旅暮らしの精霊憑き
さなぎ うか
序章
プロローグ
それは、なんてことはない、どこにでもいるようなーーそんな不幸な子供だった。
その子供は幼くして一家の大黒柱だった父親を事故で亡くし、父親の死を追うように心を病んだ母親も、あまり時を開けずして死んだ。
母親が死した後は、血の近い親戚は無く、遠戚にあたる家族の間をたらい回しにされ、最終的には臭いものに蓋をするかのように孤児院に放り込まれた。
そんな、どこにでも転がっているような不幸な子供だった。
可哀想に、と良識ある大人達は子供の身の上を哀れんだ。
子供と同じ年頃の子らは、身寄りの無い子供を異端として爪弾きにした。
しかし子供は、可哀想な子として扱われることも、異端として遠巻きにされる事も、なんとも思ってはいなかった。
それは子供の感情が無いだとか、情緒の発達が薄いとか、そんな理由では無い。
ーー子供はただ、不幸に浸り続けられない
年端も行かぬ幼子ではあったが、子供は子供ながらに理解していたのだ。
確かに両親の身に起こった事は不幸だが、自身がひとりぽっちになってしまったのは不幸だが、そんな不幸な出来事は子供にとってどうしようもない済んだ出来事であり、仕方のないことだった、と。
悲しい事はわかる。苦しい事もわかる。だけれど、悲しみに浸り続けて卑屈なままでいる事は出来ない、そんな性分だった。
周りの大人達は言う、なんて可哀想な子なんでしょう。と。
周りの子供達は言う、親がいないなんて変なやつだ。と。
世界の中で子供自身だけが、自分を不幸だとも、変だとも思わずにいた。不幸な子であってくれと願われているような視線の中で、子供自身はそんな不幸を求める理不尽なレッテルを気にもしないで、幸せであろうとした。
けれど、そんな健気な想いが、悪意を呼んでしまった。
不幸を不幸と思っても、そんな不幸に沈まない子供を、面白くないと思う害意があった。
《それ》は、傍目に見れば善良な大人で、不幸な子供の世話を進んでする、良い大人だった。
しかし良い大人なはずの《それ》は、実は善良なわけではなく、不幸な子供を憐れみ優しくしてやる事が好きな、いい人である自分を生き甲斐にしているような、少々歪んだ情念を持っていた。
人ならば誰でも持っているそんな醜い感情を《それ》は、自身の根幹どころか全てといえる程までに肥大させていたような奴だった。
だから、折れない子供を見て、不幸で居続けない子供を見て、子供をへし折ってしまいたくなった。
なんとも醜い感情。歪んだ興味。悍ましい好奇心。それらを一緒くたにしたどす黒い
それらが衝動となって良い大人であった男を動かし、不幸せが、起こった。
雪の散らつく藍色の風の冷たい日だった。
新雪の柔らかい白が積もり始めた公道の上に小さな影が崩折れて、生命の流れ出る色が真白を蝕むように濡らしてゆく。
小さな影を見下ろすように佇むもう一つの大きな影は、鈍色に光る刃を片手に、愉悦に染まり切った悍ましい笑い声を上げていた。
これは、どこにでも転がっている万の不幸の中の、ほんの一つぽっちの、話だ。
不幸な生い立ちの不幸な子供が、狂人に刺し殺された。きっとそんなニュースが全国で流れ、社会に衝撃を与え、しかし時間と共に忘れられてゆく。
子供がいつだか思っていたように、そんな程度の、不幸で、可哀想な話だった。
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