第36話 友誼

 新しい部屋には肖像画が飾られていた。第五代宣帝、第六代平帝、第七代昭帝。間違い探しに使えそうなくらい顔や雰囲気がそっくりだ。三枚描かなくても、一枚描いてそれをコピーしたら、手っ取り早いし安上がりでいいんじゃないかなどど、有斗は不謹慎なことを考える。

 まぁコピー機がこの世界にはないんだが。

 とにかく、さすが親子といったところであろう。

 そういえばアエネアスとアエティウスって美人と美男子だけど、あんまり似てないな・・・と、有斗はふと思った。二人は顔のつくりだけでなく、髪の毛の色もまったく違う。


「ねぇ、アエネアスとアエティウスって兄妹だけど似てないよね? どっちかが父似で、もう一方が母似とかなの?」

 その日、有斗はなにげなく、気にかかっていたことをアエティウスに聞いてみた。

「そうですね。私とアエネアスは従兄妹いとこですからね。あまり似てないかもしれません」

 アエティウスは瞳にちらっと不思議な色を浮かべてから、有斗に笑いかけそう言った。

「え? そうだったの? じゃあアエネアスはなんでアエティウスのことを兄様と呼ぶの?」

 二人の仲の良さもあって、すっかり兄妹だとばかりに思っていた。

「兄妹のように二人で暮らしてきたからですかね? 私もアエネアスも幼い頃に両親を亡くしていますので」

「ごめん・・ひょっとして悪いこと聞いちゃった?」

「気にしないでください。両親がいないことなど、私もアエネアスも気にしてない。それに幼くして親が両方いないくらい、この世界では珍しいことでもないですし」

「ということはアエティウスは小さいときから当主だったの? 大変じゃなかった?」

「幼いうちはアエネアスの父親が当主代行をしてくれていたりしましたから、それほどでも」

 一旦区切ると、少しの間をおいて

「ま、それなりに苦労は色々しましたけどね」と、話した。

 なるほど・・・そういった縁もあって兄妹のような関係になったんだな。

 そうか・・・度を越したブラコンだなぁと思っていた、アエネアスがアエティウスに接する時のあの過剰な態度って、好きな人に対する態度だとすればいろいろ納得もいく。

「しかし、いきなりどうしました陛下? ひょっとしてアエネアスがお気に召しましたか? にでも迎えていただけますか?」

 どうしてそうなるのかなぁ・・・話が飛躍しすぎている。そりゃアエネアスも悪くない女の子だとは思うけど、どう見てもアエネアスの目は有斗ではなく、アエティウスだけを見ている。有斗と結婚すると言っても、アエネアスは喜びはしないだろう。

「遠慮させてもらうよ」

 それは酷いと、アエティウスは笑った。

「何か陛下がお気にいらぬところがあるのならば無理には申しませんが、アエネアスは結構、繊細で魅力的な娘なのですよ。私としましては王妃としてなら、泣く泣く手放しても良いといったところなのです」

 あの元気だけが取り柄のがさつな女がか。あれで繊細だと言い張るとは、いくら兄妹として育ったからと言って、アエティウスの欲目も酷すぎやしないだろうか、と有斗は思った。


 キィン


 金属音が鳴り響く。アエネアスの手に握られていた剣は高く舞い上がると、二回三回と回転して刃を下にして落ち、地面に斜めに刺さった。

「やった・・・! できた!」

「流石です、陛下! 呑み込みがお早い!!」

 毎日練習してきてよかったなぁ・・・ついにアエネアスの手から剣を弾き飛ばす技を習得したぞ! これで朝早く起きる生活からも解放されるッ!

「さあ、さっそく次の技に参りましょうか!!」

「え? これで終わりじゃないの?」

 明日からは、この早朝の猛特訓から解放されて、ゆっくりと朝寝を楽しむできると思っていた有斗は、アエネアスの言葉に落胆する。

「敵が今の一撃をかわしたらどうするつもりなんですか? それに敵の得物が槍やげきなどの長物だったら、今の技じゃ対処しきれませんよ? とにかく、剣術は一に修行、二に修行、死ぬまで修行あるのみなんです!」

