第22話 ティトヴォ攻防戦(Ⅱ)

 「陛下、南から王師が進入してきたようです」

 伸び上がるように椅子から立ちあがって、南の城壁の様子を見ていたアリアボネが有斗にそう報告した。

「え!? もう?」

 手の裏にびっしりと汗をかきながら、そわそわする気持ちを押し殺して座っていた有斗は、その言葉にびっくりしてアリアボネを見た。

 まぜならまだ一時間くらいしか経ってないからである。

 城壁の無い場所には柵を作り、長い間放置された結果、なかば埋まっていた空堀も、土砂をどけて元に戻しもした。

 三日間使って万全の防備の体制をしいたと思っていたのに、それが一日の、たった一時間の攻防の間に突破されるなんて、有斗には想定外の出来事だったのだ。

 これで・・・本当に勝てるのか?

 有斗の心の中で不安がむくむくと大きくなっていく。

 四方から絶えず聞こえてくる干戈かんかの音に、有斗は内心怯おびえていて、背中もびっしり汗で濡れて酷いことになっていた。

「中に入って来られても、大丈夫なの?」

 攻城戦は防衛側が圧倒的に有利なことくらい、戦素人の有斗にも分かる。だからこそ、もう少し長期に渡って、城壁突破を巡っての攻城戦が行われると思っていた有斗は、心配になってかたわらのアリアボネに聞いてみる。

「いや、無理でしょう。所詮しょせんは仮ごしらえの防御です。一点を突破されると、そこを中心にほころびは広がるもの。この街に配置した兵は四千しかいません。それも弓に長けた者が多い。ということは逆に近接で刃を交えるのは不得手の者が多い。王師は精鋭で数も多数。全面から進入されるのは時間の問題です」

 アリアボネは有斗の不安をいや増すような、そのセリフを平然と言い切った。

「ええええええええ! そんな!」

「大丈夫です、陛下。まだ主導権は我々のもとにあります」

 アリアボネはにこりと笑った。

「そろそろ始めましょうか。アエティウス殿も見物するだけではれておりましょうし」

 アリアボネは羽扇をさっと振って、先ほどから準備にかかっていた兵士たちに急ぐように指示した。


 陣に据えた床几しょうぎに重そうなお尻をどかっと預け、ブラシオスは戦況を見守っていた。

 と、街の中から一本の黒煙がするすると揚がると、蒼天めがけて駆け昇った。

「ほう、もうあんな奥にまで突入した兵がいる」

 さきほどの不機嫌は嘘のように消え、ブラシオスは満足げな笑みを浮かべる。

 さすがは自慢の兵たちだ。もう少し手こずるかと思ったが、案外だったな、などとすっかり高みの見物だ。

 攻城戦が一日でケリがつくことは稀だ。どんなに兵力差があっても二~三日、長ければ何ヶ月経っても落ちないということさえあるのだ。

 とはいえ城壁の崩れた廃墟だ。そこまではかからない。部下たちには今日中に落とせと言ったが、それなりの兵数を持つ南部諸候軍相手ではブラシオスは少なくとも三日はかかるだろうとみていた。

