第353話 ふたつの顔

 信徒の一斉蜂起によって巻き起こされた王都の混乱も昼過ぎにはあらかたの処理が完了していた。

 王都の治安、行政を預かる京兆尹けいちょういんの人員だけでなく、武衛の兵まで駆り出して暴徒の鎮圧と火災の制圧に尽力した結果だ。入城を許されない王師の兵も非常事態として王都の門外に駐留し、万が一の事態に備える。といっても大きく燃え広がった火災が二箇所ほどあり、未だ鎮火のために大勢の人間が駆けずり回ってはいたが。

 だが既に鎮火の見通しもついている。これ以上の延焼を防ぐために住宅を打ち壊されることとなった周辺の住民には気の毒なことであるけれども。

「というわけで現時点での死亡者は四百二十八名、行方不明者は約一万五千名ほどとなっております。尚、未だ情報が錯綜さくそうしており、そのうちどのくらいが敵の人間であったかはもっか調査中であります。死亡者のうち羽林は四十三人、金吾は二百七十四名、女官は十九名、官吏も三十五名が犠牲となっており、宮中で起きた重大事件としては史上三番目の犠牲者数を出した怪事となりました。陛下、これは大乱です。入念に計画された王朝転覆を企てたまごうことなき革命、社稷しゃしょくの危機であります。すぐさま全土に陛下の威令を発し、彼らを速やかに討伐しなければなりません!」

 ところがラヴィーニアのその大弁舌にも有斗は気の無い相槌を返すだけだった。

「・・・うん」

 あまりの生返事振りにラヴィーニアは確認を取らずに入られなかったほどだ。

「・・・陛下、聞いておられますか?」

「・・・あ、ああ、もちろん聞いてるよ? で、なにが問題なのかな?」

 慌てて返す返事だけは威勢がいいが、その言葉は何一つラヴィーニアの言ったことを理解していないことを意味していた。

「・・・・・・ふぅ」

 ラヴィーニアはくらくらと頭痛がし、その小さな頭を抱える。肝心の王がこの調子では朝廷としても迅速な動きを取ることが出来ない。

 敵はソラリア教という宗教団体であろうことは諸々の証言からまず疑いないところだった。

 狂信者を抱えた宗教集団が民衆の不満を吸収する過程で時の権力と対立し、反体制集団、すなわち反乱の母体となることはままあることだ。

 とはいえ単なる一宗教団体が起こしたにしてはこの王城炎上事件は規模が大きすぎるようにラヴィーニアには思えた。王城に侵入した敵の中にバアルという元関西王朝の大物がいたこともその懸念を強くしていた。

 ソラリア教の後ろに何かがあるのか、それともラヴィーニアの想像を超える巨大組織なのか。それが分からない以上、慎重にことに対処しないと大変なことになる。全てが終わってしまった後から、あの時こうしていればと悔やんでも仕方が無いのだから。

「陛下、先程からいったい何についてお考えで? よろしければ臣にお話ください」

 仕方がなくラヴィーニアは有斗が先程から考え込んでいることについて話すことにした。

 本当は王でなければ頭を叩きつけてでも注意を喚起し、強引にこの叛乱劇の後始末について相談したいところではあるのだが、肝心の王がこれでは話がまとまるものも纏まりやしない。

