第181話 西部戦線(上)
ステロベとヒュベルは軍勢を催し、リュケネと合流すべく関西へと向かった。
今現在の関西の諸侯はいつ誰がどこで敵に回るかもわからない。
ということは長期対陣になった時、厄介なのは
かといって少量の兵糧を少量の部隊で逐次輸送していれば、襲われて簡単に糧道を絶たれかねない。
とりあえず三か月分の兵糧と共に軍を動かしたため、行軍速度が遅くなった。
関西にてリディオ伯の城と
さっそくステロベは諸将を集めて当面の策を
「まずはリディオ伯を全力を挙げて攻撃し、落城させる。と同時に叛旗を翻していない各諸侯に参陣を
「呼びかけて簡単に降伏するとはとても思えないが・・・」
彼らはカヒが王に勝つと踏んで挙兵したのである。その認識が変わらない間は降伏するとはとても思えない。
ヒュベルに続いてリュケネも否定的な言を述べた。
「それに参陣を促すのもどうであろうか? 戦場にて裏切られては厄介だ。また、軍を催すということは諸侯にとって出費がかさむ。まだ中立を装っている諸侯をあちら側へと本格的に追いやってしまうのではないだろうか?」
「彼らが兵を挙げたのは周辺の諸侯を
そう言ったステロベに諸将は不満そうな顔つきだった。
だがステロベは王が任命した総司令官だ。表立って不安の言をあげる者もいない。とりあえず当面の策はそれを押し通すことになった。
「生ぬるい」
ステロベが出て行った後の部屋で残った将相手にヒュベルはそう愚痴を洩らした。
こちらは圧倒的な兵力を保持しているのだ。籠城したと言っても、それは所詮、地方伯の城に過ぎない。鼓関のような難攻不落の要塞がこの世にはそうそうあるわけではないのだ。ならば敵が集合しない限りは軍を分けて素早く関西全土を平定すべきではないだろうか。
「ステロベ卿はもともと関西の人間である。関西の諸侯を討つのが忍びないのではないか?」
ヒュベルは腑に落ちないものを感じて、そう言って首を
「考えられますな」
旅長も多くはヒュベルの意見に同調する気配が見られた。
「それだけならいいが、わざと時間を浪費することで反乱を
一人の旅長が言ったその言葉は諸将に波紋を投げかける。
「企む? 何のために?」
リュケネがその旅長に問い返す。
「関西の復興の為に。裏でカヒと手を組んでいないとは言い切れないでしょうか?」
「しかし陛下は王女をある意味では人質にとっている。めったなことはできないだろう」
関西の復興を名目にするなら、どうしても王女の身柄が必要になる。それを押さえているのは王だ。王女の命は王の思うがままである現状を考えると、身動きが取れないはずだ。
「だが、彼がもし関西の
反乱を
その可能性を否定できるかと問われれば否と返さざるをえなかった。
一瞬重苦しい沈黙が皆を襲う。
「とにかく、だ。全ては憶測に過ぎない」
静寂を破ったのはリュケネ。立ち上がると自分に言い聞かせるようにそう言った。
「私はステロベ卿の命令に従う。陛下が決めたことだからな」
そうだ。ここで内輪もめの元をあえて
今のところそんなそぶりは見当たらないのだから。ステロベが裏切るそぶりを見せてからでも、対策は遅くはあるまい。
「もしステロベが裏切ったら?」
アエネアスが突然言った突拍子も無い言葉に有斗はぽかんと口を開けた。
「それはありえません。ステロベ卿は曲がったことが嫌いなまっすぐな人です」
そう断言するセルウィリアにアエネアスが反論した。
「そう言って、あんたを裏切ったという過去があることを忘れてない? 一度裏切った人間は何度でも裏切るものよ。ステロベ卿は経歴も立派だし、有斗に対しても敬意を持って接しているように見えるけど、だが見かけだけで判断するのは危険があるもの」
そうだな、見かけだけならアエネアスも立派な淑女だもんな、と有斗は皮肉を心の中で浮かべた。
「あたしは裏切らないほうに賭けるな。ステロベ卿は肥大した名誉心の持ち主、関西の現状に悲嘆し、陛下の理想に共鳴して裏切り者の汚名を着てまで寝返ったのです。それがさらに寝返り返すなど理屈が合わない。ましてや僭主にでもなろうものならば、他人にはステロベ卿が欲に取り付かれたと見られてしまいます。これでは関西にて忠義を働いてきたことも、陛下に寝返ったことも全て嘘になってしまいます。関西の臣民からも関東の臣民からも、いや後世のアメイジアの全ての人々から一斉に非難を浴びることでしょう。それは名誉を重んじるステロベ卿にとっては死ぬことよりも辛いことです。ですから寝返ることなどありえないと申しておきましょう」
ラヴィーニアのその見解は、ステロベを戦場で裏切らせた、今は亡きアリアボネのステロベに対する人物評価とぴったり一致するものだったから、有斗も大いに納得した。
アリアボネのステロベに対して持っていた人物評価が、ラヴィーニアがもたらした物であったことを有斗は知らなかったのだ。
だが知っていたとしても同意したであろう。