 だが、もう城壁を超えた部隊がいて、内部で戦闘を始めているのだとすれば、落城は間近と考えて間違いはない。文官畑のブラシオスでもそれくらいのことは分かる。

 ブラシオスよりも更に戦闘の素人である王は、目の前で起きている戦闘に慌てふためき、全体の指揮を取ることもできなくなっていることだろう。

 四面に配された兵は王の命令が来ずに、それぞれ孤軍で戦うしかなくなる。次々と防御陣はほころんでいくはずだ。

 さらに一度ついた火は燃え広がり、防御側に混乱をもたらす。攻撃側に優位に働くはずだった。

 だが南面以外でいまだ壁を突破した兵は現れなかった。

 それどころか突入したリュケネの部隊さえ、検討むなしく壁の外に叩き出された。

 しかし不思議なことに壁の中では、いまだもくもくと煙が一筋だけあがっていた。

 いっさい燃え広がることなく。


 ふとブラシアスの心に疑念が生まれた。

 何故、燃え広がらないのだ・・・? 消火活動に入ったのなら、あの程度の煙だ、すぐに消し止められる。

 とするならば、何故か敵陣で起こった火事は消えもせず、燃え広がりもせず、一定の大きさで燃え続けていることになる。

 次の瞬間、ブラシオスはあっと小さく叫んだ。

 恐怖で心臓を掴まれる。

「しまった・・・!」

 急いで周囲を確認する。まず正面である北を、次に退路にあたる西を、背後である南を、そして最後に東を見たときに、彼が探していたものを発見した。

 それは土煙。

 いや、森の中から土煙を上げて、続々と湧いて出る、騎兵を中核とする五千あまりの兵。

 街を我攻めをしたことで、完全に隊列を乱した王師下軍を、無防備な後背から襲おうとするアエティウス率いる南部諸候軍の別働隊だった。

 そう、一定の大きさで揚がる煙とは、すなわち攻撃開始を告げる合図の狼煙のろしだったのである。


 南部諸侯連合軍はティトヴォに向かうため街道を離れてすぐ、軍をふたつにわけた。

 一つは諸候軍の中で弓に長けた者と、組み打ちの得意な力自慢の者を中心とする防衛に適した四千の兵、もうひとつは軽歩兵、騎兵を中心とする機動力のある五千の兵。

 馬に乗れる兵は全て後者のほうに入れた。作戦としては城を取り囲んだ王師を背後から奇襲をかけること。兵を隠した森からいかに素早く戦場まで動かせるかが勝負の分かれ目だからだ。


 ティトヴォ東の森の中。兵たちはその時が来るのをじっと待っていた。

「若、まだですかね」

 ベルビオはもはや待ちきれない、とばかりにしきりとそわそわしていた。

 馬も飼い主に似るのだろうか、先程からまったく落ち着きを見せず、首を左右に振ってはいなないていた。

「焦るな。敵が全て壁に取り付いてからが我々の出番だ」

 王師はあざやかに陣を引き、兵を魚の群れのように芸術的に進退させることができる。それに正面からぶつかっては南部諸候軍が勝てる見込みはまったくない。だから敵の陣形をいかに乱して、正面以外から襲い掛かることができるかが勝利の鍵だ。

 王師が堀を越え、壁に取り付いているその瞬間に襲い掛かるしかない。

 そのまま前に行けば後背から騎兵が襲い掛かり、後ろを向けば、壁の上から降ってくる矢の餌食となる。進むも退くもままならないままに王師は敗北するであろう。

 それがアリアボネが立てた作戦であった。

 敵が接近するや、わざと街道から離れた廃街に篭城し、敵軍を恐れ退いたように思わせる。

 立て篭るティトヴォの街は城壁も半ば崩れている。ならば、そう難しい攻城戦にはならないと、南部諸侯軍を軽んじることは疑いない。

 さらには軍を二つに別けることで兵数を少なく見せることにもなる。必ずや王師はこの餌に喰いつくだろう。

 それにしてもたいしたものだ。アエティウスの意識は作戦を立てたアリアボネにではなく、王に向けられていた。

 四方を敵に囲まれたうえ、崩れた城壁の中に自ら残るとは。

 負ければ逃げ場は無いのだ。確実に死ぬ。負けたときのことを考えると騎馬軍に入るのが常識だろう。

 まぁ王があそこに残ってくれるほうが、アエティウスとしてもありがたい。

 あの少年に戦士としての実力を期待することは出来ない。別働隊にいても足手まといになるのがオチだ。

 だが篭城側にいるのであれば話は別だ。

 半分の軍であの廃街に篭り、強力な王師相手に援軍を待ちつつ戦う、というのは心理的に辛い戦いになるはずだ。

 だが、王がともに残っていることは、心理的にプラスの効果が期待できる。

 王がともにいるのだから、必ずや援軍が来ると信じて最後まで奮戦してくれるに違いない。


「若! あれを!」

 ベルビオの指差す空に濃い煙が一筋舞い上がった。

 待ちに待った瞬間だ。アエティウスは剣をさやから抜き払うと、天高く掲げる。

「敵は城壁に取り付いて、無防備な後背をさらしている。我等に気付いたとしても容易く迎撃の陣を敷くことはできない! 後ろから槍を入れるだけの簡単な戦だ。首は取り放題だぞ!」

