第250話 このわたししかない
方針が決まりさえすれば善は急げである。
「さっそく会おう。執務室に連れて来てよ。それとも
「すぐに会うのはやめておかれたほうがよろしいかと・・・彼らはそこら辺の難民のほうがまだましみたいな格好ですよ」
「そんな格好であっても会う王ってさ、なんか凄いと思わない?」
有斗は同意を求めてそう言った。
着ているものや外見で差別しない、偉ぶってない王ってことになる。民からしてみれば親しみやすいんじゃないだろうか、と有斗は思う。
いわゆる暴れん坊将軍とか水戸黄門とかってフィクションだけれども、あれはつまり庶民が願う理想の権力者を描いたものじゃないかと思うんだ。あれは権力者は一段高いところにいるのではなくて、庶民と同じ目線でいて欲しいという現われだと思う。だから有斗はそういった王になるべきではないかと思って、そう発言したのだ。
素晴らしい賛辞の言葉を期待して周囲のいつもの面子を見回した有斗だったが、期待していたような寡言はどこからも返ってこなかった。
「全然」
アエネアスは首を横に振ってそう言い切った。しかも有斗の意見に同意を示さないのは彼女だけではなかった。
「むしろ威厳がないといいますか・・・やはり王に会うのには、それ相応の服を着ないと会えない、そのことが王に会う有りがたみを知らしめることになるのです」
セルウィリアがそんなことは基本ですよと言わんばかりに有斗に駄目出しをする。
「それに向こうにだって体面というものがあります。王に謁見するのにそれにふさわしい格好をさせなかった。乞食の様な格好のままで王の前に引きずり出された。王は河東に名の知れた諸侯相手に面子をつぶさせるような真似をすると噂されたらいかがします」
ラヴィーニアも有斗のその行動はあまりプラスの要素がないと指摘する。
「そんなものかなぁ・・・」
やはりなんか僕とこの世界の人間とは認識のずれがあるんだよなぁ。この世界で生まれてきていないから仕方がないとは言えるけど。
でもかなり王として一人前になっているとは思うのに、こういう風にまだまだこちらの一般常識では突飛だと思われる行動をしてしまう。まだまだ立派な王への道は長く険しい。
とはいえ彼女たちの存在はありがたい。こうして有斗が間違ったことをしようとすると指摘してくれるのだから。
あとはせっかく若い女の子が集まっているのだから、もうちょっと女の子らしい華やかさだとか、優しさだとかがあれば最高なんだけどな、と有斗は思った。なんかこうほわほわした癒されるような毎日があれば、萌えアニメの中に入り込めるような感覚に落ち入れるのに!
そこまで考えた後、有斗はもう一度目の前の女性たちの顔を見回してみた。
・・・まぁ、この面子では無理な望みだな・・・高望みはしてはだめだ。
「あともうひとつ、方針は決まりましたが、それは隠して朝会でこの件を改めて話し合うことにいたしましょう」
「・・・なぜ? 結論は変えないんだよね?」
「もちろんです。ですが官吏に気を配ってください。上級官吏は自分たちのことを科挙によって選ばれた特殊な人間だと思っています。自尊心の塊でできているのです。彼らは常々、こうやって陛下があたしやなんかと裏で政策を決定していることを快く思っていません。このままでは不満を抱いた彼らは面従腹背の徒となります。反乱を計画するやも。かといって彼らを全員宮廷から追い払っては国家は成り行きません。つまり彼らは陛下にとっても必要不可欠な存在のですから、彼らが不満に思わないよう陛下は手を打たねばなりません。その為にこのような大事、朝会に計るべきなのです。たとえそれが実は仕組まれた芝居だとしても、彼らにそのことを気付かせなければ、彼らを満足させることができる。不満を抱かないように
・・・王様って一番偉いのに、むしろ気を使わなければいけないのか・・・
なんだか段々、家臣を圧迫し、民のことを虐げ、思うが
翌日の朝議にツアヴタット伯を特別に招くことを決定し、そのことを関係各所に通達した。
保護すると決めたからには彼らの衣食住を保障しなければならない。何せ彼らは文字通り身一つで逃げ出してきたのだ。
燃え落ちる虎臥城から辛くも落ち延び、落ち武者狩りから逃れるために一月以上山奥で過ごし、物乞いの真似をして王都までやってきたらしい。今晩食べる一片の粟餅も、夜露をしのぐ僅かな
そこでもはや外国から使節が来ることなど百年は絶えてなかったことから、半ば無用の長物と化していた
ともに本来は外国の使者を出迎えるために存在する。言ってみれば外務省や迎賓館に当たる。
朝廷の支配力が及ばない河東の地は実質的に外国みたいなものだろう。
幸い彼らが着る服に困ることはなかった。そこは腐っても朝廷なのだ。式典に関するものは倉庫に保管されている。四師の乱で多少紛失したり(どうやら乱に加わった兵が少々略奪して行ったらしい)はしたものの、倉庫にはまだまだ歴代皇帝が残した着物がうず高く積まれている。その数は正確な数は誰も知らないと言われるほどだ。もちろん小まめに虫干しはされている、保存状態は良好だ。
