第7話 抵抗勢力

 制置新法司を置くことをプリクソスに任せた有斗だったが、二週間経っても朝議において肝心の新法制定は遅々として進まなかった。

 それには理由がある。

 法律は朝議で論じられ、意見が出つくし、これ以上は進展がないと判断されて始めて王の元に来て裁定をするという仕組みらしい。

 つまり朝議で論じられている間は有斗には口を出す権利がないということだ。そして議論がまとまるにせよ、まとまらないにせよ、意見が出尽くし、これで王に奏上するという判断は、臣下の最高位たる左府がする。

 ところが、その左府が「これで陛下に奏上する」としようとしないのだ。

 有斗は一度、それについて苦言を言おうとしたのだが、「陛下。新法の制定は万民に関わる天下の大事、制定後に不備があったとすれば、その害は民衆に及びます。拙速に制定されようとなさらず、十分な議論を経て制定なさることをお勧めいたします。我等臣下をお信じください」とまで言われてはなかなか王命で強行突破するというわけにもいかない。


 有斗はうんざりした顔で目の前に立つ宰相を見つめた。

 今日もまた新法に対して反対意見の具申だ。昨日は内府と亜相二人、一昨日は左府と黄門三人、その一日前は宰相三人と別の黄門、そのさらに一日前は・・・なんだっけ。とにかく、もう思いだしたくもないレベルだ。

 この顔はたしか一週間ぶりくらいだな、と辛気臭いおっさんの顔を見ながら有斗はうんざりした。

 来る順番がローテーションで決まってでもいるようだった。

 別に何人来ても何回来てもいいけどさぁ、同じ内容が多すぎるんだよね。かと言ってもこれも大事な王の仕事、それ昨日も○○から同じこと聞いたよ、とか言えないし。


「国が貧民に種籾や食料を貸すといいますが、これまで民間でそれらの事業を行っていたものから職を奪うことになりませんか。また貸し出しに対する利子も言われるほど安くはありません。そもそも国が民間の真似をして商売をすることは不義であります。どうか陛下の賢慮を持って御再考ください」

 今日はこれか。昨日気付いたが新法反対派はどうやら論調を合わせているようなのだ。同じ意見を違う口から何度も聞かせるのが効果的だとでも思っているのだろう。新興宗教の洗脳じゃあるまいし。

 おかげで最近は有斗の午後の執務が滞りがちだ。夕御飯を食べる時間がどんどん遅くなっている。


「陛下。プリクソス、お召しにより参上いたしました」

 最近は新法の進み具合だとか、朝会対策とかを話すために有斗は彼を週に最低一回は招くことになっていた。

 ウンザリした口調で有斗は彼にグチをぶつける。

「今日は青苗せいびょう法についての反対意見だったよ」

「恐れながら・・・どのような具申でしたか?」

「国が民間のまねをするのはよくない! とか、その利子が安くない! とか、今までそういった事業を行っていたものから仕事を取り上げるのはよくない! とかだったかな?」

 もっと難しい言葉を使ってたような気はするが、内容さえ覚えていれば問題ないだろう。有斗は脳の奥の記憶を探り探り、言われたことをざっと要約する。

「それはおかしいですね」

 プリクソスは笑みを浮かべた。

「国が民間のまねをするのは確かによくないことです。だがその民間が適切な利子で貧民に貸付を行っていたら、国がこんな事業を行うべきなどと私めも言い出しません。実際はそうではないのですからこの事業は必要なことです。高利を貪り民から搾り取るだけの者など社会には不要、仕事を奪われても自業自得と申しましょう。それに国家が貸し付ける利子が安くないということと、民間の貸付業者を圧迫することを同時に言ってくるというのは、おかしなことです」

「どうして?」

 有斗の疑問にプリクソスは明快に答える。

「もし国家の行う事業の利子が高く、それより安い民間の貸付業者があるというならば、皆そこから借りるはずです。しかし反対に国家の事業が民間の貸付業者を圧迫するほどのものであれば、その利子は民間より安いと言えるということです。つまり彼等は背反しあう二つの事例を同時に言っていることになる。論理的に破綻しているのです」

「あっ・・・そうだね。その通りだ」

「つまり彼等は新法に不備があるといっているようにみえて、その実は新法に難癖をつけて反対しているだけに過ぎないのです。それだけ新法は彼等から恐れられているのです。既得権益を奪うんじゃないかと」

 そこまで彼等が悪辣あくらつだとは有斗は思いたくなかったけれども、多少はそういったことがあるのかもしれないと思わないでもない。

「どうか陛下は私たちをお信じください」

 プリクソスは深く拝礼した。

「それなんだけどね」

 プリクソスを立たせると、有斗は昨日から考えていたひとつの疑問をぶつけてみた。

「僕が思うんだけどさ、ひょっとして彼等はこのままずっと議論し続けて、うやむやのうちに新法を無くそうとしてるんじゃないかって思うんだ」

「ええ、私も同意見です」

 やっぱりプリクソスも当然気付いていたんだな、まぁ僕より賢いしな、と有斗は自分が薄々気づいていた懸念が正しかったことに安堵すると同時に、そのことに対して今までプリクソスがなんら対案を奏上しなかったことに不安を覚えた。

