04 孔明(おさななじみ)の罠



「どうしてこうなった」




彼、日城 美来は幼馴染である蒼崎 深空に頼まれ、大学生になってから一度はやってみたかった『合コン』の補欠として、集合場所である駅のすぐ近くにある広場にいた。

では何故、美来が楽しみにしていた合コンで、このような心境に陥ったのか。

その理由は今から数時間前を遡る───





合コン開始一時間前。

合コンの集合時間を間違えたという深空に促され、蒼崎家にあがってから早三十分が経とうというところ。

飲み物を入れてもらい、リビングでくつろぎながらテレビを横目に美来は、自分の格好を見直し、自分なりにファッショチェックをしていた。


トップスは無地の薄い水色のTシャツ。無地な理由としては、あまり柄物が好きではない美来のささやかなこだわりのようなものだ。


上着は半袖の白パーカーを羽織っており、こちらも同じく無地。涼しそうな色合いで合わせてみたが、これがなかなかによく噛み合う。あくまで自然体でというコンセプトでの組み合わせ 。


続いてはボトムス。こちらはシンプルにジーンズ生地のショートパンツ。細くしまっている脚をふんだんにアピールしていて、美来の長所をアピールできている良いコーディネートと言えるだろう。


そして、最後にシューズ。こちらは有名ブランドのハイカットのスニーカー。脚下にボリュームを持たせつつデザインにはこだわりを感じ、こちらも細い脚をより引き立たせる形となっている。


そのままの姿を見るとボーイッシュな女の子にしかみえないが、どうやってもそう見えてしまう以上、それを活かす他はないと考えた美来の試行錯誤の結果だ。

今回のコーディネートは自画自賛に値するなどと自らに自惚れているまである。


だが、そんなことを考えているなどと知る由もない深空は、ソファーでくつろぎながらニヤニヤと笑う美来へ、真剣な眼差しを向け、


「あのさ、美来に頼みがあるんだけど、いいかな?」


と話しかけてきた。

美来は唐突のことに多少驚きながらも、合コンで気持ちが舞い上がってるせいか

「なにさなにさ、今日は機嫌がいいからなんでも聞くよ〜。まあ、なんでもっていっても───」


「いま、なんでもって」


割り込んできた。

しかもいつもの深空からは考えられないほど声のトーンが低い。

彼女から溢れ出る反論は許さんと言わんばかりのオーラに、美来はなにも言い返す事はできなかった。

重い空気ができつつある、それを切り裂くようにその低いトーンのまま、深空は思いも寄らないことを口にした。



「お願い。美来、あなたにしかできないこと。今日一日だけ、女の子になって」


冗談にしか聞こえないこの発言。

だが、そう告げた深空のその顔は真剣そのもので、冗談を言っているようには見えなかった。






お願い(断れない)をされてから、約五分後。

「えっと、話を整理すると……休む友達は女の子で、他の女の子に補欠を頼んだけど、代わり受け入れてくれる子がいなくて、こんな暴挙に出たと……。まあよくよく考えれば、女子から頼まれる助っ人で男なはず、ないよなぁ……」