 こうなったらまずは王の心を捕らえて放さない問題、それを解決しないことには話が進まないだろうと思い、妥協したのだ。

「ん・・・アリスディアのことなんだけどね。分からないことだらけなんだ」

 やはりそのことか、とラヴィニーアはひとり納得する。普通に考えたら自分の命が狙われたのだから当然であるとも言える。

 だがその口ぶりからは命を狙われた怒りや裏切りに対する悲しみではなく、アリスディアの身を案じる気持ちがにじみ出ていた。

 凡百の王とはここが違うと半ば感心し、半ば呆れた。

 もっとも王としては一個人の身の上や心中についてあれこれ思い悩むよりも、社会の転覆を企んだ集団に対する対策を考えるべきであると同時に思いもしたが。

 しかしりに選ってあの勤勉な尚侍ないしのかみが・・・とはラヴィーニアであってもそう思わせるだけのものはあった。

「例えばどんなところがでしょうか?」

「アリスディアの口ぶりでは教団とやらに取っては僕は生きていては都合が悪いといった口ぶりだった。今まで二回ほど僕が女官に襲われた事件がある。両方とも寸でのところで助かったけど、何か歯車が狂っていれば、命を奪われてもおかしくなかった。あの二つの事件は背後関係が分からず単独犯と言うことになっている。ひょっとしたら、あれも教団が僕を暗殺しようと思って起こした事件ではないかとすら疑ってしまう。だから今まで僕が生きてきたこと自体が不思議だ。僕を殺したいというのならばアリスディアには幾度も殺す機会があった。アリスディアはあの女官たちより僕に容易く近づくことが出来る。僕もまったくの無警戒だよ。それこそ何万回でも僕をあっさりと殺すことが出来るだろう。ならば何故、今まで僕を殺さなかったのだろう?」

「陛下が女官に襲われた二件は単独犯との結論が下されております。教団にとって今までは殺す必要がなかったということでは? 例えば陛下の手でアメイジアを統一させて、それを横からさらうことを考えていたとか。これならば話の筋は通ります」

「それならば今回、僕に飲ませた薬入りのお茶・・・何故毒薬じゃなかったんだろう? あれが睡眠薬じゃなくて猛毒が入っていたら、僕はまず間違いなく死んでいたはずなのに」

「それはあれだよ。やっぱりアリスも陛下のことを殺したいとまでは思わなかったんじゃない? または陛下の身柄を確保して人質にするなり、交渉条件にするつもりだったのかもしれないよ。もし陛下の首に剣を突きつけられたら、こちらとしては大概の要求を呑むしかなくなるもの」

 アエネアスのその言葉は先程口にした部分だけならば、有斗の疑問に対しても確かに十分な説得力を持つ。だがそうであるならば新たな疑問がまた浮かんできてしまうのだ。

「じゃあアリスディアは何故、僕を放置してあの部屋を出て行ったんだろう?」

 利用すべき大切な人質を放置して部屋を出て行くなどありえないことだ。そう指摘するとアエネアスも答えに詰まる。

「ええと・・・何か急用が起きて、どこかに行かなければならなかったとか・・・かな?」

「王の身柄を確保することよりも重要な急用なんてあるかな? 僕に真実を告げた事だって不思議だ。毒を飲ませて死に逝く僕に、勝利者として勝ち誇って言うのならば少しは納得できるけれども、睡眠薬を飲ませただけの相手に手の内をそんなにべらべらしゃべること自体がおかしいよ。それもまるで手品の種明かしをするかのように話すなんて」

 有斗は既に己の中に結論を持っている、それを他人が賛同することで自身の想像が正しいと確認したいだけだと有斗の目的を見抜いたラヴィーニアは有斗にその結論を言うように促した。

「・・・つまり、陛下は何をおっしゃりたいんでしょうか?」

「僕はこう思う。教団にアリスディアは嫌々協力しているんじゃないかな? これならば全部説明がつく」

 有斗がそう言うと、アエネアスがそうだとばかりに手を叩いて有斗を指差し褒め称えた。

「それだよ! アリスがわたしたちを裏切るなんておかしいと思ったんだ! 陛下もたまには鋭いですね!」

 アエネアスの賛同に気を良くした有斗だが、ラヴィーニアはそんな有斗のその説をあっけなく否定する。

「それはありえません。それならば教団が悪事を企んでいることを何故、陛下に正直に告白しなかったのですか? 本人が叛乱に賛同していないというならば、それを行わない理由がありません。そうすればこんなに大勢の犠牲者を出すことはなかった」

「いや、どうしても味方しなきゃいけない理由があるかもしれないじゃないか!」

 あくまでアリスディアを庇いたいといった態度が見え見えの有斗に対し、ラヴィーニアは冷たかった。

「例えば?」

「た・・・例えば親兄弟を人質にとられているとかさ・・・そ、そう、本当は助けて欲しいんだけど、教団に裏切ったことがばれたら人質が殺されてしまう。それを恐れて・・・そう、そうだよ! そうに違いない!!」

