第326話 去る者、残る者。

「わかった助力をしよう。だがそれなりの対価は用意してもらう」

 デウカリオはガルバの話に大いに乗り気になったらしい。ガルバの目論見が何であろうとも、ともかくも王と戦うという一点においては共闘するだけの意味があると判断したようだ。

「それなりの対価と申しますと・・・?」

「ワシだけでなく、カヒの将兵もあわよくば利用したいと考えておるのであろうが? ならばその対価がワシの命などといったものだけでは安すぎる。王の首とカヒの再興、この二つだ。この二つのどちらが欠けても協力はせぬ」

「・・・承りましょう」

 王の首の件は問題ない。ガルバたちの想定する世界に天与の人などと言う人間のいる余地はないのだから、頼まれなくても王の命は奪うことになる。

 問題はカヒの再興の方であった。以前のような巨大諸侯としてのカヒが復活すれば、彼らにとって煙たい存在になることは間違いない。

 そもそも、誰それに何を与えるといった権限がガルバには無い。

 もちろんそこはデウカリオもさる者で、再興するカヒの規模については一切口にすることは無い。そこは相手の想像に任せて下手に刺激せずに、言質げんちだけ取ろうという考えであると思われた。

 王を倒せば自力で領土を切り取り、カヒを復興してみせるとでも考えているのであろう。その時に文句は言わせないというのが本心であると見受けられた。

 とはいえ、まぁたいしたことにはなるまいと考え、了承する。

 カトレウス死後のごたごたでカヒは大きく勢力を減じた。もしカヒがもう一度よみがえったとしても、七郷内ですら、おそらく協力せずに独自の道を取る豪族が多いだろう。

 それに何より優先すべきはまず王を破ることだ。それからの問題は王を倒してからゆっくり考えればよいのだ。

「よし決まった。ワシの命、しばらく汝に預けよう」

 そう言ってデウカリオはガルバに深々と頭を下げる。ガルバはとんでもないこととばかりに、慌ててそのデウカリオよりさらに頭を下げる。

 なにしろガルバとしてはデウカリオたちには存分に活躍してもらわなくてはならないのだ。彼らが活躍すればするほど、彼らを味方に引き入れたガルバの組織内での立場は強化されることだろう。他の指導者を出し抜くことが出来るというものだ。ならばデウカリオに気分良く活躍してもらうために、いくらでも頭を下げておこうといった腹だった。

「・・・それでは、バアル様は如何なさいますか?」

 一番の難物を攻略した想いのガルバは次にバアルに問いただす。

 もっとも関西の復興を願い、王と戦い続けているバアルだ。こんなうまい話が他にあるわけがない。だから一も二も無く賛意を得られると思っていたのだが・・・

「全ては証拠とやらを見てからだ」

 だがバアルはまだ完全にはガルバを信用してはいなかった。

 口だけでは何とでも言うことができる。現物を見ないと話しにならないとにべも無い。

 そんな疑い深いバアルにはガルバも閉口したらしく、

「ならば確かな証拠をお見せしましょう。ですが今すぐここで、というわけには参りません。それにいつまでも芳野に留まることは危険です。とりあえずまずはここを抜け出ることだけでも同意していただけないでしょうか?」

