第141話 新中書令(下)

 改めて有斗は二人を紹介する。

「こちらが今度中書令になったラヴィーニア、アリアボネの代わりを務めてもらうことになる。それでこっちはアエネアス。位は羽林中郎将だけど羽林の全権を持ち、僕の警護を担当してもらっている。これから始終顔を合わせることになる。ほら、ふたりとも挨拶挨拶!」

 無理に場を明るくしようとする有斗の言葉にも両者とも一切、反応が無い。

「・・・」

「・・・」

 二人とも相手の目から視線を外さない。一触即発の完全なにらみ合いだ。猫の喧嘩じゃあるまいし。

「え・・・え~と・・・と、とりあえず仲良くして」

 そこまで言うと、冗談じゃないとかいう顔つきで、アエネアスが”キッ”と殺意がこもってそうな鋭い視線を有斗に向けた。

「・・・くれたら嬉しいかな~とか思っているわけでして・・・・・・」

 危険を感じて、慌てて目線をらしつつ有斗の希望を伝えてみる。

「なぜ!?」

 だがアエネアスは一言の下に拒否する姿勢のようだ。

「その・・・相手の顔を知ってもらったら、これからやりやすいんじゃないかと思ったんだけど・・・」

 朝臣や将軍たちを信頼しないわけじゃないけどさ、一緒に相談できる仲間ってやつが必要だと思うんだ。

 有斗はこちらの常識を知らない以上、意見を公に発表する前に、間違いを正す役割を持ったもの、アエティウスとアリアボネの代わりになるようなものが。

 良い考えだと思ったんだけどなぁ・・・

「もう十分知ったよ! そしてお断りします!!」

 肝心のアエネアスとラヴィーニアがこうじゃなぁ・・・

「どうしてそんなこと言うんだよ。これからみんなでアメイジアを平和にするという大切な仲間じゃないか。ここでいがみあっても何にもならないよ。ほら、中書令からも何か言ってよ」

 困りきった有斗はアリアボネの代わりなんだから、見事この事態を収めてくれるんじゃないかと、ラヴィーニアに助けを求めるように話題を振った。

「別にいいんじゃないかな。あたしも人間ならともかく、言葉も通じないような猿と仲良くする気なんてさらさら無いし」

 幼い顔から、さらっとした口調で、どぎつい言葉が飛び出す。

「い・・・言うに事欠いて猿ですって!? 南部一の美女のこのわたしに!? わたしが猿だとしたらおまえなんか・・・え、え~と・・・そ、そう、ネズミ、ドブネズミじゃない! や~い、ドブネズミ!!」

 なんたる貧弱な発想力・・・アエネアス、お前は幼稚園児か。

 しかし・・・今日はなかなか怒りが収まらないな・・・だいたい好き勝手に放言したら、他人を不快な思いにさせる代わりに、からっと気が済んだとばかりに機嫌が良くなるのがアエネアスなのだが、何故か今日は一向に収まる気配が無い。

 だがその原因はすぐに判別する。

「ちょっとラヴィーニア! アエネアスをあおるのはやめて!」

 アエネアスを必死に押し止める有斗とは裏腹に、なにが面白いのかラヴィーニアは声を出さずに笑っていた。それがアエネアスのかんに障るらしい。

「ちょっと待てよ・・・ラヴィーニアだと? ・・・どこかで聞いた名だよ・・・?」

 アエネアスは突然暴れるのを中断し、考え込んだ。

「・・・あ! こいつ、陛下に対して反乱を起こした首謀者じゃない!? 確かアリアボネが助命してあげたとかいう・・・!」

「う・・・うん、そうだよ」

 有斗がそう言うとアエネアスは振り返って驚いた顔を見せた。

「じゃあ・・・セルノアさんとかいう陛下の大切だった人の仇じゃない! なんでこんなやつと!!」

「アリアボネの遺言なんだ。それにそのことは・・・その、もう許したんだ・・・」

 自分で許したはずなのだが、そのことを言うことすら、有斗にはまだ抵抗があった。

 ラヴィーニアに責任が無いということじゃないけれども、それはむしろ有斗が一生背負わなければならない罪なのだ。だからつらいのを我慢して生きていくしかない。

「許すことなんかこれっぽっちもない! 今からでも断頭台の露にでもするべきよ! このわたしが許可します!」

 ・・・それはただ単に、アエネアスがラヴィーニアを気に食わないから始末したいだけだろ、と有斗は呆れ返る。

「もうそれは終わったことだよ。今日からは一緒に戦国の世を終わらせようとする仲間なんだから、ね?」

 ここで処刑してしまったとしたら、官吏たちにいらぬ動揺を与えぬよう我慢してきた、これまでの有斗の苦労が水の泡じゃないか。

 しかし何もここでセルノアの名前を出さなくても・・・

 有斗もその名を聞くのはつらいけど、目の前で人を殺した犯人だと責められるのは、いくら厚顔なラヴィーニアだって辛いはずだ。

 ・・・実際は、そうであって欲しいと思いたい有斗の心の中のラヴィーニアだけなのかもしれないけれども、そうであると信じたい。

 アエネアスのこういうところが無神経すぎるよな。悪気は無いんだろうけどさぁ・・・

 有斗が悲しそうな顔で見ていることに、少しは良心がとがめたのか、

「ふん・・・まぁいい。陛下もそうおっしゃることだし、特別に許可してやろう。あまり下の者を苛めるのも可愛そうだから」と、珍しいことにアエネアスが自発的に矛を収める。