 野太い陽気な笑い声が広がった。

「まさに武勲をあげるのはこの時である! 全軍突撃!!」

 地に伏せ隠されていた軍旗が一斉に蒼天に掲げられる。

 ダルタロス騎兵、千五百を中核とする五千の兵がついに戦場目指して動き出したのだ。


 ブラシオスが東方にアエティウスの軍を発見した頃、東の城壁攻略を担当する王師諸隊も、背後から兵が向かってくることに、遅まきながらも気がついた。

「退きがねを鳴らせ! 兵を呼び戻すんだ!」

 だが城壁に取り付き、堀を越えようと奮戦する兵たちにその鉦の音は届かない。

 だけれども、もし届いたとしても事態は変わらなかったであろう。

 前線で敵兵と今まさに刃を交えている兵が、後ろを見せてそう簡単に退却できるわけもない。ましてや敵は高所に陣取って弓で射て来るのである。

 間の悪いことに、我攻めの命令と壁内に入りこんだリュケネ隊への対抗心から、ほとんどの兵をその時点で攻撃につぎ込んでしまっており、後方に残った兵はそう多くは無かった。

 そのわずかばかりの兵でようやく迎撃の陣を敷いたブラシオスだったが、兵の多寡たかはいかんともしがたく、アエティウス指揮下の騎馬隊と触れた瞬間、せっかく敷いた防衛の布陣は蒸発したかのように蹴散らされた。

 その瞬間、王師の敗北は決まったといってよかった。

 もはや組織だって彼等に向かってくる兵は東面にはいなかった。

 先頭はベルビオ。巨体に似合わぬ器用さで、大きなげきをくるくると回転させては次々に敵兵をほふる。アエティウスも馬上から巧みに剣を切り下ろし道を切り開く。その右後ろを赤い鎧を来、青龍せいりゅうげきを右手に抱え小柄な武将が付き従う。アエネアスだ。

 前を向けば後ろから攻撃され、後ろを向けば前から矢が飛んでくるというこの状況に、さしもの王師といえど士気が崩壊する。

 とにかく矢の届かないところに、敵がいないところへと隊伍を組むこともなく逃げ出し始めた。

 そのころになって北、西、南にそれぞれ陣を構える王師の武将たちもやっと、どうやら自分たちが罠にはまってしまったことを悟る。

 そこにブラシオスからは『直ちに攻城を已め、城外の敵兵と抗戦せよ』という指令がようやく届く。

「こんな至近距離に近づいてから、兵を引いて迎撃の陣を敷けなどとは無茶を言う」

 旅長たちが困惑の声を上げる中、リュケネは自身の判断で早い段階で街攻略をあきらめ、いちはやく迎撃の陣を敷き終わっていた。

 東西南北に分散している兵力を急いで東に終結させ、堂々の野戦でことを決す。それならばまだ戦の帰趨きすうはわからない。

 南部諸候軍の半分は壁の中で防御陣形を敷いているのである。防衛ならばともかく、城外に兵を出しての攻撃には自分たちで作った柵や空堀が邪魔をして時間がかかる。

 彼等がまごついている間に、東の別働隊をほふることが出来れば、戦の流れは再び我々のもとに帰ってくるのだ。


 だがそれは当然、他の武将もそれを同時に行っていることが前提であった。

 しかし他の武将は未だ城内の敵と城外の敵、どちらと戦うべきかまごついていた。

 もしまごつくことなく速やかになんらかの行動を起こしていれば、先手を取られたとはいえ、王師側はそのリュケネの策以外でも、まだまだ巻き返すチャンスは沢山あったはずだ。

 だがそれはもう無理な段階にさしかかっていた。

 いまだ兵を完全に自陣に引き戻すことに成功している将軍はリュケネの他にいなかったのである。

 それどころか敵の騎馬隊がまだ街の東面で戦っているこの時にも、すでに南面の他の味方の兵はポロポロと刃がこぼれるように逃げ出していた。その中には軍の中核となる百人隊長やあろうことか旅長さえいたのである。