中書省下の
それは官の、国の大事な財産で、王の私物でもなければ、朝廷の許可なく勝手にあげたりしていいものではないなどと官吏は文句を言いそうだが、そこは長官であるのだ。ラヴィーニアお得意の舌先三寸でうまく説得してもらおう。
翌日朝、朝会は少しばかり荒れそうな雰囲気を
王が昨日、河東から逃れて来たツアヴタット伯を保護し、庇護下においたという話は官吏らが朝堂院に勢ぞろいするころには、その場で知らぬものはいないまでに知れ渡っていた。
ツアヴタット伯が王を騙し、韮山での敗北のきっかけをつくったということは彼らとて知ってはいたが、官吏たちにしてみれば、それは遠い河東にて起きたいわば他人事である。実害を受けた有斗たちとは違って、それらのことが感情的な障害とはならなかった。
問題にしたのは彼らがツアヴタット伯とは名ばかりの十名ばかりの何も持たぬ集団であったことだ。
ツアヴタットを手に入れたカヒは新しいツアヴタット伯をきっと勝手に封建することだろう。
別にカヒとは今でも敵対状態にあるのだから、このツアヴタット伯を保護することでカヒとの関係が悪化するとかは考えなくていい。だがこのツアヴタット伯と名乗る集団を助けることでメリットを見出すことができなかったのである。
ツアヴタット伯は虎臥城に篭城し、最後まで頑強に抵抗した。兵士となって戦ったツアヴタットの民も城を枕に討ち死にしたという。もはや彼らは彼らの身一つの他に何も持たぬのである。道を歩けば転がっているそこらの流民となんの変わりもない。そんな彼らを再びツアヴタットの主にするため助力するなど、彼らからしてみれば道理が通らないこと。
カヒを滅ぼしたら手に入る土地、そんな縁もゆかりもなく無力な名前だけの諸侯にではなく、功臣に分け与えるべきというのが多くの朝廷の高官の意見であり、また望みであった。むろん彼らの言う功臣とは戦場で有斗のために戦ってきた将兵や、中書令として日々悪戦苦闘を続けるラヴィーニアや、有斗の毎日を支えているアリスディアやアエネアスといった面々のことではなく、他でもない自分たちのことである。
だが王はどうやらこの何も持たぬ哀れな集団を庇護する気らしい。
朝会で協議する重大な議題として取り扱うことや、彼らを諸侯として遇したことが、それを言わずもがなに物語っている。
「ツアヴタット伯ウェスタでございます。陛下にお目にかかれて光栄と存じます」
ツアヴタット伯を名乗ったのは若い女だった。
しゃれた着物を着て、髪を編み上げて飾られた姿はさっぱりしている。まるで浮浪者だと金吾からの報告にはあったのだから風呂にでも入れたのだろう。といっても後宮の風呂はいまだに無残な有様だから、湯浴みでもさせたのだろう。
どうでもいいことだが、風呂のほうは関西の山間地に課した租税代わりの木材が王都に運ばれて来次第、ようやく修理することになっている。
流通にかかる経費、工人に払う賃金はかかるが、彼らも得たお金は消費することになる。『官主導の公共事業で経済を回そう』というラヴィーニアの言葉を借りることで、出費をしぶるラヴィーニアを説得したのだ。本人も自分が言った言葉だ、否定もできない。それにいくらなんでも言った相手から当人である自分に返されるとは思っていなかったらしく、開いた口がふさがらないといった表情をしていたけれども。
「ツアヴタット伯には会ったことがある。確か五十くらいの男だったと記憶しているが・・・」
有斗が会ったツアヴタット伯は刀傷のある太い腕、油断なく辺りをうかがう目といったものを持つ、戦国の世を生きる地方の小諸侯の姿そのものだった。もう少し漂白したら後宮にいてもおかしくない容姿をした少女ではなかった。
「それは先代のツアヴタット伯でございます。カヒに抗したものの衆寡敵せず落城時に討ち死にいたしました。今は私がツアヴタット伯ということになります」
生き残った者の中で、継承順位的に彼女が一番近かったということだろうと有斗は理解した。
「そうか」
「陛下には一度お目にかかったことがございます」
「あ、思い出した。君は確か僕を館へと案内しようとした女の子だね。確かツアヴタット伯の姪とか言っていたんじゃなかったかな?」
兵を伏せた場所まで有斗をおびき寄せようとした少女だ。自分のことを確か姪だと言っていた。
そんな囮役、適当な郎党をそれらしく
なにせ、ばれれば命に係わることだ。普通ならば血縁である本物の可愛い姪などに命じるとは考えがたい。適当に家臣の娘をそれらしくでっちあげるのが普通と言えた。
なるほどツアヴタット伯、そこは非情にも本物の姪を使うことで王に誠意を見せ、おびき寄せようとしたのだ。人を引っ掛ける餌に誠意もくそもあるかという問題はあるけれども。
「その折は失礼をいたしました」
