第70話 鼓関の戦い(Ⅲ)
バアル待望の援兵が到着したのは、ススキがたわわに花穂を実らせ、白い毛をした種子を秋風が空に舞わせる頃であった。
とはいえバアルの気は晴れない。
まず第一に、全体を指揮する上将軍にバアルを差し置いて王師左軍将軍のグナエウスが任じられたこと。
でもまぁ、それはしかたがない。三十年にならんとする軍歴を考えれば、グナエウスが指揮を取るのはおかしなことではない。バアルとて七経無双と呼ばれてはいても軍歴は浅いのである。
問題なのはグナエウスは左府の一派なのだ。だからグナエウスも一緒に来た軍監も、これからどうするかという作戦立案を放り出して、バアルに本当に敵軍を打ち破ったのか、打ち破ったとしたら何故鹿沢城を攻めなかったのかなどとネチネチと問いただすだけなのだ。確実に左府の意のあるところを汲んで、バアルをひたすら
バアルは何度も何度も懇切丁寧に同じ説明を繰り返すものの、彼らは真実を知りたいのではなく、バアルに罪を着せることが目的だ。会話が噛み合うことはない。
バアルが鹿沢城の兵を完膚なきまでに破ったとそこまでいうならば、とにかく鹿沢城に一当たりしてみようではないか。話はその後だ、とグナエウスはバアルに宣告する。バアルは鹿沢城には援兵が入っている、以前とは違うと主張するが、こちらにも援兵がいる、条件は五分だと取り付く島もない。
関東は包囲網が壊れて、関西に全力を出せる状態なのだ。何も好き好んでこんな時に戦うことはない。カヒが出兵するなど、関東に異変が起きたときに合わせて兵を出せばいい。
しかもそれは遠い先のことではないのだ。関東の朝廷は敵がいるから
それに今回は兵を退いたカヒだっていつまた再出兵するかもわからない。何かひとつ起きるだけで関東に潜んでいる火種は燃え上がるだろう。
後は、グナエウスが出した斥候が敵の数を多く見誤って、出兵を取りやめることを祈るだけだ。
「陛下。鼓関に関西の援兵が到着したそうです」
すぐ横の部屋で熱心に執務をしていたアリアボネが有斗の部屋に入るなり、そう告げた。
「規模は?」
「知らせてくれた者の情報によると、糧食を考えると二万から三万。正月を越える辺りまでは兵糧の輸送計画が練られているようです。長期対陣もあるやも・・・」
「なるべくなら短期決戦で決着をつけて、僕らも王都にもどりたいところだね。こっちの兵糧は持つのかな?」
兵士たちも戦だけでなく畿内を行ったり来たりで疲労が溜まっているだろう。それに有斗もそろそろ一息つきたかった。根が怠け者なのである。
「今年の収穫が終りましたから大丈夫ですよ。ただ河北はまだまだ収穫量が少ない。支援しなければいけない民も多い。それに治安を考えれば各地にいる流民も土地を与えて根付かせたい。いくらあっても足らないというのが本音です」
「敵を鼓関から引っ張り出して、早めに決着をつけたいな」
アエティウスは長期戦には否定的なようであった。
「向こうもそう考えているでしょう。城攻めは避けたいはず。こちらにも同等の軍勢がいると知っているはずですから」
「だろうな。とはいえ大軍勢を率いてわざわざここまで来た以上、戦果は挙げたいはず。将軍も、今回出兵を決めた関西の朝廷の実力者も」
「そんなものかな・・・」
「そういうものです。朝廷と言うのは権力争いの巣。どんなに一枚岩に見えても、どんなに権力が集まっているかに見える実力者が一人いても、中には派閥が存在し、内部抗争はあります。出兵したのに何一つ戦果を上げれなくては、反対派から責任問題を突きつけられることでしょう」
そうだな・・・今の朝廷にも南部出身閥と、それ以外の高官閥がある。それは有斗もうすうす気付いている。アエティウスやアリアボネの推し進めようとする政策は、朝会では朝臣の反対や意見にあって遅々として進まないことが往々にしてある。有斗が承認しているにもかかわらずだ。
有斗がアリアボネ、アエティウス、アリスディアばかりと相談することをそれとなく非難する声が上奏として届く。有斗との取次ぎはアリスディアが一手に握っており、身辺警護はアエネアスが務める。南部の、それもダルタロスが有斗の周りを固めて、国政を
