第61話 包囲網を破れ!(Ⅲ)

 王師中軍と既に鹿沢城に入っていた南部諸候、計一万四千は翌日には出陣した。

 この他にもロドピア公やダルタロスの将士をはじめとした諸侯の兵が道々合流することになっている。

 当面の敵であるフォキス伯、マグニフィサ伯ともに小諸侯だ。カヒに通じたというその他の諸侯もマシニッサを除けば動員は通常時なら八百を切る程度でしかない。もっとも地元で戦う分、農民や何やらを駆り集めるだろうから、千は超えるかも知れないが。

 だが人数的には負ける事は無いだろう。ただおそらく篭城するだろうから時間が掛かる。

 長びいた結果、関西もしくは河東から南部に出兵されて泥沼に陥ることは避けたいところだった。

「この戦は時間との戦いになるでしょう」とアエティウスは云った。


 まず、王師は鹿沢城近辺の大掃除から始めることにした。

 いざ関西と合戦というときに後背を突かれてはたまったものではないからだ。

 まずは近場のフォキスへと向かう。相も変わらず好戦的なフォキス伯は城外に布陣して王師を待ち受けていた。

 当然、これは鎧袖一触がいしゅういっしょくで王師に蹴散らされ、ほうほうの態で城へ逃げ込む。

 フォキス伯としてもそれは覚悟の上だったろう。長い戦国の世を耐えた自慢の堅固な城に篭り、ひたすら関西やカヒの援軍を待つ、そういった皮算用であった。

 だがそれは王師中軍を舐めていたといえよう。

 昼前に城を囲んだ王師中軍は一斉に攻撃を始める。上から石を投げられようが、熱湯を浴びせかけられようが怯まない。一週間かからずに城は陥落していた。

 フォキス伯は城内に入り込んだ王師の兵と最後まで戦い討死した。

 そのことをアエティウスから告げられたときだけ、有斗はちょっと悲しそうな顔をした。

 降伏するものには手を出すな、ともう一度命令する。

「一兵卒にまで厳命しております」とアエティウスは返答した。

 それでも降伏しないのか、と有斗は愕然とした。いったい自分の何が不満だというのだろうと苦い気持ちになる。


 有斗以外は士気が十分に高揚した軍は、続いて南東に進路を取ると、マグニフィサ伯領に侵攻する。

 フォキス伯の敗北を既に知っていたマグニフィサ伯は、王師の影が見えるや慌てて篭城した。フォキス伯自慢の城は広大な南部平野の一角の丘の上に立つ、丘城おかじろである。周囲には川も沼も山も無い、一見簡単に落ちそうな城であった。

 実際、素人の有斗だけでなく、アエティウスもそう思った。

 だが一当たりすると、この戦国乱世でマグニフィサ伯家が生き延びてきた理由を王師はその身で知ることとなった。半日に渡る戦闘で王師を軽く跳ね返したのだ。

 翌日も王師は攻めあぐねた。

 丘の上に建つだけに、急斜面が王師の前に立ち塞がり、矢の雨の中、そこをなんとか登ったとしても、城は三メートル以上の外壁をぐるりとめぐらしている。梯子はしごを立てかけることもままならなかった。

「攻城兵器を作ってもいいが、取り付くことが出来るかな?」

 アエティウスのその疑問に、兵を実際に率いて攻撃したベルビオが答える。

「無理でしょうね。城は四面全てが斜面、破城槌も攻城塔もあの傾斜面は登れやしませんぜ」

「だとすると夜襲か朝駆けということになるな」

「若、足場が暗いままあの斜面を登るのは危険です。かといって闇夜に明かりを持って移動すると狙い撃ちされますぜ」

「だとすると人数差を利用して、人海戦術で行くしかないか」

 アエティウスは苦い表情を浮かべた。


 五日後、日が昇ると王師は四面を取り囲み一斉に攻撃を始めた。前日作った百を超える梯子を持って、だ。

 とにかく数だ、数で押し潰す。同時に何箇所も取り付けばマグニフィサ伯の指揮も追いつかないだろうという目算もあった。

 初手の失敗も踏まえて、アエティウスはただ数で押すだけということはしなかった。王師中軍の中で弓の名手を集め、城壁が低く奥の建物まで見える一角に集中的に矢を放つ。射撃間隔が短く、狙いも正確な射撃に、その一角は城兵が城壁の上に立ち防衛することができなくなる。

 次々とベルビオ指揮下の屈強な兵士たちが取り付き、城壁を這い上がり壁の向こうへ消えた。

 それを合図に王師の猛攻が始まった。

 マグニフィサの将兵も孤軍奮闘、十分に健闘したが、夕闇が迫るころには、もはや城壁の上にひるがえるのは王師の旗だけ、城のあちこちで火の手が上がり、喊声かんせい干戈かんかの音も少しずつ音量を下げていった。