「え・・・じゃあどうするの?」

「王命を出していただくしかありません」

 王命を出して朝議を強行突破する、やはりそれしかないのか。だがまだ国王として実績も無く、自信も無い有斗はそれを強行することに不安があった。

「でもそれじゃ彼等が気分を悪くするんじゃない? 朝廷全てを敵にまわすことになるよ?」

「陛下、ご安心を」

 プリクソスは嬉しそうに活動の成果を報告した。

「多数派工作を続けております。その結果、我等に賛同する者は日々増えております。ほとんどの者は下級官僚が多いのですが、亜相、黄門、参議の中でも何名かはよい手ごたえを感じております。けれども公然と味方につくものはなかなか・・・やはり左府殿や内府殿をはばかっていますからね。しかし、もし陛下が新法に本気だと彼等に見せ付けることができさえすれば、安心して我々に味方することでしょう。朝廷も新法制定の流れになるのは必定。是非、王命をお出しください」

 そうか、左府や内府を恐れているだけで、朝臣の中にも新法を支持してくれているものがいるのなら、僕が王命を出せばうまくゆくのかもしれない、と有斗は勇気づけられた。

 有斗が何も言わなくてもプリクソスたちは朝廷で新法が上手く行くよう日夜働いてくれているのだ。ならば、ここは有斗も彼等を信じて多少強硬なことであってもやるしかない、と決意する。

「わかった」

 有斗は覚悟を決めると、プリクソスにうなづいた。


「陛下の御出座である! 百官は席を立ち拝礼するように!」

 その日もいつもどおり朝議は朝日が昇ると同時に始められた。

 一回くらい昼からとかにしてくれないものだろうか、と有斗は怠け心にそう思う。学生生活とは百八十度違う。まるで噂に聞く軍隊生活である。このままでは体がもたないとさえ感じるほどだ。

 ちなみに日曜だから休みとかいうのは、この世界には無いらしい。祝日もないらしい。正月だけは朝議は無いのだけれども、かわりに祭礼があるから実質上、休みはないとか。

 そのうち王命を使って土日は絶対休みにしてやるぞ。すくなくとも僕の誕生日は祝日にしてやる、と有斗は心の中でそう自分勝手な欲望を抱いていた。

「陛下」と、左府が上目遣いで有斗に話しかける。

 いつもの新法批判でも始めるつもりであろう。

 だが有斗は右の手のひらを左府の顔の前に突き出して発言を封じ、その機先を制した。

「まってよ、左府。今日は僕から話したいことがある」

 皆、ぎょっと驚きを顔で表した。王は基本的に自ら臣下に話しかけることは少ない。それも朝議でとなるとほぼ皆無と言っていい。古来からのしきたりでは、朝議とは公卿が議題にそって論じ、纏め上げたことを王に奏上し、それに対して王が可否を判断する場だ。例外はあるものの、王が自ら議題の提示や法案の原案を出したりすることはありえないのだ。

「新法が朝議に出されて、はやくも二週間が過ぎた」

 ここでわざと一呼吸おいて皆が有斗を見るようにしむける。

「いまだ結論が出ぬまま審議が長引いていることが残念だ」

 その審議を長引かせている当事者であるところの公卿は一斉に目を伏せた。

「反対している者がいることもわかっている。その者たちの意見にも一定の理があることも承知している。だがこれは必要なことなんだ。戦乱が続いてる原因のひとつは朝廷が力が無いからだ。戦争で決着をつけるにせよ、外交で決着をつけるにせよ、この国を平和にするには朝廷を豊かにすることが必要なのは誰もがわかっていることだよね? 新法はそのための第一歩なんだ。よって僕はここで新法のうち、青苗法、屯田法、冗官整理法、塩管理法を王命によって公布することを決意した」

「陛下!」

 悲鳴に近い声が公卿たちの間から上がった。

「もう決めた。裁定はくつがえらない」

「そんな!」

 百官は反対の声を鳴らすとともに、一斉に苦い顔をした。

「これが僕の命で作らせることを、中書も心して欲しい。一日も早く法令を文書化すること」

 有斗は中書令に念を入れるように言った。

 これは後の世に第一次新法と呼ばれることになる。


 かくして王命で新法を強行に朝議を突破することには成功したものの、一週間たっても新法は、なんとそこから一歩たりとも進んでいなかった。

 それには理由がある。

 有斗の午後の執務時間が新法にたいする苦情受付になってしまい、新法はもとより上奏をほとんど見ることが出来ないのだ。それだけ既得権益を侵されることを恐れているんだとは思うけれど、おかげで有斗の執務室の机の上は山と積まれた書類で前が見えない状態になっている。昨日は積むところがなくなって、とうとう脇にコタツほどの大きさの机を一つ設置して、その上に新しく書類の山を作らねばならなかった。