ウェスタはしれっとした顔で言い切った。
こちとら命を失いかけたのだ。単なる失礼としてすまされるのはちょっと問題あるぞ、と有斗は内心で憤慨するが、同時にその臆せず物を言う度胸には感嘆するしかない。
あるいは自分の身以外何も持たないという、捨て鉢な気持ちがそうさせているのかもしれないけれども。
「わざわざ河東から王都まで来たには理由があるはずだ。いったい僕に何を望んでやってきたんだい?」
ここは群臣に聞かせるためにあえて理由を聞いた。
「先代ツアヴタット伯の無念をお晴らしいただきたい。我が愛するツアヴタットの地を取り戻す手伝いをお願いいたしたいのです」
あまりのずうずうしい要望にいっせいに失笑が漏れる。
「よいかね、お嬢さん。ツアヴタット伯は朝廷とはもう何代も係わり合いを持たない、いわば反逆者だ」
「それに以前一度、朝廷に対し同じような救援要請を行ったではないか。陛下は罠であることも覚悟の上で、それを本物の救援要請として捉え、王師を擁しわざわざ河東に渡った。その陛下の誠意に対し、そなたたちは小賢しい策謀を
そう鋭く指摘をするのはラヴィーニアだ。ラヴィーニアは有斗にあえて反対してみせることでこれからここで下される意見が、有斗の執務室という密室で作られたものだという気配を消そうとしているのだ。そしてラヴィーニアがあえて過激な意見を言うことで、朝廷の良識派を賛成意見を取らせるようにしむけているのだ。
もし前もって打ち合わせをしてなかったなら、とてもそうとは思えなかっただろう。アカデミー賞級の演技力だな、と有斗は感心する。
「ですがそのようなこと戦国乱世のこの世では珍しくありますまい。それにそれはカヒを打ち破る手段の一つとして河東の諸侯の心を得ようとしたのでは? ツアヴタット伯家の力を欲したのでは? でしたら今でも、我々を助けることに意味はあるはずではありませんか」
「ならば聞こう、ツアヴタット伯には今いかほどの軍勢を陛下のために提供することができるのか?」
「それは・・・」
ウェスタは口ごもる。
「それでも助けて欲しいと? そちらからは何も差し出さず、我々からは無条件で援助を引き出す。それは大変ずうずうしい要求だとは思わぬのか?」
「やめよ」
有斗はそろそろ潮時とばかりに話をまとめに入る。
「僕が
「その通りです、そして陛下は見事その万民の期待に答え、この世に安定と秩序をもたらしつつあります」
内府がそう答えると、朝臣たちがいっせいに有斗を拝する。
「ありがとう。僕もそれに
ウェスタは驚きで目を見張る。
戦国に現れた天与の人とはもっと
まるで子供のように純真で真っ直ぐではないか。反乱を起こされたこともあるし、いくつもの戦を経験しているのだ。乱世の薄汚さを見なかったわけではないのに。
このままツアヴタット伯家の現状を言わずにツアヴタット伯家の再興を手伝わそうとするのは、なんだかその人のいい王を利用するような気がしてウェスタは少々気がとがめた。
「陛下・・・その・・・申し上げたきことがあります」
「いいよ。言ってみて」
「ツアヴタット伯は河東西部の雄、千を数える兵を擁し、ツアヴタット伯家を本家と仰ぐ諸侯は十を数えました。かつてはカヒ家と河東の覇権を争い、五分の死闘を繰り広げてきた名家です」
「過去の栄光など語っても何もならん。今はもう何も無いのだからな」
誰かが小声でそう呟くと、低い笑い声があちらこちらから聞こえた。
ウェスタは屈辱で顔を赤くする。だが仕方が無い。それは誰がどう見ても変えられぬ現実なのだから。
「ですが虎臥城の落城でツアヴタット伯家の多くの勇士は伯父と共に死にました。こうなった以上、見も知らぬ遥か昔の祖先の血を頼りにしても、ツアヴタット伯に味方する河東諸侯はいないでしょう。つまり王都にまでついてきてくれた十二人とツアヴタット伯であるわたし。それが今のツアヴタット伯家の現状です。今のわたしには、陛下に提供できるものはこのわたししかない」
それは悲しき告白だった。何もかも失ったものだけが持つ一種の悲壮感があった。
有斗もその気持ちは痛いほどわかる。セルノアを無くして南部に逃げてきた時の有斗がまさにそうだったからだ。
アリスディアやアリアボネやアエティウスが援けてくれなかったらきっとその悲しみに押しつぶされていただろう。
そんな思いからだろうか、だから有斗がウェスタに話した言葉は彼女の心を大きく揺すぶるものとなった。
「・・・こうして僕を頼ってツアヴタット伯が来てくれた、それもカヒの重囲を突破しツアヴタット伯を守り抜いた十二人の勇士を連れて。僕にはそれだけで十分だよ」
「陛下!」
ウェスタは一瞬泣きたそうな顔をすると、深く深く叩頭する。
「陛下、感謝いたします。このウェスタ、命ある限り陛下に忠誠を誓います!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます