第112話 謀は重なり合う

「待たせたな」

 影がその部屋に入ると、六つの席がある円卓には既に五つの影が座っていた。

 皆一様に暗い表情に見えるのは、彼らが深くフードを被っているせいか、この部屋の照明が暗いせいか、それとも他に理由があるせいか。

 答えは、彼らが暗くなるのにはわけがある、であった。

 放っておいても泥沼の消耗戦を繰り広げてくれるはずだった、関東と関西かんせいの戦いがなんとあっけないことに終結したというのだ。それだけでなく彼らが一番望んでいない結末、片方がもう片方を飲み込むという結末となってしまった。

 ここに忽然こつぜんとアメイジアに東西を統一する巨大な王朝が現れたということになる。

「我々にとって実に由々しき事態だ」

 最後に着席した影がまず発言した。

「ここにひとつ提案があります」

 その声と同時に手を上げて、一斉に皆の視線を集めたその者は関西を担当する者だった。

「なんだ?」

「我らにとってこの事態は忌避すべきこと。そこでなのですが、関東は関西を征服しました。だがまだ面従腹背の徒が多い」

 まだ関西は終わってないのではないかと言いたいようだ。

「その通りだ。まだ関東の王の好きにはさせん。させてたまるか・・・!」

 指導者らしき男は暗い思念でそう呟いた。

 このアメイジアに真の平和をもたらす計画を練り、大勢の同志と莫大な金銭を使い、何年も前から準備してきたのだ。

 彼らにしてみれば、ちょっと前に突然現れ、何の努力もなしに王に祭り上げられただけの小僧に、大事なものを横からさらわれた気分だったのだ。

「ならば、今は最大の好機では?」

「何が言いたい?」

「今、支配者である王は西京にいます。五万の軍と共にいるとはいえ、そこは元関西の将士や諸侯、廷臣、そして民に囲まれた地。今は勝利に酔って浮かれている王ですが、現実は周囲を敵に囲まれた危険な状況にあるということです。ここでもし・・・反乱が起きると仮定します。その混乱の中、関西の女王と関東の王が不慮の事故で共に死ねば・・・?」

 そう言われて皆は騒然となった。

「・・・天下は治めるものを失い、大乱になる!」

 一斉に興奮し、互いの顔を見合わせる。と言ってもフードを深く被っていて、いまいち表情はつかめないのではあるが。

「お待ちを!」

 末席から慌てるような上ずった声が上がった。

「何か問題でも?」

 計画を立案した女は皮肉げな声で問い返す。

「現状は確かにそうです。が、関東の王はいつまでも西京に留まりますまい。貴女が西京に戻る日数を考えますと、準備に使える時間は少ない。万全の計略とは言いがたいでしょう。無理な計画はどこかで齟齬そごを生じさせるものです。ここは慎重を期し、またの機会を待って動くことを提案いたします!」

「ふむ、一理あるな」

 会議の主催者に同意されては、議論の風向きが変わる。このままでは不味いと彼女は反論を上げた者に対して攻撃を始める。

「それはそうでしょうねぇ。あなたにとっては都合の悪い事態でしょうねぇ」

「・・・どういう意味ですか?」

「関東の王の暗殺に一度失敗したあなたは、ここで私に王を殺されたら面子が丸つぶれですものね。失地回復のためにも反対もするでしょうけど」

「そんな意味では言ってはいません!」

 だが、その個人攻撃は言った相手にはさほど効果が無くても、会議の他の参加者にはそこそこ効果があったようだ。

「ふむ・・・」

 皆、黙り込んだ。

「私ならそのようなヘマはしない」

 任せてくれとばかりに胸を叩いた。

 それを見てもう一度、反駁はんばくの声を上げようとしたのを主催者は手で制した。彼らのうちで仲間割れなどしても誰も得をするものなどいない。

「我等の間で争っていても意味はない。ここは採決を取ることにする」

「この好機を使い、王と女王、双方を始末すべきと思うもの」

 手は五つ上がった。

「それに反対するもの」

 手は一つだけだった。

「ではこれで決した。頼んだぞ」

 頭を下げて一礼するその顔には、自慢げな笑みが浮かんでいた。

「いそぎ関西の旧臣たちと連絡を取り、それを結びつけ立たせるのだ。もし兵や人を集めるのに金がいるなら、惜しみなく使え」

「おまかせを。この日の為に関西の臣に渡りをつけ、関西の後宮に人を潜ませたのですから」

 ここで関西が関東に飲み込まれてしまえば、いままで全ての工作が死に手となる。関西担当である彼女の地位とて危うくなりかねない。だがここで旧関西の臣下を焚きつけて反乱を起こすことができれば、その手は全て有効なものと変えることが出来るだろう。そうなれば自身の地位は集団指導体制の中で抜け出し、目の前の競争者ライバルたちよりも一歩先を行くことが可能だ。