 新法だけでもなるべく早く通そうと思ったのだが、ひっきりなしに訪れる官僚たちの相手をして、三日ばかり事務作業を怠ったら、あっと言う間に書類が積みあがって、肝心の新法に関する書類が今やどこにあるのかすら分からなくなってしまった。


「陛下、奏上したき議がございます」

「許す。言ってみよ」

「塩の専売のことでございます。官がやれば塩の価格は一定になり、民は安く買え、国庫は潤うとのことですが、古来より官が民間のまねをして、上手く行ったためしがございません。それに塩に携わる新しい官吏が必要になります。そのものたちにかかる経費はどこから出すのです? たとえ利益を得られたとしても、果たしてプリクソスが言うほど国庫が潤うまでの利益があがるでしょうか?」

 またか・・・この内容四日間連続だぞ・・・昨日や一昨日聞いた内容と一言一句変わらないんですけど。

 仕方がないから、それに対して有斗は昨日や一昨日とまったく同じ言葉で返答する。

 当然それにたいしても彼等は自分の意見を述べる。自分の意見って言っても、内容は昨日か一昨日に聞いたことのあるやつだ。それの繰り返しである。

 有斗は彼等が満足してしゃべり終わるまで、うんざりしながらも義務感から聞かねばないのだ。しかもそれが終ると、新法派に対する人格的な非難中傷が始まるのだ。他人の悪口を延々と聞かされるのは当然、いい気分ではなかった。

 ・・・王様ってなんなんだろうな・・・離職率が高いと噂のクレーム受付の担当者の気持ちがわかった気がする。

 二時間経ってようやく有斗は解放された。

 セルノアとなら二時間話しても苦痛じゃないけど、おっさんと二時間話すのはきつい。有斗はぐったりと椅子に身体を預けてへたり込む。

 どうしてこんなことになるのかというと、王は官吏が奏上することを、妨げてはならぬという不文律があるらしい。その代わりとして、同じ季節に同じ案件で同じ人物が王に奏上することはまかりならぬということも不文律になっている。一季一奏とかいうらしい。

 だがこれを不文律にしたやつらに伝えたい、これには大変な不備があると気付かなかったのか? 違う官吏が上奏したら必ず聞かなくちゃならないのだ。例え一言一句まったく同じ奏上であっても、だ。まさかとは思うけど、官吏が一周させてでも次の季節まで続かせて、また一から同じことをやろうとしているんじゃないだろうな?

 そうなれば有斗の執務に支障が出るし、新法も永遠に発布されることもないのではないか?

 そう思うと有斗はついに我慢が出来なくなった。

「セルノア!」

「あ・・・はいっ!」

 突然、有斗が叫んだことにセルノアは驚いた。

「今日からセルノアに命じる」

「なんでしょう?」

「このままじゃ、僕は仕事が出来ない! 新法だって停滞したままだ!」

 それを私に言われても・・・みたいに苦りきった顔をセルノアは有斗に見せた。

「だからセルノアに僕の耳になって欲しい」

「耳とは?」

「奏上をまず君が聞いて、以前に誰かが奏上したのと同じような内容だったら、僕に取り次がなくてもいい。君の一存で門前払いをしてくれ」

「でも・・・それはしきたりに反するのでは?」

「もうしきたりとか先例とかどうでもいいよ。国を改革し民によい暮らしを届けることが何よりも重要なのに、そんなことばかり言ってる奴等のことなんてどうでもいい! 腐ってる!」

 それまでずっと温厚だった有斗が、突然きれかけたことにセルノアは怯える目で有斗を見る。

「そんな大事なこと、私にできるでしょうか・・・?」

「大丈夫。セルノアならきっとできるよ。それに僕には、セルノアしか頼める相手がいないんだ」

「・・・光栄です、陛下」


 こうして有斗の午後の執務はその日より、誰かに書類を読んでもらってハンコを押すだけの通常業務に戻った。

 誰かにって言っても、文字が読めないことを多くの人に知られると恥ずかしいので、アリスディアにやってもらっている。おかげで定時に眠れるようになったし、夕御飯もゆっくり食べられるようになった。実にありがたい。

 しかし逆にセルノアはというと、午後は奏上しようとする人の意見を聞くので手一杯になった。おかげでセルノアは少し疲れているようにも感じる。ほんっとうに申し訳ない。

 セルノアのチェックを潜り抜けて有斗に奏上する人は、一日三、四人だ。それはこれまでいかに無駄な奏上が多かったかということでもある。山のように積まれていた書類もようやく一目でわかるくらいに数が減ってきていた。


