第81話 素人考え
「・・・」
皆は有斗の言葉に一様に口を閉じた。
「え? え? どうしたのみんな?」
空気が重い。みなが有斗を見て微妙な表情を浮かべているだけだった。なにか空気を読めていないような発言をしただろうかと有斗は不安になる。
「・・・陛下・・・・・・」
アエネアスが頭が痛いとばかりに、目を閉じ、こめかみに親指を押し当てている。生理痛か?
「え? どこかおかしかったかな?」
有斗がそう訊ねるとアエネアスは腕を組んで考え込むふりをする。
「どこがって言うなら・・・全部かなぁ?」
「僕の意見がおかしいと思うのなら、是非問題点を言って欲しいな」
そう、ただ文句を言うだけなら誰でもできる。問題点を指摘し、対案を出してもらわないと。
その有斗の問いに応えたのは、アエネアスではなくアリアボネだった。
「陛下は関西に攻め込むとの仰せですが、どうやって攻めるつもりですか?」
「鼓関に攻め込むことを考えているけど・・・」
「やっぱり・・・」
アエネアスは大きく溜め息をつく。そのアエネアスに代わって有斗にそれがどれだけ難事かを説明してくれたのは、またもアリアボネだった。
「いいですか、城攻めには通常守備する兵士の三倍以上の兵が必要だと言われます。兵士たちが死ぬのも構わず、ただ我攻めで攻めるだけの消耗戦、それが城攻め」
「兵が必要ってこと? 南部や畿内の諸侯を全て狩り出しても無理かな?」
「鼓関は普通の城とは違いますよ。両側が切り立った崖、左右に河川、城壁から離れるにしたがって三角形に広がっている地形といい、類を見ない天険です。山岳を河川が穿って出来たため、一見すると中州に見える関部分は盛り上がっている。そんなあの城では水攻めも容易ではない。十倍の兵を持ってきたとしても落とすのは難しい。難攻不落の城。だからこそ私は、一番最後に関西を攻めることをお薦めしたわけです」
「鼓関以外には道が無いの? 抜け道とかは?」
「朱龍山脈は極めて険しい山々。数名の人数なら超えることができる道がありますが、万を超える人数を無事に越えるなどはとてもとても・・・しかも今は冬。冬山を越えるなど、よほど熟練した狩猟民でもせぬことです。昔、関東から関西へ攻め込んだ時には山をくりぬき道を作ったり、崖に棚のように張り出した
ん? 過去に同じことを考えた人がいるんだな。
「その道を使ってみるのはどうかな?」
「
「そうか・・・でもさすがに海に接してるところまで山があるんじゃないよね? だとしたら南部を南下し、山脈が途切れる南側から攻め込むのはどうだろう?」
「残念ながら朱龍山脈は南の海岸線まで続いており、海と接する際まで、切り立った崖であります。人がそこを越えるには崖に張り付いて進まねばならないという難所です。それを軍隊で越えるのは無理だと申し上げましょう」
「海を船で渡って上陸するってのはどうかな?」
「関東は兵の質、軍馬共に関西を上回りますが、ただ一つの例外があります。軍船です。関西は歴史的に海軍が強い。それにたとえ彼らを破って上陸できたとしても、海を越えて兵糧を送らなければなりません。しかも我が方は負けたら撤退できる場所が無い。海岸まで追い詰められれば全滅することも考えられる。これも危険な賭けだと申し上げておきましょう」
なんか言うこと言うことダメ出しされるな・・・ 鼓関以外から攻めるのは実質難しいのか?
