最終章 こうして僕は勇者になった
戦争は帝国軍の圧倒的勝利で終わった。共和国軍最大のミスは栗塚重蔵の慢心にあった。
絶対自分は殺されない。
強力な軍と優れた施設、強力な魔法に移動都市天宮陸亀と巨象ガーネシアンを従える強敵ではあったが最後の最後で彼は慢心していた。ルールを破ってこの戦いを最後にして攻め込もうと考えているのは栗塚だけではなくルシフェルもそうだった。その事に気付けていたなら、そして零賢が過去の魔王たちよりも優れた頭脳を持っている事を理解できていれば対策を行い勝敗は変わっていたかもしれない。
だが、戦争には勝った。その結果が零賢は帰る権利を手に入れ、共和国は破滅の道をたどる事になる。天宮陸亀は徴収して使える用にシステムを解析。ドーラで使用しているものと同じようにすることはできなかったが、アスタリスクコントローラーの外部コントローラーを見つけることが出来たため主幹である栗塚が死んでも天宮陸亀と巨象ガーネシアンは魔王軍でも動かせるようになった。
制圧に一晩。翌朝までには清掃、探索が完全に終了して天宮陸亀に源十郎四天王軍が在中する形になった。
「おはようございます、零賢様」
いつもと同じように零賢の朝を告げるのはダークエルフの侍女だ。
「おはよう」
零賢はすくっと起き上がり、寝間着から略礼服に着替えた。そして何もない空中に右腕を突き出し、宙を右手で掴んだ。
そこには、栗塚が所有していたマーリンの杖が握られていた。
栗塚が死んだ後、すぐに零賢は栗塚の遺留品を漁り始めた。その中で一番邪魔だった杖に零賢が手を賭けた瞬間、杖は零賢の中に吸い込まれるように消滅した。状況が飲み込めなかった零賢だったが、栗塚の手記、残されたマーリンの研究室などを漁り、観察するうちに色々な事を理解した。
まず、マーリンの杖は誰でも使えるわけではないという事。魔法がほとんど使えなかったマーリンが大地の魔力を吸収して使えるようにしたのがマーリンの杖である、という記述が見つかった。それと同時に所有者システムを有していて、杖が認めた所有者が生きている間は別の人間は杖を使えないようになっている。加えて杖を使えるのは魔力生成量がとある数値以下の人間のみ。魔族や魔法使いには使う事が出来ないらしい。
そして、零賢の魔力生成量は魔力を一時的に与えていたユリウスですら驚くほど少なかった。それが幸いし、死んだ栗塚の杖を持った瞬間に杖に認められて零賢は杖の所有者となった。杖の持つ能力は内蔵されている各種魔法を自由に使える事や、マーリンの研究室とつながっていて所有者の脳内で研究データを閲覧することが出来るというとんでもない機能まで兼ね備えていた。無論、そのことは帝国側には言っていない。
零賢は杖を確認するとすぐに空中に手放して消した。
朝食の前にここ数日間、毎日のように零賢は病室を訪れていた。共和国軍勇者としてこの世界に召喚された友里は、上級士官用の個室をあてがわれていた。終戦直後、ドーラの足元で戦っていた友里はほぼ無傷の状態でドーラ内に搬入された。ユリウスに言わせれば同様の個体は既に捕獲済みだから友里は危険だから殺してもいいんじゃないかと思っていたらしいが、零賢がいる手前、易々と処分できなかったらしい。
友里が搬送された連絡を受けて零賢はすぐにドーラへと戻った。
「ゆ、友里はどうなるんですか」
「出来る限りの事はやるよ。でも、無傷で、というわけにはいかなさそうじゃな」
黒ヤギ先生はあまりいい顔をしなかった。人間と海魔族の融合体。初めての事例である以前に、黒ヤギ先生は人間にメスを入れるのが初めてだと言っていた。
「それと、これを見てほしい」
友里の脳内スキャン画像を黒ヤギ先生から見せられた零賢は、この世界にMRIに相当するものがあるという驚きよりも、大脳と脳幹に直接つないでいるアスタリスクコントローラーの構造を見てショックを受けた。
「これは……無傷で取り出せるんですか?」
