亢竜の章

第128話 異分子

 闇の中に再び影が集う。

 だが彼らの間には、以前は見られたような余裕がもう無かった。雰囲気はどこまでも暗く、焦りの色が感じられた。

 集まった六人のうちリーダー格の者がまず口を開いた。

「今回の不始末についてメッサ、言い訳はあるか」

 名指しされた人物は悪びれる様子も無く言い放つ。

「まさか関西の連中がこれほど使えぬとは思わなかった。反乱が失敗するにしても、もう少し王に打撃を与えてくれると私が思ったとしても、それが甘い見通しだったとは言えないだろう。関西の連中が無能だっただけだ。あれでは滅びるのも無理は無い。私はできるだけのことはしたさ」

「使えぬとは、そなた自身のことではないのかね」

 一人の影がそう口を挟むと、馬鹿にしたような低い笑い声が起こる。

 メッサと呼ばれた女はむっとした怒りの視線を嘲笑の主に向けた。

「だが、あの王の片腕たるダルタロス公を殺害することには成功した。無駄ではない!」

「関西に築いた人脈を全て失って、得た結果が南部の一諸侯の命か。それはご苦労だったな」

 メッサはそう反論するが、今度は痛烈な皮肉を返された。

「これではまるで王の為に、わざわざ叛意を持つ関西の朝臣や王師をご丁寧に集めて、始末するために関東の軍の前に投げ出し、お膳立てしてやったようなものではないか。関東の王はさぞや喜んだことであろう。政権から易々と敵対分子を除くことができたのだから」

「く・・・!」

 メッサは隣の席で澄ました顔をして、一言も発しない人物にまで怒りを向けた。

 いや、むしろ表に侮蔑の表現を現している者のほうがマシだ。こいつも心の中では私をあざけっているくせに、澄ましかえっているほうがたちが悪い。

「ふん。私の失敗があなたは嬉しいでしょうね。王が権力を増せば増すほど、畿内を担当するあなたにかかる比重は大きくなるのだから」

「いえ・・・別に」

 興味の無いような生返事を返され、メッサはますます不快になった。

「でも不思議ね。あなたがその気になれば、今すぐにでも王の胸に短剣を突き刺すことくらいできるのでは? にも関わらず、それをしないのは何故かしら? ほんとうに王を殺す気があるのかしら?」

 仲間内の争いにうんざりした一人がようやく仲裁に入る。

「・・・無理を言うな。王の側には常に警護がいる。それに二度の失敗を考えると、ここは慎重に行きたい。もっと王の側に我等の手のものを潜ませてからだ」

「その通りです」

「とはいえ、関東の王が多くのものを手に入れ、我々の大いなる脅威となったことは否定できない事実だ。これには皆も異存が無いと思う」

「はい」

 全員が大きく頷いた。

「だが、まだあの王が全てを手に入れたわけでもない。河東をはじめ坂東全域は王に服していない。それに王に心酔しているわけでもなく、長いものに巻かれろといった雰囲気に流され臣従しているものも多い」

「いかさま、さようさよう。それに組織が大きくなればなるほど、内部対立が起こるものだ。臣下の権勢争い、地域同士の対立も根深かろう。まだまだ王には楽にアメイジアは渡さない」

「カヒのカトレウスは大いなる野心の持ち主、彼に力を貸すのが良策かと。もちろん、勝ちすぎないようにですが。関東は例年の出兵、国庫への負担も重い。いずれ戦の負担に民が耐え切れなくなる。内乱が起きることとなるでしょう」

「だとすると・・・カヒが自由に兵を動かせるように、オーギューガのはかますそを掴んで離さない何かが必要だ」

「それはおまかせを。東北は私の担当です。オーギューガと領土争いをしている諸侯もいる。それにオーギューガとて一枚岩でもない」

 一人の影が自分に任せておけとばかりに大言を吐く。

「頼んだぞ」

「おまかせを」

「当初の計画からずれが生じている。だが、それも修正可能な範囲だ。依然として我等の手の中に世界の未来はある」

 リーダーは今日の会合はこれまでにする、と皆に告げた。

「では引き続き諸氏は各々の役目を全うし、来るべき時に備えることにしよう。全ては我らの目的の為に」

 リーダーの言葉に他の五人はうなずいて了承の意を表す。

 そして唱和するように言葉を返した。

「我らの目的の為に!」


 アリスディアは毎朝、日が昇る前、王が起きるより早く目覚め、当番の侍女と下女を点呼確認し、それぞれ仕事を申し渡した後、食事と着替えの準備を済ませ、王の部屋へと向かうことから一日の仕事を開始する。日中は上奏の取次ぎ、王の世話だけでなく、文字の読めない有斗に代わって上奏文を音読するという仕事もある。その間もアリスディアの指示を仰ぎに来る、幾人もの女官の相手をこなしながらである。

