第114話 白鷹の乱(Ⅰ)

 王城から戻って来たバアルからセルウィリアの居場所を聞くと、その情報を元に、関西の将軍たちは一挙の細部を詰めていくことにした。

「陛下の部屋はそのままだ。陛下をお救いするだけなら、それほど難しいことではない」

 元金吾大将軍のエキオンのその言葉にバアルも大きく頷いた。

「エキオン卿がいれば王女殿下を連れていても金吾の兵は通行を黙認してくれるであろう。問題は最深部の警護兵が全て関東の兵だということだ」

 そこは限られた者しか入れぬ場所、当然侍女以外は関東の者しか入れないであろう。王女を連れ出すどころか、彼らの姿を見られただけで一騒ぎになる。

「そこは私が使った庭園を大きく回りこむ道が使える」

 バアルは一旦、西園に出てから後方へ迂回する道を地図上で指差した。

「庭園と庭園の間は垣根だからな。巡回の兵に注意さえすれば、越えられぬことはない」

 そこをうまく通り抜けられれば、後はセルウィリアに侍女にでも化けてもらえば、王城の門から大手を振って出ることすら可能だろう。

「だがそこは日が落ちた後ならともかく、昼間では人目につきやすいな」

「そして、成功したとしても関西の再興は一旦遠のく」

 最大の問題を忘れているぞ、とプレイストアナクスは皆の注意を喚起する。

「恐らく国中にふれが回り、追っ手がかかる」

「我々は陛下を抱えて関西を流浪するしかない」

「逃れたところで挙兵し、どこかの諸侯が義を持って立ち上がってくれたとしても、それでどれだけの諸侯が共に立ってくれることになるやら・・・王師の兵であっても、我らが立ったと言うだけでそれに賛同し集まってくれるかといえば難しい問題だ。極めて生き残るのは難しいだろう。兵が集まる前に踏み潰されてしまうのが落ちだ」

「それならば元王師の兵たちが集まっているこの時に、王都で挙兵したほうが分はいいだろう。確かに敵は王師含めて五万を越える大軍だが、勝利におごり油断している。その油断につけこみ、女王陛下の救出と同時に兵を挙げ、王城と西京を占拠してしまう。王都を確保したならば関西の諸侯も兵を挙げやすいだろう」

「それしかあるまいな」

 エキオンの意見にバアルもプレイストアナクスも同意を示す。

「陛下を先に救出してから、その身を奉じて挙兵するか、挙兵して敵の目を惹き付けてから陛下の身を確保すべきか。どう思う?」

「挙兵してからの救出は無理だろう。関西のものが西京で反乱を起こすなら、目的は王女を奉じての関西復興しかありえない。敵も馬鹿ではない。すぐに警備を強化し、王城への出入りを禁止してしまうだろう」

「かといって一度抜け出したあと、王城をまた占拠するために再度攻めるというのは無駄手間だ」

「王女救出と同時に王城を占拠する部隊と、西京内で蜂起し西京を占拠する部隊とに分かれるのが現実的か」

「ああ」

 まず兵を王城内に入れて、王女の身柄を押さえ、それと同時に西京内で一斉に蜂起、全ての城門を閉じて城外との連絡を絶つ。城内にも西京内にも十分な場所がない。関東の軍は過半は王都外に駐留している。こうすれば敵の数を減らすことが出来る。

 関東側は慌てて鎮圧の為に兵を出すだろう。そうすれば王城内は手薄になる。王城を接収するのも容易になる。金吾や武衛の中の元関西の兵たちはバアルたちが優勢だと見れば、味方になってくれることだって十分に期待できる。

「できればその時に関東の王は殺すか捕らえるかしておきたいですね」

 バアルがそう云うと、プレイストアナクスは膝を叩いて、そのことを計算に入れていなかった己の迂闊うかつを責める。

「捕らえるのが良い。有利な条件で和平を突きつけることも出来る。関西の復興を認めさせられよう」

「殺すと、敵に関西滅亡の大義名分を与えることになるしな」

 エキオンも王を捕らえることに賛成した。

「後宮の内侍司ないしのつかさにも我等の協力者は多い。うまくいくのではないか」

 少し甘い見通しではないかと思うが、この策が最善であろう。

 セルウィリアの身の安全を考えれば先に助け出してから、兵を挙するのが安全といえる。

 とはいえ流浪してどうなるというのだ。拠点も兵もなく彷徨さまようことになる。関東の失政を待ち、河東や諸侯と語らい兵を挙げることになるだろう。先の見通しがたたない流浪の旅に、セルウィリアのような世間知らずのわがままなお姫様は耐え切れまい。きっとその生活に苦痛を訴え、準備の整わぬ前に挙兵に踏みきるに違いない。