「でも僕なんかがやっても、これ以上、上手くなるのかなぁ・・・」

 有斗にはいくら修行しても、アエネアスやアエティウスのように剣を自由自在に扱えるようになるとはあまり思えなかった。

「陛下の腕前はお世辞にも・・・おっと、思わず本音を口に!」

 思わず本音が口から洩れ、有斗が生暖かい目で自分を見ていることに気付いたアエネアスは急いで口を手でふさいだ。

「・・・と、とにかく、陛下は最前線で敵の猛者と戦うことなどないんですから、一流の剣客の剣は防げなくとも構いません! 雑兵や農民からは身を守れるくらいになればいいんです!!」

「そっか」

 アエティウスやアエネアスほどではなくても、そこそこの腕前にはなれるってことか。なんかやる気が湧いて出てきた・・・!

 でもそうすると・・・

「こっちに来たときに、直ぐに剣を習えばよかったな。・・・そうすればあの時、セルノアを守れたのに・・・」

 そう、あの時、僕に立ち向かう勇気と守れる力がありさえすれば、セルノアを助けることが出来たのかもしれない。

 ずん、と気持ちがいつになく落ち込むのを感じる。最近はそうでもなかったが、セルノアのことを考えると、今でもたまにこういう気持ちにおちいる。

「・・・? あの時っていつのことです? セルノアって誰?」

「それは・・・」

 口ごもった。あまり人に話したくないし、女性相手なら尚更だし、そもそも聞いても後味の悪い想いだけが残るだけだろうし。

 有斗のその態度を何か面白い話を隠しているとでも思ったのか、興味津々な顔をしてアエネアスは有斗の脇腹を指でつつく。

「なんですか? 教えてくださいよぉ!? 私と陛下の仲じゃないですか! 間に隠し事はなしにしましょうよ!」

 ・・・そこまで親しくなったわけでもないんだけどな。

 昨日までの有斗ならアエネアスなどには話はしなかったかもしれない。でもその時の有斗は、アエティウスからアエネアスが幼い頃両親を亡くしたという話を聞いていたので、少しばかり身近にでも感じていたのだろう。悲しい過去を持っているなら、他人に対しても優しくなれるだろうとでも思っていたのかもしれない。

 要は少しばかり同情が欲しかったのだ。

 有斗はうっかりアエネアスにセルノアのことを話してしまった。

 いつにない真面目な顔でアエネアスはその話を聞いていた。

「・・・」

 話が終る頃にはアエネアスは顔を伏せてうつむいていた。

 ・・・やはりアエネアスだって女の子だ。他人とはいえ一人の少女に残酷な運命が襲いかかった話などするべきではなかった、と今更ながら悔やむ。

 ・・・あるいは有斗の勇気のなさに幻滅させたかもしれない。もっとも既に幻滅など何度もさせているかもしれないが。

「・・・それで元気がなかったんですか?」

「・・・うん」

 力なく返答した有斗に、アエネアスは大きくほっぺたを膨らまして近づく。キスでもしてくるのかと身構えた有斗に、ゴツンと勢いよく額をぶつけた。

 なんて石頭だ!

 目の前に火花が飛び、あまりの痛さに悶絶する有斗と違って、アエネアスはおでこが少し赤くなった程度で平気な顔で、「かーーーーーーーーーーーーーっ!!」と、大声で叫んだ。

「え? なに? なに!?」

「かあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつっ!!」

 アエネアスは更に大きな声で叫び、有斗の耳が悲鳴を上げる。

「?????」

 アエネアスの行動を理解できずに、半開きで間抜け面を晒している有斗に、

「喝ですよ! 喝!!」

 と言って、アエネアスは鼻息を荒くして仁王立ちする。 

「私、うじうじするのって大っ嫌い!! 陛下は男の子なんでしょ! 過去ばかり振り返ってどうするんですか! しっかりしてください!!」

「でも・・・どうしても考えてしまうんだ。今の剣術の腕があったなら、彼女を助けることができたんじゃなかったかって」

「じゃあ、陛下は天与の人だから、その剣を手にして、過去に時をさかのぼって、そのセルノアって人を助けられるというんですか!?」

「・・・僕は魔術師じゃない。そんなことは無理だよ」

「ですよね。じゃあ前だけ、未来だけ向いて進みましょう! 過去は変えられないけど、未来は変えることができる! そんな悲劇が起きない世界を陛下が作ればいいんですよ! そうすればそのひとの犠牲は無駄じゃない!」

