第182話 西部戦線(下)

 リディオ伯の南方十キロには、カヒが王師を破ったことで、リディオ伯に同調し叛旗を翻したフィリアシ伯の籠山城が無傷で存在していた。

 ここにはフィリアシ伯の兵八百に加えて、同じくカヒに同調したバラ伯が送った援兵二百、関西での変事を聞きつけて集まった傭兵五百、合計千五百が籠城していた。

 正面から王師と戦うには明らかに力不足ではあるが、それでもちょっとした兵力である。放置しておける数ではなかった。

 それにカヒに同調して寝返ったのはここより更に西方の諸侯だ。

 まずはここを落としておかないと、西京との連絡が絶たれてしまいかねない。

 いくらそれなりの兵糧を持ってきたとはいえ、糧道が絶たれれば兵は不安を覚える。不安を覚えればいくら兵力に勝っていても破れることがないとはいえない。

 何より王都との連絡が閉ざされれば、カヒが侵攻してきても関西遠征軍にその報が届かず、兵を返すことができない。


 籠山城は連山の一番手前にある小さな山に城郭をめぐらし、付近を流れる川を堀に見立てて三方を塞いだ平山城である。後方には屏風のように山肌が切り立っている。

 防衛という点から考えると、後方の連山に山城を築いたほうが守りやすいと思うのだが、あえて低い山に城を築いているのが不可解といえば不可解だった。

 水を得るのに適した地が無かったのか、それとも後方の山は建材を持ち上げるにはさすがに高すぎて建築を諦めたのだろうか。もっとも後方の連山は、霊山として関西の民の信仰を集めていると言う話だから、さすがにそこに城を建てることをはばかったのかもしれない。

「城郭のある手前の山は高くはない。それに川と城郭との間には距離がある。川を渡りさえすれば、三方から容易に攻めることが可能だ。一旦兵を背後の山に登らせて上下からいっぺんに攻めるという手法もある」

 ステロベは城を一望してそう感想を持った。一見、容易く落城しそうに思える。

 だがステロベは油断は禁物だと自分に言い聞かせた。フィリアシ伯はサキノーフ様ご光臨以前から続く名家である。

 もっとも御名を賜ることもなかったことから分かるように、当時から今に至るまで変わらず小諸侯であり続けたと言うことだ。だがそれは別の分析も可能である。つまり、小諸侯であるにもかかわらず、ずっと生き延びてこられたということである。近隣の諸侯や朝廷と幾度かの争いはあったはずなのに、その全てを生き延びたと言うことである。

 当然、その城が生易しいものであるはずがないではないか。


 翌朝、空が明るくなりかけると同時に、ステロベは全軍に一斉攻撃を命じた。

 北面と西面から川を渡らせて、兵を送ると同時に、東面の追手門へと地伝いで兵を投入する。

 兵は、一部は門前に殺到するが、残りの大部分は壁に向かって走っていった。

 城壁の低いところに次々と梯子が立てかけられ、兵がまるでケーキに群がる蟻のように集まり登っていく。敵も必死に応戦するが、まさかの朝駆けに油断していたようか、反撃は鈍い。

 勝てる。そういった気分が蔓延まんえんした瞬間だった。

 と、ここで壁に取り付いていた兵たちに異変が起きる。

 頭上から石が降り注ぎ、取り付いた壁が兵士ごと崩れて土ぼこりを舞い上げる。綱をつけた石を城壁の上に張っておいて、敵が攻めてきたときに綱を切って落とすという石弓と呼ばれる罠や、壁の外側に偽の外壁をかぶせて、それを一斉に崩すという罠だ。

 多くの兵が岩や木材の下敷きとなり、あっという間に戦闘不能におちいる。

 だがステロベは兵に命じて負傷した兵を下げると、直ぐに次々と新手を注ぎ込んだ。

 今ので石弓も偽壁も使い切ったはずである。そうそう何重にも罠を作っているはずがないのだ。

 確かに罠は使い切った。それ以降同じ光景が繰り返されることはなかった。だがそれでも守備兵は敢闘した。城壁にかけられた梯子を押し返し、登ってくる王師の兵にものをぶつけて妨害する。この日だけでなく、翌日も翌々日も城内へ一兵たりとも足を踏み入れさせなかったのだ。