 それを有斗が帰還してから毎日、滞りなく行ってきた。

 とはいえ内心では心配が絶えない。

 アエティウスの死はアリスディアにとっても衝撃的な出来事だった。朝廷の主軸であっただけでなく、有斗を心理的に支えてもいたのだから、その王の現在の心中をおもんばかると、胸が張り裂けそうである。

 それに外貌は平静に見えるアリスディアだったが、内には大いなる悲しみを秘めていた。いくら戦国の世とはいえ、あれほど気のいい人が命を失うなど悲劇でしかない。

 アエティウスを亡くしたアエネアスの様子も心配だ。その悲しみはアリスディアの比ではないだろう。

 さらにはアリアボネのことも心配である。関西から帰ってきてから、まだ一度も顔を見ていない。関西でこじらせた病状が一向に良くならないらしく、まだ朝議に一回も出てくることすらできない。


 それに、最近もう一つ心配事が増えた。

 関西から来た美しい王女のことである。実に扱いに困るのだ。

 今の朝廷は火の車だ。特に度重なる出兵で軍事費が膨れ上がっている。無駄な支出は今は極力減らしたい。

 しかし王から直々に世話を頼むと言われたからには、尚侍のアリスディアとしては世話をしないわけにはいかない。貴賓きひんとも虜囚りょしゅうともつかない存在であるが、粗末な扱いをすると関東の品格に関わるし、王に汚名を着せることになる。

 そこで王と同じ待遇ほどではないが、今の関東に出来るぎりぎりの線で妥協を図ることにした。

 ところが当の王女様は、昼間は掌侍ないしのじょう一人、侍女二人をつけるのでお心やすきよう、と告げられると、

「三人では足らなくってよ。両手のマニキュアと両足のマニキュアを塗る間に、口紅も塗って貰わなくてはならないから、最低でも五人は必要じゃなくって?」

 と、言って大いに侍女たちを憤慨させた。

 今現在、有斗についている侍女ですらアリスディアを合わせても、わずか合計十一人なのである。常時ついているのは三、四人でしかないのだ。

 そう言い聞かせようとしたら、

「それはあまりにも王という存在を馬鹿にしています! 民は愚かな生き物です。王が民に王としてあがめられるのは、普段民が接している自分たちより偉い官吏たちが王を崇めているからなのです。もし女官や官吏に王が粗末な扱いをされていると民が知ったら、民は皆、王を馬鹿にして軽んじます。そうなれば国は中心となる存在を無くして崩壊し、王や官吏だけでなく結局は民も苦難にあえぐことになるのです。ですから、たとえそれで少しくらい民が苦難にあえぎ、朝廷が傾いたとしても、王を王たる扱いをやめることだけはしてはならないのですよ。関東の朝廷は王をなくしてしまったから、そんな基本的なことすら忘れてしまったのですか? なんと愚かなことなのでしょう!」

 と反論までする有様で、さすがに今度は温厚なアリスディアも大いに眉をひそめることとなった。


 しかもセルウィリアは内裏だいり内を気ままに歩き回るのだ。

 確かに禁じたのは門の外への外出だ。だからといって内裏内にて自由に行動する権利を与えたわけではない。しかしだからといって、部屋の外に出ることまで禁止するわけにもいかない。それでは軟禁になってしまう。

 それに監視を緩めるなと言われたが、同時に決して粗末な待遇や不自由な境遇と他者から後ろ指を指されるようなことをしてはならないと固く厳命されてもいた。

 あちこち歩き回っては、ここが掃除していないだの、ここの調度品は品が悪いのだの、上から目線で文句をつけ女官たちを大いに腐らせた。

 まるで新婚の息子の家に押しかけ、嫁を苛めるしゅうとめのようだった。

 我がままに振り回される形の女官たちからはさまざまな不満が噴出した。特に王女付きにした掌侍ないしのじょうからは、是非とも担当者を変えて欲しいと土下座までして泣きつかれる始末、それが今現在のアリスディアの大いなる悩みの種だった。


