第24話 三師共闘

 ハルキティア公代理として参陣しているヘシオネは、男ばかりの軍中ではとりわけ目につく、その長い髪をかき上げると、口の端に微妙な色合いの笑みを浮かべた。

「はン。こういうことか」

 諸侯が反対することをあえてやり、しかもそれをよい形で成功させることで、王と諸侯たちとの間の考え方の差、あるいは器量の差と言ったものが明確に明示された。王の権威といったものが、ここで形成されたのだ。

 その行動が計算づくであるのか、あるいは見かけ通り、単なる善意からだったのかはヘシオネには分からなかったが、王もなかなか大したものである、と見直したのだ。

 もちろん、王は何も考えておらず、単にアエティウスやアリアボネあたりの謀計かもしれないとも思ったが。

 だが、とにもかくにも結果としてみれば、王は神輿であるということ以上のことをしてみせたのだ。

「気に入った」

 アエネアスが警戒の目を向けているのも意に介せず、ヘシオネはアエティウスに上気した顔を向けて頷いて見せた。

「何がです?」

「王は実に度量が広い。まさに我らの王に相応しい。私もアエティウスのように陛下に賭けてみる気になったよ」

 アエティウスにすれば、それは単なる勘違いに過ぎなかったが、わざわざ乗り気になってくれたヘシオネの心に水を差すことはないと思い、訂正する親切心を発揮しなかった。

「それは心強い」

 ヘシオネはアエティウスの首の後ろに右手を回すと脇に抱え込む。

「ところで裏で何やらこそこそと話し合っているようじゃないか。私も混ぜろよ。水臭い。まんざら知らぬ仲じゃあるまいし」

「裏とは?」

「またまたしらばっくれちゃって。アエティウスとアリアボネとで陛下を囲んで今後の方針を話し込んでるんだろ? それに私も加えろって言っているんだ」

「断ったら?」

「ダルタロスが王をわたくししていると他の諸侯を焚きつけて、諸侯軍を解散させる」

「それは困る」

「だろ? じゃあ私を加えろよ。一番遅くに参加した私が知っているんだ。ほかの諸侯たちも知っている。内心、忌々しく思っているはずさ」

「だが諸侯を加えれば人数が増えすぎる。船頭多くして船、山に登るの例えがあるように、今は指導部に人数を多くして、意見の集約に時間がかかるような状態にしたくない。王を東京に帰させさえすれば、ヘシオネ殿をはじめとして協力諸侯には十分な礼はするつもりだ」

「だから私一人を加えろって言ってるのさ。そうすればダルタロス色が薄まり、他の諸侯の不満も少しは減るはずさ」

「ま、考えておきます」

遁辞とんじは許さないよ」

 ヘシオネは更にアエティウスの首を抱えている右手に力を加えた。

「胸が兄様の顔に当たってます!! 破廉恥ッ!!」

 そこに真っ赤な顔をしたアエネアスが割って入り、ヘシオネの魔手からアエティウスを救い出す。

「ははは、悪かった悪かった」

 ヘシオネはひらひらと手を振って形ばかりの謝意をアエネアスに示した。


 その知らせは迅雷じんらいのごとく王都を駆け抜けた。

「ブラシオスが敗れただと? 王師後軍はどうなった?」

「王師はちりじりになって鹿沢城に向かって後退したとのこと。なおブラシオス殿の生死は不明!」

 その声は宮廷の一室で書類整理をしていたラヴィーニアのところまで聞こえてきた。

「一軍とはいえ、王師が敗北するとは・・・さすがは武のダルタロスと褒めておくか。あの馬鹿王を担いで天下取りの野心でも抱いたか?」

 だけれども、まだ王師は残っているのだ。

 今回は運よく、一師を破ることが出来たとはいえ、まだまだ王師三軍は健在、何度考え直しても南部諸候軍が勝利する絵は思い浮かばなかった。何が彼らをこの勝ち目のない戦に駆り立てているというのだ・・?