 だがさすがに大軍相手にずっと城を持ちこたえるのは至難の業だ。さらにその翌日にはヒュベル隊が城壁を越え、城の一角を占拠することに成功した。

 これで戦局に変化が訪れると王師の将士は期待に胸を膨らましたが、ところがさらなる戦果をあげることができなかった。

 一角を占拠したものの、そこは内城がコの字型に囲んでおり、三面から攻撃を受ける場所で思うように兵を展開できないのだ。ヒュベルは兵の損耗を恐れ、それ以上進めることができず、その後、膠着こうちゃく状態に陥った。

 結局、籠山城が陥落したのは、堅城を落城させる方法が大方そうであるように、外からの攻撃ではなく中からの崩壊によるものであった。

 王師がバラ伯や傭兵隊とさぞ小まめに連絡を取っていたと思わせるような文面をステロベが作り、わざとフィリアシ伯の兵がいるであろうあたりに投げ入れたのだ。

 あまりにも見え透いた策ではあるが、大軍に囲まれたフィリアシ伯は通常の精神状態ではない。うかうかと騙されてくれるのではないだろうか。それにいくら罠だと見破ったとしても、少しくらいは疑心暗鬼の種をくことはできるだろう。そういう考えだった。

 結果から言うと、フィリアシ伯は兵が見つけ、届けられたその文面にうかうかと騙された。

 バラ伯の兵を搦手口に、傭兵隊を外郭の追手口へ、と配置換えをする。どちらも敵兵とぶつかる危険な最前線である。そして内城には自身の兵だけを籠めた。

 これで傭兵たちは一気にやる気を失った。

 裏切られると思っているのも馬鹿馬鹿しいことだし、危険な外郭をあてがわれたことも不満だった。

 裏切ると思われているなら裏切ってやろうではないか。彼らは金の為に働いている、別にフィリアシ伯と心中する義理も義務もないのだ。

 貰った金の分はもう十分働いている。そういう気持ちだったに違いない。

 連日の内応を促す矢文を前にして、ついに彼らは返事をする。


 朝、いつものように戦闘が始まる。だが城兵は今日も延長時間切れだろうと高を括っていた。どちらも決め手を欠いていたからである。

 と、ありうべかざることが起きた。

 外郭の一角を守っていた傭兵が突然土塀を打ち壊し、王師を導きいれたのだ。

 壁に開いた大穴から続々と王師の兵がなだれ込んでくる。予期せぬ方向からの攻撃に慌てふためき、城兵からの抵抗は微弱だった。あっという間に追手口を落とされ、王師はさらなる人数を城の中へと注ぎ込む。

 反乱に加わらなかった傭兵たちも、こうなった以上は仕事は終わったとばかりに両手を上げ降参する。

 バラ伯の兵たちは次々と武器を捨て我先に裏門から逃れ落ち延びていった。

 フィリアシ伯の兵たちも傭兵が降伏し、バラ伯の兵が逃亡するのを目の当たりにして、たちまち戦意をしぼめさせた。多くは武器を捨て投降した。

 それでもフィリアシ伯は一部の兵と共に内城の最奥で最後まで頑強に抵抗したが、ヒュベルによって最後は首を切断された。

 籠山城を落とした王師は次の目標としてはバラ伯領へと向かった。バラ伯は落ち延びた兵と合流し城に籠もって抵抗しようと画策したが、フィリアシ伯の敗北の報に集めた兵が逃げ去ってしまった。バラ伯は城を捨てて山中に遁走とんそうした。

 この頃には関西の諸侯が続々と王師の下に駆けつけてきはじめていた。次々と城を攻略する王師の活躍がプレッシャーとなって諸侯にし掛かり、中立の立場でいることに我慢ができなくなったのだ。

