第25話 忍び寄る影
兵に二日間の休憩を与え、その間に有斗は鹿沢城内にある武器、兵糧の数を調べさせた。
いざ
「あるところには、あるものだ」
アエティウスは積み上げられた米の量に、
「これだけあれば、戦いが長引いても我々に不利なことはない。いや、これだけのものを失った朝廷の方が、長引けば長引くだけ不利になる。敵は取れる選択肢が狭まり、我々は主導権が取れる。勝ったも同然ね」
そう言ったのはヘシオネである。
アエティウスが彼女も通常の会議の中に加えてみてはと提案してきたので、どういう訳かは気になったが、他ならぬ大恩人のアエティウスの言葉だからと、有斗も受け入れたのだ。
まぁ有斗にしてみれば、見るからに人を殺すことに喜びを感じてそうな(実際にはそうではないそうなのだが)、顔面に刀傷があるような、南部諸侯の多くの親父キャラどもならば、長時間、顔を突き合わすのはご勘弁願いたいが、幸いにして彼女はそうではない。有斗は気楽なもので、周囲に女の子が増えて、華やかになる分には何の文句もないのである。
そんな有斗とは違って、他の面子は軍事的な大収穫を目の前にして興奮気味だ。
これを得たことは大きい、とはアリアボネ。
「南部諸候軍はいわゆる手弁当で集まってきました。兵糧もそんなに持ってはいない。兵糧が切れれば買うしかありませんが、そんなに裕福な諸侯はないのです。と、すれば軍を解散するか、略奪するかしかありません。軍を解散されては我々の勝機は薄くなる一方ですし、かといって略奪でもしようものなら、我々は地元の民の反感を買い、一切の協力を得れなくなります」
「・・・そうか、これだけあれば略奪しなくっても済むってことか・・・」
有斗が来たせいで新法と言う名の重税が課せられ、そしてこの内乱が起きた。有斗はこの世界の人間に迷惑しかかけていないという思いがあった。
なるべくなら民にはこれ以上の迷惑はかけたくなかった。
「ええ」
「だからこそ是非にも、ここだけは奪い取りたかったのです。陛下のおかげをもちまして、こうして無傷で手に入れることが出来ました。感謝いたします」
アリアボネは微笑んで拱手する。笑うと花が咲いたように、ぱぁっと部屋が明るくなるような気がする。何回も見ているのに不思議だ。
「いや、僕はなにもしてないけど」
「陛下がリュケネ殿の提案を
えへへ。そこまで言われると悪い気はしないな。嬉しいような、こそばゆいような。
「あと武器も手に入れられたことも、地味ながらも大きな収穫です」
アエティウスの言葉にアリアボネも大きく頷いて、同意を示した。
「南部諸侯の兵は半農半兵。専業でないため、持つ武器の多くが数打ちの粗悪な量産品です。王師の剣槍と打ち合えば、一合で折れてしまいかねない
「なるほど」
アエネアスなどは早速、積み上げられた武器の一つを手に取って振るってみたり、
工場生産とかがない以上、品質にばらつきがあるのは仕方がないところであろう。そして当然常備軍であるところの王師のほうがいい武器を持っているのはあたりまえだ。
「で、僕等はここで待ち受けるの? それとも敵は王城に篭って出てこないつもりかな?」
「いえ、朝廷の叛臣も我々も考えることは同じのはず。戦が長びいた結果、関西の軍に介入されることを何よりも恐れています。ゆえに王都に向かうどこかで決戦を行うことになるでしょう」
「そっか」
「まぁ勝つにしろ負けるにしろ、堂々の野戦で決着がついたほうがあとくされはないですしね」
と、アエティウスは言った。でも負けるのはいやだ。有斗にとっては自分の命に関わる。
そんな有斗を見かねたか、
「このヘシオネがおりますれば、お心お安う。陛下には決して心配をかけませぬ」と、ヘシオネが有斗に笑いかけた。
「ありがとう、ヘシオネ。で、次はどこで戦うの?」
「関西の軍か南部の諸候が関東に攻め込んだときと、同じ道を
「三つって・・・?」
「青野原、ボジニッツァ川、ファロマオン平原、どこも大軍を布陣できるだけの平地があります」
「ただどこも・・・我々より王師が布陣する地のほうが陣を敷くのに適している地、いわゆる北勝南敗の地。できればそこは避けたいです」
「しかし当然、敵はそれを知っているが故、そこで戦おうとするだろうな」
「ええ」とアリアボネはアエティウスに
「とりあえず部屋にでも戻って、これから採るべき作戦でも練りましょうか?」
ここは蒸し暑いですし、とアリアボネは羽扇でぱたぱたと胸元を扇いだ。
さすがはアリアボネだ、と有斗は残念がった。
大事な軍議中にもかかわらず、汗で濡れてスケスケになったところを、こっそり視姦できるのではないかなどと有斗は妄想していたのだ。
そんな有斗を見て悟ったのか、ヘシオネは口元に手を当て、くすりと小さく笑った。
執務室に帰ってくると地図をばっと開いて、作戦会議を始める。
ええと・・・ここが青野原・・・こっちがボジニッツァ川か。川の方は王都に近い。こっちからだとだいぶ遠いな。
「陛下。お茶などいかがでしょうか?」
アリスディアが地図を熱心に
「うん。お願いするよ、アリスディア」
「はい。では全員分持ってきますね」
「さすがアリス。気が利くね!」
・・・と有斗にはまったく気を利かす様子など見せようともしないアエネアスが、椅子にだらっと座ったまま言う。
いちおう王様の目の前なんだけど、まったく気にしないのか机の上に足まで乗せてるフリーダムぶりだ。本当にアエネアスは自由に生きている。
アエティウスとアリアボネは王師との戦いを、どうやって少しでも有利な展開に持ち込むか、互いの意見をぶつけあっていた。
敵とぶつかるのは二人の意見が一致したところ、青野原であろうと結論づけた。
青野原は入り口が四箇所、扇状の土地で扇の要が南にあり、北に広がっている地形だ。南部諸侯軍は狭い山道を抜けてくる形になるのに反し、敵は平地に布陣でき、なおかつ三方から包囲できる形に持っていくことが出来る。自分が敵の指揮官ならそうする、とアエティウスは力説した。
問題はそうした時に有斗たちはどう戦えばいいかということだ。
ああでもない、こうでもないとアリアボネとアエティウスは数々の案を出してはそれを否定していくという、不毛な作業を延々と続けていた。
あの二人が決めかねているくらいなのだから、当然、有斗にはいい案など思いつくはずも無く、アリスディアのお茶はまだかなぁと考えるのが精一杯である。
やがて待ちかねていたアリスディアが大きな盆にティーポッドとカップを乗せて入ってきた。
その後ろには女官がバスケットにお菓子を大量に入れて続いて入室する。
じつにありがたい。ゲームも、アニメも、携帯も、ネットも、ラノベもないこの世界の今の有斗にとっては、お菓子を食べることが唯一の娯楽なのだ。
そういうわけで有斗の目はお菓子に釘付けになっていた。柔らかそうな質感とふくらみ・・・ケーキだろうか?