 もうそういう応急処置でこの退勢を挽回ばんかいすることなど奇跡が起きぬ限りありえなかった。

 だが勝利は望めなくても、まだ全てが終ったわけではない。

 幸いにも西の森には前もって伏兵している兵がいる。とにかく全力であそこまで全軍を退却させて、追ってきた敵兵を伏兵が敵を急襲している間に体勢を整え、反撃に移る。

 これだ、負けない方法はこれしかない。

 リュケネは本陣に駆け込み、ブラシオスにその策を告げた。

 だが返って来たのは罵声だった。

「いまだ城壁から離れられぬ兵がおり、東では敵の攻撃に今も必死に耐え抜いている兵がいるのに、ここで退けというか!? それほどまでに命が惜しいか!?」

「このままでは自滅します! 明確に退却させる意志を全軍に示し、被害を少なくすることこそ、今必要なことなのです!」

 ブラシオスはリュケネを手で突き飛ばし、天幕から追い出した。

「臆病者は去れ! お前を旅長から解任する!」

 リュケネは呆然と天幕の外で立ちすくんでいた。この現状でまだブラシオスがこの場で戦うということは自殺行為に等しい。

 死にたいのなら勝手に死ねばいい。何も一万の兵を共に冥府に連れて行くことは無いだろうに。

 旅団の百人隊長たちがリュケネの周りに集まってくる。

「我々は旅長についていきます! ご命令ください!」

「むざむざ敵の罠にはまったブラシオス将軍の言うことなど無視すべきです」

「ここは撤退して捲土重来けんどちょうらいをはかるべきかと!」

 リュケネはこれでも自分についてきてくれる百人隊長たちにこうべを垂れた。

「すまない。もうこの退勢を防ぐ手当てはもう私には考え付かない。退くだけで精一杯だろう。しかも味方はもはや将軍の指揮を離れて、算を乱して逃走に移っている。我々と歩調を合わせて退却を支えてくれる味方も期待できない。だが私は一兵でも多くの兵を逃がすために、また我々も一兵でも多く退却できるよう整然と退きたい。これは骨の折れる戦になるだろう。それでも俺に着いて来てくれるか?」

 男たちは皆、無言で頷いた。


 街の東側の王師を完膚なきまでに叩き潰すことに成功した、アエティウス率いる別働隊は、次に北側と南側の王師を攻撃するべく、ダルタロス家の兵を南側に、その他の兵を北側の攻略にと分かれさせた。

 東面で味方がいいように翻弄ほんろうされるのを見た、北面と南面の王師たちは戦闘が始まる前にすでに壊走を始めていた。

 この時点で街の中に布陣していた南部諸候軍も次々と壁を越えて、王師の追撃に移っていた。


 南部諸侯の一人、エレクトライはその北面を誰よりも速く駆け抜けた。

「敵に立ち直るいとまを与えるな! 休まずに敵を追い続けよ!」

 南部に王が逃げて落ちて来、次いでダルタロスが立ったと聞いて、エレクトライは義挙に参加したものの、正直なところ不安だけが強かった。

 王を助けるのが義と言うもの、そう思って北伐軍に参加したエレクトライだったが勝てるという確信はなかった。

 中核となるダルタロスの兵は強兵をうたわれるが、実際にその武威を発揮していた時代は遥か彼方。アエティウスの父親が当主だった頃なのだ。

 ・・・しかも王は頑張って威厳があるように見えるように取り繕ってる様子がエレクトライにも分かるほどの・・・普通の少年。

 何より王師は強い。南部諸侯の兵と違って精鋭の専業軍人だ。

 互角に戦うことはできるのだろうか? そういう不安だった。

 だが今、目の前を敗走するこの王師はどうだ?