「一応出来るが、記憶障害、人格障害が出る可能性がある。君がいいと言うのなら、コントローラーを外す手術をやろう」
友里は鎖でベッドに縛り付けられているが今は鎮静剤でおとなしくなっている。友里の顔を見て、恐怖がよみがえった。肩から首にかけての肉を食われ、多量出血で死にかけた事。ジョージの人間形態を上下真っ二つに切り裂いた事、そして友里の口から聞かされた学校での話。
迷いが零賢の脳内を襲った。
今までの友里を嫌いだったわけではない。どちらかと言えば好きだった。だが、戦場で狂化していたとは言え友里の本性を見ることが出来た。あの状態を見てしまうと、全て綺麗にリセットしたほうがいいのかもしれないと思う反面、今までの、過去十年近くにわたる友里との思い出が消えてしまいそうで零賢はどうも踏み切れないでいた。
そんな時、友里は目を覚ました。
「大丈夫だよ、れーけん」
腕の中では海魔族の触手がうごめき、人形状をなんとか保っている。目を覚ましてもぎらりと光る獲物を見るような赤い目は変わらず健在だった。
「私が、零賢の事を全部忘れちゃっても大丈夫」
捕食者のような恐ろしい笑みではなく、いつもの友里が零賢に見せる少し馬鹿っぽい笑みを浮かべて、友里は零賢を落ち着かせた。
「全部忘れても、きっとまたあなたを好きになるから。そしたら、またいっぱい思い出作ろう? ね、れーけん。脳が忘れても、魂は覚えているから」
友里は魔法による強化と海魔族の融合、アスタリスクコントローラーの装着など正常な思考で理性的な言葉を発することなど無理に近い状態である。それが零賢と言葉を交わし、涙を流し、鎮静剤を撃たれているのにもかかわらず意識を取り戻すという奇跡が零賢の目の前で起きていた。
それを十二分に理解したうえで、零賢は涙を流しながら友里に「ありがとう」と告げて結論を出した。
「アスタリスクコントローラー、外してあげてください」
手術は無事終わり、現在友里は昏睡状態にある。手術は成功で、海魔族の部分を人間の部分から完全に分離することに成功した。ただしいくらか臓器が不足していたのでマーリンの研究施設から持ってきた友里に適合する人工臓器を使い、補っている。
零賢は友里の意識が戻っていない事をわかっていてもノックをしてから入るようにしている。
いつか、「はい、どうぞ」と言ってもらえるかもしれないという淡い期待を持って。
「おはよう。友里。今日の天気は……砂嵐だけど。花、持ってきたから取りかえるね」
日本では見かけない青く花弁の大きい花を花瓶に生ける。
「……今夜、日本に帰るから。友里はこっちから持って帰るもの無いよね。僕は結構あるから荷造りやらないといけないし、それからジョージさんとアルテンシアさん、ルシフェル様にも合わないといけないから。そろそろ行くね」
零賢としては、早いところ日本に帰りたかった。そのためにルシフェルとも交渉し、帰宅期限を本来三十日目のところを二十八日目まで減らしてもらった。
終戦後の宴も終わらせ、戦勝した魔王としての記念銅像を帝国内に建てるための採寸も終わり、アルテンシアとジョージが同席の上でユリウスとの最終面会が待っていた。
「時に零賢。そなたには言わねばならぬことがある。今後、余が日本を攻める場合だ。そなたには日本と帝国との懸け橋になってもらいたい」
「僕にですか?」
ドーラ内部、玉座の間で巨大な大魔皇帝ユリウス・ルシフェルは小さき異世界の零賢に対して優しく語りかけた。
「そなたが居なければ此度の戦は負けていた上に死の風により帝国は壊滅的な被害を受けていた可能性もある。だからこそ、余はそなたを帝国の民として扱おうと思っている」
外交。緩やかな征服。無血終戦。そのような事をやりたいのだろう。だが零賢はきっぱり断った。
「僕は、日本人ですから」
日本人らしい嘘偽りの薄っぺらい笑顔を張り付けてその場をやり過ごした。