衝撃のお願い(断れない)をされた美来は事の整理をしながら、今現在自分が置かれている無慈悲なまでの現実を受け入れられずにいた。

そんな美来を見かねたかのように、溜息をつきながら深空は美来の肩に手を乗せ、

「これが現実なの、美来!」

「いやそれ君がいうかな!?」

美来は混乱する頭にさらに追い打ちをかけられ、冷静を保つこともできず、取り乱しながらそう答えた。

正直うますぎる話だったので、自分が乗せられたのも悪いとは思うが、それは別の話。

「コントやね」

にこやかに話す幼馴染にささやかな殺意を向けながら

「もう、散々だよ……バーカ!……あ、あの、服、これで平気かな?」

こうしてまた彼、日城 美来はまたも自分のコンプレックスであるルックスと、幼馴染に仕掛けられた罠にハメられ、またも新たな試練へと足を踏み入れるのである────。




いつまでも過去のことを考えていても仕方がない、と諦め半分に現実へと帰る美来。

腐っても幼馴染である深空のお願い(断れない)を断れなかった時点でこうなる事はわかってはいたものの、悲しいかな、心は正直である。

まだ始まってすらいない合コンだが、美来は早く終わって欲しいの一心で、集合場所で男子の集合を待っていた。

聞くところによると、今回は合計八人での合コンらしく、下手に目立たなければやり過ごせるとのことだった。

美来にとっては救いの一言であり、希望の光のように感じる言葉だった。




定刻を十分程すぎた頃、電車の遅延で遅れた最後の一人の男子が揃い、駅からすぐ近くのカラオケへと向かう道中にそれは起こった。

美来は履き慣れないスカートを履かされたせいもあり、歩き方がとてもではないが不自然な歩き方になっていた。

深空はそんな美来を小声でからかうような表情をしながら、

「美来、超ぎこちない。めっちゃ面白い」

と煽る。

うっさいと美来は小声で返答。

あとで覚えていろよという念を込めたつもりだが、深空には伝わっていないだろう。

普段履くことがないものに慣れろというのも無理な話であるのだが、その白いミニスカートの裾を抑えて会話するその様は、スカートを履きなれていない女の子そのものであり、美来の知らないところで男子達の株は上がっていく。

幸い目的地は近いため、少しの辛抱と美来は自分に言い聞かせながら歩みを再開するのであった。

ちなみに、このスカートは深空が用意したもので、そのままでも充分女の子らしかった美来をさらに女の子へと仕立てている。

その見た目は見るからに美少女であり、他の参加者である女子も


「えー!美来ちゃんかわいいー!」


となる程である。

このかわいいはスカートに慣れていない歩き方をあらわすのか、美来本人にあてられるものなのか、自分の姿にコンプレックスをもつ美来にはよくわからなかったので


「ど、どうも……あまり短いスカートには慣れていなくて、あはははは……」


とだけ返す。

声も女の子の中では普通程度、男子の中ではとても高い方なので、話す喋るの動作に至っても支障はない。

女装をさせるにあたって、これほどの逸材はいないといっても過言ではないだろう。

そんな同性同士(?)の話に花を咲かせながら、目的地である駅から約五分のカラオケに到着した。




用意がいいのか、幹事である男子が部屋を予約してあったため早急に受付は済ませられ、すぐさま部屋へと案内される。

美来たちの部屋は受付から上の階、大部屋の205号室となった。大人数だからこそ許される大部屋であるが、美来は広すぎる空間は好きではなく、モチベーションが更に降下。

もともと高かったモチベーションが一度地のそこまで叩きつけられたのに、またさらに落ちていく感覚に、今にも逃げ出したい感情が押し寄せてくる。

しかし、美来には深空のお願い(断れない)を蔑ろにして逃げ出し、深空の株を下げるようなことはできないため、極力自然に振る舞うことを心に決めるしかなかったのだ。




そうこうしてる間に全員がドリンクバーから飲み物を汲み終わり、主格と思われる男子の促しにより自己紹介がはじまる。

最初は男子からという流れになり、向かって左から順に自己紹介をしていくことになった。ちゃっかり自分が最後になるように立ち回るあたり、あの主格、やるな!?という謎の対抗心を燃やしつつ、美来は耳を傾ける。


「じゃー、俺からっすね!あと遅刻して、サーセン!なんかぁ、遅延してて……って、そうだった、自己紹介!俺、田中 誠でーっす。田中って名字なんか普通じゃないっすか?だから誠とか、まこちんとか、そんな感じで呼んで欲しいっすねー。よろしくぅ!」

うわあ、最初からインパクト強いのきちゃったよ……絶滅してなかったんだな、〜っす男子。ってか遅刻してきたのお前かよ。などと思う美来をよそに、進む自己紹介。

次は隣の真面目そうなインテリ系イケメンだ。


「それじゃ、次は僕かな?僕は三浦 敬人(たかと)。呼び方はどっちでもいいけど、あんまり名字では呼ばれないから下の名前がいいかな。よろしくね」

お、おう、普通やな!と思う一方、こういうのだらけだったらどれだけ楽だろうと思う美来であった。タカトくん量産作戦、ありだと思います。

続いてはオタク活動に性を燃やしていそうな雰囲気を漂わせる青年だ。


「ほんじゃあ次は俺氏でござるな??デュフフ、俺氏は高橋 純平。じゅんじゅんって読んで欲しいでござるよ〜!よろしく!!」

あっ…(察し)

期待を上回るその雰囲気に凍りつく美来。

みんなはこんなバリバリのオタクっぽい話し方、控えめに言って気持ち悪いから、やめようね!