「必ずや成功いたします」

 神妙に腰をかがめる彼女だが、その顔には自身が考えた計略に対する絶対的な自信を感じさせる笑みを浮かべていた。


 関西の臣は全て赦免された。

 朝廷を合一するという名目で官職、官位は一旦取り上げられるものの、希望者には関東に帰り次第、再度任命するとのことだ。

 関東との割り振りを考えて降格はするものの、おおよそ同じ職に就けるらしいと知って安堵するものも多い。

 身柄は解き放たれて、全ての者が自由の身となった。

 とはいえ西京の治安維持と言う名目で辻々に関東の兵が立ち、その目を光らせていた。

 特に文武の高官の館前には大勢いるように感じるのは、関西の朝臣の被害者意識がそう見せているだけのことであろうか?


 そんな中、左府の館には太政官が全員集まっていた。政敵も、犬猿の仲も皆顔を揃えていた。

 何故かと言うと、一つめの理由は彼らが暇だったからだ。関西の朝廷は今は日常の業務と移管の作業で忙しい。

 だが国の意思決定機関である彼らには業務がない。今となってはそれらは関東の太政官か王が決めるのだから。

 これを期に左府が退官するから、皆と別れの宴会をしたいというのなら、無聊ぶりょうをかこつ身としては気晴らしに参加でもしようというものだった。

 もう一つの理由、それは不満だった。関東の府には今は亜相までしかいない。当然ここにいる者たちは関東の風下に立つことになるだろう。つまり二段階もしくは三段階くらいの降格は覚悟せねばならない。彼らはそれが大いに不満だった。

 だから左府が官を辞し田舎に帰ると言い出したことに、皆、寂しさと共に同情を感じた。

 だが直ぐに己の甘い考えを思い直した。左府はそんなに諦めのいい男ではないのである。どちらかというと粘着質で、諦めの悪い男だった。

 その左府がこんなにあっさり退官を決めて送別の会とは・・・何かひっかかるものがある。

 つまりきっとこれには裏がある。そういった理由からだった。

「確かに王師も武装解除し、諸侯も本拠地に帰って帰順した」

 酒が進んでいくと、いつのまにか話題は生臭いものになっていった。

「だが心から信服したわけではない。現状に不満を持つものは多い」

 左府の言葉に皆頷いた。

「元王師の者はまだほとんど西京にいる。武器防具さえ手に入れればあっという間に兵士に変わることができる」

 左府に続いて、内府の口からも少しきな臭い話題が出た。

「それに我々に支援を申し出る商人もいる。武器や防具はなんとかなるかもしれない」

 長年鼓関で保たれた関西の平和は、国民に国家というものの有り難味を感じさせず、ややもすれば人を利己的にする。その代表とでもいえる存在が商人である。だからその商人たちが国家のために協力を申し出たことは朝臣たちにも意外だった。もっとも普段、廟堂でののしりあう彼らが同じ目標のために一致しているということのほうが、よほどの奇跡ではあるのだが。

「やはり、なんといっても姫さまは、サキノーフ様の血を引く由緒正しき現人神であられるからな。普段国のことなど考えていない彼らでも、この未曾有の危機に対しては愛国心を発揮したのであろう」

 左府の述懐には意外なことに感動の色さえ込められていた。

「我々の間もいろいろあった」

 左府の言葉に特に常々嫌がらせを受けていた内府などは大きく頷いた。

「ああ」

「だがそれも朝廷あってのもの、関西の朝廷がなくならんとしている今、くだらぬ争いをしている場合ではない。国難の今こそ私心を捨てて長年のご恩に報いるときなのだ」

「その通り!」

 左府の演説にあちこちから拍手と同意の声があがった。

「リュサンドロス将軍は重症だ、だがプレイストアナクス将軍は健在。羽林、金吾、武衛の三大将軍もいる。それにバルカ卿も直に西京に戻ってこよう」

「それは心強い」

 若くて、才覚があり、良家の出身といったやっかみや嫉妬からバアルに対する感情はよろしくなかったはずの廷臣たちだが、こうなると急にそれが頼れる味方に思えてくるのだから、実に世の中、現金なものである。

