第245話 科挙

 その日、ラヴィーニアに火急の用件があると告げられ、職務の手を止めてまで謁見を許す。

 またカヒが攻めてきたとか、どこぞで反乱が起きたとかならば一刻を争うからだ。

 だが帰って来たのはそれほど急ぎの用件だとは思われなかった。

「科挙・・・?」

「はい、科挙です」

「そういえば・・・そんなものもあったな」

 有斗の記憶が確かならば・・・官吏と武人を選抜して選ぶ試験だったはずである。しかしそれのどこが火急なのか有斗にはさっぱりだった。まさか火急と科挙を聞き間違えたとかじゃないだろうな、と有斗は己の耳を疑いもした。

「・・・確かアリアボネが二位、ラヴィーニアが三位になったとかいうやつだったっけ」

 その言葉にラヴィーニアは小さく頷いた。

「私も二位になったよ。武榜眼ぶぼうがんなんだ!」

 その話は耳にタコができるほど聞いた。アエネアスの自慢の一つである。

「ああ、武挙だったっけ? ヒュベルの次だったんだったかな」

「うむ。よく覚えていたね。えっへん!!」

 アエネアスは褒められるとそれだけで上機嫌になる。実に分かりやすい。こういうところは可愛げがある。生暖かい気持ちで見守ってやりたくなる。

 あれだな、親は馬鹿な子ほど可愛いっていう気持ちと同じ感情だな。

 しかしこれだけおだてに乗りやすいと、変な男に引っかかって痛い目に合わないか、それだけが心配なところだ。

「本来ならば去年行われるはずだったものだったけど、四師の乱から続いたゴタゴタで告知ができず、去年ようやく告知し、今年に伸ばしたんじゃなかったかな」

「よく覚えておりましたね」

「まぁね」

四師の乱で大量の官吏が死んだり左遷されたので、朝廷の通常業務に必要な人員すら足らず、支障をきたしていたアリアボネが言っていたことを思い出す。

 本来なら科挙で人員を補充したいところですけど、と。その時は科挙を待っていては間に合わないとのことで求賢令を出して急場をしのいだ。

 科挙の準備はアリアボネもたずさわっていた。彼女のしたことがこうして今も有斗や朝廷を支え続けていると思うと感謝の念がこみ上げてくる。

「で終わったの?」

「本来ならばもう既に終わっているはずだったのですが、朝廷は関西との合流以来、何かと混乱続きで実施が遅れております。ようやく終わったのは郷試きょうしと言いまして、各地方で行われる選抜試験です。これから本試験である会試を行ってそこで採用の可否を決めていきます」

 つまり郷試とはセンター試験みたいなものなのだろうな。これから本番の大学受験に当たる会試が始まるということなのだろう。

「ふうん・・・」

 まだ決まって無いのなら、今報告されてもあまり意味は無い。全て終わってからでいいんじゃないかな、などと有斗は急速に興味を失いつつあった。

「で、火急にお尋ねしたいこととはそのことでございます。陛下自らご臨席なさって殿試を行いますか、陛下?」

「・・・殿試って何さ?」

「殿試とは、王臨席の下に科挙合格者が受ける最終試験のことです。これにて合否と席次を決める大切なものです。とはいえ最近は大臣や尚書令、高名な学者などがその役にあたり、王が実際に臨席することはあまり見られません」

 セルウィリアのその説明に、さらにアリスディアが補足する。

「王も問いに対する科挙受験者の返答を理解するだけの頭が必要ですからね」

 ・・・アリアボネやラヴィーニアと同列に話せる頭脳が必要ってことか。最近は王の仕事も過不足無くこなし、朝廷や国の状況も把握し、軍を統率できるようになったと胸を張る有斗だったが、それでもさすがにそこまで天狗になることはできなかった。

「・・・いや、じゃあいいや。まだまだ僕がやるべきことは日々山積みで残っているし、それは頭のいい大臣や中書令、尚書令に任せる。」

「わかりました。ですが状元じょうげん榜眼ぼうがん探花たんかになった人材には会ってもらいますよ。将来の朝廷を背負って立つ人材ですからね。陛下にも知ってもらわないと」

「会って・・・何をするの?」

「会ってお言葉を二言三言ふたことみことかけていただければ十分です。きっと感激して、心から陛下に忠誠を誓うことでしょう。王から直々に声をかけていただけるというのはそうとうに光栄なことですから」

「ふうん・・・」

 僕から声をかけられるってのはそんなに名誉なことなのか、と有斗は自らが王であることを今更ながら実感し満足げになる。

 だが次の瞬間、疑問にぶち当たった。

 だとしたらアエネアスはどうなる・・・? アエネアスを見る限りそういった感じはまったく見られないではないか。これは僕を持ち上げるためだけの空虚な実態の無い言葉では無いだろうか?