 王の口車に乗せられただけだと考えるのが一般的だが・・・あの王にそれだけの交渉手腕があったというのならば、そもそもラヴィーニアたちに反乱を起こされなどしなかっただろう。それにダルタロス公がそこまで馬鹿だと考えることは、敵を少し甘く見すぎているというものだ。相手は生き馬の目を抜く戦国乱世を生き抜く諸侯の一人なのである。

 にしてもわからない、わからないからこそラヴィーニアは不安になった。

 彼女の想像を超える何かが働いているに違いない。

 それが無謀や無茶に由来するならば、ラヴィーニアとしても何の不安も抱かずに枕を高くして眠れるのだから、ありがたいことだが、彼女の知りうるダルタロスの当主はそれらのことから、もっとも離れたところにいる人物のはずだった。


 昼過ぎ、中書省にて公務を行っていたラヴィーニアのもとに、予期せぬ来客が訪れていた。

「ど、どうすればよいのじゃ、このままでは我らは逆賊ぞ」

「きゃつらの勝利を聞きつけて、軍に加わる諸侯や傭兵が後を絶たないとか」

「我々はどうすればいい? このままではまずい、実にまずいぞ」

 三人そろって、あたしのところに来るとは珍しいこともあるものだ。ラヴィーニアは慌てふためく三人を冷ややかな目で眺めた。

 どうやら足に火がついて、ようやく左府、内府、羽林大将たちは、権力争いに茶番を抜かしている場合ではないと悟ったらしい。

 なにしろ武部尚書を追い出すまでは結束していた彼等も、追い出したとたんに、本来の仲の悪さを取り戻し、仲間割れを起こしていたのである。

 ラヴィーニアはというと、馬鹿につける薬はないとばかりに無関心を装い、独尊を決め込んでいた。

 どうせなら、もう少し早く気付いてくれれば有難かったというのがラヴィーニアの本音だ。

 とはいえ今でも一致団結してくれたのはありがたい。そうしてもらわないとラヴィーニアがどんなに策略を練っても勝敗の行方はどうなるかわからない。

 残り三軍全てが、南部諸侯相手にまさかの各個撃破でもされた日には、目も当てられない。

「負けはしません。まだ王師には三軍残っています」

 ラヴィーニアは三人の顔を、ちらりと一瞥いちべつした。どいつもこいつも焦っているな。これが国家トップの亜相や大臣だというのだから、この国の人材不足は深刻だと言わざるを得ない。

 まぁ、だからこそラヴィーニアがちょっと舌先三寸を動かしただけで、反乱を起こすことができたともいえるのだが。

「確かに此度こたびの勝利で敵は意気が上がっておりましょうし、また、様子見をしていた諸侯の中には王の旗下にせ参じる者もおりましょう。とはいえ併せても一万五千は超えますまい。それに緒戦烏合の衆、連携もままならぬでしょう。正面から戦えば王師三軍の敵ではございますまい」

「しかし勝利に沸き返る賊は、我らを逆賊と罵り、王の名の元に正義を主張し、味方につくよう諸侯に働きかけていると聞く」

 なんだ、そんなことか。いまさらそんな些細ささいなことにこだわるなど愚の骨頂だ。王に反乱を起こしたときから我らは既に逆賊なのである。その覚悟もなかったのか、この三人は。

 ラヴィーニアはいまさらながら、慌てうろたえる覚悟の無い三人に、心の中で舌打ちした。

「勝ちさえすれば、逆賊の汚名など、なんとでもなります」

 ラヴィーニアは三人に教え聞かす様にゆっくりと言った。

「王と名乗っているあの少年は、もともと召喚の儀という不確実で出鱈目でたらめな術で呼び出された只の人間です。前も言ったとおり、殺してしまえばいい。とにかくこれ以上好き勝手にさせないことです。また各個撃破を恐れるべきですね。三軍全てで槍を揃えて敵を向かい討ちましょう」

「しかし王都を空にするのは不味い。関西の軍や河北の賊が空き巣を狙いよるやもしれぬ」

「物事には優先準備というものがございます。我々の現在の主敵は、王と南部諸侯です。これを早いうちに手当てしておかないと致命傷になりかねません。今なら我々の兵が多く有利ですが、討伐に手間取ると敵は兵威を増し、我々を上回るやも・・・それに対して関西や河北の賊は放置しておいても兵力が増える気遣いはありません。それに関西や河北の蛮兵が、王都まで長駆してきたとしても、ここには羽林、金吾、武衛計1万が残っています。王都が容易たやすく落ちるわけはございません」

