのに宴は未だ大いに盛り上がりを見せていた。


 パチリ、パチリと篝火から火の粉が踊るように赤々と散る。

 一座の面々はそれを囲むようにして皆が楽しそうに食事をし、酒を飲む。楽師は明るい曲を奏でて、地の精霊憑きジュザ・ドラグ・ララの踊り子が花弁を降らせながら可憐に舞う。


 「たのしいね、おねえちゃん」


 そんな様子を目を細めて見ていたチェシカは、満面の笑みを浮かべて駆け寄って来た妹、アルラーナに、同じように笑顔を返した。


 「ふふ、そうね、ラーナ。皆楽しそうだし、私も楽しいわ」


 にっこりと柔らかい笑顔を浮かべて、優しく頭を撫でてくれる姉に、ラーナは堰を切ったように声を弾ませて喋り出す。


 「あのね!エルカは本当にすごいんだよ!おねえちゃん!エルカが踊るとお花がひらひらしてとってもキレイなんだけどねっ!エルカが踊って、ルドが楽器をひくとね、微精霊ムッテ・ドラグ・エラ達がすっごーく嬉しそうにキラキラしてるの!」


 「そうなの、それはきっと、とっても綺麗なんでしょうね」


 「きれいなの!」


 頬を真っ赤にして、小さな全身で感動を伝えようとするラーナは、篝火の前で舞っているエルカのように火の精霊憑きカルエ・ドラグ・ララであり、精霊ドラグ・エラと呼ばれる存在を見る事が出来る。


 残念ながらチェシカは精霊憑きドラグ・ララではないため、精霊ドラグ・エラを見る事は叶わないが、それを知っている小さな妹が、チェシカの為に必死に素晴らしさを伝えてくれようとしている様子を見ているだけで、とても暖かい感情が胸に優しく溢れる。


 チェシカは感情のままにラーナをぎゅっと抱きしめ、腕に包まれたラーナはきゃっきゃと無垢な笑い声が上げた。


 ーーそんな、団欒の中での事だった。


 宵闇の木ウェラージャの葉を大きくざわめかせながら、強い突風が駆け抜けた。篝火が大きく巻き上げられ、火の粉がぶわりと飛び散る。


 瞬間、ぴたり、とそれまで騒がしほどに盛り上がっていた音が止まり、に不安の声が皆の輪の中に広がっていった。


 宵闇の木ウェラージャの森はアイネーラ大陸南方に広がる広大な森であり、流浪の旅団ミーネレ・エラはそのおおよそ中央付近で野営を行っているのだ。宵闇の木ウェラージャは一本一本の幹がとても太い為、細々とした風こそ通るものの、森の深部に位置するこの辺りまで駆け抜けるような強い風が吹く事はない。


 ーー普通の旅人ならばさして気にはしない現象。


 しかし流浪の旅団ミーネレ・エラはその殆どが精霊憑きドラグ・ララである為、些細な異常に対して途轍もなく敏感であった。


 「……落ち着け。」


 皆に不安が漣のように広がっていく中を、獣のように低く芯のある、しかし荒々しさは感じさせない穏やかな声が諌める。ゆっくりと声の主が立ち上がり、ざわめきも鎮まってゆく。


 立ち上がった大柄な男はガルドといい、流浪の旅団ミーネレ・エラを守り、束ねる、旅団の団長である。


 「精霊ドラグ・エラ達も、微精霊ムッテ・ドラグ・エラ達もざわめいているが、警戒はしていない。悪いものではないようだから、皆、気を静めてくれ」


 彼の言葉に、面々はホッとしたように緊張に張り詰めた表情を緩める。ガルドは年齢こそ若いが、その性格や実力から、旅団の人々から絶大な信頼を集めていた。大きな不安も、彼の言葉一つで皆安心することができる。


 「しかし、風の精霊トロネ・エ・ドラグ・エラが起こした風というわけでもないようだ。……俺は少し様子を見てこようと思う。皆は宴を楽しんでいてくれ。……ライは俺と来い。」


 「ハイハイ。俺とガルドで確認してくるから、みんな安心して待っててくれよな。」


 ガルドに呼ばれて立ち上がった紺碧イリルスルの髪の男ーースライフラは、へらっと気の抜けた笑顔でヒラヒラと手を振る。実に軽く見える男だが、旅団の副団長である為にその実力は折り紙つきだ。


 二人の男が篝火を背に、森へと入って行く。それを旅団の人々は心配ながらも幾分か緊張の解けた様子で見送った。


 

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