 ぶすっと押し黙った有斗に比べて、周囲は何故か盛り上がっていた。

「何はともあれ、陛下が即位してから初めての科挙ですから、是非大々的にやりましょう」

「・・・大々的にやって何か意味があるの?」

 単なる試験を大々的にやっても無意味だろう。お祭りじゃないんだし。

「例えば、関東は前回の科挙の前は十二年間行われていませんでした。行うということだけで、王朝の安定と繁栄を万民に示すことにもなります」

 そういうものなのかねぇ・・・まぁ、東西の朝廷が合わさって官吏の数だけは増えたものの、有能な官吏がもっと必要だと常々ラヴィーニアが嘆いていることを考えると、質の高い官吏が手に入る科挙は有斗にとっても喜ぶべきものではある。

 なにせ十二年間科挙が行われなかったといっても、その間も死んだり退官した官吏の補充はしなければならなかった。そこは高官による推挙ということになる。縁故採用や賄賂が飛び交い、質の低い官吏で関東の宮廷は埋められてしまっていたのだ。さらには推挙者を中心とする派閥が自然形勢されることとなってしまっていた。ひいてはそれが四師の乱の遠因ともなったのだ。

「それに・・・これは大変なことになるよ」

「大変なこと・・・?」

 アエネアスの言葉に何か不吉なことでも起こるのかと有斗は身構えたが、続いてアリスディアがにこりと微笑んで説明するところを見ると、どうやら悪いことでは無さそうだと、ほっと一安心する。

「その通りです。関東は前回の科挙が十二年ぶりだったので、本来なら合格するレベルの人材も多く落第しているのです。それから研鑽けんさんを重ねた者、また新たに科挙を目指す若者で畿内だけでも相当レベルが高い上に、腐りきった王朝に嫌気が差し、南部や河北で隠遁していた巷間に名高い隠者たちまで陛下の聖徳をしたって参加するという話です」

 これも陛下の人徳の賜物であるかと、アリスディアが拱手し会釈する。

「なるほど、それは実に素晴らしいね」

 だとするとアリアボネ、ラヴィーニアクラスでなくてもそれなりに有能な人間を採用できそうだ。

「関西だって負けてはおりません!」

 セルウィリアも負けてはおられないとばかりに声を張り上げ、関西の自慢をする。

「我が関西では5年に一回なので元より関東の秀才にも引けをとりませぬ才人ぞろいです! しかも我が父が生前、各地に学と校を作り、教育に力を尽くしましたので、士大夫層以外のもの以外にも素養のある人物が受験することと相成りましょう!」

 どうやら関西は関東に少しも劣っていないと言いたいらしい。関東と関西の仲の悪さはどうやら一朝一夕には解決しない問題のようだ。

 しかし学と校か・・・

 有斗にはそれがなんだかわからないけれども、教育に関係する場所だということは文意からなんとなく理解できる。

 そして義務教育制度に関西の官吏も反対していたところを見ると、有斗の考える『学校』とは違うものなのだろう。

 しかしそういうものがあるのなら、僕にひっそりと耳打ちしてくれれば、義務教育制度について悩んでいた僕のなんらかの助けになったかもしれないのに、と有斗は少し恨めしく思う。セルウィリアは未来の王となるべくして教育を受け、それに相応しいだけの知識を蓄えることとなった。有斗が悩んでいる問題や分からないようなことも、訊ねれば一瞬で解決法なり、それに関係する、判断に必要な情報が出てくる。

 つまり有斗より遥かに王として的確な資質を持っているということだ。

 だが問いに対する答えは判を押したような無難なものばかりだ。このアメイジアが置かれている現実を考えると相応しいものではあるが、この現状を変えようと言う気概に欠けるところがある。発想力と応用力が欠けていたのだ。

