第332話 官位と爵位

 有斗はしばらく声をかけることを控え、アエネアスが落ち着いたときを見計らって優しく語り掛ける。

「納得してくれた?」

「うん・・・有斗がそんなにもわたしたちのことを考えてくれていたなんて、わたし、知らなかったよ・・・馬鹿だね。一人で勝手に踊っちゃってさ。有斗にただ自分の感情をぶつけていただけだった。・・・ごめんなさい」

「良かった」

 有斗はアエネアスの誤解を解くことができたことで、肩から荷が下りる思いだった。アエネアスさえ説得できればダルタロス家内から文句が出ることは無いだろう。

「ほら涙を拭かなきゃ。もう何も心配は要らない。アエネアスが悲しむようなことなんてないんだから」

「馬鹿、嬉しいから泣くんだよ・・・」

 必死に泣くのを我慢しようとしているのだが、なかなか思い通りにならないのか涙は止め処なくこぼれ落ちる。

 有斗に、というよりは他人に弱いところを見られたくないのだろう。必死で取り繕って澄まし顔を作ろうとしているが、それに失敗し、実にぶさいくな顔になっていた。

 だが有斗は何故かその仕草が微笑ましかった。そして可愛いと思った。

「えっと・・・ハンカチはっと・・・」

 有斗は着ている物を上から下まで調べてみたが、そんなものはどこにもなかった。ひょっとしたらこの世界にはハンカチ自体がないのかもしれない。

 何故服をわざわざ調べたかと言うと、有斗の服は毎朝起きたら女官が勝手に着せてくれるため、その服について何も知らないからだ。だからひょっとして入っていないかと思って調べてみたのだ。

 だがこの世界にハンカチは無くても手拭いなりタオルなりなにかそれに近いものはあるに決まっている。

 ならば何故有斗の服にそれに類したものが入っていないかと言うと、なんと言っても王様ともなると朝の洗顔の顔拭きまで女官がやってくれる。

 そういった細かいものは女官が所持すべきもので、王である有斗はそんなものを持つ必要すらないのだ。

 もっともそれを実際やってもらうと、これぞ王様って得意げな気持ちよりも、顔も満足に拭けない子ども扱いされているようで、有斗としては正直微妙な気持ちだった。

 だけど美人揃いの後宮の女官に顔を丁寧に拭いてもらえるなど、どう考えてもご褒美に類するものなので、止めさすという選択肢も有斗にはなかったのだ。

 と、机の上に絹布があったことを思い出し、それを手に取って、アエネアスの顎に手を当てて顔を持ち上げ、涙に濡れる頬を拭こうとする。

 さすがにアエネアスも恥ずかしいのか、「いい・・・自分で拭く・・・」と言って有斗の手から絹布を取り上げると向こうを向いて顔を隠した。

 その絹布は本来は王が下官に命令を告げるときに使ったりする物らしい。

 竹簡でも紙でもなく。高価な絹に字を書けるというのはまさに王様ならではの特権ではあるが、いつまで経っても字が上手くならない有斗にとってはまさに宝の持ち腐れであり、一度も使われたことはない。別に書道の練習をサボっているわけじゃない。書道の練習の時間など取れないくらいに有斗が忙しいからだ。

 だからまぁ・・・涙を拭くのに使ったとしても何の問題も無いであろう。このまま有斗の机の片隅で埃が積もるままにしておくよりはずっといい。

 しばらくアエネアスは向こうを向いたまま振り返らなかった。気持ちを落ち着かせたかったのであろう。

 やがて振り返ったアエネアスは目を泣き腫らしていたけれども、もう泣いてはいなかった。、だけれども少し俯き気味に視線を逸らし、有斗と目を合わせない。

「あのさ、今日のことは忘れて、全部!!」

 突然、よく分からないお願いをアエネアスからされるが、その意図が分からず、有斗は思わず訊ね返す。

「なんで?」

「なんでって!? その・・・みっともないじゃない! 有斗がちゃんと考えてくれていたのに、何も知らずにわたしの独り相撲で勝手に怒って土下座して・・・挙句の果てにはなんか泣いちゃって・・・! わたし、馬鹿みたいじゃない!」

