第62話 包囲網を破れ!(Ⅳ)
王を奉じて遠征し、王師に勝利した。しかも宰相という宮廷の高位を得、王師中軍を率いての晴れある凱旋である。近隣の村々からも一目見ようと大勢の人が南京に集まってきていた。
「アエティウス様~♪」
あちこちから年若い娘たちの黄色い歓声があがり、アエティウスに向けて手が振られる。
アエティウスはその度に声の主に対して、微笑みで答えていた。
ちなみに有斗に対して、そういった素敵イベントはまっっったくない。
おかしい・・・異世界から来た救世主、しかも王様なのだ。有斗が以前読んでいたラノベなら、今頃ヒロインが最低六人はハーレムにいるはずだ。ラノベじゃなくても、少なくとも有斗の横には一人二人は可愛い女の子がいてもおかしくはない。そういう設定のはずだ。有斗は納得しかねる思いだった。
だが現実に横にいるのは、アエティウスが歓声の主に愛想を振りまいているのを、不満そうな顔で、ぶすっと眺めているアエネアスがいるだけだ。
自然と溜め息が洩れる。
「陛下、ため息なんかついてどうしたんですか? あ、わかった! 兄様に黄色い声が飛んでいるのを見て羨ましうんですね! だめですよ、陛下! 兄様と比べるからいけないんです! 陛下だっていいところはあるんですから、そのうち陛下に声をかけてくれる女性の一人や二人できますよ! 気を落とさないでください!」
これでは有斗もため息もますますつこうものだった。
「若。お帰りをお待ち申しておりました」
南京城に入ると、中年の人の良さそうな男がアエティウスらを待ち受けていた。有斗が南部にいた時には見なかった顔だ。だけど態度から察するに、アエティウスと
「やあ、ラエテルスじゃないか! プロイティデスはどうした?」
「プロイティデス様は兵を集めておいでです。その間、私が家宰の代理の様なことを行わせていただいてます」
「そうか。一度は隠居したのに悪いな」
アエティウスは
「いえいえ。やはりダルタロス家のお役に立てることは私の誇りでございます。家にいてもすることもないですし」
「家で孫と遊ぶほうがいいのではないのか? ん?」
「いやいや、もう手に余るばかりのやんちゃ坊主で困っております」
言葉とは裏腹に顔には笑みが大きく
「いいではないか。南部の男はそれ位元気なほうがいい」
笑うアエティウスにラエテルスは突然話題を変えた。
「私のことよりも若様のことですよ。早く身を固めて頂かなくては。せっかく王都にいらしていたのですから、お気に召した女性の一人や二人おられなかったのですか? 京の女は美人ぞろいと聞きますからな」
「ん? ・・・まぁ、なかなかな・・・」
これは珍しい。意外な攻め口に少しアエティウスがたじろいでいた。
「若は陛下の側近中の側近だとか。でしたら、陛下にお願いして、しかるべき家柄の立派な姫を紹介して貰うのはどうでしょうか?」
え・・・? 僕が? 女性の知り合いも少ないし、むしろ紹介して欲しいのはこっちなんだけどな、と有斗は心の中で大きな溜め息を吐いた。
アエネアスがごほんと一声咳き込む。
ラエテルスは咳の主が誰だか気付くと、一瞬しまったというような表情になった。
「・・・これはアエネアス様もお帰りで」
「・・・」
アエネアスはラエテルスの挨拶に応えることなく、じろりと
「着替えてきます」
と、さっと自室に行ってしまった。
アエネアスがアエティウスの側から離れるとは珍しいな・・・
「やれやれ、あいかわらず・・・か」
溜め息をつくアエティウスにラエテルスは深く陳謝する。
「若、アエネアス様のご機嫌を損ねたようで申し訳ありません」
「いいさ。アエネアスが不機嫌なのは、そう珍しいことでもない」
「・・・?」
「陛下、応接間に案内しましょう」
アエティウスがそう有斗に言うと、ラエテルスは驚いた顔を有斗に向けた。
「これは、陛下とは知らず・・・! 挨拶もせずに申し訳ありません!」
「・・・・・・」
もうちょっとで悟りでも開きそうなくらい、完全に無関心状態の有斗である。
横に僕と違ってかっこいいアエティウスがいるというのが、王に見えない最大の理由じゃないのかな、などと有斗は少し被害妄想気味に考えてみた。
アエティウスに連れられ、有斗は応接室に入る。あいかわらず無闇に広いつくりだった。
応接室の椅子に座ると、直ぐに大量の料理がテーブルの上に並べられた。
ここでもアエティウスは女性に大人気で、料理を運んできた使用人たちと当たり障りのない会話に花を咲かせていた。にも関わらず、出て行くときに有斗を見ては、この人は一体誰なんだろうと言わんばかりに小首をかしげていくのが、有斗を深く傷つけた。