「それなら教団にばれぬようにひっそりとことを行えば何の問題もございません。王師の兵を別目的で派兵し、気取られる前に一斉に教団の重要施設を制圧すればそれで教団の野望は砕け散ります。内部から尚侍が手引きすれば、人質だって取り戻せることでしょう。ですが確か尚侍は戦災孤児のはず。親も兄弟もいない。戦災孤児の身の上から後宮の主たる尚侍にまで立身出世した稀代の女人であると有名です。もっともその背後にはソラリア教団というきな臭い後ろ盾があったわけですが・・・つまり陛下の説は前提条件から崩れるわけですよ」

 有斗の考えは愚にもつかぬこと。本当に裏切っていないのならば朝廷に、少なくとも有斗にだけは真実を話しておくのではないか。

 ラヴィーニアはもっぱらその指摘によって有斗の思い違いを正そうとする。

「だ・・・だとすると・・・ええと・・・ア、アリスディアは遠慮深い性格だもの。自分がそんな教団に手を貸していたことを恥じ入って、僕に言い出せなかったんじゃないかな?」

 さすがにそこまで来ると苦しい言い訳であると言った当人である有斗ですら分かっていた。だが有斗はことここに至ってもアリスディアを信じたい気持ちでいっぱいだったのだ。

「陛下が尚侍を信じたいお気持ちはこのラヴィーニアとて分かりますが・・・推測などに頼らず、目の前にある真実だけで物事は判断すべきです。叛乱が起こった。起こしたのはソラリア教団で、陛下に薬を盛った様に尚侍もその叛乱に一枚噛んでいた。狙いは陛下の命、そして王を頭とするこの支配体制そのものの革命。それが事実、それだけが真実です。真実と向き合ってください陛下、今はひとりの人間についてどうこう考えている場合ではございませぬ。それともアメイジアを再び戦国の世に戻すおつもりですか?」

「もちろん、僕は戦国を終わらせることだけを考えて戦ってきたんだ。そんなことは何があろうと許さない。許されるはずも無い」

「陛下、ならば尚侍のことはお諦めください。教団は陛下をしいし、再びアメイジアの民を戦国乱世の地獄に叩き落そうとしたことは紛れも無い事実です。尚侍はそれを陛下に告げなかった。隠していた。どんな理由があろうとも許されざる罪です」

 ラヴィーニアはそう言って有斗に深々と腰を折って拝礼する。

 だがそれは理では分かっていても、有斗にとって感情では納得できないことだった。


 影はいつもの如く集う。だがそれは互いの顔色さえ確認できないいつもの暗がりでは無く、陽の光の入る窓が設置された普通の部屋内である。

 いつも彼らが集っていた場所、王都のソラリア教団の畿内総支部の地下室ではなく、そこから遥か離れた場所に前もって確保していた森の中の拠点に隠れていた。

 彼らは蜂起が失敗した以上、早晩探索の手が伸びてくるであろう王都の総支部など表立った拠点は放棄することで損害を減らそうと考えたのだ。警戒厳しい王都から、彼らがいち早く逃げ出せたのは、王都の地下に何本かの地下道を前もって掘り巡らしていたからである。全ては計画通りに進んでいた。

「とんだ茶番だったわ。これまで苦労に苦労を重ねて朝廷に忍び込ませていた手駒を使い果たしたにもかかわらず、たった一人の男を殺せないなんて。実行部隊の指揮官が無能だったんじゃないの?」

 組織として全力をもって当たった作戦が失敗したというのに、見るからに上機嫌にその失敗をあげつらうのは、見たところ三十弱の妖艶な黒髪の女だった。集団指導体制の教団の六柱のひとりメッサである。

 彼女はそれまで握っていた関西朝廷との交渉窓口としての役割も無くし、関西教徒の主導的地位も後進であるガルバに奪われそうになっていただけに、今回の王暗殺計画において実戦部隊の指揮を執ったガルバが失敗したことが痛快でならないのだ。

「申し訳ない。万全を期した計画だったのですが、最初の襲撃部隊が王を殺害することができずに逃げられた後、その居所が全くつかめずに打ち洩らしました。完全に各門を掌握し、後宮内での人数では我らが多数、包囲は万全だと思っていたのですが・・・どこに手抜かりがあったのやら」