「同感だ。それに・・・僕は三つのことから、彼に任せておくべきだと思う。まず、大前提である、僕が信を持って戦国の世を終わらせると公言していることが一つだ。一旦、信を置いて任務を与えたからには、裏切らない限り最後まで信じて任務を続けさせるべきだ。二つ目、僕らにとって一番望ましい解決方法は一刻も早い反乱鎮圧だ。ならば関西の地形、人間関係に詳しい人物に任せるべきだと思う。それに今から指揮官を交代させるとか方針を変更させたりしたら、全てが一からやり直しになる。とても冬までに全てを片付けることなどできやしない。だから指揮官を交代すべきではない。最後の三つ目。もしステロベが反乱を起こしたとしたら、確かにステロベ指揮下の第六軍は元関西王師中軍だ。反乱に加担するだろう。だが、その他の王師がそれをすぐさま鎮圧しようとすることは目に見えている。成功の目は低い。ステロベは関西で一軍の将にまで出世した人物だよ。そこまで馬鹿な男じゃないだろう」
「御意」
「それにもし最悪、関西の反乱が手におえなくなっても、鼓関を閉じてしまえばいい。鼓関に最低限の兵を残して守っておけば、カヒとは戦えないわけじゃない」
関西を攻めあぐねた有斗には鼓関の堅牢さは痛いほど知っている。
ならば今度はその堅牢さが有斗に味方し、関西の騒乱を関東へ波及させない防壁として機能することだろう。
「あまりいい方法ではありますが、晩秋までに反乱が治まらないのなら、王師を関東に引き上げてカヒに備えなければなりません。そうするしかないでしょうね」
ラヴィーニアはそう言って有斗に賛意を表した。
一方、関西では王師三軍集合後、当日と翌日は将兵の疲労回復に当て、翌々日から攻城の準備にかかった。各将に攻め口を割り振り、陣の移動、長梯子や攻城櫓に
そして四日後の早朝、満を持してリディオ伯の籠もる城砦に対して猛攻をしかけた。
追手口、搦手口、水手口、三田口、安満口全ての攻め口に兵を配し、一斉に攻撃を始めた。
だが二万を超える大軍を持ってしても、一時間半を超えてなお、どの門扉も破られる気配すら見られなかった。確かにリュケネが三ヶ月かけて落とせなかっただけあって、さすがの堅城である。城に通じる道はどこも曲がりくねり、片側が池や空堀、切りとおしなどに面しており、攻め手を容易には近づけようとしなかった。しかもご丁寧なことに門の手前で一旦下り坂になっており、攻めるには坂を登らなければならないと言う念の入った嫌がらせまであった。
だがリディオ伯の籠もる城砦は切り立った崖の上に立っているのでも、急峻な山の上に建った山城でもないのである。それが王師二万を超える一斉攻撃にびくともしない。考えられない事態である。
王師は数の多さを頼み、将兵を入れ替えて、何度も何度も攻撃を続ける。
午後三時を越えて、攻め手はようやく水手口から城砦内に突入することに成功した。
そうなると城内の兵もそちらの防衛に兵を振り分けざるを得なくなり、他面の守備に割くことができる人数は自然少なくなる。さらには寄せ手の王師の他の諸隊もそれに負けじと攻撃を激しくしたからたまらない。雪崩をうつように次々と各門が破られ、城内は王師の兵で満ちた。
だがそれでも守備側は本丸にかかる橋を跳ね上げ、本城に籠もり頑強に抵抗した。
ここでステロベは使者を送りリディオ伯に招降を勧めた。
「降伏を認めさせるなどもってのほか、ここはこれ以上の反乱を防ぐべく、リディオ伯を見せしめとして処刑するべきだ」
と、諸将は詰め寄ったが、ステロベは首を横に振ってその申し出を却下した。
「この戦いを関西諸侯は固唾を呑んで見守っているはず。ここはあえて寛大な態度を見せて降伏させるべきだ。あのリディオ伯でさえ許されたと知れば、挙兵したものの、王師の大軍を目にして怯えている他の諸侯も下りやすくなる。さすれば敵を殲滅するよりも早い時間で関西のことは片を付けられるだろう」
降伏を勧められたことで、それまで全滅止むなしと死に物狂いだった城兵から緊張感が失われた。
助かるものなら助かりたいという意識が芽生えてしまったのだ。こうなると戦いどころではなかった。
もしリディオ伯があえて戦いを続けようとすれば、兵たちは逆にリディオ伯に剣を向けるに違いない。それに城兵たちは長い戦いで矢も尽き、糧道も絶たれ、戦いに
リディオ伯はもはやここまでと、兵たちに武器を放棄させ、降人の印である両手を前で縛った形でステロベの前に立った。その降将にステロベは優しく接し、「さすがになんらかの処罰はあるでしょうが、一命は私の功に代えてもお助けいたします。心を入れ替え、忠勤を尽くせば本領安堵の目もございますぞ」などと元気付けた。
だがさすがに反乱を起こし、王師に最後まで抵抗したのだ。このまま関西に留めておくわけにもいかない。
「関西の者は長年歴代の王に施された文治政治に慣れている。抵抗した諸侯を切り殺すといった武断の政治では諸侯は
諸将たちはそのステロベの言にもまだ懐疑的だった。
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