とはいえ出てきた料理は絶品物で、有斗の『深く傷ついた心』とやらをあっという間に埋め立てた。
機嫌を直した有斗は食事を口に運びながらも、先ほどのアエティウスとラエテルスの会話について聞いてみた。
「ラエテルスって何者?」
「昔の家宰です。引退しましたけれどもね」
「なんかアエネアスとの間に微妙な間があった気がするんだけど、心の距離と言うかなんと言うか・・・どうして?」
アエティウスに結婚話を薦めていたからかなとも思ったけれども、それだけじゃない気がした。
「そうですか? 陛下の勘違いだと思いますよ」
アエティウスにそう言われると、これ以上は聞きづらい。絶対二人の間には距離があると思うんだけれども。
「そういえばアエティウスって結婚してないよね、なんで?」
「何故と言われましても・・・陛下もしてないではないですか」
「そうだけどさ、僕は最近この世界に来たばかりだもの、相手がいないよ。それに僕がいた世界は結婚はこの世界に比べて遅いし。でもアエティウスは違う」
「私が今死んでもダルタロスを継ぐものはおります。だけれども陛下の後を継げる者はどこにもいません。陛下のほうが先に結婚すべきですよ」
なんだか巧妙に話をそらされている。
「・・・ひょっとしてアエネアスのことが・・・」
「ん・・・いえ、いろいろあるのです」
語尾を
そこで余計なお世話かもしれないけれども、これならば二人の苦衷を解放できるのでは、と有斗は提案してみる。
「じゃあさ、僕が王命を出してアエティウスとアエネアスを結婚させ───」
有斗が最後まで言い終わる前に、アエティウスが「陛下!」と、言葉を
「へ!? な、なに?」
「めったなことをおっしゃらないで下さい。それが他者に聞かれでもしたら・・・陛下の言です。何が何でも実現せねばならなくなります! 私やアエネアスの意志に関わらず、です」
「あ・・・」
そうだったのだ。有斗は王なのだ。
「・・・ゴメン」
確かに口にしたのは不注意だった。
「でもアエティウスはアエネアスのことを嫌いなわけじゃないよね? きっとアエネアスも・・・!」
有斗がそこまで言うと、アエティウスは右手を突き出して、再びそれ以上の言葉を口に出さないように、と拒絶の意を表した。
「今は乱世。私の双肩にはダルタロス五千の兵、十五万の民の命が掛かっているのです。私の一存だけで誰が好きかとか、誰が嫌いだからと簡単に決めるわけにはいかないのですよ」
「あ・・・」
そうか。アエネアスが嫌いなわけじゃなくて、今の立場では好き勝手に結婚相手を選べないんだな・・・
そうしょぼくれる有斗に同情を感じたのか、アエティウスは笑みを浮かべると
「もし、陛下がそうお望みなら。そういう平和な世界を作ってください。諸侯の子に生まれついても、損得勘定を離れた相手とも結婚できる夢のような世の中に」と云った。
そうか・・・そうだな。王命で結婚させても、きっと二人とも喜ばないに違いない。
そうでなくて、戦略結婚しなくても安心できる世の中を作ればいいんだ。
有斗のいた世界では普通で当たり前のことなのに、この世界ではそれを選択することも出来ない。
だけれども悲観して、諦めてしまっていたら何も変わらない。
きっと有斗がいた世界も先人の
有斗はこの世界で王である自分の使命があるとするならば、きっとそういった物じゃないだろうか、と
翌日、南京南海府に千ほどのダルタロス兵が入場してきた。
率いていたのはこれも懐かしい顔、プロイティデスだった。
南部から王都を攻略した時、ベルビオのような個人的な派手な活躍はなかったが、彼率いるダルタロスの騎兵隊は諸侯の中でも群を抜いて功をあげた。今は求賢令で家宰ベッソスが引き抜かれた後の家宰、ダルタロス家の現地における切り回し役だという。
「ダルタロスの将士五千、いつでも若の命に従えるよう、整っております」
プロイティデスの肩を軽く叩き、アエティウスはその労をねぎらう。
「ご苦労だった」
さっそく兵を揃えて南京を出立する。一日も、いや一刻も無駄に出来ない。
「これで全部で三万に近づいた。例えカヒが南部に侵攻してきても五分に戦えるんじゃないかな?」
だけど有斗のその言葉をアエティウスは肯定しなかった。
「カヒは強いですよ。南部兵三万でようやくカヒの兵一万に並ぶかどうかですね」
「そうなの?」
「はい。ですからカヒが出てくる前に南部を片付けたいのです」
次に向かうのは、クェンドラ。動員五百にも満たぬ小諸侯。
ただダルタロスとトゥエンクの間に位置することが気にかかる。
大丈夫だとは思うけれどもマシニッサの動向には注意したほうがいいだろう。
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