「じゃあさ」
と有斗は残された最後の方向を地図を見ながら指差した。
「北から大回りして攻め込むっていうのは? ここには山が描いてないけど」
地図には北側に進むと山が描いてなかった。ここは平原じゃないのかな? アエネアスとアエティウスは顔を見合わせると肩をすくめた。
「それなら理論上は可能ですが、ただ遠い。補給線が長くなれば兵糧を運ぶのに苦労するでしょう。しかも北辺というのは朝廷の支配の及ばない地、
アエティウスは補給の困難さを強調した。
アリスディアも懸念の声を発する。
「長期間、王都を留守にするとよからぬことが起きぬとも限りません。お止めになったほうが・・・」
「そうそう。それに私たちが関西に攻め入ったと聞けば、カヒも雪が解け次第、関東に攻め入ってくることは必定です。我らは一転、
アエネアスにしては珍しい理知的な反対理由だった。ちょっとは脳みそもついているんだな、と有斗は妙なところに感心してみせる。
「それに北辺にいる、まつろわぬ豪族や賊を防ぐために関西の北部は城砦が連なっています。それを一つ一つ抜いていくのも難しいかと」
「でも鼓関を攻めるよりは兵は少なくてもすむよね?」
「それは当然そうですが・・・」
「たとえばさ、関西を攻めると公言せずに、そう・・・例えば河北の賊を討つと言って兵を出し、周りを
有斗はこの世界に来て、何よりもゲームでは想像できなかったことが戦争にはあると、ひとつ知った。
それは外征をするのには何よりも必要なもの。兵? 食料? 武器? 将軍? いやいや、そんなものはゲームでだって再現されている。
答えは『時間』だ。
王師はともかく諸侯の兵はそれぞれの土地で生活をしている。まずその兵士たちを集めねばならない。
次に食料。一軍の兵が一日に消費する食料は米だけだとしても膨大な量になる。それを遠征する期間の分を最初から持っていくにしても、輸送するにしても、その量を集めるには時間が必要だ。食事は兵の士気を考えると毎食、米だけと言うわけにはいかない。ということは保存食を作るのに必要な塩だって集めねばならないし、保存食を作る時間も必要だ。
自領で防衛するなら話は別だが、敵地で戦うにはどうしても必要とするものである。
もちろん略奪という手もなくはない。だが略奪して手に入るものはたかが知れている。
万の軍の腹を毎食満たすことなどできるわけが無い。それに略奪すると知られたら地元民の協力を得られなくなる。代わりに行軍速度が遅くなることになるのだ。
当然、敵も同じことであるはずだ。
「関西に攻め込んだことをカヒが知るのは、当然、僕らが攻め込んだ相当後になるはずだ。それから召集をかけ、出兵の準備をする。畿内に攻め込むまでに時間差があるよね? その間に関西を攻略することは出来ないかな?」
「確かにそれはそうですね・・・でもそれで稼げる時間はせいぜいが半年、その間に関西全てを攻略するのは極めて難しい」
「関西の全ては難しいかもしれないけれど、橋頭堡を築くことができるんじゃないかな? 橋頭堡を確保し、次の機会を待つっていうのはどうだろう?」
「関西の北部に橋頭堡を確保したところで意味はありませんよ。考えてみてください、関西がそこを攻めるとしますよね? 我々は援軍を送るのに時間がかかり、その間に関西の大軍に落とされてしまいます。我々は兵を無駄死にさせることになります」
「そうか・・・」
それでは攻め込む前となんら変わりがない。むしろ兵と兵糧を無駄使いしただけのことだ。
やっぱり、関西を先に攻めるという考えは捨てたほうがいいか、と有斗は考え込んだ。
「・・・もし」
しばらくの間、会話を有斗やアエティウスたちに任せて黙り込んでいたアリアボネがぽつりと呟いた。
「もし橋頭堡を確保することを目的にしないとしたら、どうでしょうか?」
一斉に皆がアリアボネを注視する。
「・・・どういうこと?」
兵が集まって軍隊という線になり、その軍を動かして面を作って相手から土地を奪って支配する、それが領土獲得の方法だ。橋頭堡を確保しないのなら何のために関西に攻め込んだかわからない。
「関西も我々が北辺に現れたと聞いたら、たぶんこう思うでしょう。敵は鼓関での連度の敗北に頭に血が上ったのか、なんと無謀にも北回りで攻め込んでくるとは・・・命知らずな。賊対策に北辺には城砦も多々あるというのに、はてさて敵はあんな城砦をいくつか得るつもりであろうか。得たとしてどうするつもりなのだろうか。カヒや我等に東京を落とせと言っているも同然ではないか。甲殻を取られたヤドカリのように慌てふためかぬがいいがな、と。おそらく鼓関か河東から出兵すれば我らが慌てて帰ると思うはず。だからこそ北辺の軍へは直接的な対策を打たぬのではないでしょうか」
そう、陛下の考えは卓見であるかもしれない。専門家でないからこの道を見つけられたのだろう。
我々は行軍距離の長さ、補給の困難さから、
ならば抵抗は少ない。敵が驚き慌てている間に西京を突けば、陥落することは意外と容易くいくのでは・・・?