「でも・・・」

「過去は取り戻せないんです。例え陛下であっても。じゃあ未来を作るしかないじゃないですか! それに臣下が陛下のために命を捧げるのは当然のことです。気に病んじゃだめです!」

「・・・それはわかるけど・・・でも、だからといってセルノアを僕の心から消すことなんかできやしないよ。僕を南部に逃がすためだけに、あんなに自らを犠牲にするなんて・・・! 僕は忘れられない。忘れちゃいけないんだ!」

「それはそれで陛下にお仕えする私たちには、陛下は臣下のことを考えてくださる、君主だと分かって、私たちも仕え甲斐があるってもんですけど・・・でも、陛下は私たちの王、かしらなんです。頭がくよくよしたり、迷ってたりしたら、手足の私たちはどうしていいのか、わからなくなっちゃうじゃないですか!」

「うん・・・そうだ・・・そうだね。確かにアエネアスの言う通りだ」

 有斗の返事に満足したのか、アエネアスはいつもアエティウスに見せているような、とびっきりの笑顔で笑って見せた

「元気出ました?」

「うん・・・出た」

 本当は元気が出たというよりは、びっくりしただけだったのだが、アエネアスが元気づけようとしてくれたことだけは、有斗にもよく分かった。

 少々押しつけがましい気もするが、その善意は有斗の心に久々に温かいものが流れ込んでくるようだった。

「これからは何か辛いことや不安なことがあったら、聞いてあげます! そして吹き飛ばしてあげます! だからうじうじと心の中に抱え込んじゃだめですよ、陛下!!」

「うん」

「私、わかりました! 私にとっての兄様のように、陛下には全てを話せる人が必要なんです!! そんな時は私たちを頼ってください!」

「僕の周りには君や、君の兄様や、アリアボネや、アリスディアがいるけど・・・言えないよ。言うわけにはいかない」

「え~っ! 私たちを信じてないんですか!?」

「信じてないわけじゃない。ただ・・・単なる愚痴や思い付きを軽々しく口にして、それを王の願望であると勘違いされて、下手に動かれると困るんだ」

 有斗には四師の乱という苦い思い出がある。ああいった間違いを起こさないためにも、軽い気持ちで臣下と話すことだけは避けなければならないのだ。

「それなら私に話してください! 私は何の権力もないし、政治的なこともわかりませんから、陛下の言葉を聞いても動きようがありません! 私が陛下の友達になります!」

「友達・・・僕と、君が?」

「そう!」

 しばらく考え込む様子を見せる有斗をアエネアスはじっと見つめていた。

「じゃあ・・・今日から君のこと、アエネアスって気軽に呼んでいい?」

「もちろん!」

「じゃあ・・・僕のことは有斗って──────」

「無理! それは無理です!!」

「友達になってくれるんじゃなかったの?」

「そうは言いましたけどぉ・・・」

「友達相手に、陛下っていうのはおかしいよ」

「でも・・・陛下は陛下ですし・・・それに陛下を名前で呼んだりしたら、打ち首になっちゃう!」

 アエネアスは首を手で覆い隠すと、ぶるぶると身震いした。

朝臣あそんたちの前じゃなく、アエティウスとか身内だけがいる場なら問題ないんじゃないかな」

「・・・陛下、本当に怒ったりしませんか?」

「しないしない」

「・・・じゃあ・・・・・・あり、あり・・・有斗・・・さま」

「様がついてるよ。有斗だよ

「あ・・・あり・・・」

 アエネアスは大きく息を吸い込むと、すべてを観念したかのように吐き出した。

「・・・・・・ありと」

「うん」

 有斗が普通に返事をしてくれたことが何かうれしかったのか、アエネアスはぱっと顔を輝かせて、もう一度、有斗の名を呼んだ。

「有斗!」

 そう叫ぶと、アエネアスは軽やかな足取りで走り出した。

「声が大きいよ」

 有斗のその言葉が耳に入ったのか入らなかったのか、アエネアスはくるりと身を翻して振り返ると、また笑った。

「ふふふ、陛下って本当にいい人ですね」

 そう言うと、また再び走り出した。

「また陛下って言ってる・・・」

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