 そう言ったのは四十がらみの中年の少し小太りの男。陽に焼け、いかにも商人といった作った笑みをいつもその顔に絶やさない男である。

 だがその目の奥には肉食獣のような獰猛な瞳が鈍く光っている男だ。河東、南海を担当する教団の六柱の一人、ガルバであった。

 ガルバはちらりと正面で済ました顔で座っている女に目をくれる。その女がガルバの厳しい視線にも一切、心を動かした様子を見せないのを確認して、ガルバは再び言い訳がましく弁明を続ける。

「それにまさか王女が関西の復興を望まぬとは思いもよりませんでした。いやはやあの冴えない外見とは裏腹に既に王女までも篭絡していたとは・・・人は全く見かけだけでは判断できませぬな。それともさすがは天与の人といったところですか」

「その言葉は口にするな。我らが教義には天与の人などと言う詐欺じみた幻想は存在し得ない」

 ガルバを不快な口調でとがめるのはこの六人の間で常に主導的立場にいた男だ。名をイロスと言う。

 外見は二十代後半といった外貌のいかにも怜悧な官吏といった優男だ。教団始まって以来の秀才で、もし科挙を受験したら状元じょうげん間違いなしと言われたほどの男である。もっとも肝心の科挙が十二年行われなかった間に先代の教主が後継者を決めずに逝去してしまったことで、存続すら危ぶまれた教団の運営に携わらねばならなくなったために、科挙を受けることは結局適わなかったが。

 だが科挙を諦めさせただけのことはあったと言うべきであろう。教団の理論武装化、組織化を推し進め、拡大路線へとさらに舵を切らせた。またソラリア教の初代教主崩御時に教団内部の権力争いから分派したソラリア教アンミアヌス派から教徒を切り崩した上で、最終的に再統合にまで持ち込むなど、ソラリア教団の拡大に大いに貢献することとなった。

 その弁知は他の宗教関係者からも大いに恐れられている男であった。

「おっと、これは確かに・・・失礼いたしました」

「だがその中でもそなたはよくやった。何より王城に潜入させる部隊にバルカやデウカリオらを加えたのはよい働きだ。戦場で王と剣を交えることがあっても、それは兵家の常、咎むるところではない。だが平時に王の首を狙ったともなれば、それは許されざる大罪。彼らは王の命を狙った大罪人と言うことになろう。これで彼らは彼らの望みをかなえるためだけでなく、彼らが生きていくためにも我らを裏切ろうにも裏切ることの出来ない立場になったのだ。これからの朝廷との戦いにおいて何よりもの戦力になるであろう。それに王女がこちらになびかなかったのはそなたの責任ではない」

「まさにそのとおり。失敗を最小限にとどめたことは大きい。大事な兵や官吏が務まるほどの有為の才を全て失わなかったことこそ喜ぶべきことだ。教国を作るときには彼らの力が是非とも必要だからな」

 そう発言したのはベリサリウス。口とあごに見事なひげを蓄えている背の高い体格の立派な男だ。六柱の一人、東北と越を担当する男である。

 彼は能天気なわけでも、強がりを言っているわけでもない。教団の実力を考えれば、手間が多少増えるだけで勝利は間違いないと思っていたからそう述べたまでだった。

 ベリサリウスの言葉にイロスは重々しくうなずく。

「それに王の暗殺は計画の一つに過ぎぬ。もちろんそれが一番手っ取り早い解決方法であったことは間違いないが、失敗したからと言って悲嘆に暮れる必要はまったく無い。計画通りに全土で挙兵して朝廷の手足をもぎ取り、各地から一斉に王都に攻め上るだけだ。その為の準備は既に終えている。各自にはこれから各地に散って信徒を纏め上げて挙兵してもらうことになるぞ」

 イロスの言葉に一同が重々しくうなずいた。

 いくら王都から離れたといっても油断は出来ない。今も追討の兵が街道を走り抜けているのかもしれないのだ。早く朝廷の勢力圏から出るのに越したことは無い。それに教団幹部が一同に同じ場所いては、何かあったら組織として終わってしまう。