 それに王としてのセルウィリアは平凡以下の治世であったとラヴィーニアは言う。

 つまり持っている知識を政治に生かせなかったんだろうな・・・と有斗は思った。


 さて、科挙の本番は会試である。試験はなんと三日がかりで行われ、受験者は試験が終了するまでの間、個室に閉じ込められ、出る事を厳しく禁止される。

 とはいえ答案が作成されさえすればいいので、食事や睡眠、休憩を取ることは許されていた。

 そして答案が作成できたとみなして自ら退室するか、三日目の朝になれば試験は終わる。これで合格が非合格かが決まる。合格者はわずか三、四十人という狭き門である。

 その後にいよいよ殿試がある。

 現在、国が抱える諸問題や現状について王自ら臨席し下問する。今回は大臣高官が代わりを務めて問題を提示し、科挙合格者である進士の解答を聞いて、本人の見識がどのようなものか見るといったものである。

 上位三人である状元、榜眼、探花は特に重んじられ、三魁と呼ばれ他の進士と区別される。彼らは将来の三公(右府、左府、内府)候補である。

 ほぼ大臣か亜相、黄門までの昇進が内定され、歴代でも宰相で終わった人は五指に満たないらしい。それもアリアボネのように在任中に早世した場合くらいであるという。エリート中のエリートと言ってよい。

「陛下、科挙が終わり、今年の状元、榜眼、探花がようやく決まったようですよ」

 アリスディアが尚書省から回ってきた書類を見て、有斗に報告する。

「決まったのか。じゃあ僕が直接会わないといけないんだよね。尚書令と今後のことを打ち合わせといてくれるかな?」

「はい」

 アリスディアはグラウケネに有斗の書類の読みあげを任せ、立ち上がると優雅に一礼して中書省へと足を向ける。


「陛下、只今戻りました」

 戻ってきたアリスディアは真っ青な顔をしていて有斗を驚かせた。まるで病人だった。

 例え倒れそうな熱があるときでも笑みを絶やさず、顔色を変えないアリスディアが、こんなに一見しただけで異変を察知できるほどの顔をしているところを有斗は見たことが無かった。

 なんだか分からないが、よほどのことが起きたに違いない。

「どうしたの!? 顔色が悪いよ! 大丈夫!?」

「そんなに顔に出ておりましたか、申し訳ありません」

 アリスディアは頭を下げると笑みを作る。だけどそれは無理矢理作った笑顔だと有斗にもわかるような引きつった笑みだった。

 ・・・本当に驚いたのだろう。アリスディアをここまで動揺させるなんて、いったい何が起きたのだろう・・・?

「大丈夫です。少しばかり驚きまして・・・」

「まるで幽霊に会ったみたいだよ」

「幽霊・・・、そうですね幽霊・・・いいえ、いっそ幽霊ならばよかったのですが・・・」

「悪魔にでも会ったの?」

 アリスディアはその言葉に首を横に振って否定する。

 さすがに悪魔だとかが現れたとしたら、もっと大騒ぎになっているだろうしな。それにアメイジアは中世っぽい世界だが、残念ながら今まで悪魔どころかドラゴンもスライムも見たことが無い。

 どうやらこの世界はファンタジー色は薄いようだから、そんな非科学的存在が現れたとかはないか、と有斗は自身の想像を苦笑しつつ打ち消した。

「陛下、今日は謁見を中止いたしませんか? それがいいと思いますが」

「・・・なんで?」

 何か回避しなければならない理由でもあるのかな? 特に有斗には思いつかないけれども。

「その・・・なんというか・・・・・・そ、そう! 今日はお日柄がよろしくありませんわ!」

 意味が分からないんだけれども。アリスディアには珍しくさっぱり要領を得ない話だった。

「・・・いや、アリスディアは体調が優れないようだけど、僕は大丈夫だ。それに今日は幸いそれほど仕事が多くない。どうせいつかは彼らと会わなきゃならないんだよね? ならば時間に余裕のあるうちに会っとこうよ。明日はどんな事件が起きるかわからないんだから」