 あくまで上から目線だが、どうやら納得してくれたようだ。

 そう安心したら───

「言っておくけど、あたしは中書令で正四位上だ。赤毛のお嬢ちゃんは正五位下の羽林中郎将なんだから、もうちょっと目上の者を敬ってほしいものだけれどもね」

 と、ラヴィーニアが皮肉たっぷりにアエネアスに言い返す。

 また・・・! そんな寝た子を起こすようなことをしなくていいじゃないか!! 仲良くできないのか!? この二人は!?

「なんですって!」

 思ったとおりの反応をアエネアスは示した。

 これからまたさっきの喧騒が繰り返されるのか・・・今度はどうやって収めればいいんだと有斗は途方にくれる。

 だが何故かその怒りの矛先はラヴィーニアに向けられず、有斗に向かった。

「今すぐ、わたしをこのチビより偉くして! なんとかして!! 陛下ならできるでしょ!?」

「ええっ! この間、除目したばっかりだよ! それにさぁ、羽林将軍にしようかって僕が聞いた時、『そんな役に立たないものはいらない』って拒否したのはアエネアスだよ?」

「し・・・しまった・・・ッ!」

 顔面を蒼白にして頬を押さえる。

 どうやらその時のことを思い出したようだ。すっかり忘却のかなたに追いやっていたらしい。実に都合の良い脳みそだ。

「次は絶対昇進するッ・・・! これは確定だからね!」

 だからなんでアエネアスが人事の決定権を持っているんだ・・・おかしいじゃないか。

 まぁ、実質の王の警護責任者だから、どこからも特に反対は出ないとは思うけどさ。

 そんなアエネアスに追い討ちをかけるようにラヴィーニアはぼそりと呟く。

「最短でも秋の除目だねぇ・・・言っとくけど羽林将軍は官位相当は従四位下だから、まだそれでもあたしのほうが上だけどね」

「くっ・・・!」

 理知的な反撃にアエネアスはぐうの音も出ない。なるほど、感情に走るよりは、こういった攻め方をすればアエネアスを黙らせることができるのか。

「な、なら・・・わたしの全権を持って、お前が内宮に入ることを妨害してやるんだから! どう? これなら手も足も出ないよね!!」

 確かに後宮内部への人の立ち入りを検問する立場のアエネアスがその気になればできるけどさ・・・それは職権乱用じゃないか?

「できるものならやってみるがいい。中書を王から切り離して朝廷がうまく立ち行くかどうかをな。国家が混乱して無辜むこの良民が苦しむさまを見たいとは・・・いやはや羽林中郎将様の御慈悲に、天下の万民は感涙にむせぶことでしょうよ」

 皮肉もここまで言うとかえって清清すがすがしいものを感じるな、と有斗は思った。

「なんですって!! なんていう極悪人! 罪の無い民衆を人質に取るなんて・・・クッ! なんて卑劣なやつなの!?」

 しかし、なんでそんな大規模な話になっているんだ・・・たかが新しい仲間が増えたから、よろしくねってだけなのに、なんでこんな大事に・・・有斗は軽く眩暈めまいがした。

 管理職って大変なんだな・・・

 有斗は仮病を使って休みを取ったり、適当にサボりながら仕事をしていた過去の自分を思い出し、初めてバイト先の店長に申し訳ない思いで一杯になった。


 しかし・・・これでは、しばらく皆で一緒に相談することなど夢でもありえないな・・・

 とはいえ、宮廷のことに詳しいアリスディア、アリアボネが推薦した鬼謀のひとラヴィーニア、そしてこの世界の常識的な考え方で間違いを指摘するアエネアス、この三人でこれからの戦略を練っていくしかないのだ。

 ラヴィーニアを外すのは論外だ。計略や謀略といったことは、人の良いところが長所であり欠点と言われる有斗では考え付かない。他にそういうことに長けているのはマシニッサだが、あんなやつを身近に置いたら、いつ暗殺されるかわからない。やはりここはラヴィーニアが適任だと思うのだ。

 とはいえアエネアスを外すわけにもいかないだろう。相手が王であっても何でも言えるというそのあつかましさもたまには必要だろうし。

 初日からこれでは先が大いに思いやられそうだ・・・有斗はこれから予想される事象に、大いに胃が痛くなりそうだった。

 どうせきっかけはくだらないことなんだろうから、適度に矛を収めて仲良くやってくれないものだろうか。二人ともいい年をした大人で、朝廷の高官という名誉ある職についているのだから。

 だが眼前の二人は敵愾心てきがいしんき出しにして隠そうともしなかった。


 有斗は大きく溜息をつく。

 人が他人のことを全て分かり合え、いさかいの無い平和な世界があったとしたら、どんなに素晴らしいことだろう。

 某ロボットアニメのニュータイプとかいう現実離れした夢幻ゆめまぼろしを考え付いた先人に、今なら大いに敬意を表すことができると有斗は思った。

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