02 エレファント・マルダシ
「女じゃなくて、男だってのぉッ!」
拳を振りかぶり、怒りの対象である男の顔面へと目掛けて振り下ろす。
たったいま拳を振り下ろした張本人、日城 美来は男である。
その性が男であるがゆえに、女性ですら羨む美しい美貌に悩まされる日々。
すでに彼を男たらしめるモノは外見にはなく、その心のあり方のみ。
彼の立ち振る舞い、仕草からなにから、そのすべては『女』として、男を誘惑するための素材としての権能を持ち、初対面で美来が男であると認識できる人間はほぼ皆無となった。
心以外の全てを女神へと売り渡してしまった、なんていわれてもなんら大袈裟ではないほどに、その魅力は凶悪なまでに研ぎ澄まされている。
外見がこうなっている以上なにかないか心配だという母親の意見もあり、美来は高校まで父親が通っていた空手道場に通わされていた。
そのため、先程放たれた拳は相手の顔面をしっかりと捉え、振り抜くと同時に鮮血を散らすほどであった。
体格が女性そのモノであろうと、格闘技の心得を持ったその一撃は素人のソレとは格が違う。
心得のない者がその拳を顔面に喰らおうものなら、泡を吹いて失神してもおかしくはない。
「イタッ……、ちょっとやりすぎた、かも……?」
あまりの怒りで、フラストレーションぶっちぎりだった美来は、まだなにもしていない件の犯人らしき人間に、手加減なしでその拳を撃ち込んでしまった。
そのため、殴られた犯人らしき男は吹き飛び、彼の掌にはその余波である痛みが音の残響のように響いている始末である。
「えっと、こ、こういう時って救急車と警察どっちをよんだらいいんだろう…?」
本気で殴ってしまったことを、多少なりとも後悔しつつ、悩むこと数十秒。まずは警察に電話をかけることを決め、先日バイト代で新調したばかりのスマートフォンを取り出し慣れない手つきで110番へとコール、耳元へと電話を当てたその時
「どっちも呼ぶ必要なんザァネェよ!」
気づいた時には既に遅い。脚へと縋りつく男の姿が視界を襲った。
そのまま脚を取られバランスを崩し、後ろへと倒れ込む。
その拍子に、美来はスマートフォンを手放してしまい、手を伸ばしても届かない位置へ。
これでは警察に通報どころではなくなってしまった。
「ヒヒッ……もう俺は怒ったぜェ……、ここで全部脱がせて、後悔しながら犯されなッ!」
などといいながら、先の一撃で狂乱した犯人は美来の衣服を脱がせにかかる。
完全に上を取られてしまった美来はなすすべもない。
「いや、本当に男なんだってば!お願いだから信じて……っ!」
と忠告するものの、
「うるせぇ!その見た目で見苦しィッてんだよ!どっからどう見ても女だし、声だって女そのものだろうがッ!?」
頭に血が上った男に、その忠告は届かない。
奴の行動は留まることを知らず、抵抗を試みるものの、馬乗りになられてはどうしよもない。
ついにはワイシャツへと手をかけられ、無惨にもボタンを引きちぎられながら剥ぎ取られる。
「ハッハァ!ブラジャーなしとか誘ってるとしかァ思えねェなァー?肌も綺麗だし、こりャ上玉だァ!」
ブラジャーをつけていないのは、男の通常装備であることに奴は気が付かない。
そのままワイシャツの下に着ていたタンクトップを引き裂かれ、無惨にも顕になる柔肌。
「あっ、ちょ……ッ!?だから、待っ───!」
ここまできたらされるがままである。
ついに奴の手が下半身へと伸び────
「さァさァ、さァさァさァ!一発ぶちかましてやるよォ!」
───その衣服を剥ぎ取った
五分後。
通報者の安否を確認するべく、急いで駆けつけた警察官が目にしたものは、服を剥ぎ取られて泣いている女性らしき人物と、その裸体を見て失神している男の姿だったという。
こうして犯人は無事逮捕。犠牲者も美来が最後ということになり、この街は平穏を取り戻した。
それ以降この事件は、ある勇敢な『女性』が身を徹して逃亡犯を退治した話として、この街で後世に渡り語り継がれることとなるが、その全容を知る人間はそう多くない。
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