「だが兵糧の問題もある。王師三軍三万人を遠征して食わせるだけの兵糧は王都にはないのでは?」

「そこはあたしに任せていただきたい」

 計数ならば得意だと、ラヴィーニアは薄い胸を張り、自信たっぷりにそう言った。

「わかった。中書侍郎がそこまで言うのならそうしよう」

 三人はラヴィーニアの献言に賛意を示すと、出陣の支度に向かい散っていった。

 部屋に一人きりになったラヴィーニアは再び想いをめぐらせた。

「しかし、意外としぶといな、王は」

 小娘に惑わされて新法派に付け入られ、愚昧ぐまいな政策を打ち出した、どこにでもいるような無能な輩だと思っていた。

 反乱時に王宮内で仕留め損なったとはいえ、この乱世だ。野垂れ死ぬのが関の山だと決め付けたのは私の失策だったか。

 それが南部に逃げ延びてダルタロスを立たせ、軍勢を催し王都に向かってくるとは・・・私はあの男を少し甘く見ていたようだ。反乱後すぐに刺客を送り込むべきであったのだ。


 そしてラヴィーニアは先ほどから感じる違和感に眉を寄せる。

 もう一度、現実にそくして考え直してみよう。

 ブラシオスは我々とたもとを分かった。王師が倒さずとも、いずれは我々が倒さねばならない相手。味方の数には入っていない。だからその兵力が無くなったといっても落ち込むことではない。

 だが王を担いだ南部諸候連合軍は、王師一軍にも届かなかったはず。

 確かにダルタロスの兵は昔から強兵で知られているが、実戦から遠ざかって久しい。しかもそれ以外の諸侯の軍などは王師の足元にも及ばぬだろう。

 また王師には武に長けた将軍も多々存在する。ブラシオスだって武部の出、当然兵書だって読んでいる、兵法を知らぬ凡将ぼんしょうではない、兵だって精強だ。簡単には負けぬ。

