第364話 義兵(下)

 道々集まってくる農民や商人から無宿人まで義兵として受け入れることを決定したのはいいが、そこからが大変であった。

 彼らを戦力として活用するかはともかくも、加わったからには彼らも立派な王師の一員である。

 自らの生活を守るためであるにせよ、平和を守ろうという正義感からであるにせよ、善意から王師に助力しようと言う彼らではあるが、この間まで生き馬の目を抜く戦国の世を生き抜いてきたたくましい人間である。王師に加わったことで気が大きくなり、どんな厄介ごとを引き起こすかも分からない。例えば道すがら田畑を荒らすとか住民に悪戯をするとか。王師のように厳しい規律に縛られていることを彼らは叩き込まれていないのだ。

 彼らが何か悪事をしでかせば、その責任は全て王である有斗に降りかかってくるということになる。ということは彼らにも王師と同じようにある程度の規律を持たせなければならない。組織を作ってそこに組み入れる必要があるということだ。

「彼らに五人一組の隊伍を組ませて、王師と同じように百人で小隊、千人で旅隊を組ませることにしよう。百人隊長や旅長を王師の中から老練な者を選抜して任命するよう手配して欲しい。戦場での進退させることはとにかく一旦置いておくにしても、行軍や食事などの集団生活だけでも速やかに行うようにしないと」

 なにしろ素人の集団が加わったことで王師の行軍速度が尋常じゃないくらい落ちている。勝手気ままに動く彼らに足を引っ張られているのだ。

 さすがに半舎(約八キロメートル)にまで落ちるということはないが、それでも一日に一舎行軍することができていない。

 それは移動速度の問題だけでないのである。例えば王師の当番兵が彼らに配る分まで多くの食事を作る必要があって余分に時間が取られ、さらには食事を配ったり、彼らの為に宿営地を作るといった作業が増えて、王師が行軍に使える時間が削られているのだ。

 彼らは指示を与えてくれる指揮官がいないためにそれらを王師に頼らざるを得ない状況になっていると言うのが実情だった。

 ならば将軍の指示に従って戦場を自由自在に駆け回るのは一朝一夕には行えないだろうが、食事を作るとか、宿営地を作るとかならば指示を与え時間さえかければ、彼らにだって可能なはずである。

 彼らを戦場に投入するかどうかはともかくも、足を引っ張らせないためにそうすることを決定し、必要な人員を王師の各隊から派遣するように有斗は集まった王師の将軍たちに告げた。

 だが将軍たちは有斗肝煎きもいりの命令に一様に渋い顔を見せた。

「いくら陛下のご命令であっても、そればかりは反対いたします。百人隊長が勤まるほどの人材を部隊から引き抜かれては、軍にとって大きな損失です。そういった人材は代えが利かないのです。これから教団と戦おうというのに、大きな戦力低下は免れません」

 エテオクロスもリュケネもヒュベルもガニメデも口々に反対意見を口に出す。

 決戦を前に熟練の中級指揮官を引き抜かれ、新人をそれに代えて充てるといったことに大きな不安を抱くのであろう。

「だけどこのままじゃ、義兵が足枷になって王師としても思うように動けない」

 有斗のその意見に賛同する顔は無かった。不満顔な彼らを代表して、ベルビオが根本的な解決案を提示する。

「いっそのこと陛下を手助けしたいという彼らの意思はありがたく受け取っておくことにして、彼らにはお引取りを願ったほうが良いんじゃないですかね?」

 もともと当てにしていなかった戦力だ。いてもいなくても何の問題も無い。彼らをばっさりと切り捨てるのだ。

 元々反対意見を表明していた将軍たちは王師の足を引っ張る彼らを見て、そら見たことかと言った表情をしていただけに、その意見に賛同の声を上げる将軍や副官は少なくなかった。そんな彼らに有斗は戦術的には何の役にもたたなそうな彼ら義兵が、戦略的にはこの戦の行く末を左右しかねない重要な存在であると力説した。

