第116話 白鷹の乱(Ⅲ)
実はこの時点で反乱を起こした関西側には大きな問題が生じていた。
あたかも羽林の兵であるかのように偽装したバアルたち十二名は、他の兵よりも先に王城に侵入し、西宮から回り込んでセルウィリアと昼前に合流しようと計画を立てていた。
だが西宮に通じる門のひとつで問題が発生した。そこの金吾の兵は関西出身ではあったが、見慣れぬ顔を見て不審を抱き、バアルたちを止めたのだ。
バアルが身分を明かすと驚きはしたが、通行書が無ければ通せませんと、あくまでその前に立ち塞がった。
「私がわからぬのか? 宰相にて征東将軍のバアルだ。ここは見過ごして、我々が王女殿下のところまで行くことを邪魔しないで欲しい」
バアルは隊長に近づくと小声でぼそぼそと話した。大きな騒ぎにされては困る。王女のいる場所までは、まだまだ門を通らないといけないのだから。
名前を聞くと周りの兵たちは驚いた顔を見合わせる。
無理もない。金吾と言っても、こんな南西の端の門にいるような彼らは下っ端の武官でしかない。いつも見るのはこの先の倉庫に用がある出入りの商人や職人。そしてそれを各省や後宮に届ける雑人か小間使い。女王はもちろん公卿など見かけたこともない。せいぜい年に一、二回、後宮の女官を見るくらいのものなのだ。それも相当下っ端にすぎない女官を。
バルカ卿といえば、朝臣の中でも大物中の大物と言える。同じ元関西の臣とは言えども、彼らとは身分が違いすぎた。
「わかっています」
「ならば通してくれ。これは国の大事なのだ」
「わかっているからこそ、通すわけにはいかぬのです。新たな主に一度お仕えしたからには、例え旧主であろうと刃を向けねばなりません。それが忠と言うもの。まして貴殿は先程の話ではセルウィリア様のために動いていることを臭わせる話をなされた。つまり今の陛下に危害が加わるやもしれぬということです。ならば私は金吾の誇りにかけて通すわけにはいかない」
それでも呼子を吹いて兵を呼ぶなどの明らかな敵対行為を示さないのは、バアルに対する好意なのかもしれない。
「力ずくでもか?」
バアルは刀の柄に手をかけて、相手に圧力をかける。
「腕前はお噂で知ってはおりますが、これも私の職務ですので通すわけにはいかないのです」
だがその金吾は一歩も引かない構えだった。
「・・・あくまでどかないということか」
その時、正午を知らせる鐘が鳴り響いた。
もはや問答をしている場合ではない。他の反乱が成功してもセルウィリアの身を確保できていなければ、何にもならないのである。セルウィリアの身を盾に降伏を呼びかけられたら、関西復興の旗印を掲げている以上、諸手を上げて降伏しないと筋が通らなくなるのである。
彼の生き方はバアルには取れない生き方だが、むしろその考えには敬服すら抱く。恨みはない。
だがバアルとてバアルの正義で動いているのだ。ここで退くわけにはいかない。
バアルは一刀の下にその男を斬って捨てた。悲鳴を上げる時間すら与えなかった。
怯えて後ずさった他の金吾を無視して門を駆け抜け、そして兵たちとともに次の門へと早足で急ぐ。
だが次の門の兵たちにその惨劇は見られていた。
兵たちは目の前で起こった変事に、ことの善悪や何かを全て投げ捨てて、とりあえず自分たちの安全を確保するために、慌てて重い門扉を押し閉じようとする。そこは西宮に向かうには必ずそこを通過しなければならない、もうひとつの門でもあった。
バアルたちは馳せる。
だが、一歩足らなかった。バアルが扉に手を触れると同時に、向こう側で
しまった、これでは突破するのに余計な時間を使ってしまう・・・! バアルは計画に
正午の鐘がなってしばらく経って、後宮の奥深くにいるセルウィリアのところにも王城で起きた騒ぎの物音は届いていた。
「この騒ぎは・・・まさか?」
侍女は窓から少し顔を出し、恐る恐る覗き見て、セルウィリアの疑問に返答する。。
「どうやら王宮のあちこちで戦いが起きている模様。おそらくは例の件が始まったかと思われます」
おめでとうございますとばかりにセルウィリアに向けて笑みを浮かべてお辞儀した。
「そう、よかった。まもなくね。この窮屈な暮らしから解放されるのは」
セルウィリアは喜色を満面と顔に表し、声を弾ませた。
だが、おかしい。しばらく待っても迎えに来るはずのバアルが現れない。セルウィリアはやがてそわそわと不安そうに身体を動かす。
「何か手違いがあったのでしょうか・・・」
首を傾げてそう言った侍女も不安を隠せない。
「このままでは、ここも関東の兵に囲まれるやも・・・」
そう、目的が王女の身だと気付かれては、きっと警戒を厳にされてしまうだろう。そうなると脱出は困難になるだろう。
