第80話 勝利とは

「なぁんだ」

 有斗は急ぎ王都に召喚したアエティウスから事の次第を聞き、ほっと一安心する。

「それじゃあ、アエティウスは負けたわけじゃないんだ」

「そうそう、兄様は引きわけただけ。さすが陛下、いいことおっしゃる!」

 アエネアスが有斗の言葉にうんうんと頷いた。

「あなたはアエティウスのことが本当に好きねぇ」

 ヘシオネがアエティウスに対するアエネアスの贔屓っぷりに感心とも呆れたともとれる発言を行う。

「あったりまえじゃん!」

 ・・・

 アエネアスの良い悪いの判断基準は話の内容より、アエネアスかアエティウスに益のある言葉かどうかなんだな・・・

「いいえ。アエティウス殿は負けておりますよ」

「アリアボネといえども、兄様への暴言は許さないよ!」

 言葉とは裏腹、軽い口調、おどけた表情だから当然、本気ではないのだろう。

「まぁ、怖い怖い」

 アリアボネは口を手で覆うと大仰おおぎょうに肩をすくめてみせた。

 そして、なぜなら、とアリアボネは説明をはじめる。

「敵将の目的は我々を破ることではなく、あの場合、被害を押さえた上で鼓関こかんに撤兵することなのですから。敵が目的を達成した以上、こちらの負けです」

「なら、兄様も負けたとはいえないよ。敵を南部からたたき出したんだから!」

「確かにアエティウス殿が鹿沢城に留まった目的は、関西の軍を関東にいれないことが目的です」

「敵は鼓関に尻尾を巻いて逃げ出したよ? 何が問題なの?」

「だけれども、ひとたび関西の兵が南部に入ったというのなら、アエティウス殿に課せられた使命は変わります。しかも敵の退路を塞ぐという有利な形で対陣したのです。その時点で戦略としては敵を鼓関に帰さないことに変わるはず。いや、せめて敵に打撃を与えることに変更されたと考えるのが普通です。焦って兵を動かす必要などどこにもなかった。敵は食料の補給に難をきたします。柵を建て溝を掘り陣を築き陣地防衛をし、逆に敵が焦るのを待ち、迎え撃つべきでした」

「兄様、アリアボネのやつったら、あんなこと言ってますよ!?」

「まったく反論の余地は無いな」

 アリアボネとアエネアスの言葉の応酬にも、どこ吹く風。責められてるっていうのに顔に一切不快を表さない。アエティウスってどんな状況になっても落ち着いてる。余裕があるって言うか・・・すぐにパニくる僕と違う、と有斗は思う。そういう余裕のある大人の態度ってやつが女性にもてるんだろうな・・・と有斗は羨ましがった。

「戦争とは敵を殺すこと。それは一面でしかありません。多く殺したほうが勝つというものではないのです。敵対する双方がそれぞれの目的を持ち、戦場で戦う。その結果、戦闘で敵にさんざんに打ち負かされても、目的を達したなら勝ったことになりますし、敵を全滅させても目的を達せ無ければ敗北なのです。今回の目的は敵は鼓関になんとしても帰還すること。我が方の目的は、敵の退路を絶ったこの好機につけこみ、敵を鼓関に入れぬことです。敵が勝利条件を満たし、我が方は勝利条件を達成できなかった。よって我が方は敗北したと認識したわけです」

「そっか・・・」

 そうだよな兵を多く損じても敵将を討ち取れば勝つこともあるし、その逆もある。

 戦争とは人を殺した数の大小を競うゲームではない。目的を達成するために行使される政治行為の延長だ。戦争の勝利とは目的を達成できたかできないかで判断するべきってことか。

「終ってしまったことは横に置いといて、それよりもこれからどうするかを考えましょう」

 賛成だ。そのほうが建設的だ。ゲームと違ってリセットボタンが無い以上、現状を認識して常に対策を打っておくことが必要だろう。

「今回のように、また関西は南部や畿内に攻め込んでくると思う?」

 有斗の疑問に素早くアリアボネが返答する。

「今回の出兵は関西にとっても予期せぬもの。それに連戦で敵も兵を損じているはず。おそらくは河東からカヒが攻め込んでくるまでは大丈夫かと。とはいえ今回のような不測の事態が起きないとは限りませんが」

「僕らはこれからどうすべきかな」

 有斗が問いかけると、皆は互いの顔を見回した後、一人一人思い思いに答えを出す。

「私はしばらくの間は出兵は控え、武具を整え兵糧を蓄え、来るべき時に備えるべきだと思います」

 アエティウスは国庫が底を突いていることを暗に言い当てていた。一年半経つが、未だ河北の安定はならず、流民も減るどころか増えていく一方だという。朝廷が流民に食料と土地を与えると宣言したことは既にアメイジア中に知れ渡っているらしく、河東どころか関東の最果ての地、東北からわざわざ長い旅路を経て畿内まで訪れるものも後を絶たないとか。

「私なら失われた兵を補充し、王師四軍を再建します!」

 アエネアスは連戦で王師四軍に欠員が出てきていることを指摘した。

「わたくしは兵を休めて英気を養い、しばらく腰を落ち着けて政務をなさることをお薦めいたします。陛下が即位されてから玉座に腰を下ろす時間よりも、外征されている時間のほうが長うございます。まずはここらで足元の朝廷から固めるというのはいかがでしょうか?」