「・・・はい。陛下がそうおっしゃるなら・・・ただ、陛下、目の前の人物が科挙の合格者であるという事実を、よく考えて物事を判断してくださいませ」

 アリスディアにしては奥歯に物が挟まったような官僚答弁的な言い回しだったことがひっかかった。

「・・・?」

 ・・・変なアリスディア。


 有斗の日常を見ているとそうは思われないだろうが、この世界において王と言うのは非常に尊貴な存在である。

 お目見えを許されるのは極僅かの例外を除けば基本は五位以上の公卿だけ。後宮の女官、羽林であっても王の近辺にて働くことができる者は極めて少数だ。ほとんどの者は王などめったに見ることも無い場所で働いている。

 それに例え王の目に触れて下問を受けたとしても、直答を許される者は更に少ない。

 身分が下の者は王が話しかけてもそれに直接答えたりしてはいけないらしい。例え王が言った言葉が聞こえたとしても、間に一人、それなりの身分の者を挟んで受け答えしなくてはならないとのことだった。

 例えばこういうことがあった。

 後宮を勝手に動き回った有斗が道に迷い、傍を通りかかった女官に道を尋ねたら、その女官が平伏したまま震えて動かない上、まったく喋ってくれなくて、アリスディアが駆けつけてくるまで話が進まず、とても困ったということがあったくらいだ。

 それくらい王は尊敬される存在だということだ。

 まぁこの宮廷は特殊なこともあって、アエネアスやセルウィリアといった本来ならば資格の無い立場の者が王の部屋に勝手に出入りしたりもするけれども。

 であるから、いくら将来大臣の有力候補である状元、榜眼、探花であっても、今現在は無位無官の民間人である以上は王に拝謁することなど本来は叶わぬことである。

 そこで大臣が状元、榜眼、探花を後学のためと称し大内裏内を案内して回った後、最後に内裏の紫宸殿の前を通りがかる。そこにたまたま清涼殿から出てきた王と鉢合わせになり、見慣れぬ顔に興味を抱いた王から特別にお言葉を賜るという筋書きであるらしい。

 それを聞いた有斗の第一声は「コントかよ!」だった。

 実に馬鹿馬鹿しいことだが、権威形式とはおおむねそういうものであるらしい。

「普通に会って話したらいけないのか? そのほうが時間の無駄も無いし」と訊ねる有斗に、グラウケネもアリスディアも「それではありがたみが無い」だの「先例が無い」だのと大反対した。

 でもなぁ・・・いつ来るか分からない彼らに備えて、清涼殿先の廊下に見張りの女官を立たせるとか無駄の極地な気がするんだけどな・・・


 やがて廊下に立たせていた女官が走って戻ってくる。まもなくこちらに向かってくるようだ。

 有斗が立ち上がるとアリスディア、グラウケネも立ち上がる。廊下にはすでにこの為に女官四名、羽林の兵十名が待機していた。茶番に付き合わされる彼らも大変だ。有斗は権威や権力ってのは時に理不尽だなと強く思う。

 ・・・・・・しかしそれより気になるのは・・・アリスディアがまだ青ざめたままであることだ。本当に何があったというのだろう?

 とはいえ科挙の成績上位者に会うのも立派な王の仕事の一つである。何より旧来の派閥が今も残っている関東の旧臣や、セルウィリアに今も忠誠を誓っている関西の旧臣と違って一から有斗に忠誠を誓ってくれる大切な臣下を得れると思えば、これはこれで悪くは無い。気を取り直して部屋を出る。

 紫宸殿に向かうのに清涼殿をいつもの出口とは違い、大回りをして外の回廊を回る。

「陛下であられる。そなたたちは急いで平伏せよ」

 三人の官服をまとっていない、見るからに一般人の三人、おそらくは科挙の上位三人と思われる、を連れて歩いている尚書令が有斗を見かけ、連れにそう言った。

 慌てたように後ろに控えていた三人が一斉に平伏する。

 だがそれよりも気になったのは明らかに過剰演技の尚書令だ。

 棒だ。これぞまさしく棒だ。よくネットとかで叩かれることのある、どこぞの新人声優ってやっぱり少なくとも声優って名乗ってるだけあって、最低限のことができているんだなぁということが理解できる棒っぷりだった。声にまったく抑揚が無く平坦なのだ。聞き辛いったらありゃしない。

 この小芝居って続けなきゃ駄目?