南部と朝廷の旧臣との反目は有斗にとっても頭の痛い問題だ。
まぁそれはおいおい解決していくとして、今問題にすべきは敵のその権力争いを利用できるかどうかだ。
敵の功名心に付け込み戦場に引っ張り出し、関西にダメージを与えることが出来れば、今後僕らは有利になるに違いない。もしかしたら鼓関を陥落させることも出来るかもしれないし、一時的な和平だって可能になるかもしれない。
「だとすれば僕らが兵を鼓関へ向けたと仮定すると、どうなるかな」
有斗は思考を巡らす為に、思いついたことを思いついたまま口から言葉を出す。
「決まってるよ。鼓関に篭って迎え撃つ。ここは鹿沢城に立て篭もって、敵が焦って攻めてくるのを待つ。それが上策だよ」
イノシシ武者のアエネアスにあるまじき言葉だった。どうやらアエネアスは自分に関しないことに対しては理性が働くようである。
「だからさ、あえて鼓関に兵を向ける。だけれども弓矢の届く手前で、急に慌しく反転する・・・そうしたら敵はどうするかな」
「追撃・・・するでしょうね。我々は後方から襲われひとたまりもなく敗北する」
「そこを後退しながら戦い防ぐことは出来ないかな。リュケネが僕らに対してやってみせたように」
「それは・・・不可能ではないですけれども難しいことです」
「後備が出撃した敵と戦いつつ後退している間に、本陣と前備が素早く移動し布陣して待ち構え、最後に一斉に三方から襲い掛かったら勝ちは拾えないかな?」
有斗の言葉にみな顔を見合すだけだった。
「・・・・・・」
ラノベだとこういう戦い方でバシバシ敵軍を破っていったはずなんだが、現実はやっぱり違うものなのかな?
「駄目かな?」
「駄目ではありませんが難事です。戦っては逃げ、戦っては逃げる。敵に意図を悟る暇を与えぬよう終始戦わなければならない。退勢に入っても崩れることなく規律正しく敗走しなければならない。それには兵士たちから絶対の信が寄せられ、襲い掛かる敵軍に怯まず、粘り強く戦うことが出来る、そういった武将が必要です」
「兄様なら、できるんじゃないですか?」
アエネアスがその重要な役目に気楽にアエティウスを推薦する。
「アエネアス、そんな人事だと思って・・・。まぁ・・・やってみる価値はありそうだが」
めずらしく苦笑いをするアエティウス。まぁ・・・あまりやりたくなさそうだな。
リュケネを河北から呼び出していればよかったな・・・彼ならこの難事をも苦もなくやってのけるだろう。有斗は今更ながらそう思った。
一週間、互いに相手の動きを息を呑んで待つ。どちらも相手を先に動かしたがった。
緊張に耐え切れず、まず先に動き出したしたのはグナエウスだった。
「敵を誘い出す為にも、やはりまず鹿沢城に一当たりしてみようではないか」
いたって気軽な口調で出兵を決めた。
なぜそうなったかというと、アリアボネの策で、
バアルは、右軍に勝利した後、鹿沢城には王率いる王師中軍が入場したことを考えると、少なくとも一万五千を下回ることはないと強く主張したのだが、彼に味方する者は軍議にはおらず、多数意見に押しつぶされる形で押し切られてしまった。
前備を諸候の兵が、本陣をグナエウスの隊が、後備をバアル率いる鼓関の兵が務めた。
街道を東へ東へと風と共に軍旗は揺れる。
きっとこの動きはすでに鹿沢城に伝わっているはず。どこかで間者が眺めているはずだ、
目にこそ映らないが、バアルにはその姿が
敵とて平野での合戦なら分があると思い、城を出てくれないものかな。虫のいい想いだとは思うがそう願わずにはいられない。
バアルの読みでは敵は一万五千、こちらは三万だから約二倍だ。とはいえ城攻めには普通は五倍から十倍の兵力が必要になる。
城にこもられてはこちらに勝ち目はない。全軍の指揮権をバアルに渡してくれるなら、話は別だが。鹿沢城を攻略する術はないわけではない。
だがグナエウスの言から
会話をするのも嫌になるほどだが、それでも同じ関西の人間だ、敵にやすやすと討たすわけにもいかない。
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