 関西遠征軍はついに三万を越えた。


 戦わずしてバラ伯を除いた王師は、さらに西北へ進んで、次はパトゥレア伯を攻めた。

 城を囲むとパトゥレア伯も即座に白旗を挙げ降伏した。

 もともと山と山に挟まれた谷側沿いの僅かな土地を領する、取るに足らぬような小さな伯爵なのである。周辺諸侯が一斉にカヒに鞍替えしたから旗印をカヒへと変えねばならなかっただけで、もともと政治的にどちらかの味方と言うわけでもなかったし、かき集めても三百人がやっとの諸侯とは名ばかりの豪族に過ぎないのである。囲まれるまで手を上げなかっただけで武門の名誉やカヒへの忠心といったものは十分に果たしたといった心境だったに違いない。そうステロベはパトゥレア伯の心をおもんばかった。

 なにはともあれ、今は関西に一定の秩序が戻ればそれでいい。将軍たちは喜んで受け入れることとする。

 だがここからが一筋縄ではいかなかった。

 開城にあたって双方が交わす人質について文句を述べたり、ようやくそれも解決し、講和の細部を煮詰めていって、さあ開城といった段になると、また言葉を二転三転させ白紙に戻す。

 ついには陛下の親書を頂きたいとまで言い出した。

 王師の将軍たちは顔を合わすたびにパトゥレア伯の悪口を言うのに余念が無かった。

 とパトゥレア伯城を取り囲むように陣を張る王師の中を、大将旗を上げた天幕に向けて、街道を東から西へと騎馬が大きな声を上げながら駆け抜けてきた。

 何事であろうかとステロベはじめ諸侯は慌てて天幕から外へ出る。

 使者は馬から下りると、将軍たちの前に立ち、懐から畳まれた絹布を取り出し

「勅命です!」と、大きく声を張り上げた。

 将軍たちは慌てて頭を垂れ、周囲の兵士たちも一斉に跪く。

「河東の逆徒は旗下の全諸侯に召集をかけて西進せんと見ゆ。王師は畿内各地の諸侯と共に急ぎ王都へと参集せよ! 欽此チンツー!」

 そして読み終わった絹布をステロベが頭より高く掲げた両手にゆっくりと渡した。

「以上です」

 役目を終えた使者はステロベたちに大きく頭を下げると天幕を後にした。

 ステロベが絹布を広げると、将軍たちは一斉に頭を寄せ、絹布に書かれた文面を確かめる。中書の印に御名御璽。間違い無く本物であった。

「いよいよ出てきたか」

 いずれ来ることはわかっていたが、実際にその報に接すると興奮とも恐怖とも分からぬ、もやもやしたものが心中に浮かぶ。

「早いところでは収穫が終わる。兵糧に余裕ができたのであろう」

「敵の規模はどのくらいなのだろうか」

 韮山崩れではカヒは三万を率いてきた。だが配下の諸侯全てに動員をかければ七万とも言われる。

 オーギューガに備えて国境には兵を残さねばならないだろうし、古来より大軍を行軍させるには軍を分けるのが常道。河北や南部に振り向けることだってないわけではない。とはいえ畿内へ直接攻め込むのだ。本隊が三万を下るということは考えられなかった。

「わからない。書面には何も書いていないからな」

「しかしこれで、このパトゥレア伯の煮え切らない態度も納得できる」

「既にカヒから出兵の知らせが内々に届いていたに違いない。だから突然降伏するのに条件などを付け始めた」

「この和平交渉は時間稼ぎの側面が強いと考えられるな」

 もしカヒと王との決戦の場にここにいる王師三軍二万が参加できないことがあれば、と諸将は一斉に息を呑む。

 どう考えても王に勝ち目は無い。子供でも分かる理屈だ。パトゥレア伯の功績は比類が無いものとなるだろう。

 諸将は一斉にステロベにおもてを向けた。

 ステロベは勅命を読むと何事か考え込んだように黙り込む。

「諸侯の軍を押さえの兵として残して、全軍を素早く近畿へと転進させるべきでは?」

 黙り込んだまま動かないステロベに、諸将を代表してリュケネがそう進言した。


2018/05/20 追記

ええとストック分がついに底をついてしまいました。

ここからイスティエアまではがっつりと変更がかかっていることもありまして、すみませんがここからは不定期更新になります。

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