 城内に入り込んだ王師に戦意を失った城兵たちは次々と降伏する。

 遂にマグニフィサ伯も交戦を諦め降伏した。

 降者のしきたりとして自ら体の前で両手を紐でくくったマグニフィサ伯を、有斗は自らの手でそれを解いてやり、マグニフィサ伯の降伏を快く受け入れる。

 この戦いを南部諸候は見ているはず。有斗は感情に任せて迂闊うかつな対応をしないように前もってアエティウスに言い聞かされていた。


 この時点で有斗に対して挙兵した南部諸侯は残り三つだった。ロドピア公の書簡に書かれていた諸侯の数に比べると少ない。

 アエティウスのとった素早い対応が諸侯に挙兵する機会を与えなかったのであろう。

 とはいえまだ三人もの諸侯が明確に叛旗を翻している。その一つ、ドゥラス伯の領土が見えてきた。ここを越えればダルタロスは直ぐ側だ。今頃は家宰のプロイティデスが兵を整えていることだろう。

だがアエティウスの顔は晴れなかった。

「山城か・・・」

 山の中腹に立てられた城。四方のうち二方が切り立った崖で、残り一方は深く落ちくぼんだ谷である。辛うじて正面の傾斜面だけが攻め口になっていた。

「これは攻め辛そうだね・・・」

 城を見てつぶやいた有斗の感想をアエティウスは首肯する。

「犠牲者が多くなることは覚悟しなければならないでしょう」

「フォキス伯に使った手は使えないかな?」

 有斗は弓で援護をして敵の反撃を抑えつつ城に取り付くという手法なら犠牲を少なく出来るかもしれない、と考えた。

「ここまで傾斜角があると、かなり近づかないと矢も届きませんよ」

 敵は高所から弓を射る分、狙い撃ちできるが、味方はかなり近づいても上を向く形で弓を射なければならない。これは熟練した弓兵にもなかなかに難しいことであった。

「そっか・・・」

 双方の犠牲者が増えるなと落ち込む有斗にアエティウスは、

「まぁ、陛下の御前です。なんとかいたします」と言った。

 そこでアエティウスの取った作戦は基本に忠実なものだった。盾を連ねて矢を防ぎ、取り付いた後、梯子を立てて一斉に掛かる。

 先頭の兵は並べた盾に矢の斉射を受けても怯まずに、じりじりと進まねばならない。火矢だって飛んでくる。並みの精神力の者には務まらない。王師の中でも選りすぐりの勇士を並べて隊列を形成する。その指揮を執るのはベルビオだ。巨大な盾を両手に持ち、一つは体前面を覆い、もう一つで頭上を守る。

「危険じゃないの?」と有斗がベルビオに聞いてみたら、

「危険じゃない戦場なんかありませんぜ!」と胸を張って言い切った。

 そりゃそうだけどさ、ダルタロスの頃からベルビオはいつも先頭を切って、矢が降り剣がきらめく戦場へと突撃する。敵の数が多かろうが少なかろうがおかまいなしだ。一体どんな神経してるんだろう?

 有斗はそうアエティウスに訊ねてみると、

「あれはそういう風に産まれついてるんですよ。根っからの武人ですから」と答えた。

 どうやら世の中には有斗の常識を遥かに超えたタフな精神力の持ち主がいるらしい。


 翌日王師は坂の下の矢が届かないところで隊列を組む。

「えい、えい」と一斉に声があがった。

 一列目の者が巨大な盾を前面に構え、二列目以降は盾を頭上に掲げて防御姿勢をとったまま前進を開始する。

 ひたすら我慢をしながら盾で防御し隊列を維持し、城壁に取り付こうという作戦だ。

 しばしば盾の隙間から、もしくは盾を貫通して、矢が兵士たちを襲い、倒れる者も出る。だが直ぐに後方の者がその穴を塞ぐように列を詰め、ひたすら前進を続けた。

 先頭の兵の持つ盾はいまや矢でハリネズミとなっていた。持っているのが盾なのか矢なのかもはや判別がつかないくらいだ。

 やがて城壁の下に辿り着くと、ベルビオの号令一下、息を合わせて攻城梯子を立てかけ、兵士たちを登らせる。

 だが梯子がかけられる城壁はそんなに広くない。三十メートルあるかないかだ。

 防御側が圧倒的に優位で、梯子は何回も押し戻され、兵士は梯子から落ちては味方兵士の上に降って来た。矢もまだまだ降ってくるし、石や木、重量のある武器として使えそうなものは全て城内から投げつけられた。

 三十分経ってもまだ城壁の上に上がれたものはいない。

 逆に王師は手負いの者が増える。

 もちろんアエティウスは負傷したものを後方に運ばせ、次々と兵を送り込んでその穴を埋めてはいるが、一向に進展する気配は無い。

「大丈夫なの?」

兵に聞こえると士気に関わるので、有斗は小声でアエティウスに訊ねた。

 「ここは我慢です。陛下。我々も苦しいが、敵ももっともっと苦しい。敵は兵が少ないのです。一刻以上、休むことなく弓を射、石や木など重量物を城壁の上に持ち上げているのですよ。それでも動じない王師に、敵は我々が感じているより大きいあせりがあるに違いないのです。こういう消耗戦や乱戦は、最後に勝負を決めるのは敵を恐れぬ兵の士気であり、何事にも動じぬ将の気迫なのです。ベルビオたちを信じてやってください」