兵の情は速やかなるを主とす、人の及ばざるに乗じ、
「それはあるね。カヒに盗られる前に畿内の土地を少しでも盗もうと考えるだろうし」
「関西の北辺は城砦が並んでいますが、城壁で連なっているわけではありませんし、間隔も広い。もともとが越、河北、北辺の部族や賊を防ぐためのものでしかない。防衛線としては弱いのです。そこを一気に突破します。防衛線上の他の城砦は無視することで無駄な時間を浪費しない。なぜなら我々は橋頭堡を確保するわけでも、支配地を得たいわけでもない。面を支配する必要が無い。ただひたすら線を描いて南下し、敵が狼狽しているうちに西京鷹徳府を一気に突く・・・うん、これならいけるかもしれない・・・!」
「だが西京を長期間攻撃するわけには行かない。四方から諸候の援兵が集まってきたら我々を待つものは敗死だけだ」
「もちろん、一撃で攻略できないときは退く、それが大前提です」
「西京を落とせなかった時、損失が大きくならないだろうか?」
「いいえ、落とせなくても我々が得るものがないわけではありません。ひとたび北辺から攻められた関西は、驚き慌てて防備を強化することでしょう。外征にまわす兵が少なくなります。それに、その印象が残っているあいだは鼓関からの出兵も及び腰になるでしょうしね。とは言っても、撤退戦で我々が大きく損耗しないことが条件ですけれども。ま、そこはアエティウス殿の腕の見せ所でしょうね」
「難しいことを実にあっさりと、軽く言ってくれるね」
笑みを浮かべながら言ったアリアボネの無理難題にアエティウスは頭をかいて苦笑した。
「カヒが動くとしたら、どれくらい後のことになるかな?」
「まずは我々の行動から考えましょうか。我々が万全の準備をするのに一ヶ月。そのころには河北北辺の雪もまもなく溶けるでしょう。河北に出兵すると流言を流して、王師と南部と河北の兵を集め北辺を西へ向かう。北辺にいる間は我らの行動は露見しないでしょう」
「だが関西と北辺の間に到達したら、関西も我らの意図を悟る。そうなったら関西は驚き慌てて、カヒに密使を送るだろうな」
「関西から河東へ知らせが届くのに二週間、兵を集めるのに一月、大河を越え畿内に侵入するにはさらに一月はかかる。だけど二月もあれば充分です。西京に辿り着けるにしろ、途中で諸侯の攻略に手間取るにせよ、その頃にはこのまま制圧を続けるか、退却するべきか、その判断が出来るでしょう」
だが、関西はそれでいいとしても、カヒの動向が有斗には心配だった。例え西京を陥落させたとしても、カヒに東京を落とされてはまったく意味が無いからだ。
だが、その有斗の戸惑いを感じでもしたのだろうか、
「それに・・・当然カヒに対してできる限りの手を打つ所存です」と、アリアボネは言う。
「オーギューガか? さすがにそう何回も手助けしてくれるとは思えない」
アエティウスはまだこのアリアボネの策に消極的なようだ。それも仕方が無いかもしれない。
素人に毛が生えた程度の知識しかない有斗ですら、敵地に深入りしすぎるこの作戦には危ないものを感じるくらいであったのだから。
「ま、やらないよりはマシです。それにもうひとつ取って置きの手があります」
有斗はアリアボネには珍しい、ぼやかした表現に興味を惹かれた。
「何をやるの?」
「・・・それは後でのお楽しみとしましょう」
アリアボネは口を羽扇で覆うと優雅に笑みを浮かべた。
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