 そういうことか。アエネアスは他人に貸しや引け目を作るのが嫌いな娘だから、その気持ちは分からなくは無いけれども、もう長い付き合いなんだし、そんなことを僕相手に気にすることは無いのにと有斗は思う。

「でもおかげでアエネアスの可愛いところが見れたもの、忘れたくないなぁ」

 と言葉つきやら態度やら仕草やらいつもと違うアエネアスの心を解かそうと有斗がちょっとおどけ気味に言うと、

「~~~~~~~!!!」

 アエネアスは口を横真一文字に結ぶと真っ赤になって下唇を噛み締める。その普段のアエネアスからは到底創造できない姿を見て有斗はまた笑った。

「わたし、行く! いろいろ見られちゃったから恥ずかしいし!!!」

 アエネアスはもう一度顔を絹布で擦ると、それを有斗に付き返すときびすを返して出て行こうとする。

 と、扉に手を掛けたところで立ち止まった。

「有斗」

 顔だけ振り返ったアエネアスは恥ずかしそうに小さな声で伏目がちに有斗に声を掛ける。

「あ・・・」

 アエネアスはそう言うと、口をぱくぱくと二度三度と開くのだが、そこから先の言葉が出てこない。有斗は不思議に思ってアエネアスに問い返す。

「あ、って何?」

「あ・・・あのね。あ、あ・・・あり・・・あり・・・」

 アエネアスは何故か下を向いて、もじもじしながら口篭る。

「あり? ・・・って何?」

 なんなのだ、いったい。言いたいことがあるのならはっきり言えばいいのに、と有斗はいつもと違って思わせぶりな態度のアエネアスに戸惑いを隠せない。

 困ったような顔で言葉を待つ有斗に、アエネアスはようやく体中から勇気を振り絞ってその言葉を言う。

「・・・・・・ありがとう」

 だがアエネアスのその内心の葛藤などまったく気付きもしない鈍感な有斗は、その言葉をなんでもないありふれた感謝の言葉としか受け取ることが出来ず、当然のようにテンプレ的な返し方をするだけだった。

「・・・どういたしまして」

 なんでもない言葉、だけど他人に弱みを見せることを極端に恐れるアエネアスからしてみると、それはとても勇気のいる告白だったのだけれども。


 ・・・本当にありがとう。


 アエネアスは理由が分からずマヌケな顔を晒している有斗に最後に頭を一度下げると、執務室を出て行った。



 こうして遅々として進まない論功行賞も、僅かずつではあったが進んでいく。

 だが有斗はある場所に関しては未だ手を付けていなかった。その件に関して官吏から提案を受けても、ラヴィーニアに急かされても曖昧な笑みで応えるだけだった。

 有斗は首を長くして、見たことも無いある男が王都に来るのを待っていた。

 全てはその男が王都に来てから決めるつもりだったのだ。

 有斗が待ち望んだその男、ハルキティア公パルメニオンが王都に来たのは桜も既に散って久しい春も終わりの頃である。

 イスティエアの戦い後にも一度会っておきたいと思って上洛を要請したのだが、パルメニオンの体調のことや河東出兵、南部情勢が不安定なことなど双方に不都合があって、その時は実現せず、このたび是非にと呼び寄せたのだが、王都までの長旅すらパルメニオンの病躯には重荷の為、気温が温かくなるこの時期にまでずれ込んだというわけだ。