 そしてその代表格が口を開いた。

「私とはいろいろあったが、女王への忠義に篤い男だ。きっと協力してくれるはずだ」

 左府は育ちのいい成功者にありがちな、自分に甘い男であった。嫌がらせはされたほうは根に持っても、したほうはすぐ記憶から消し去る。自身とバアルとの間に障害はさほどあるわけではないとさえ考えていた。もしこの場にバアルがいたなら二、三発は殴ったかもしれない。

「だがおそらく武官は監視されておろう。慎重にことを進めないとな」

 彼らは酒で赤らんだ顔を見合わせ頷く。だがその目は酔ってはいない。酔っているとしたら、それは彼らが愛国心だと考えている心の中のものに対して酔っているのだろう。


 西京にバアルたちがようやく到着した。

 誰のめいかは知らないが、西京の中では、主な武官には確実に尾行がついていた。

 到着したばかりのバアルにも後ろを振り返ると、三人組みの尾行が二組確認できる。

 一般人の姿なりをしているが、王師の兵であろう。歩き方に隙がない。

 人通りの多い街路の角を何度も曲がり、尾行をまいて、ようやくバアルが隠れ家に辿り着いた頃にはすっかり日も暮れていた。

 そこには王師のプレイストアナクス将軍と金吾のエキオン将軍がいた。バアルはまず表に怪しげな影がないかを確認すると、挨拶もそこそこに本題を尋ねた。

「羽林と金吾の役回りも、関東の王師が勤めていると言うのは本当ですか?」

「残念ながらその通りだ。だが王の周りは関東の者で固めているが、主要でない小さな門の金吾は前任者がそのまま任じられている」

 となると、こちらにもまだ取れる策があるということだ、とバアルは大きく安堵した。

 城内全て関東勢しかいないのなら西京で兵を挙げてもおそらく成功する見込みはない。門を固く守られればそれで終わりだ。だが関西の者が守る門なら、例え門番の彼らが味方につかなくても、我らが通る間だけ見て見ぬふりをしてくれる可能性はある。

 とはいえことを起こすにしても、まず王女に会ってからだ。

「兵はどのくらい?」

「信用できる将官は二十ほど、その指揮下の兵はざっと四百かな。兵は指揮官の言うことを聞くならば」

 下層の兵といえども、関西の人間だという感覚はあるだろう。それに関東の王にも関東の将にもなじみが薄い。味方してくれるものと期待できるはずだ。

「王師のほうはいかがでしょう?」

「旅長や百人隊長でざっと八十人ほど、一万は超えるだろう。なるべく決起の日までには仲間に引き込みたいところだが・・・」

 プレイストアナクスのその言葉にバアルは危険なものを感じた。

「仲間は多いほうにこしたことはありません。しかし無闇に広げるのはいかがかと。人数が増えれば増えるだけ秘密は漏れやすくなる」

「むろん、わかっておる」

 空気が険悪なものに変わらぬよう、すかさずエキオンが二人の間に割って入る。

「それでバルカ卿の方はいかがで?」

「旅長も百人隊長もほぼ賛同しています。ざっと一万五千は集まるでしょう」

「おお・・・」

 その数の多さに二人とも驚愕する。それだけあれば兵の数に不足はない。

「あとは武器だな」

「ええ、それが何よりも問題となります」

 羽林、金吾、武衛は現職だから武器防具は持っているが、王師は武装解除されてしまった。これでは蜂起しても関東の兵に鎮圧されてしまうだけだろう。

 ということは、さっそくバアルが鼓関で隠したものが役に立つ。とはいえ、千人分にも満たないのだが。

「そこは太政官の方々になんとかしてもらうしかあるまい。あの方々なら顔も広い、関東の王が帰るまでが勝負だ。それまでにいくら揃えられるか、だ」

 あの者たちにか? バアルはその発言に不安を大いに抱いた。あの昼行灯どもを頼ってもどれほどのものが用意できるか・・・

 だがここで皆の興奮に水をかけるようなことは断じて言うべきではない。同床異夢の寄り合い所帯なのだ。

 ことが成就するまでは仲間内での争いだけは避けねばならぬ。

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