 成功する未来図は思い浮かばない。

 かといっていつまでも決行を延ばしていたら、きっと関東の偽王と王女殿下は東京龍緑府に行くことになってしまう。

 そこは敵の牙城だ。そうなったら彼らの手が一切届かなくなってしまう。

 とにかく急いで武器を集めて西京内に輸送し、王が関東に帰ると言い出す前に兵を上げなければならない。


 王女の降伏から五週間が経った。

 アリアボネは体調も落ち着いたとのことで、ようやく執務に戻った。

 関西の朝廷の把握、諸侯との信頼関係の構築、とにかく一定の目処がつくまでは帰ることはできない。関東に帰ってすぐに反乱でも起こされたらシャレにもならない。

 いちおう鼓関はこちらの手にあるとはいえ、一年に二度も兵を動かすほどの余裕は、関東の朝廷にはないだろう。

「アリアボネ、どうかな?」

 いちおう希望者には関東でも前職を考慮し、官職についてもらうことにはなっているが、関東とほぼ同じ大きさの関西が支配下になったからといって、官吏が単純計算で二倍必要になるとは限らない。必要のない官職は廃止しないと国家が破産してしまう。それに一部の者には引き続き関西の中心たる西京で政務を執ってもらわねばならない。

 どの職にどのくらいの人数が必要かなどは、有斗にもアエティウスにもさっぱりわからない。アリアボネの知恵が必要だった。

「ざっと調べた限りですが冗官が多すぎますね。以前の関東よりも酷い。宮廷が肥大しすぎて効率的に動いていません。特殊な事例が発生するたびに専門の部署を作っては仕事を丸投げするので、本来の部署は仕事がないといったことが常態化しております」

「そんなに酷いの?」

「例えば刑部、民心が荒廃し、遠い地方でも犯罪が多発するようになってからは各侯に丸投げ、武装し徒党を組んだ盗賊団についても新設した検非違使、その他にも宮廷内、複数の地域にまたがる事案などなど、そのひとつひとつに専門の部署があるのですよ。その結果、刑部は有名無実と化しています。しかし刑部の人員は削減されていない。しかもそれぞれが重複する案件の場合、協力することはなく縄張り争いで反目しあい未解決となり、その原因を互いに押し付けあうというのが日常化しております」

「あのお姫様が知らなかったんじゃないかな」

「その王女だって侍女が百人もいるのですよ。知らないじゃすまされません。なんですかこのティアラ係、イヤリング係、指輪係、ネックレス係とかいうのは」

 有斗は噴出した。そんな役職もあるのか。

「まぁ・・・なんとなく想像はつくけど」

 たぶんその名前にまつわることだけしてるんじゃないかな。あの華やかなお姫様には良くも悪くもそういうことが似合っている。

「しかもそれぞれ正副の二人いるんですよ! なぜマニキュア塗るのに右手、右足、左手、左足と分けなければならないのですか!」

 アリアボネは珍しく怒っているようだった。公費の無駄遣いはアリアボネのようにどちらかといえば理想肌の人物には憤慨に値することなのだろう。

「王女の侍女は十人もいれば十分です。いやもう王女でもないんだから、ゼロでもよろしい」

 そういえば最初の僕のお付きの侍女はそれくらいだったな。・・・セルノアもいれて・・・

 セルノアは関東の朝廷では後宮に回す予算は少なく、王御付の侍女すらそれくらいしか人数を割けないと言っていた。それを考えると関西の原状は羨ましい限りだ。

「でも一度に大量の人の職を失わせるのはよくないよね。次は誰が首を切られるだろうと皆不安になるだろうし。それにあのお姫様を厚遇して関西の諸侯の不満を和らげるのに使うことを進言したのは君だよ?」

「そうでした。言いすぎました」

 アリアボネは手を組んで拝の礼を行う。

「それにしても、そんなのでよく宮廷を保っていられたものだね」

「鼓関の存在がなんといっても大きかったのです。関東の混乱を他所に、関のおかげで関西に戦乱が波及することはなかった。戦争がない。それだけでも出費も労役も少ない。官にとっても民にとってもありがたいものなのですよ」

「そうか・・・そうだね」

 有斗が来てから戦争に次ぐ戦争である関東の民のことを思うと、王として申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「関東もそうなってくれればいいけど・・・」

「・・・はい」

 アリアボネは目を細める。そういう考えをしてくれる王が上にいるというだけで民はどれほど救われることか。

 有斗はまだまだ王として未熟ではあるが、いずれはきっと立派な王になってくれるだろう。そういう確信がアリアボネにはあるのである。

「で、これをどうすればいいと思う? 冗官は削らなければいけない、でもあまり関西の臣民に動揺されても困る」

 関西は降伏したとはいっても、ただ女王が有斗に降伏したに過ぎない。関西の臣民はまだ降伏したという実感が湧いていないだろう。今後の支配のことを考えると、なるべく波風は立てたくない。

「現実的なところでは有為の徒は朝臣にしたいところです。広大になった国には、それに相応しい数の朝臣を必要とするのですから。残りは首を切るか降格させて給料を削減、地方に転出、各地の王領の荒廃を正すのに使うというところです。幸いにして関西の地を監督する役人にまわすほど、関東の宮廷に人が余ってるわけではない。むしろ人手が欲しいくらいです」

「でもどの人間が能力あるとか、僕らは知らないから難しくないかな?」

「そうですね・・・一度役目を与えて、各人の人柄や能力を見てから、役にたたぬ者だけ首にしたほうが動揺は抑えられるかもしれませんね」

「それでいいんじゃないかな。とりあえず試案を作ってみて欲しい」

「御意」

 本当にアリアボネがいて良かった、と有斗は心底思う。

 誰が有能かとか、誰をどの地方に振り分けるとか、どのくらい給料を下げるのが適当かとか、言葉にすれば簡単なのだが、実際にどうすればいいのか、有斗にはまったく思いつかなかった。

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