来たときは気絶していたためわからなかったが、ドーラの内部にも天宮陸亀と同じように異世界日本からの召喚陣、通称ゲートが設置されている。制服に着替えさせた友里を背負い、それとは別にジョージとアルテンシアからの選別を零賢は渡された。
「中にはいつでも使えるこっちとの通行証が入ってる。まあ、長期休暇とか取れたら来ればいいさ」
「私からは、短剣を。ドワーフ特性の魔鋼鉄という物で作られているいい物です。向こうに行っても使えるのでよかったら」
最後に黒ヤギ先生からは二週間分の友里の薬が渡された液体薬品と注射器のセットである。海魔族が体内にいた影響がまだあるので、それを完全に消し去るものらしい。
「あとこれはわしから。友里ちゃんのお薬じゃ。一日一回、朝食前に注射するんじゃ。やり方は教えた通りじゃぞ」
「皆さん。お世話になりました」
友里を背負ったままじゃお辞儀もできないが零賢は頭だけ軽く下げた。
「それでは、さようなら」
ゲートに一歩足を踏み入れると、別世界が広がる。地面に描かれた魔方陣に入るときは水の中に入るようにスムーズに入るが、全身が入り切ると中で上下が逆転し、頭部側へと引っ張られる。
ゲートの内部構造は非常に簡単である。地球の日本から、アバロニア帝国とユートピア共和国がある星へつながる異星間転送の召喚魔法である。そのためただの召喚ならマイクロ秒ほどしかかからない移動時間が数十分から数時間ほどかかるらしい。そして星間の通信経路は一本。共和国側と帝国側に分岐する箇所があり、ランダムでどちらに行くかが確定する。
「あった」
零賢は移動中、それをみつけた。白い半透明のトンネルだがとなりにもう一本あり、それがだんだんと近づいてくる地点を。地球から見たら分岐している場所を。そこにマーリンの杖でマーカーを付ける。
そこから数十分後、零賢と友里は元々いた日本の高架橋下へと出てきた。
「はぁ……こっちはムシムシするな」
友里を高架橋の壁に立てかけ、零賢はマーリンの杖を召喚陣がうっすらと浮き上がっている場所に突き刺す。魔法を使い、召喚魔法を発動する。
栗塚の手記には、ゲートの閉じ方が書いてあった。ただし理論上の話であるので実際にどうなるかはわからないとの事。
簡単に言えば、ゲート内の分岐点でゲートを切断。帝国と共和国をゲートでつないでしまえばいいと言う話だ。そうすることで術は発動しているので向こうでは異常を検知されない上に再接続が無理になる。こちらからは行こうと思えば行けるという一方的な状況を作る事が出来るらしい。だが、零賢はそれだけでは終わらなかった。日本側の召喚陣の出入り口に蓋を付けた。そうすることで再構築される物体は再構築されず、粒子になって死ぬ事になる。
たった一人での戦い。
供給される魔力は共和国からゲートを通って来るものだけなので、徐々に魔力が枯渇する。それでも零賢は意識を失わないように気を付けながら、そこまで派手ではない魔法に集中力を、体力を、精神力を使った。とても地味な魔法である。アルテンシアならものの数秒でやるような事を零賢は三十分近くかけて行った。
今までならばジョージが守るための盾になり、アルテンシアが補助に回り、黒ヤギ先生が教えてくれた。だが、これは彼らに気付かれてはいけない戦いである。今まで零賢を教え、導いてきた生物は日本を、零賢の祖国を滅ぼそうとする敵である。そのことを強く心に想い、ゲートを塞ぐことだけに集中する。
栗塚は強い人間だった。一人で戦い、一人で共和国を滅ぼし、一人で海魔族を捕らえ、一人で改良を行い、一人で研究を続け、四十年間一人で日本を守っていたのだから。そんな勇者たる栗塚に、零賢は一歩でも近づけただろうか。そんなことを考えていた時、栗塚の顔が脳裏を過った。
『お前は自分の庭を土足で踏み荒らされて気分がいいのか?』
栗塚の言葉がよみがえる。当然、気分は悪い。だから零賢は予防策として高い塀を立てた。栗塚は盗賊と思われる一味を全滅させる事を考えていたが、零賢はそこまでの事をしなかった。