 アエティウスは有斗にそう耳打ちした。

 気迫などというものは、有斗にもっとも欠けているものだ。だけれども目の前には有斗の命令を受けて、今も命を懸けて戦っている兵士たちがたくさんいるのである。その兵士たちの為にも、有斗が弱気を見せてはいけないのである。

「わかった」

 内心はビクビクしていても、せめて外見だけは何事も無いかのように振舞って、将士を不安にさせないようにしなきゃいけないと己に言い聞かせる。


 さらに三十分が過ぎた。既に王師の死傷者は四桁に届かんとしていた。

 珍しくアエティウスもれているようだ。

 とはいえ、既に敵の矢は尽きたようだ。矢があまり降ってこなくなった。これで格段に城に取り付きやすくなる。

 折れたり壊れたりした梯子の替えを投入し、再び攻撃を続ける。

 そこで寄せ手に有利になる出来事が突然、襲った。

 戦闘にはまったく関わりが無かった城後方の建物が炎を吹き上げたのだ。

 城壁で王師相手に奮戦していたドゥラス伯の将士たちは、眼下の王師と戦い続けるか、火を消すべきか混乱をきたした。

 なにせ篭城している兵士たちは、ほとんど城砦の前面に配置されていた。正面から来る王師を相手にするのに手一杯なのだ。

 しかしだからと言って後方の火事を放っておくわけにもいかなかった。このままでは王師に殺されなくても、火事で焼け死ぬのである。

 城内で石や矢などを運ぶ補助をした兵が慌てて火元に向かうが、しばらくすると走って戻ってくる。

 だが、まだ火は消えていない。一体どうしたことかと城壁の上にいた兵士は後方へ目をやると、その理由を知って仰天する。

 そこにはどこから進入したのか敵兵が味方を狩り立てていた。

 舞う火の粉と、次々と城壁に取り付く敵兵が彼らを囲む。

 たちまち守備兵は戦意をなくし武器を捨て、あるものは降伏し、またあるものは逃げ惑った。

 やがて火は城全体に広がり、もうドゥラス伯は戦闘をしているどころではなくなる。

 一旦は城に入った王師たちも、城門を破壊して外へと退避した。

 最後まで交戦を主張していたドゥラス伯だったが、側近も兵も戦う気力が失われていた。

 周囲の声に押されて、やっとドゥラス伯は降伏した。


 裏口から城に侵入し火を放った殊勲者です、とベルビオに連れられてやってきたのは意外な顔だった。

「ああ、エレクトライか」

 王都攻略戦で獅子奮迅の活躍をしたエレクトライだった。

 野戦に長じていることは知っていたけれど、攻城戦もできるのか。

「陛下、万歳、万々歳」

 有斗は伏礼するエレクトライの両手をとって立たせる。

「堅苦しい挨拶は抜きだよ。しばらくぶりだったけど元気だった?」

「陛下のおかげをもちまして」

「裏口から潜入するなんて考え付かなかった。攻めるに難しい城で手こずっていたんだ。助かったよ」

「我が領地は山二つ向こう。地元ゆえに獣道も存じております」

「なるほど。しかしよくも僕が城を攻めこむのに合わせて攻めこめたね。言ってくれたら良かったのに」

「申し訳ありません。実は陛下が来る前にドゥラス伯を単独で落とそうと思って攻め込んだのです。まさか陛下が攻め込むのと重なるとは思いませんでした」

 なるほどそう言うことか。単に偶然がもたらした挟撃策だった訳だ。

「僕らとしても前後から挟み込むような形になったから、楽に城を陥落させることができたんだ。実に助かったよ」

 あまりにもエレクトライばかりを褒めるからか、

「あと四半刻も頂ければ、俺が陥落さして見せましたぜ」

 と、ベルビオが不満を表した。

「ああ、そうだったね。もちろんベルビオら王師が多大な貢献をしたことに変わりは無いよ」

 有斗がそうめると、ベルビオは得意満面な顔になった。

 ほんと単純なやつである。ま、其処がダルタロスの人間のいいところでもある。


 叛旗を翻した諸候は後二つだ。

 だがその前に一旦、ダルタロスの兵と合流するために南京南海府に進路を変える。

「兄様、もうすぐ南京ですよ」

 アエネアスは陽気な声で前方にかすかに見える南京の城壁を指差した。

 日の光に照らされ、遠くから見た南京の城壁は、きらきらと輝き、まるで緑色の田畑の海にたった波頭なみがしらのように有斗には輝いて見えていた。

 あの時も今日と同じ好天で、白く光る南京の城壁はまばゆく光っていたな。有斗はアリスディアと共に初めてここに来たときのことを思い出す。

 あの時は二人だった。今は二万を越える軍とアエティウスはじめ有能な将軍も多く引き連れている。僅かの間に変われば変わるものである。

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