 うっ・・・! ひょっとしてアリスディア、ちょっと怒ってる・・・? 王の裁可がないと進められない事案って溜まってるからなぁ・・・

 ごめんホントごめん、と心の中で百遍謝る。アリスディアには迷惑ばかりかけてしまっている。

「私は当初の予定通り、しばらく関西とは小競り合いを続けながらも、カヒとオーギューガの戦いを高みの見物で眺め、もしどちらかが弱ってきたと感じたら出兵することが良策だと申し上げておきます」

 アリアボネは、かつて有斗に披露した大計にって進めることを提案する。

「それぞれに納得できるところのある言葉だ」

 有斗は一つ一つの意見に、大きく頷いたが、誰かの意見に全面的に納得した様子はなかった。

「だけどさ、僕には一つ懸念があるんだ」

「聞きましょう」

「いずれの意見も関西との間の関係をしばらく放置することになるよね? 南部で聞いたアリアボネの計画では次はカヒかオーギューガ。カヒは攻め込んできたこともあるし、明らかに僕らに敵対している。だから現状を考えると次はカヒなんだろうけど、カヒを攻めようとした時に、鼓関からまた今回のように攻め込んで来たら、危険じゃないかな? それとも今回は関西が包囲網を提唱したから攻めてきただけで、しばらくは攻めてこないとかありうるのかな?」

 アエネアスは口にこそ出さないまでも、そんなわけがあるかと言う目線で有斗に返答する。

「私たちがカヒを潰すまで、関西は鼓関でずっと宴会でもして、関東の情勢を一顧だにしないというのは、ちょっと虫のいい考えだと思います」

 アリアボネもアエネアスの言葉に大きく頷く。

「しかり。どうも鼓関の守将はやたらと好戦的なようですし、攻めてくる可能性は低いとは言いかねます」

「敵将の・・・なんだったっけ? バルカだったっけ? 彼が無能なら放っておいてもいいんだけどさ。メテッルス、グルッサ両将軍を打ち破ったほどの将軍だ。それに王師中軍とアエティウスという関東最強の軍でさえも打ち破れなかった」

 特にアエティウスが勝てなかったことが有斗には重くのしかかる。有斗にしてみればアエティウスはアリアボネと並ぶ軍略の師と言ってよい存在だ。

 その彼が負けるような将軍に、この先、自分がどうやって対処すればいいのか、皆目見当がつかない。

「その彼を背後に置いたまま遠征するのは危険が大きすぎる。いつ攻めてくるかもしれないし、それに備えて兵も鹿沢城に篭めねばならない。彼をなんとかできないものだろうか? 例えば・・・ほら・・・あれ、アリアボネがこの前したやつ」

「宮廷工作ですか?」

 有斗が出したのはおそろしく曖昧なキーワードだったのだが、アリアボネは少し考えると、その答えを見事当ててみせる。

「そうそう、それそれ! 今回もその宮廷工作でこの現状を打開できないかな?」

「例えばどうしたいの、陛下は?」

「関西のここのところの戦闘を考えると、全てにバルカとかいう将軍が関わっている。そうならばその将軍を謀略で交代させることが出来たら、西を気にせずカヒと集中して戦えるんじゃないかな?」

 有斗の提案にアリアボネはあごに手を当てて考え込む。すぐに答えが出ない。どうやら難しいのだろう。

「やってみてもいいですが、難しいでしょうね。そもそもバルカ卿は関西の女王のお気に入りです。しかも関東の軍を幾度も破った救国の将軍です。それを理由なく処罰するのは反対派にとっても難しいこと。せいぜい可能性があるとしたら、勲功をあげたことを理由に鼓関守将から重職に栄転させることですが、今度は反対派がこれを呑みますまい。ご命令とあらばやってはみますが、成功は保障できません」

 有斗が頭を使って考えたその策だったが、アリアボネはあまり乗り気では無さそうだった。

「そうか・・・」

 でもこのままじゃあしばらくは何もなく過ごせたとしても、やがて関西とカヒ両方から攻め込まれるのは避けられない未来だ。

 関西の一部の軍だけでこれだけ有斗たちは苦戦を続けているのに、例え王師四軍を再建できたとしても、勝てるのだろうか?

 ・・・正直勝てる未来は想像することさえ出来なかった。

 でもこのまま、座して死に向かうのをそのまま見ているわけには行かない。有斗は約束したのである。自分の為に全てを投げ出したセルノアの為に、この世界を平和にする、と。セルノアがやってくれたことに相応ふさわしいだけのことをする『天与の人』になってみせる、と。

 目を閉じ、しばし考える。時間だけが過ぎ去った。

 皆、有斗が口を閉じたのを合図に沈黙する。

 やがて有斗は目を開けると、何気なく浮かんだだけの、ただの思いつきを口にしてみた。

「じゃあさ、幸いカヒはオーギューガと対陣中と聞く、芳野での戦いも捗々しくない。つまり東からの侵攻はない。この隙に全力を持って関西を先に攻めるって作戦はどうだろう?」

 有斗が何気なく思いついて言っただけの、その提案がその場にいる全ての者にあっと息をのませることとなる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る