「どうでしょう、姫様。ここにいるよりも、自らお動きになられては」
ここまでバアルが来るのが遅れるのなら、計画を前倒しするべきだ。
計画の次段階は西宮への退避だ。自ら動いたほうがいいかもしれない。
どうせバアルがここに来るには西宮を通行しなければならないのだ。すれ違う心配もない。
「そ、そうね。そういたしましょうか」
王女は侍女と
有斗がベルビオに連れられて廊下を曲がると、警護の羽林の兵四人がいるのが見えた。
これで前後に兵士を配していられる。奇襲を受けても少しは持ちこたえられるだろう。
有斗は羽林の兵と話すベルビオのさらに向こうの角に目線を走らせた。なにかの端が翻るのが見えた気がするのだ。
そこには扉をゆっくりと閉める王女様がいた。侍女も二人連れている。
あいかわらず・・・本当に綺麗だな・・・
綺麗という言葉がこんなにもぴったりくることはない。
美人というならアリアボネだけど、アリアボネは病気からくる儚さや触れれば壊れてしまいそうな美しさを感じるんだけど、この人は可憐だとか綺麗だとか・・・そういった華やかな
降伏してからしばらく経つが、有斗はまだこの王女とろくに話していなかった。
なぜなら有斗にはこんな美人に何も用がないのに話しかける勇気はないからだ。だから会ったら挨拶するくらいだった。
降伏した姫君と征服した王様という関係じゃなく、友達とか恋人とかみたいに普通におしゃべりできたら楽しいだろうな、とは有斗も思わなうでもないが、やはり思うだけ。行動に移すなんて内気な有斗にはできやしないことだ。
たぶんそんな機会は永久に来ないだろうな。
振り返った王女はそこに思いがけない存在、有斗がいることを見ると目をまんまるに見開いた。
「これは・・・陛下。ご機嫌よろしゅう」
「こんにちわ」
有斗も作り笑顔で挨拶する。
「どこへ向かわれるんで? 今は外は危険です。部屋から出ないほうがよろしいですよ」
ベルビオがそう尋ねるとセルウィリアは怯えた様子を見せた。
「そ・・・そうなんですか?」
「うん。外でちょっとした騒ぎがあるんだ。ベルビオの言うとおり部屋の中でじっとしていたほうがいいよ」
これが関西の旧臣たちの反乱だというのなら、有斗はともかく、さすがに関西のお姫様には剣を向けまい。
でも出歩くと何があるかわからない。ひょっとしたら戦闘に巻き込まれて怪我でもされたら大変だ。
「ああ、やっぱりそうだったのですね! ええっと・・・その・・・陛下」
「ん? なに?」
「その・・・やっぱり怖くて・・・一緒にご同行しては駄目でしょうか? 陛下と一緒なら心強いのですけれども」
よほど怖いのか両手で有斗の右手にしがみつき、うるんだ瞳で有斗を見つめる。
ぐわっ・・・! かわいい! かわいすぎるだろ!!
節目がちに少し俯きながらたどたどしく話す王女様はとても可愛い。有斗は思わずデレデレとしてしまう。
「うん。そういうことなら! じゃあ着いて来て。僕の側なら羽林の兵もいるし」
有斗は自分が護衛するわけでもないのに、安請け合いする。
その間もベルビオは不審の目でセルウィリアをじっと観察していた。
何かがベルビオの勘に触った。この女は何かを隠している雰囲気がある。
「陛下・・・陛下ってば・・・!」
ベルビオが有斗の王服をその大きな親指と人差し指で遠慮がちにつまんで引っ張った。
「ん・・・何? ベルビオ?」
「陛下いいんで? 王女もこの謀反の一翼を担っている可能性だってありますぜ」
確かに関西上げての反乱だとすると王女が一枚噛んでいないとおかしい。だけど・・・
「ずっと後宮に閉じ込めてた彼女が、この計画に関わっていたとは思えないよ」
王女がいるのは後宮の奥の奥だ。二十四時間警備と言う名の下に監視をしている。
それに王女として大事に大事に育てられてきた箱入りの女の子だ。そんなこと思いつくはずもないと
有斗は王女が育った王宮という場所が、権謀術数渦巻く場だということをすっかり放念していた。
「・・・まぁ、そう言われればそうなんですが」
まぁ、いいか、とベルビオは思った。例えこの女が何かしようとしても、首根っこを押さえつけてやる。それにいざとなればこの女を盾にするというのも悪くない考えだ。
「どうかいたしましたか?」
セルウィリアが不思議そうに小声で会話する有斗とベルビオを見ていた。
ベルビオは細い首だな、俺なら一瞬のうちに片手で
「いえいえ、お気になさらずに」
ベルビオの言葉にセルウィリアは不思議そうに首を傾げた。
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