 と下手に出て、とりあえず仲間になるかどうかは棚に上げ、脱出することにだけでも同意をするよう促した。

 まもなく上州から芳野へと王師の援軍が到着することは疑いが無い。場合によっては越方面からも侵攻してくるかもしれない。

 そうなれば監視の目は今よりも更に厳しくなる。ガルバですら芳野を脱出することが難しくなるかもしれない。

 時間をかければバアルが納得できる材料も示せるし、説得できる自信もあったガルバだが、それもこれもバアルたちが自由の身であることが条件である。

 王に捕まってしまえば元も子もないのだ。それに自分たちの存在をこうして告げてしまった以上は、情報の保全のためにも彼らに朝廷に捕まってもらっては困るのである。

「それは承知した」

 だが幸いにして、バアルはようやくそのガルバの提案に同意を示す。

 彼らに協力するかはともかくも、とにかく今の現状のままでは未来への展望が無いことだけは事実だ。

 もし彼らが関西復興に利用できるのであるならば、力を貸してやってもいい。そうでなければ決別するだけである。

 少なくとも選べる選択肢ができただけ、昨日までよりはマシであろう。バアルは内心、少しほっとしていた。

 ガルバは最後に先ほどから腕を組んで目を閉じて黙しているディスケスに声をかけた。

「ディスケス様は如何なさいますか?」

 だがディスケスは前者二人と違い、芳野から出て行くことさえも同意しなかった。

「残念だが、私は残らざるを得まい。責任を取るものが誰もいなくなっては明日からどうすればいいか、兵たちが困るだろう。それに朝廷の面子の為にも芳野の将の中からも切る首が一つくらいは必要だろう。私がいなくなることで他の誰かが人身御供にされでもしたら、寝覚めが悪い」

 と、肩をすくめておどけるように磊落らいらくに笑ってみせる。

「しかし・・・」

 再び説得の労を取ろうとするガルバにディスケスは手を突き出して首を横に振り、言葉を受け入れないことを態度で示した。

「何、私のことなど気になさらず行かれるがよい。安心なされよ。今、聞いたことは決して他言はせぬ」


 ディスケスが部屋を退室し、その場にはガルバ、バアル、デウカリオが残された。一刻も早い脱出についての打ち合わせを手早く行う。

 デウカリオやバアルが一声かければカヒの兵の中にもついてきたがる将士は多いだろう。だが大人数ではあまりにも目立ちすぎる。そこで連れて行く人数を最小限に絞って芳野を出ることにし、その手はずを整えたのだ。

 だがその間もガルバは憂鬱そうな表情を浮かべていた。その不景気な顔に思わずデウカリオも声をかける。

「何を思い悩んでおる」

 ガルバは溜息を吐くだけで、最初は話そうとしなかったが、問い詰められるうちに観念したのか、心の中の鬱屈うっくつを吐き出すように口を開いた。

「私は貴方がたに機密事項をお話した。もしこれが朝廷に知られでもしたら、朝廷は我らの存在を必ずや探し出そうとすることでしょう。これは我らの望むところではありません」

 王と戦うことは既定路線でも、出来ればもう少し先に延ばしたい。まだ戦の準備は完全ではないのだ。何と言っても、彼らの優位さは朝廷に存在を知られていないことにある。であるからこそ、ここまでの反乱の下準備を苦も無く行うことが出来たのだ。

 それにやはり朝廷は巨大な敵である。できれば敵がすっかり油断しているときに奇襲をかけ、勝敗を一気に決したいところだ。その為にもやはり彼らと言う存在がアメイジアにいるということを知られてはならないのである。

「・・・それは何としても忌避すべき事項です。その危険性があると分かってながら、見逃したとあっては私も少しばかり拙いことに・・・」

 つまりうっかり情報を洩らさぬためにも、行動を供にしないディスケスの口を封じるべきではないかとガルバは言いたいのだ。

 だが相手は年とはいえ歴戦の武人、ガルバなどでは歯が立たないことは想像がつく。しかも性質たちの悪いことに一千の兵まで配下に抱えている。もし万が一ガルバがディスケスを殺せたとしても、次の瞬間には復讐心に怒り狂った大勢の兵になぶり殺しにされているに違いない。

「ディスケス殿が王に漏らしてしまうと?」

「なくはないと思われますが・・・」

 だからディスケスを殺せるのは同じく死をいとわぬ強兵を持つデウカリオやバアルだけである。

 だからことさら危機を強調して彼らの同意を取り付け、その危険な役目を押し付けようとしていた。

 だが「それは無いな」とのガルバは笑って取り合わない。「ない」と、バアルも一笑に付した。

 思わずガルバは声を荒げて彼らに食って掛かる。

「何を悠長なことを! 人間生きるためならどんな汚れた事だってするものですぞ! 助命と引き換えに我らの情報を売ると何故考えなされぬので? 特にデウカリオ様にとっては長年戦ってきた仇敵ではないですか! 信頼など出来るはずが無いではありませんか!?」