 こっそりアリスディアに、そう目で訴えてみたが、アリスディアは首を横に振って、有斗のその考えを却下した。

「陛下にご挨拶をいたします」

「ああ堅苦しい挨拶は抜きだよ尚書令、ところで後ろのその三人は?」

 一刻も早くこんな茶番劇は終わらせたいと願っている有斗は、挨拶も段取りもすっとばして、いきなり本題に取り掛かった。

「は・・・あの、彼らは今回の科挙の合格者でして・・・その、あの、なんといいますか・・・ああ! 今回の科挙の状元、榜眼、探花の三人でございます」

 割を食ったのは尚書令だった。自分の言うはずだった言葉セリフを全て空欄にして、一から作って答えねばならないのだから。おかげでしどろもどろに返答するはめになった。

「こちらが状元のゴルディアスでございます」

「陛下に拝謁いたします。ゴルディアスでございます」

 平伏している男は四十くらいの外見で、有斗に会っても一向に臆することも無い。秀才中の秀才といった雰囲気が全身から立ち昇っていた。

「ゴルディアス殿と言えば腐った朝廷に嫌気を指して河北の山中に隠れ住んだ名高い賢人です。その名を慕って教えを請いに全国から人が訪れるとか。百名を越える弟子を持つ賢者ですよ」

 と、グラウケネがこっそり耳打ちする。

「この者は東西王朝の合一による法律の統一を持論として披露しました。今現在、混乱を避けるため、関西は関西の法で、関東は関東の法で治められています。ですが関東と関西と分かれて百年、大きく食い違う箇所が存在します。これではいずれ混乱を招きます。早めに統一した新法を施行したほうがいいと見事な弁舌で臨席した大臣各位を唸らせました」

「ほう、それは前から懸案になっていたことでもある。是非いずれ君の持論を僕にも聞かせて欲しい」

「ははっ」

「次にこちらに控えますのが榜眼のバルビヌス」

 指し示されたのはまだ若い男だった。二十台後半と言ったところか。もちろん実際の年齢は分からないのだが。こちらはよほど王に会うということに緊張しているのか、汗だくで僅かに震えていた。

「陛下に拝謁いたします。バルビヌスと申します」

「この者は新法のひとつ塩の専売について具申いたしました。施行されてまもない新法ですが予期せぬ問題点があると。それを防ぐ策を具申しました。その内容には中書令殿もいたく感心なされておいででした」

 穴だらけだった新法は再施行に当たってラヴィーニアが蟻の這い出る隙間もないくらい修正していた。

 その穴を見つけるとは只者では無い。ラヴィーニアを感心させるとは見かけと違い、なかなかやる男だな。

「新法の完成は僕の悲願、なしえたい大業の一つだ。それに疎漏があると気付き、よく指摘してくれた。このままでは後世に悪法を残すところだった。感謝するよ」

「ははっ! 有難き思し召し」

 頭を地面にこすり付けんばかりに叩頭する。

「最後にこちらが───」

 と言って尚書令が指し示した先には前の二人とは違う、少し華やかな色使いの服を着た人物が平伏していた。髪は少し灰色がかった青、服は青緑、おしゃれである。

「探花のルツィアナ」

 服といい、長く伸びた髪といい、そしてその名前の響きを考えると、どうやら最後は女性らしい。

「陛下に拝謁いたします。ルツィアナでございます」

 そう言うと、ゆっくりとおもてを上げる。

 といっても王に対して不敬に当たらないように目線は下げたままだ。だがそれでも顔はぎりぎり覗くことができる。

 有斗はその女性に先程から感じる既視間の正体にようやく気付いた。この声・・・どこかで聞いたことがあるような・・・?

「こちらは───」

 と尚書令が説明を始めようとしたと同時に、ルツィアナの顔をさらに見ようと、有斗は廊下の欄干から身を乗り出した。

 王の威厳もへったくれもない突然の突飛な行動に、尚書令も、その連れの三人も、羽林も、女官たちも皆、驚きうろたえる。そう、アリスディアを除いては。

 ルツィアナの目の前には、まさに有斗の顔があった。

 見ていいものか悪いものか判断がつかないのか、ルツィアナは目を泳がせる。

 そして近距離でルツィアナを見たことで、有斗の中にあった疑いは、遂に確信へと変貌を遂げる。

 その青い髪、そしてその目、その鼻、その唇───

 他の誰を見間違えても、その人だけは見間違えるはずは無い。


「セルノア───!!!?」


 有斗は震える唇で懐かしいその名を叫んだ。

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