 セルウィリアは侍女の嫌な顔をものともせず、東京の内裏内を一通り探検し終わると、やがて制止する女官の手を振りほどいて、有斗の執務室に闖入ちんにゅうしてきた。

「少し見学してもよろしいでしょうか?」

 いったい何を見学するつもりなんだろうと有斗は不審がるが、特に拒否する理由も無かったので、

「いいよ」

 と、許可を与えてしまった。

 すると特に何をするわけでもなく、アリスディアの横にある椅子に勝手に座った。

 そこはセルノアの席だった、と寂寥せきりょう感と共に有斗が眺めると、王女様は有斗の視線に目を逸らすことなく、じっと眺め返す。有斗は真っ赤になって、あわてて視線を逸らした。

 あんな美人に見られていると思うだけで落ち着かないものを感じる。

「あの・・・何か僕に用事かな・・・?」

 と用があるなら早く済ませてしまおうと、勇気を出して有斗から尋ねてみるが、

「いえ、気にせずに執務に集中なさってください」

 と言って、また再び有斗を観察するだけなのだ。

 出て行ってくれないかなぁ・・・邪魔だなぁとは思う。だけど人のいい有斗は面と向かうと、邪険に出て行けと言うこともできなかった。

 アリスディアも部外者である王女様が少し気になるのか、珍しく音読もところどころ間違える。

 ようやくその日の奏上を全て片付けたころには、もう外は暗がりに包まれていた。

「これで今日の奏上は全て終了いたしました」

 アリスディアが書類を整理する手を休めてそう言うと、有斗は笑顔を浮かべる。

「ホント!? もうお腹がすいてすいてしかたがなかったよ!」

「まぁ、陛下ったら」

 アリスディアは袖で笑みを隠す。アリスディアのその笑みだけで疲れが全て吹き飛ぶような気持ちだ。しかし有斗はその光景に先ほどまでと違う違和感を感じた。

「あれ・・・? 王女様がいつのまにかいないね?」

 アリスディアの向こう側に座っていた王女の姿がいつの間にか消えうせていた。

 王様の仕事を一心不乱にする有斗を見て、仕事をする男の人の横顔って素敵、とか惚れてくれるんじゃないかとか思ったんだけど・・・

 そんな夢物語は無いよなぁ・・・やっぱり。

「夕刻にはお食事を取りに退出いたしましたよ。陛下は河北の賊のことをどうするか悩んでいらしたので気がつかなかったのですね」

 あの王女様は定時にご飯を食べれて、王である僕は冷めた飯をこんな時間に一人寂しく食べるしかないのか・・・

 その理不尽さにやる瀬無い怒りを感じた。

 王様って本当に皆、こんなブラックな職場なのか!?

 違うだろ、絶対!


 その頃、すでに夕食を取り、自室に退いていたセルウィリアは再び有斗について考えていた。

 見かけだけで人を判断するのは愚かなことかもしれないと、今日一日有斗を観察することにしたのだ。

 だが今日の観察をまとめるに、特に優れた政治的判断をしているようには思えなかった。確かに無難ではあるが、とりたてて優れているとまではいえない。考え込むことも多く、瞬時の判断力があるわけでもなさそうだ。

「天与の人と思ったのに・・・」

 それは単なるセルウィリアの勘違いだったのだろうか。

 むしろ、奏上ひとつとっても、尚侍ないしのかみに読み上げてもらわなければいけないその姿には、王としての威厳は微塵も感じられなかった。

「だけど愚鈍と結論付けるのも早急と言うものね」

 何はともあれ、あの男が陛下と呼ばれ、多くの諸侯と朝臣を駆使して、関西を滅ぼしたのは紛れも無い事実なのだ。

 それがまやかしでしかないということがあるだろうか?

 ・・・だが彼女にはまだ判断するに足る情報が全てあるというわけではないのだ。ここはまだ評価を保留しておいたほうがいいだろう。

 だけど、とセルウィリアは思った。

 もし、まやかしであるならば、セルウィリアにもやがて来たるべき舞台で再び主演として出番が巡ってくることがあるかもしれない・・・

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