気を取り直して最後は主格の登場である。謎の貫禄を見せるその雰囲気は百戦錬磨の合コンマスターとでも言うかの雰囲気が漂っていた。


「それじゃ、男子は俺が最後か。なんか緊張するな。えーっと、俺は月宮 伊月。少し女の子っぽい名前だから、からかわれたりするんだけど、みんなにはイツキ、イっくんなんて呼ばれてるかな、それじゃ今日はよろしくね」

美来の表情が凍る。彼、もとい今は彼女であるが、先の言葉は美来の前で言ってはいけない言葉だったことは明確、イツキの株は彼の知らないところで大暴落である。

そんな心境を知ってか、隣に座る深空は笑いを堪えるので必死なご様子。

なにわろとんねん?視線に殺意を込めつつ深空を見やるが、何もなかったかのごとくスルー。

そんな無言のやりとりをする中、そんなやりとりなど目に入っていないかのようにイツキは話を進めていく。


「それじゃ、次は女子だね。誰からにしようか?」


間髪入れずに挙手をしたのは一番右端に座る長身の女の子。美少女というよりは美女にあたるであろうルックス、モテそうな雰囲気を醸し出している。

スカートの話題の時に美来にかわいいと言ってきた彼女だが、その時は自分のスカートのことしか頭になかったので、名前すら聞けていなかった。

改めて自己紹介をして貰えるのはありがたい話である。


「はぁーい、じゃ、あたしからね!名前は姫宮、姫宮 花音。呼ばれ方はヒメ、カノン、変じゃなければなんでもいいから、よろしくねっ!」

うわ、ギャルピース。絶滅危惧種だ!美来は珍しいものでも見るかのように感じたが、男子の反応は上々。

やはり彼女のスタイルには惹かれるものがあるのだろう、それは男である美来もよくわかる話である。出るとこ出てて引っ込んでいるところは引っ込んでいる。

どの学校でも一人はいるであろうカリスマ女子の雰囲気を漂わせていた。

そんなことを考えている間に、自己紹介は隣に座る少女に移る。


「もぉ〜、カノンの後にやる身になってよぉ〜。わたし、あんまり特徴ないんだから〜。あ、え〜っとぉ、自己紹介、でしたっけぇ?わたしはぁ、小鳥遊 奏って名前でぇ〜、あだ名?は特にないでぇ〜す。よろしくねぇ」

間延び系美女降臨。スキル遅延されそうだなぁと、某スマフォゲームを思い出す。帰ったらスタミナ消費しないと……などと考える美来をよそに、自己紹介は止まることなく進んでいく。

次は深空の番である。

「あ、順番的に私だよね?えーっと、蒼崎 深空です。呼び方はなんでもいいかな?な、なんか普通でごめんなさい!よろしくね!」

あ、こいつもしかしなくても緊張してるな?と思う美来だが、自分も緊張しているのでそれどころではない。かわいいよ、深空(棒読)

実際この中のメンツでも見劣りすることないルックスの持ち主なのだが、合コンにはあまり慣れていないのか、ぎこちなさがある自己紹介になってしまっている。

そして、ついに美来の出番が来た。

気分を入れ直すために、飲み物を口に含み、飲み干す。炭酸飲料独特のしゅわしゅわといった感覚を感じる余裕は一切ない。

準備を整え、いざ戦場へ……

「あ、あの、日城 美来です!実は合コンって初めてで……、なにを話していいのかさっぱりなんですよね。あははは……えーっと、至らぬところだらけだとは思いますが、なにとぞよろしくお願いします!……ってあれ、硬いかな?」

もしかして、失敗した…!?そう感じた美来だったが、男子からの評価はなかなか上々な様子。

「ミライちゃん、ちょーかーわいぃ!ちょ、連絡先交換しね?ね?」

などという声も聞こえたような気がするが、今は自己紹介が終わった安堵感のせいで何も聞こえないことにしておいた。

今回の合コンで良評価されても困るのだが、これで第一関門突破というところだろう。



自己紹介も終わり、ほっと胸を撫で下ろしている美来だったが、そんな美来を女神は放っておかない。

これからも様々な試練が訪れることを、彼女(彼)は知る由もないのだ





そう、私たちの合コンはこれからだ──!

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私は決してヒロインではない! 霧乃 @kirino00s

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