 しかも到着したとは言っても、長旅で出た疲れによってパルメニオンが寝込んでしまい、有斗との謁見はさらに三日の後となった。


 王との謁見を前にして、パルメニオンを王都まで付いてきた妻が美々びびしく飾り立てた。

「さぁお前様、できましたよ。うん、似合うておりまする」

「いろいろ世話をかけて、あいすまぬ」

「昨今、南部四衆と申せばダルタロスやトゥエンクばかりが世間では何かと持て囃されますが、我がハルキティア家の活躍もおさおさそれに劣るものではございませぬ。カヒとの戦いに陛下が勝利なさったのは臥牛城でのお前様のご活躍や、堅田城での義姉上あねうえ様や大勢の家人の犠牲があってこそ。こうして陛下直々の御声がかりとあらば、ようやくそれが認められた気がいたします。妻である私も鼻が高いと申すものです」

「全てのことは陛下あってのこと。我やハルキティアだけの働きではカヒは倒せぬ」

「またまた御謙遜を。ですがこれできっと恩賞も前代未聞のものとなりましょうな」

「全ては陛下の御心次第だ」

 パルメニオンの妻はこのように少し利に聡く、お調子者のところはあるが、ヘシオネが見込んだだけあって基本的に根は善人で、性格が良い女性である。まだ子宝に恵まれぬが、夫婦仲も決して悪くない。

 ヘシオネが大家の出でもない彼女を特に選んで弟の嫁に望んだのは、利に聡くないと、病人で家政も満足に取れないパルメニオンの下に嫁ごうとは思わぬであろうし、善人でなければハルキティア家中を引っ掻き回したり、あるいは夫を病床に置き去りにし、寝所に男を引き込んだりするであろうとよくよく考えてのことである。


 パルメニオンは大極殿だいごくでんにて迎えられた。しかも有斗は公卿以上の者には漏れなく全員出席を命じた。勲功ある大諸侯とはいえ、臣下である一諸侯相手にはこれは過ぎた扱いである。

 全てが初めて尽くしのパルメニオンは緊張の面も隠せず、平伏し王に挨拶した。

「ハルキティア公パルメニオンでございます」

 有斗は自ら玉座のある高御座たかみくらを降りると足早にパルメニオンに近づき、困惑するパルメニオンの両手を取って押し頂いた。

 これには公卿だけでなく、王の身の安全を守らなければならない羽林将軍であるアエネアスも驚き慌てた。諸侯の一人として弁えてはいるであろうし、病弱であるから例え有斗であろうともめったなことにはなるまいとは分かってはいても、パルメニオンのことは同じ南部出身のアエネアスですらよく知らない人物なのである。何が起こるかは予断を許さないものがあった。

「陛下、何のおつもりですか? このようなことをなさってはいけませぬ」

 手を離そうとするパルメニオンに対して、有斗は二度三度と固く握り返した。

「何を言う。僕の今があるのはヘシオネがあってのことだ。ヘシオネはまるで姉のように僕を支え続けてくれた。ならば僕と君とは血は繋がっていなくても兄弟のようなものだ。一度も会ったことは無かったが、ずっと身近に感じていた」

「もったいなきお言葉、身に余る光栄でございます」

「それだけじゃない。この度の南部でのことには朝廷として是非とも感謝を述べたい。また、ヘシオネのことについても君にずっと詫びたいと思っていたんだ」

「そのお言葉だけで充分です。陛下に今も気にかけていただいているとあらば、泉下の姉も喜びましょう」

「ハルキティアの長年の労苦に是非とも報いたい。官職なり領土なり、公には何か望みの物はある?」

 有斗の言葉にまたまた公卿たちは驚き、場は俄かに騒然となった。

 恩賞に関しては単に勲功やその時の感情で王が決めるのではなく、朝廷とはかって決めるのが通例である。

 その権が侵害されるということに対する反感もあったが、もしここでパルメニオンの要求したことを有斗が大して考えもせずに安請け合いしてしまった時の危険性を危惧したのである。王が公の場で約束したらもう後には引けない。朝廷としては、それがどんなに常識外れな恩賞であっても実行せざるを得ないからである。

 それにどんなに名君でも人に対する好悪はあるし、偏りも生じる。一旦、朝廷に預けるということは、第三者の視点からの意見を聞くことで王の頭を冷やすという狙いもあるのである。

