03 ヒロイン候補がウォーミングアップをはじめたようだ



「夏の太陽が、憎い」



たったいま眠りから冷めた青年、日城 美来は絶賛夏バテ中である

彼はそのぶつけようのない寝起きの悪さを、なんの罪もない太陽に対してぶつけていた。


あの事件からというもの、約一週間が経過していたがこれといった大きな変化もなく、街は平和をとりもどし、事件が起きる前のような平穏な日々が続いていた。


現在8月4日、世は夏休み真っ只中である。

数ヶ月前、都内の大学へと進学した美来だったが、いままで小中高と夏休みが一ヶ月だったことに対し、大学に進学した途端に二ヶ月弱へと休暇が伸びた。

あまつさえ暇だった夏休みがさらに暇になったことにより、夜更かしオンパレード。美来の生活習慣は乱れに乱れ、ただいまの時刻正午ピッタリ。


夏休みということもあり、姉は貯めたバイト代を使い、友人と海外へと旅行。

母親は朝からママ友とお茶会へ。

父親はというと、今日も家族のために稼ぎに出ている。やはり一家の大黒柱ということもあり、夏休みはほんの数日しかないらしい。

美来がこうして不自由なく大学に行けるのは、父親の努力があってこそだと、初めてバイトをした時に身をもって知ったものだ。


それはそうと、自分以外の全員が外出中のいま、家には美来ただ一人しかいない。昼食を済まそうにも、母親は買い物に行くのが好きなため、めったに買い溜めをすることがない。

案の定冷蔵庫には飲料類と梅干しかなく、炊飯器にはスイッチ以前にコンセントすら入っていない状況である。

いまから全て準備するとなっては、昼食といえる時間帯からは大きく外れてしまうだろう。

二度寝などせずに、昼食の支度をするべきだったかと後悔の念に苛まれる。


「今日は昼抜きかなぁ……」


と力なしにボヤいていた、その時






───プルルルル、プルルルル






自宅に一本の電話が入った。

またセールスかな?なんて考えながら受話器を取る。




「───もしもし?あの、蒼崎です。美来さんいらっしゃいますか?」


いま蒼崎と名乗ったのは、美来が幼少期の頃からの付き合いである幼馴染み、蒼崎 深空(あおざき みそら)だった。


「いません、さようなら」


とだけ返し、美来は受話器をそっと元の位置に戻した。


「さて、今日はバイトもないし、ご飯買いに行こう、そうしよう、うんそれがいい。」





ピンポーン





先の電話からほんの数秒。

着替えるために部屋に戻ろうとしたその時、玄関のチャイムが鳴り響いた。突然の来客だが美来は驚かない。

なぜなら


「美来!ちょっと、なんで電話切るのよ!?少し用事があるだけじゃない!」


そう、蒼崎 深空は美来が住む家のすぐ隣の立派な一軒家に住んでいるからだ。

仕方なく玄関の鍵を開ける。

鍵をあけた扉の向こうには、怒りで若干顔が歪み、多少顔が赤くなった幼馴染みの深空の姿があった。

この赤みが、太陽の光のせいであると思いたいがただいま正午。怒りのそれである事は一目瞭然であった。




「まぁ、座って。お茶いれてくるから」


「あ、ごめん。ありがと」


とりあえず美来は家に上がってもらうことにした。流石にこの炎天下の中、家の外に女の子を置きっぱなしにするのは男としてあってはならないと考えたからだ。

飲み物を二人分用意し、席に着く。

美来と深空は机を挟み込み、向かい合う形となって座っていた。

機会をうかがっていたかのように、深空は口を開く


「あの、さ。実は美来にお願いがあるんだけど……」


「あ、却下で」


深空が本題を切り出そうとしたが、美来はそれを許さない。


「は、話くらい最後まで聞いてよ!?」


と深空は反発するがそれはそれ。彼には彼なりの言い分があるのだ。

いつもなら用事がある時、深空は直接家にやってくる。家も近く、親しい友人同士ならそうおかしい話ではない。

だが、そんな彼女が直接出向くわけでもなく、電話で美来に要件を伝えることがある。

その要件というのが美来にとってプラスの話題ではない時がほとんどなのだ。

彼女いわく

「顔を合わせると言いづらい」

という理由らしい。それならば、顔を合わせなくても言うなよ、と思うのがものの道理であるのだが。



嘆息を漏らす美来を他所に、彼女は女性らしい肉付きをした胸を反らしながら人差し指を立てた。

彼女お得意の決めポーズである。少しかわいい。そのポーズのまま、突然の決めポーズで呆気にとられた美来へと問いかける


「あんたさ、合コン行きたいって言ってたよね?」


その瞬間、美来の目の色が変わるのを彼女は見逃さなかった。

すぐさま話を切り替え


「あのさ、この前友達に合コンに誘われたんだけど、それに美来も誘おっかなって思ったんだ……、いやぁでも今日は行きたくないのかぁ、なら仕方ないなぁ、他の人に頼もっかなぁ〜」


「待って、詳しく聞こうか」


それを聞き、こうなることを知っていたかのごとくニヤリと笑った深空に、美来は気づくことができなかった。




話を聞くに深空の誘いはそう悪いものでもなく、要約するに合コンを欠席する人が出たから、その代わりに来て欲しいという簡素なものだった。


ロクな話じゃないと思っていた美来は拍子抜けしたが、それはそれ。

大学生になったからには経験したいランキング(美来調べ)二位にランクインしている、合コンができるのだ。

それはもうテンションが上がり、昼食を食べていないことすらも忘れてしまっていた。


「それじゃ、四時に私の家集合ね。時間、ちゃんと守ってよね!」


と言い残し、深空は家へと戻っていった。






深空が帰ってからすぐに美来は、シャワーを浴び直し、着ていく服を考えたり、自己紹介の文を考えたりするうちに約束の時間はあっという間に訪れた。

帰宅した母親に出掛ける旨を伝え、


「そろそろ時間だよね……えっと、持ち物は……」


持ち物の確認も終わり、深空の家へと向かう。

向かうとはいってもすぐ隣、数十秒で着いてしまう距離だ。

家のチャイムを押すと、すぐに彼女は出てきた。


「ごめんごめん、集合の時間間違えちゃってるのに今気づいてさ、実はまだ時間あるんだよね。だから少し家の中でゆっくりしない?お茶、いれるからさ。ね?」


「えぇ〜仕方ないなぁ。じゃあ、おじゃましまーす」


この時の美来は舞い上がっていて、明らかに不審な深空の行動には気づいていなかった。



「計 画 通 り」



深空の、その不気味に笑う様は悪魔のようだったと、後の美来は語ることとなる。









まさか、あの一本の電話が元凶になって、彼に新たな試練が訪れるなどとは、誰も知る余地もなかったのであった。

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