 槍を突き入れただけで背中を見せて敗走するその無様な姿には、彼が恐れていた王師の姿はなかった。

 エレクトライは高揚し配下の騎兵を巧みに操ると、城内から追撃に移る兵に呼吸を合わせて三方向から攻め立てた。

 三方向から攻められ、王師は次々と倒れていき、遂に陣形を保つことが出来なくなった。王師は旗を捨て、槍を捨て、刀を捨てて我先に逃げ出した。

 もうそこには『軍隊』と呼べるものは南部諸候軍の他にはいなかった。

 もはや南部諸候軍の勝利は疑いようが無いものに思われた。


 だが南面は少し様子が違った。

 ダルタロスの騎馬隊は南に回ったとたん、組織だった抵抗を受け、足を止める。

「ほう。このような戦況になってもまだ陣形を崩さずに戦い続けるとは、たいしたやつが敵にもいるものだ」

 さすがは王師だ。そうめるべきであろう。

 既に王師全軍が崩壊しているのである。戦の趨勢すうせいも見えた。王師の兵は命だけは助かろうと皆一目散に逃げている。

 だがその中で岩のように屹立きつりつし、陣形を維持したまま戦いつつ、ゆっくりと西へと移動していた部隊がある。

 リュケネの旅団だ。それが千五百を数えるダルタロスの騎兵隊の津波のような突撃を食い止めたのである。

 将と兵との間によほど強い信頼関係があるのだろう。

 そうでなければ、このような困難な局面にあのような芸当が可能であるはずがなかった。


「殺すには惜しいな。ほどほどに相手をしてやれ」

 アエティウスはその部隊の相手をプロイティデスに任せると、馬首をひるがえして王師の本陣向けて襲い掛かった。

 王師の本陣には、いまだ将軍の居場所をあらわす馬印が高々と掲げられていたが、もはやもぬけの殻であろう、とアエティウスは思った。

 だが本陣に一番最初に突入した武勲は武勲だ。

 それに馬印が倒れれば、いまだ抵抗する王師の士気をくじくことにもなる。無駄なことではない。

 だが本陣に残る雑兵を蹴散らし、天幕を破って本陣に突入したアエティウスの目に、床几しょうぎに座った、威厳ある白髪交じりの武将が映っていた。


「まさか・・・武部尚書殿か?」

「いかにも!」

 さすがは武部尚書にまで上り詰めた男、かくなることになっても誇りを捨てて逃げ出すことはしていなかったか。

 見上げた性根と褒めるべきである。兵を見捨てて逃げないというのは立派なことだ。

 だが一人の人間として立派なことでも、兵を預かる将軍としては最低の行動だ。

 将は兵を指揮するためにいるのだ。将が討ち取られれば軍に命令を出すものがいなくなり、混乱し組織だって戦えなくなる。犠牲になる兵士も増えるのである。

 危ないと思えばすぐに逃げ、安全な場所を確保してから再び指揮を取るべきなのだ。

 アエティウスならそうしたことだろう。

 そこが武部畑を歩いてきたとはいえ、所詮は文官でしかないブラシオスの限界であったのかもしれない。


「降参なされよ。命だけはお助けする」

 ここでブラシオスを降伏させれば、王師一軍が丸々手に入ることになる。

 王が助命に反対すれば面倒なことにはなるが、そこはなんとか説得してみせるさ、アエティウスは楽観的にそう考えた。

 だがその言葉にブラシオスは剣をさやから抜き、アエティウスに向かって無言で剣を構える。

「意地でも降参せぬか」

 しかたがない、とアエティウスは馬から降り剣を構え近づいた。

 先に切りかかるブラシオスの剣をかわすと剣を一閃する。

 悲鳴すら立てるいとまを与えず、ブラシオスの首が、ゴトリと地面に転がった

「武部尚書!!!」

 まだ本陣に残っていた幕僚たちの口から悲鳴がれる。

「おのれ! 将軍の仇!!」

 アエティウスに切りかかる一人の兵。だが何かにつまづいたかのように地面に転んだ。

 アエネアスが青龍せいりゅうげきを巧みに使い足を引っ掛けたのだ。

 そのままげきを両手で器用に一回転し、回転力を使って月牙げつがを叩きつけ、スイカを割るように、簡単に、その兵の頭を兜ごと叩き割った。

「ありがとう。アエネアス」

 そう言ったアエティウスに、アエネアスは上気した顔で馬上から微笑む。


 ブラシオスを討ち取ったという知らせは、またたく間に王師全体に伝わり、その瞬間、まだ辛うじて陣の形を保っていた南面と西面に残っていた王師も我先に逃走を始めた。

 だが、それでもリュケネの旅団だけは、一兵の落伍者らくごしゃも出さずに部隊を後退させながら退くという、神業を披露し続けていた。

 逃げ出そうとする兵がいなかったのは、一兵卒は自らの百人隊長を信じ、百人隊長たちはリュケネを信じていたからである。

 だが北側から回り込んできた騎兵と、街から追撃に移った弓兵、そしてダルタロス勢に囲まれて、もはや進むも退くも出来ない苦境に陥っていた。

 アリアボネはその様を見て唸るように感心した。

「たいしたものです。王師といえどもあれほどの将軍はそうはいません」

 有斗もその働きぶりに感心して、アリアボネに何気なく言う。

「やっぱりそうなの? ダルタロスの兵でも陣を破れないから、驚いていたんだ。彼等を味方にできないかな?」

 有斗がそう言ったのは、ゲームやラノベだと優秀な将軍は大体戦った後、味方になるものだという単純な理由からだった。

 勝ち戦が見えてきたということもあったが、この頃には有斗も、なんでラノベだと可愛い女の子は必ず味方になって、逆に無能な将軍は惨めな最期を遂げ、決して味方にならないんだろうな・・・永遠の謎だなどと、くだらない考えを思いつくくらいには落ち着きを取り戻していた。

「陛下がそうおっしゃるのなら」

 にこりとアリアボネは微笑んだ。

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