「特に働きもない不肖の身では所領を頂くわけには参りませぬ」

 そこは病弱とはいえ公爵家の当主、場を弁えていた。どの諸侯も所領が欲しくないわけはないのだが、王に堂々と正面から加増を求めてくるのはマシニッサくらいのものなのである。

 公卿たちは胸を撫でおろした。

「分かった。だが功あるものを賞しなければ朝廷の正しさが疑われる。君が謙虚なのは素晴らしいことだけど、是非にも恩賞は受け取ってもらう」

 有斗は手を再び強く握ると、パルメニオンもまた握り返した。

 謁見が終わると、有斗は再びパルメニオンを内々に呼び出して本音を聞き、恩賞を決定した。

 王都への移動すら身体的な負担になるパルメニオンの健康のこともあったが、先祖伝来の地を離れたくないという強い希望を入れることにする。幸いにしてハルキティアの地は南部でも南西端に近く、王領再編の障害とならなかったので、本領はそのままに関西の地を新たに加増されることとなった。

 また参議に任じられ、合わせて従四位下の位を賜った。

 これで位階とかいうものに興味を示さないマシニッサを抜いて、亡きアエティウス、ロドピア公エレウシスに次いでパルメニオンも南部四衆の当主にして公卿の端に連なったということになる。

 これは初代と五代ハルキティア公以来の百年ぶりの快挙であり、近年所領の大きさの割には不遇をかこつことの多かったハルキティア家にとってほまれとなった。

 もっともパルメニオンの体調ではとてものこと王都での宮仕えなど無理な話である。本人の希望もあって、参議の職は一週間で辞任することが前提の補任であった。

 ということでこういうことに関しては何かとひと悶着ある公卿の抵抗も少なかったのである。

 だが名誉は名誉であり、また所領という実利も得たこともあり、パルメニオン一行は、というよりは嫁は、実家の父に「幸せ残ることなく候」と書状を書き送るほど満足して南部へと帰っていった。



 さてここで恩賞として与えられる官位と爵位について説明をしていこう。

 例に挙げるのはアエネアスとしよう。アエネアスは今度の論功の一環として位階は従四位下から晴れて従四位上になった、官職は羽林将軍のままである。

 実際に羽林を束ねて全てを万端取り仕切っていることを考えると、羽林のトップ、羽林大将軍にしても有斗は構わないと思うのだが、羽林大将軍は従三位相当の官職でアエネアスの位階では相応しくないと朝廷内で反対意見が多数あったので見送らざるを得なかったのだ。官位相当で官職は決められると言っても若干上下することはままあることなのだが、従三位と従四位上との間には正四位上、正四位下があり、三階級もの差は若干の範囲を超えていると朝臣たちは判断したというわけだ。

 このように位階とは簡単に言ってしまえば、官職に就く際の目安となるべき指標でもある。

 確かに実力主義の現在と比べると、能力があっても官位を上げるにはそれ相応の年月が必要になり、あまりにも年功序列型で、それでは組織として硬直してしまうといった批判を感じる人間が多いとは思う。

 だが一部の無能な権力者が追従者ついしょうしゃを容易く重職に就けて政治を私物化することを防ぐことができるという歯止めにもなる利点もあった。

 官位は官吏の地位と序列を表し、朝廷に対する功績に応じて与えられ、昇進していく。つまりこれが上がらないとより地位の高い役職へは行けないのである。

 もちろん権力が国家に一元されているこのような古代から中世の世界においては、これが唯一の序列制度と言っていいので、地位や序列にこだわる人たち、つまりはアメイジアのほぼ全ての人たちにとって、何よりも重んじられるものである。僅か一階でも位階が上ならばその人のほうが偉いのであるから当然と言えば当然だが。

 ちなみにサキノーフのいた、つまり日本の位階は五位以上の者には俸禄として位田が支給されるだけでなく、蔭位の制おんいのせいと言って、成人した子や孫に官位が与えられる制度があったが、これらは諸豪族の寄せ集めだった大和政権が中央集権体制である律令制度を公布する際に、その諸豪族たちに配慮して入れられた制度だ。