その時だった。
女官がお菓子の中にいきなり手をつっこんだ。
え? 素手で配るの? ハンカチとかで手を
まぁ女官は美人さんばかりなので、素手で触ったから食べれないとか一切ありませんけど! だからむしろご褒美ですけど!
だが次の瞬間バスケットの中から出てきたものは、三十センチはあろうかという短刀だった。
「・・・!」
その時には女官はもう有斗のすぐ横に立って、短刀を大きく振りかぶっていた。
有斗が恐怖に凍りついた、その
アエネアスが机の上に
女官は倒れ掛かる机の重さに耐えかねて下敷きとなった。
それにしても・・・なんて脚力だよ、怪獣並じゃないかよ。オイ!
椅子から立ち上がったアエネアスがアエティウスとともに警戒しつつ近寄ると、女官は机の下で青い顔をし、泡を吹いて震えていた。
自分の持っていた短刀で手に切り傷が出来、血が流れていた。どうやら毒でも塗ってあったらしい。
アエネアスが詰問したが、まもなく何一つ言い残すことなく死んでしまった。
「アリス、この子はアリスの部下じゃなかったっけ? どういうこと!?」
アエネアスが今度はアリスディアに詰め寄る。アリスディアはあまりの展開に動転してオロオロするばかりだった。
「もともと、ここで働いている女官の一人です。身元もしっかりしている者ばかりと思い、詳しく調べておりませんでした・・・わたくしの油断です。申し訳ございません!」
深く深く有斗に叩頭して謝罪する。
「少なくとも、陛下と接触する者だけでも調べるべきだよ!」
アエネアスはアリスディアを責め続ける。
「アエネアス、アリスディアを責めてもしかたがない。我々は寄せ集めの寄り合い所帯に過ぎない。ひとりひとり調べていくことなど誰にも無理だ」
「しかし兄様・・・!」
アエネアスはめずらしくアエティウスに突っかかる。
だが、
「それよりも今回は陛下の命が間一髪助かったことを喜ぶべきだ」
とアエティウスが再度、言い聞かせると、
「・・・そうですね。わかりました」
アエネアスは素直に矛を収めた。本当にアエティウスの言うことだけは大人しく聞く。
「常識で考えると、朝廷の誰かが送り込んだ刺客と言うことになるけど・・・」
アエネアスは刺客の懐を
「そう考えるのが正しい、と私も思います」
青ざめたままの顔でアリスディアも意見を述べる。
「今、ここで陛下が死なれたら、誰が考えても犯人は朝廷の誰かと思うだろう。だが戦場で殺すのと、暗殺と言う汚い手段で命を奪うとのは諸侯に与える印象がまるで違う。王を暗殺した者と言う汚名を被った者が宮廷にいると、諸侯は朝廷に手を貸すまい。朝廷が劣勢であるならば、そういう手段もしかたがないと思い、実行する可能性もあるだろう。だが我々に比べると、王師はまだまだ優勢だ。暗殺と言う手段にまで訴えるような非常時ではないと思う」
そこまで言うとアエティウスは首を
「それに・・・陛下のところまで、かくも容易に近づけたことにも不審がある。入城してわずか三日だ。どうやって陛下と接触できる地位の人間に刺客を送り込むことができたのだ?」
「考えてみると確かに妙ですね」
アリスディアも不信を感じたようだ。
「よほどの凄腕なのか・・・」
アエティウスの言葉にアリアボネが付け加える。
「あるいは・・・裏で手を引く裏切り者が、我々の中にいるのか、ですね」
「い、言っとくけど、私は関係ないからね!」
ヘシオネが加わったばかりでもあり、なおかつ一人、ダルタロスとの縁を持たないということで疑われては堪らないとばかりに大きく否定した。
「分かっていますよ」
皆、暗く思い沈む。
だが気軽に犯人探しでもしようものならば、不信感ばかりが増大して、この寄り合い所帯などは軽く崩壊してしまうだろう。それは避けたいところだ。
「とりあえず明日から、陛下には信頼できる警護の兵をつけることにしましょう」
アエティウスは有斗に向かってそう言った。
そうしてもらえると助かる。実に助かる。
有斗は恐怖に青ざめた顔のままで、アエティウスの言葉に何度も何度も
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