「皆忘れているかもしれないが、この戦のきっかけは南部における官吏と住民とのいさかいから発展した戦いだよ。きっかけがきっかけであるだけに僕らは当初から不利な立場に追いやられている。それに地方官の非道に耐えかねてやむなく兵を挙げたと彼らは大きく主張している。その非道を許した朝廷を、地方官を任命した一番の責任者である王を、つまり僕を大きく非難し、弾劾しようとしている。もちろんその背後には教団がいて、これがなんらかの計画的な蜂起であることを僕たちは知っているけれども、民衆はどうかな? 南部から遠くなるほど正しい情報は入らない。特に現場から近くない遠国おんごくの民衆は、この事件を権力者と被権力者との戦いと見てしまって、どちらか正しいかと考えるときに、物事を同じ被権力者である教団側と同じような見方をしてしまうんじゃないかな? 彼らが健闘すると聞くたびに、苦戦すると聞くたびに、心情的に段々彼らの方へと近づいてしまうんじゃないだろうか。そうなれば僕らがこの乱の早期収束に失敗した場合、とても危険な事態が引き起こされる危険性がある。どんなに善政を敷いたとしても、賦役を課し、税を徴する朝廷けんりょくと言う存在は民衆にとって嫌われ者になりがちだよ。南部で素人手段の教団が王師相手に泥沼の戦いを繰り広げていることに勇気付けられ、各地で住民が正義感に駆られて教団に味方し、次々に蜂起したらどうなる?」

 そうすれば王師は四面に敵を受け、一気に苦境に立たされる。賦税を納める者もいなくなり、朝廷は枯れ果て崩壊するだろう。

「義兵となって兵に加わることを望むほど、民衆は陛下の恩寵に深く感謝を捧げています。陛下に逆らう不心得者などこのアメイジアにはおりますまい!」

 そう言ってくれる将軍の心根はとても有難かったが、有斗はその褒詞に有頂天になるわけにはいかなかった。

 とはいえ将軍の言うことは正しいはずだ。有斗は毎日熱心に政務をし、仁政を敷いていると自負している。

 だが、それはあくまで有斗の主観の話だ。政治を行われている民の目線ではない。

「そう思いたいところだけどそうじゃない。だって僕はたかだか数年間しか政治を行ってない。そんな短い時間じゃ、民だって僕のことをいい王様か悪い王様か判別しようが無いよ」

「しかしこうして畿内の民が駆けつけてきてくれているではありませんか」

「確かに畿内や南部の民にとっても僕はまだ治世の浅い王だ。だけれども、それでも四年間政治を行ってきた経歴がある。朝廷の力を大きくすることで、それまで毎月のように行われていた南部や中央での諸侯などの戦いを減らした。汚吏を取り締まり、不正を糾弾した結果、租税も軽くなったという実績がある。彼らが僕に味方してくれてもおかしくない。だけど関西や河東や坂東はどうだい? 彼らにしてみれば朝廷は突然やって来た侵略者に過ぎないんじゃないかな? 王師は戦で田畑を踏み荒らし、親しい人を幾人も殺した。朝廷は豪族から支配権を取り上げ、賦税を課す。あまり喜ばれているとは思えない。しかも新しく来た支配者は余所者だ。遠国なのをいいことに汚職に手を染める官吏が後を絶たない。もちろん取り締まりは行っているが、ラヴィーニアや按察使あぜちも手を焼いているということだ。だから彼らがとても朝廷に良い感情を抱いているとは言えないと思う」

「・・・・・・」

 言われてみればその通りなのである。特に河東はカヒを打ち滅ぼした後、立て続けに叛乱が起きるほどの火薬庫だ。今は大人しく様子を見ているだけの者たちも、なにかきっかけがあれば教団に味方しないとは言い切れない。

「だけどそれを回避する方法がある。義兵の存在だ。権力者側でない彼らを味方に引き入れ共に戦うことを見せることでその他の人々にも、同じ民衆である彼らが王に味方するのだから、王にも正義があると思わせるだけの効果がある。これが彼らをどうしても同行させたい理由だよ」