 だが位階は下がることが無いので、一旦高位になってしまえば例え何の職についてなくても国家はずっと彼らに給金を払うことになってしまうし、元々は勲功があり、能力を持ったものを官職に就けるための制度だった位階は蔭位おんいの制によって、一部の上流貴族が世襲的に官職を独占するといったふうに変節し、形骸化してしまった。

 その弊害を知っているから、高祖神帝は位階には俸禄を付けなかったし、蔭位の制も与える位階を極めて低いものに変えてしまった。

 なぜならそれでも十分、目的の効果は得られると高祖神帝は知っていたからである。

 例え実利は無くても、位階は高い官職に付くために必要なものであるから、皆それだけで十分ありがたがるし、所詮猿から進化した集団生活を営む社会的動物に過ぎない人間は、やはり地位や階級といったもののもつ魔力から逃れることは出来ないのだ。組織と言う名の群れに所属し、そこで地位を得て、少しでも上を目指すのはサルも人も同じなのである。


 次に官職、これは言わずとも分かるとは思うけれども念のために説明すると、国家機関に勤務する者、そしてその者が担当する職務のことである。国家公務員の職だと思ってもらってかまわない。

 アエネアスの官職は羽林将軍であるから、本来は羽林全体を統括する羽林大将軍(今は欠員になっている)の下で補佐を勤めるのが仕事だ。

 ここで重要なことなのだが、アメイジアにおいては官吏の給金は官職に応じて支払われる。

 もちろん、上位の職業になればなるほど高い給金が支払われる。そして役職を兼ねれば兼ねた分だけ俸禄は支払われる。であるから只の亜相よりも按察使あぜちなど兼職をしていたほうが給金は高いというわけだ。

 もっとも激務かつ朝廷の中枢たる中書令、尚書令などは官位相当が低いにもかかわらず、特別に大臣相当の給金が支払われるといった例外はあるけれども。

 だがここで忘れてもらっては困るのだが、この給金は官職に対して与えられるもので、個人に対して与えられるものでは無いということである。

 Aという官職からBという官職に移れば、Bに相当する給金はもらえるが今までもらえていたAの分の給金はもらえないということだ。今の日本の基本給なるものはアメイジアには存在しない。各種手当てだけが存在する世界なのだ。

 どんなに栄耀栄華を極め、三公の首座に鎮座しても、本人が死ねばその日から給金はもらえなくなる。それどころか年老いて官職を退いても貰えなくなるという事だ。もっとも三公どころか公卿以上の職を十年も務めれば、子供は一生働かずに食っていけるだけの財産は残るはずではある。


 それに対して爵位というものは違う。

 爵位とは王が臣下に対してその土地の領域支配を認めた証である。

 代わりに諸侯は王への忠誠の義務、平たく言えば軍役の義務、ある程度の内政干渉や法律の受け入れなどをしなくてはならない。

 これは部族国家だった古代アメイジアをサキノーフが急速拡大していく過程で生まれたものである。

 占領した土地に官吏を派遣し、一から支配体制を構築するよりは、その部族の長をこれまでと同じく長として認める代わりに、軍役を負担させ、サキノーフの作った法律をその土地で執行させる義務を負わす。アメイジア全土に同じ法律、制度を受け入れさせるためにとった制度だった。

 当初は彼らは国司という名の国官であり、世襲させる意図はまったくなく、いずれは中央から官吏を派遣し王領に組み入れようとしたのだが、サキノーフが急死した結果、その目論見は頓挫して世襲されることになったことで生まれたものだ。

 王は一旦爵位を与えると、その土地は諸侯のものであり、土地と民は朝廷から切り離される。諸侯はその土地と民を臣下に好きなように分け与えても構わない。そして王が爵位を剥奪しない限り、与えられた爵位は子々孫々受け継ぐことができる。