帝国の王、大魔皇帝ユリウス・ルシフェルは零賢が考えていたよりもずっと狡猾でずっと賢く、ずっと帝国の事を考える良き王だと零賢は思った。
だからこの事は誰にも言わず、一人で決行している。
零賢の、一人だけの戦いは終わりを告げた。日本に帰ってきた元第三十七魔王、レーケン・オサカベはこの瞬間、日本を守った勇者、零賢になる事が出来た。
完全にゲートは互いの領地を結び、地球へつながるゲートへは蓋をすることに成功した。
息も切れ切れだった零賢は深呼吸をして落ち着くと、栗塚の携帯電話を取り出して救急車を呼んだ。
二人の高校生が倒れている。至急、救急車を呼んでください。
駆けつけた救急車に乗せられるも片方は意識を戻さず、零賢は記憶を失ったふりをする。警察に効かれても何があったか覚えていない、で突き通す。失踪していた記憶喪失の二人の高校生が出来上がり。向こうから持ってきた荷物は公園のコインロッカーにあらかじめかくして置けば怪しまれることは無い。
そうすることで全てを穏便に済ませることが出来る。
実際、零賢の思惑通りに事は進んだ。友里と共に病院へ搬送され、目が覚めている零賢の下には日替わりで警察が訪れた。零賢と友里は夏休み最後の週を病院で警察と一緒に過ごすという史上最悪の夏休みになっていた。
警察側も一週間が経つ頃には記憶がないならしかたないな、という雰囲気になりはじめて次第に人は来なくなった。
退院してからも、零賢は毎日友里の病室を訪れていた。
個室で眠る友里は、零賢が毎朝刺す薬と点滴で命をつないでいる。
目を覚まさない彼女に対して、零賢は毎日通い続けて話しかけていた。学校の様子。先生の様子。クラスのみんなの見る目。宇宙人にさらわれた説が出てオカルト研究会から引っ張りだこになっていた事。目を覚まさないがきっとどこかで聞いている。零賢はそう信じて友里に語り続けた。
九月に入って月末。
とうとうその日がやってきた。
黒ヤギ先生からもらった薬は既に切れているので、零賢は放課後に友里の下へ寄るようになっていた。加えて警察も来なくなっていたのでゲートの話や向こうでの話をぽつりぽつりとするようになっていた。
「僕はね、ユッコ。小さいころからなりたかった勇者になれたんだよ」
栗塚は本で言っていた。『子供の頃の夢や理想を持ち続けて行動し続ければ私のように夢を現実にする事ができるんですよ』と。理想を持ち続けて行動し続けていたわけではない。しかし、常に正しいことをしようと零賢は務めていた。
その結果が、日本を守るというゲート封鎖。
「日本を悪魔から、大魔皇帝ユリウス・ルシフェルから、アバロニア帝国の侵略から救った勇者なんだよ僕は。……って自分で言うと恥ずかしいな」
零賢は少しはにかみながら友里を見ると、そこにはかわいらしい目をぱっちり開けて零賢を見つめる少女の姿があった。
「ゆ、ユッコ! 目が覚めたんだ」
「えっと……」
慌てる零賢に対して友里はとてもマイペースだった。
「……あなた、お名前は?」
記憶は、すべて消えていた。初対面の人と会った時、人が少しだけ見せる戸惑いの眼を彼女はしていた。もう零賢の知る友里はいない。そのことが彼女の眼からひしひしと伝わってくる。覚悟していた事だが、零賢の眼からは涙が流れ落ちた。
「あ、泣かないで……」
友里は困った顔をしながら起き上がり、しどろもどろする零賢の顔の涙を服の袖で拭った。
「その、勇者さん? わたし、もっと勇者さんのお話し聞きたいです」
純真無垢な友里の眼を見て、零賢は友里の最後の言葉を思い出した。
脳は忘れても、魂は覚えている。
また、思い出を作ろう。
「そうだね」
零賢は啼きだしそうになりながらも、笑みを浮かべた。
「じゃあ、はるか遠い国のお話しだ。ある日突然、魔王様になっちゃった少年の話からしようか」
こうして僕は勇者になった しきみ @Shikimi_nico
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