 どうやって勝利したというのだ? ありえない、何度考えても王師が敗北する絵が思い浮かばない。

 まてよ。・・・南部、ダルタロス・・・

 ラヴィーニアは何かに思い当たったのか目を上げて虚空こくうにらんだ。

「まさか・・・な」

 ありえない想像に苦笑いをする。

 意外なことに、私は心中ではあいつの頭脳をかなり買っていたらしい。あいつの顔を思い浮かべてしまうとは。

 ラヴィーニアは頭を振って脳裏に浮かんだ一度見たら忘れる者などいない美貌の持ち主を打ち消した。


 ・・・そもそもまだ生きているのかもわからない命だ。もう会うことも無いというのに。


 鹿沢城で加わった王師下軍を加えると、有斗が掌握する兵はおよそ二万の大軍となった。

 もはや王師との数の差に怯える必要はそれほど無い。

「なによりも錬度が高く、正確に布陣できる強兵を得たことは大きい」とはアエティウスの談。

 数ばかり増えているが南部諸侯軍や傭兵は、布陣一つとっても王師には敵わない。ダルタロス家の兵といえどもだ。陣を前進させるだけで、すぐに隊列さえ崩れてしまう。

 リュケネが先の戦いで見せたように、王師はきちんとした指揮官の下でさえあれば、攻撃を受け退勢にも関わらず陣を保ち、なおかつ退くことまでできるのだ。

 これからの戦いで何よりも心強い一助いちじょになってくれるはずだ。


 有斗は鹿沢城の城内の、ここかしこにある兵舎を順番に回っていた。

 王師の陣、ついで南部諸候の陣を巡り、最後に新しく加わった畿内の諸侯の陣へ向かう。

『王が気にかけてくれている、働きを見てくれている。それだけで下の者たちは頑張ろうという気になるものですよ』

 とは軍師アリアボネのありがたいお言葉であるので、それを実行したのだ。

 つまりこれも王の大事な仕事だ。

「お目にかかれて光栄です。私は畿内にて領地を持つストルダ伯と申します。陛下が義軍を挙げたと聞きまして、百二十の兵を持って参陣いたしました」

「僕もストルダ伯が味方したと聞いて心強い。光栄に思う」

「はっ!」

 ストルダ伯は老齢の禿げ上がった頭を持つ男だ。アリアボネに言わせると、老兵だが老練でもあるとのことらしい。

「その年で参陣してくれた心意気を、僕は実に嬉しく思う」

 と、有斗が言うと、本当は早く隠居したいが息子がボンクラで困ります、とストルダ伯は大きく笑って返した。

 ストルダ伯のそばに近侍している兵に言葉をかけた。

 実にたくましい武人だった。持っているその大きなげきはいくらくらいの重量か、またそれを馬に乗って片手で扱えるのか・・・などなど訊ねる。

 有斗の言葉に答えるように見事に片手で振り回して見せたその姿に、驚嘆の声をあげる。

 その兵士は実に誇らしそうだった。

 確かにこういったことは何気ないことだが、結構重要なことかもしれない。

 こうやって王と将士の一体感をつくることで、きっと戦場で困難な局面を迎えたときの、最後のひと踏ん張りが違うことだろう。


 諸候巡りもようやく終る。

 ついでに有斗が傭兵達も見回りたいというと、その必要はないとアエティウス等に一斉に反対された。

「金で動くものたちです。十分な給料を与えてやればそれでよろしい」

 とアエティウスは一般論で反対し、

「あのものたちに情や義と言った徳目を期待するのは無駄と言うものでしょう」

 とアリアボネは理で反対し、

「それに荒っぽい連中です。もし万一陛下の御身おんみに何かありましたら・・・」

 とアリスディアまで情で反対する。

 見事なまでの大反対。

挨拶あいさつとかそういうのじゃなくってね・・・その・・・顔を見たいんだ」という有斗に

「顔? 不景気なツラした辛気臭いやつらだよ?」

 と最後はアエネアスまで反対した。

「どうしても見たいんだ。頼む。挨拶とかじゃなくて顔を見るだけで良いから」

 有斗は皆に頭を下げて頼んでみる。そう、これは絶対にやらなければいけないことだ。

「・・・?」

 だけれども有斗の想いは皆には届かない。

「あ・・・!」

 その時、アリスディアだけは有斗が何を言いたいのか理解したようだ。

「でも・・・」

 と、説得をしようとするアリアボネのすそを強く引いて振り向かせると、それ以上反対しては駄目とばかりに首を横に振った。

「・・・はぁ・・・」

 アリアボネは溜め息をつくと、

「では着替えていただきます。一般の兵士の格好に。それに不測の事態を恐れます。服の下に鎧も着てもらいますよ」

「アリアボネ・・・!」

 有斗は両手で拝むようにしてアリアボネに感謝の態度を表した。

「そして警護の為に、アエネアスとアエティウス殿にも同行していただきます。これが条件です」

「私も!?」

 それを聴いた瞬間、アエネアスが嫌そうに顔をしかめた。


 アエネアスの愚痴を聞き流しながら、有斗は傭兵達がたむろする城の外郭がいかくや、屯所とんしょ、さらには傭兵達に付いて来た、城外に開かれた馬車を使った簡易酒場の中にまで行ってみた。

 全てを見、全員の顔をさっとのぞき見するのに一時間はかかった。

 途中、アエネアスのお尻を傭兵の一人が触ってくるというハプニングはあったものの、アリスディアが想像していたような身の危険を感じるようなことは有斗にはなかった。

 ちなみにアエネアスのお尻を触るという命知らずの傭兵は、アエネアスにボッコボコにされた挙句、城の堀に投げ込まれた。アエネアスはどうやらそんじょそこらの男では相手にならないくらい強いっぽい。

「・・・いない・・・」

「どうした? 満足した?」

 そう言うアエネアスは大あくびをして、すぐにでも帰りたいといった雰囲気だった。

 全てを探しても、有斗が見つけたかった顔はなかった。

 ・・・どこにもいない。

 ほっとした気持ちと、残念な気持ちが半分ずつ。

 ここにあの夜、峠で見た顔は一人もいない。ということはセルノアの行方はまだわからない。

 ・・・まだ生きている可能性はあるんだ。

「・・・・・・もういいよ。用事は済んだ」

 有斗はそうアエティウスに言った。

「・・・?」

 アエネアスはアエティウスに顔を向けると、王の気まぐれにも困ったものだ、とでも言うように肩をすくめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る