 その継承方法はアメイジアでの昔からのその一族での継承方法が取られる。

 それは大きく分けて三つ。

 ひとつは関東に多い、正妻が生んだ男子にのみ継承権が与えられる継承方法、そして関西に多い、同じく正妻が生んだ子にだけ継承権が与えられるという点は同じだが、直系男子が死に絶えたときにだけ女にも継承権が与えられる継承方法、最後の一つはサキノーフ家だけ取られている継承方法、正妻でも妾でも子供であれば継承権が与えられる手法である。

 サキノーフが昔の日本の人物であるので、当然これは昔の日本の継承方法を意味しているのだが、サキノーフが説明をあまりせずに無くなった為、女子に入り婿をして家を継がせるという概念がアメイジアの人間には理解できず、一旦、王家が途絶えたときに、女系で近い懿王を王にするのか、男系で近い荘王を王にするのか揉めたという事が戦国の世の始まりであったことは前に述べた。

 アエティウスが死んだ時のことを例に挙げて言うのならば、何故一番近い親戚である(本当の血縁は分からないのだが)アエネアスがダルタロス公位を継げなかったかというと、言ってしまえば娼婦の子、つまり正式な結婚をして生まれた子で無いからである。

 一番目の継承方法、これはダルタロス家の継承方法でもあるが、これでアエネアスが相続できる場合を想定すると、アエネアスが男で娼婦の子ではなく正妻の子供だったら継承できたということになる。

 もっともダルタロス家を乗っ取られる心配が無いからこそ、ダルタロス家の家人も出自に胡散臭さが残るアエネアスの身をしぶしぶながらも受け入れたわけではあるが。

 そして次にこのままの状態でアエネアスをダルタロス公にし、そこでアエネアスが死んだ場合、トリスムンドがダルタロスを継ぐことになるのは何故かという話をするとしよう。

 それはアエネアスは本当の血縁はともかくも、法律上ではアエティウスの従妹、トリスムンドのはとこである。

 そして子供も配偶者もいないアエティウスにとって一番近い相続対象者がトリスムンドであったように、アエネアスも子供も配偶者もいない今のもっとも近い相続対象者はトリスムンドになるからである。

 婚外子への相続権は無くても、婚外子からの相続権は存在するというのがこの時代の継承方法なのだ。

 女性蔑視、婚外子差別も甚だしく、人権団体がいたら怒り出しそうな事例だが、古代はこれが当たり前だったのである。

 ついでに伯位と公位の違いについても話しておこう。

 伯位とはその地方の土地と人の一式支配を認められた証である。王の許可無く領内に独自に法令を課すことも、税金を課すことも許される。さらには任命者がなんらかの理由で伯位を取り上げない限り、子々孫々に渡って受け継ぐことが出来る財産といってもよい。

 公爵はもう少し広域の支配者で複数の伯位を内包する爵位のことである。公爵と領土内の伯爵との関係は、江戸時代における本藩と支藩の関係や、室町時代の関東公方(もしくは関東管領)と関東の守護の関係にある程度似ている。

 あるいは公爵を県知事、伯爵を市長と考えると分かりやすいかもしれない。ただし伯爵は市長と言っても、市で働く公務員の人事も握り、予算編成権も握る。しかも行政司法立法全ての権限を所持しているという完全な独裁者ではあるが。

 そしてその市長の任命権を所持している県知事が公爵ということになる。単なる県知事と違うのは、県内での全ての権力を手中にしていることと、市長を自分で複数兼ねることもできるということである。

 つまり公爵が領土内の伯爵の任命、剥奪権をも完全に独自に持つことを考えると公爵領は小型の国家と考えても差し支えない。例えば公爵領内の伯爵の任命については王も直接には意見を差し挟めない。もちろん言うことを聞かないと伯爵位を取り上げるぞと脅しをかけることは可能ではあるが。

 つまり公爵の上に王という存在がいるから王と呼ばれないだけで、朝廷もおいそれ簡単に口を出せない小さな王家、それが公爵家である。

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