 ならばいつものように纏めに入ろうとしたイロスにメッサが手を上げて発言許可を願った。

「でさ、ひとついい? 疑問があるんだけどさ」

「メッサ、何かね?」

 メッサは先程から一言も発せずに取り澄ました顔で座っている女に指を向けて訊ねた。

「そもそもこんなに大規模なことを起こす必要があったのか私は疑問なのさ。あんたがその気になれば油断している王の背中に短剣を突き立てることも、食事に毒を入れることも可能だったはずだよ? なにせあんたは後宮で誰よりも王に近侍する女官の長だったのだから。何故、それをしなかった? アリスディア?」

 メッサが指差した女こそ、後宮から姿を消した尚侍ないしのかみアリスディアだった。いや、尚侍と呼ぶべきではないかもしれない。六柱の一人、畿内と朝廷工作を担当する女、それがアリスディアの有斗の知らないもう一つの顔だった。

 アリスディアはメッサの糾弾にもまったくひるむことはない。

「王は強運の持ち主です。それに毎日剣の稽古をなさるほど剣術にも熟知しておられます。女の細腕ではとてもとても・・・・・・現に二回ほど襲われましたが、二回とも見事に退けておられますよ。ああ、そういえばそのうちの一回、鹿沢城でわたくしの承諾なしに勝手に行動を起こされたのは貴女の部下ではありませんでしたか? おかしいですね、貴女のお言葉が正しいとするならば、彼女は何故失敗したのでしょうね? それに毒といいますが、王の食事は必ずお毒見役を通してから召し上がることになっております。尚侍であっても調理場に入ることも膳を運ぶことも出来ないのが後宮のしきたりなのです。無茶を言われても困ります」

「まさかとは思うけど・・・わざと王を見逃したって事はないよね? もしくは実は我々を裏切って、この計画を王に告げ口したとか」

「それは俺も聞きたいと思っていた」

 ガルバも横から口を挟む。

 不意を突いての奇襲だ。王を見失いさえしなければ失敗に終わるわけなどなかった、と計画立案者であるガルバは今でも思っている。

 確かに最初に王を襲った金吾の兵たちの襲撃は失敗に終わった。だがその時、教団は王の私室を囲む諸門をほぼ完全に制圧し、確保していた。そうでない門にも実は教団側の金吾の兵はおり、わざと叛乱に加わらせないで王が後宮より出て行かないか確認させていたのだ。万が一出て行こうとしたら彼らの手で王を刺す手筈になっていた。

 ガルバたちが王の私室前で手練てだれの剣士二人を退けた後でも、全ての情報を総合した結果、まだ門外に王を逃したということはありえなかった。

 つまりあの時は、教団側の金吾や羽林の兵に、後宮に通じる秘密の抜け穴から突入させたバアルたち精鋭五十人を加えた教団側が圧倒的優位な状態に立っていたということでもある。しかも彼らの手にはアリスディアから貰った絵図面もあった。王が逃げた方向も分かっていた以上、その彼らの目に王が見つからぬはずが無いのだ。

 彼らが王師や羽林の兵に押されて撤退するのはそれからさらに半刻以上後だ。時間はたっぷりあった。つまり何かが彼らの視界を塞いで王の姿を隠したということだ。

 ガルバはアリスディアが王にあらかじめ襲撃があると告げていたのではないかと疑っていたのだ。

 その二人の険しい視線にもアリスディアは平然とした表情を浮かべたまま理路整然と反論する。

「もし事前に王がこの襲撃計画を知っていたとするならば、王城に突入した多くの教徒が死んでいなければおかしいではありませんか。ですがこうして多くの者が無事に帰ってきております。それに裏切ったのならば、どうしてわたくしがここに戻ってきたりいたしましょうか。わたくしがここにいることがなによりも雄弁に全てを物語っているとは思われませんか?」

「だがお前は昔から挙兵に反対していた。今回の襲撃も積極的に立案に加わろうともしなかった。それにここに戻ってきたのも、王に頼まれて教団の内部を探る細作という可能性だってあるではないか───」

 更に追求を続けようとするガルバだったが、

「いい加減にしろ! 仲間割れは止せ!」

 イロスが苛立ちも露わに拳で円卓を叩いて止めさせた。

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