私は決してヒロインではない!

霧乃

01 だから私はヒロインじゃない

7月28日 AM03:28


街の光は夜に溶け、人々は眠り、朝の光を待ち続ける。だが彼、日城 美来(ひしろみらい)はまだ夢の手前、冷たいアイスを求めて、夜の街をさまよっていた。


今年は例年より暑いらしく、夜中であろうと暑さは留まることを知らない。

日の出も近く、彼の体を暑さが蝕んでいく感覚が襲う。

「暑い、ヤバイ。ヤバイよ、暑さで独り言まで漏れてきてるし……うぇ」

そんな戯言を吐き捨て、ブツブツと意味のない独り言を唱えながら、汗がじわりじわりとふき出る体を引きずり近所のコンビニへと向かう。




美来は以前通っていた都内の進学校から推薦を貰い、それなりの大学へと進学。

今に至るというわけだが、美来は生まれてこの方、恋人というものができたことがない。

せっかく今日から夏休みに入ったというのに、悲しいことに遊ぶことができるのは男友達ばかり。

大学に通うが好機であるとばかりに

「きっと彼女を作ってみせる!!」

と意気込んではいたが、

「顔は悪くないけど、なんか、ねぇ?」

と幼馴染。

「顔は悪くねぇし、むしろって感じだけど、やっぱ、なぁ?」

と親友。

「こう、顔はいいんだけど……いや、ねぇ?」

と姉。

「顔は愛嬌があるけど、ねぇ」

と母親。

「俺に似れば、多少なりともモテるはずなんだが……ふむ」

と父親。ふむじゃないだろ、おい。

友達には恵まれ、女友達も数える程度にはいる。

原因といえば、多少気にかかる部分はあるにはあるが、満場一致でモテない理由がその同じ理由というのが癪だった。



そんなことを考えている間に、目的地であるコンビニへ到着。

店にはレジに若そうな女性が一人、品出しをしている中年の男性が一人。

このコンビニの常連である美来はもう驚かないが、レジにいる若い女性の方がこの店の店長らしい。

失礼かもしれないが、中年の男性が若そうな女性を店長と呼ぶ様は、多少滑稽に映らなくもない。


そんなことを頭で考えながら、お目当てのアイスのある、雑誌コーナーの奥の冷凍庫へ。

「給料入ったばっかりだし、少しくらい贅沢しても……、あ、これバーゲンダッシのニューフレーバー。これにしよっと」

つい先日バイト代が入って財布の紐が緩んでいたため、比較的高いアイスの新しいフレーバーを一つ。同じメーカーのお気に入りのフレーバーを二つ。清涼飲料水を籠に入れ、そのままレジへ。


ふと会計中、店員の女性が

「そういえばぁ、この前ひったくりとかあったらしいんでぇ、気をつけてくださいねぇ〜」

「え、ああ。最近物騒ですからね。お姉さんこそ気をつけてくださいね?」

男である自分が、女性に心配されるのはどうなんだろうか、とか思わなくもなかったが、口には出さず会計を終える。


「ありがとぅござぃましたぁ」

店を出て一息。

「ちょっと買いすぎた、かも…?」

バイト代をアイスに溶かし、買物をした後の謎の喪失感と戦いながら、美来はその足を帰路へと移した。







家に帰る途中に清涼飲料水を開封し、住宅街を歩いていく。

口に含んだ水は、汗で失った水分を補うかのように染み渡っていく。

この調子だと、帰宅後にもう一度シャワーを浴びなければならないかもしれないだろう。

清涼飲料水の蓋を占め袋に戻したそのとき、ふと先ほど店内でかわされた世間話の内容が頭を掠める。


『そういえばぁ、この前ひったくりとかあったらしいんでぇ、気をつけてくださいねぇー』


ここ数日、この街では夜間の盗難被害や、性的暴行なんてこともあり、治安がいいとは決して言えない状況だった。

被害者は若い女性、お年寄りといった層。犯人は複数犯で、一名は逮捕されたものの、犯人の片割れがまだ悪事を働きながら逃げ回ってるとかなんとか。

あくまでもここ数日のことであり、もう一人の犯人さえ逮捕されればいつもの平穏な街に戻る、といった感じで街の住人も入念に防犯を心がけている。

例を挙げると、空き巣対策に戸締りはしっかりする、貴重品などはあまりたくさん持ち歩かないなど、初歩的なものばかりだが。

そういえば、回覧板で夜ひとりで出歩かないように、なんて事も書いてあった気がした。

現時刻、AM3:59。まだ夜明け前ということもあり、道は暗く街灯がなければ足下もおぼつかない。

そう、いつも犯行が行われるのは、こんな時間帯で────




「おいおい、こんな時間におでかけたァー良くないねェ?」







知ってた



「俺と遊ぼーぜェー?なァー?いいこと教えてあげっから、なァー?」


絡まれた。

噂をすればなんとやら。フラグ回収とはこのことであると言わんばかりである。

最近暑すぎて頭のネジが緩くなっている人間が多くなっているのは知っていたが、ここまで来ると世も末である。



「ほらほら、いいから俺といいことしよーや?なあ、姉̇ち̇ゃ̇ん̇?」



話が戻るようだが、彼がモテない理由の話をしよう。


「はぁ……。」


「なァンだよ、その態度はよ?喧嘩売ってんのか?ブチ犯すぞ、アァ?」


そう、それは───


「あのね、私は」


彼の容姿は、どうみても───


「俺様に口答えしてんじゃ…ってプゲラァッ!?」


「女じゃなくて、男だってのぉッ!」







───女の子、そのものだからだ



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