「戦ってきたからこそ分かるのだ。ディスケス殿はそんなことはせぬよ」

「ですが・・・!」

 そう言って、まだ喰らい付こうとするガルバを引きがしたのはバアルだった。

「ディスケス殿ほどの偉丈夫が他言はしないと約束したのだ。例えどんな拷問を受けても吐きはしない」

 いつもは何かといがみ合っている二人だが、こんな時だけ意見を一致させなくても、とガルバは眉をひそませる。

「だから気に病むな。安心するがいい!」

 とバアルの言を今度はデウカリオが継ぐと、二人して大きく明るい笑い声をあげた。

「はあ・・・」

 戦場で命のやり取りを行う彼ら戦国武将ほど徹底的な合理主義者は、この世にいないはずだ。

 なのに何故、ちょっと前まで敵であった武将の約束などといった、そんなあやふやで曖昧なものを信じると言い切れるのか、ガルバは心底不思議だった。


 バアルは自室に帰ると身の回りの最低限の物を手荷物としてまとめ、主だった部下を呼び集めた。今日中にここを離れることにしたことを、せめて直近の部下には知らせなければならない。ディスケスが責任者として残ってくれるとはいっても、何も言わずに去るのは無責任すぎる。

 バアルは集まった部下たちに事情を話す。自分はまだ王との戦いを諦めないこと、その為に逃亡生活に入ることをだ。もちろん先々のことを考えると、細かなことは教えられないが。

「そなたたちを置いていくようなことになってすまないと思う。だが私はまだ王に膝を屈するわけにはいかないのだ。どうか我侭を許して欲しい。それにディスケス殿が残って後始末をするから心配は要らない。もし万が一、王や朝廷が芳野戦での戦いぶりをとがめたてた場合だが、その責任は私に押し付けてもらって結構だ。そなたたちは指揮官である私の命令に従って戦っただけといえば、朝廷とて無闇に罪に問うことは無いだろう」

 バアルの言葉に彼らは一斉に下を向いて涙に暮れた。

 それはバアルが彼らを裏切って逃げ出すと思ったからではない。バアルが共に行こうと誘ってくれなかったからだ。

 彼らはバアルと行動を共にしたことで、カヒの名将は綺羅星のごとくいれど、バアルほどの将軍はいないと心酔していたからだ。

「連れて行ってください! 我らはまだ戦えます!!」

 バアルは彼らに言い聞かす。これはカヒの戦いといったものではなく、バアル自身の戦いなのだ。何も好き好んでそれに巻き込まれることは無い、と。

「来ても不幸になるだけだ。七郷に戻り家族と暮らすが良い」

 だがその中の一人、パッカスはなおも強行に食い下がる。

「将軍がどこでどうやって王と戦おうとお思いかは知りませんが、巨大な敵と戦うからには一人でも多くの兵が必要なはずです! このパッカス、例え一兵卒であっても構いません! 将軍の下で共に戦いたく存じます!」

「私も!」パッカスに続いてそんな声があがると、その場はたちまち収拾が付かなくなった。

「自分も!」「それがしも!」「私も!」

 彼らが示した思わぬ反応に、バアルの目にも熱いものがこみ上げてくる。

「だがやはり連れて行くわけには行かないだろう。私は今日からお尋ね者だ。今までの経緯を考えても朝廷は必死になって私の行方を捜すに違いない。大勢を連れては人の目を引いてしまう。そなたたちはここに残って欲しい。落ち着いた頃に必ずや連絡を取る。もしその時、まだ私に協力してくれる気があるなら、駆けつけてきてくれ。もう一度そなたらと共に戦場を駆けることができるのならば死んでも思い残すことは無い」

 彼らはバアルのその説得に一様に頭を下げることで応えた。

 僅かにすすり泣く声が男たちの口から漏れていた。バアルはそれをただ黙って見ているしかなかった。


 そのバアルを屋外の樹上から一対の光る目が眺めていた。

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