「確かに・・・確かに! 目先の不利を気にするあまり、我らは大きく大局的に考えることを忘れていたかもしれませんな。これはうっかりしておりました!」

 自身の言葉にガニメデが賛同の声を上げたことに頷きながら、有斗は

「そして王師を一刻も早く前へ進めておきたい理由もある。敵の本隊が合流する前に王師の行く手を阻む敵の別働隊を街道上の要害から排除しておきたい。もし敵の本隊が来た時に要害が敵の手に依然としてある状態では、僕らは打つ手が限られる。どんなに質が劣っていたとしても何十万という数の敵に堅地に拠られては、排除することはかなりの困難を伴うことは歴戦の将軍たちなら理解してくれるものだと思う」

「・・・わかりました」

「それに将軍たちは勘違いしているのではないかと思う。僕は別に現役の百人隊長や旅長を各軍から出せといってるわけじゃないんだ。義兵の彼らを指揮できるだけの能力のある人物を出してくれと言ってるんだ。もちろんそれだって戦力的に下がることは理解しているけれども、それでも現役の百人隊長を引き抜かれるよりは影響が無いと思う」

「分かりました、そういったことであるのならば我々とて協力を惜しむものではありません。なんとかいたしましょう」

「頼む。人数負担の割り振りや義兵の組織、その教育方法などはエテオクロスに一任する」

「はっ!」

 こういうことは人員を一人も出したくない各将軍との交渉力が必要になるし、隊を結成した後も細かい問題点の調整など不測の事態に対処してもらわなければならないから、並みの将軍に任せられない。エテオクロスならば適任だろう。

 めんどくさい役割を押し付けられなかったことを明らかに喜んでいる顔のベルビオなんかに任せたらどんなことになることやら不安で仕方が無い。

 ともかくも明日の朝の出立までには部隊としての形を整え、明日からは少しずつ軍隊としての形を整えていかなければいけない。


 将軍たちが有斗の天幕から下がると、そこまで会議に口を挟まなかったアエネアスが有斗に話しかけた。

「義兵になろうと日々、続々と民が駆けつけてきているみたい。どこまで義兵が増えるか予想がつかないよ」

 王師が南部の叛徒を鎮圧しようと南下を始め、そこに義兵が加わっているという噂が南街道沿いに急速に広がっているらしい。

「有難いことだよ。喜ぶべきことだね」

 有斗が四師の乱で追われたときは味方になってくれる民など一人もいなかった。有斗が南部から攻め上ったときも義兵は起こらなかったのだ。それを考えたら何の恩賞も約束していないにも関わらず手弁当で集まってくれる民に対して有斗は伏し拝みたいほどの気持ちだった。

 そんなことを思って笑みを浮かべる有斗の顔をアエネアスは目を細めて眺める。

「でもその度に補給計画を立て直す官吏たちは大変そうだ」

「まぁ、やってもらうさ。それが彼らの仕事なんだし」

 とはいえ余計な仕事と出費を増やしたことにラヴィーニアが怒らなきゃ良いけど、と有斗は少し心配になった。


 王師はその後、通常行程よりは遅れながらも、敵が先兵を一時期のあいだ進出させていた青野ヶ原に到着する。

 ここから先の山岳地帯には敵がいるという話だった。その日は少し早いが青野ヶ原に布陣して一夜を過ごすことに決めた。

 これからこの先に進み、そこで敵に遭遇したとしても決着がつく前に日が暮れてしまう。それでは何の意味も無い。例え敵に遭遇しなくても、日が落ちるころにはこの細い渓谷の中ほどで周囲を闇に閉ざされて身動きが取れなくなるだろう。そこで急遽、宿営するにしろ、夜間に火をともして先に進むにしろ、それは敵に奇襲してくださいといっているようなもの。

 であるから安全策をとって翌日の移動を期すことにしたのだ。

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