 そんなある日、有斗が朝議を終えて執務室に向かう途中の廊下のことだった。

「あ、あの・・・陛下!」

 突然、有斗に声が投げかけられた。声の主を探してキョロキョロあたりを見回すと、目線より低い位置に小さな頭を見つけた。

 百四十・・・いや百三十センチくらいだろうか、少女の頭だった。ちょっとキツ目の顔をしているが、年のころ十二歳前後の可愛い子だ。下働きの子だろう。

 王である有斗の世話をするのは女官達だが、その補助をするのはこういった下働きの子だ。例えば有斗の部屋の机の上に、常に清潔で適量の水の入った水差しとコップを置くのは彼女たちの仕事だ。後宮に住み着いた『女蔵人君にょくろうどのきみ』と呼ばれ可愛がられている、三毛猫の世話をするという微笑ましい仕事もある。その他にも有斗の執務室のろうそくを切らさないようにするとか、廊下の掃除もそうだ。良家の子女も中にはいるということだから、それなりに名誉な仕事でもあるのだろう。

「陛下はおつかれです」

 と、セルノアが無礼にも王直々に声をかけた、その少女と有斗の間に身体を入れてさえぎろうとしたが、それを有斗は手で止めた。

「いいよセルノア、僕に用ってなんだい?」

「そ、そのおこがましいのですが、奏上したき議があります!」

 その大臣公卿の口ぶりでもまねたかのような少女には似合わぬ、背伸びしたような仰々しい言いように、有斗はおもわず口元を緩める。

「うんうん。聞こう」

「陛下・・・!」

 セルノアが抗議の声をあげるが、

「いいじゃないか。こういう声をちゃんと聞くことこそ、王に必要なことだと思うけど?」

 と有斗はセルノアに笑いかける。

 小間使いの少女である。たいしたことではないであろう。どうせすぐに叶えられるような小さなことだろうし、十分ばかり時間を使うだけだ。四六時中まったくわからない政治のことばかり考えてる僕にもいい気晴らしになる、と有斗は乗り気だった。

「ではありますが・・・」

 セルノアが引き下がったのを見たその少女は、喜びに眉をあげて有斗に会釈えしゃくすると、手を組んで丁寧に礼までした。

 さすが宮中だ。これくらいの子でも教育が行き届いている。なんとも微笑ましい光景だと自然と笑みがこぼれた。

 この世界では、このくらいの子は王にどんなことを言うのだろうか、と有斗は耳を傾けようとする。

「ありがとうございます! ではし・・・」

 そこまでいった時だった、その少女の向こう、廊下の奥から裾を翻して女官が1人走ってくるのが見えた。

「陛下! 大変なことが!」

 それはアリスディアだった。あの知的で大人しい彼女に似つかわぬ慌てぶりだった。何が起こったのか予測すらつかないが、そのことが起きたことの大変さを実感させる。

「ごめんね。また今度ね」

 執務室に急ごうと有斗はその少女の頭を撫でる。

「・・・っ」

 少女はさらに何かを言いたそうに口を動かしていたが、有斗が先を急ぐのを見ると唇を噛んだ。


「大変なことって何?」

 執務室に入ってくるなり、有斗はアリスディアに開口一番に訊ねる。いつもは冷静沈着なアリスディアがあそこまでうろたえるなんて普通のことじゃない。

「新法を書いた詔命しょうめいの起草が無いのです」

 ない・・・だと?

「え?」

 ここに入れる人間は限られている。しかも二十四時間、羽林の兵と女官が扉の向こうに立っている。誰かが盗むのは考えづらい。考えられることとしては、有斗がうっかりしてゴミ箱にでも入れちゃったことくらいだ。

「僕がなくしちゃったのかな?」

 それにはかぶりを振って、アリスディアがおずおずと言った。

「申し上げにくいのですが・・・ここに元々なかったとしか言いようがありません」

「え? でもさ、僕が新法を王命で決定したのって五日前だよ? もうとっくに文章化されてここに来てるんじゃないの?」

「ええ、普通ならそうです」

「陛下がどこにあるのか分からなくなったから、探して欲しいと命じられたので探していたのですが、この部屋の中ではみつかりませんでした」

 出入り口横の、いつもアリスディアかセルノアが控えている小机の上にある、一冊の本を取り上げた。

「実は紛失を防ぐために、陛下の元に運ばれてきたものと、陛下の認可が下りてここから運び出すものは、共にこうして日報に書いて記録されるのです」

 アリスディアが取り出したのは一冊の本、中を開くと上のほうに日付が書いてある。一日一ページのようだ。その下にはずらりと例の有斗に読めない草書体で何か大量に書き込まれている。そういえばいつもあの本にアリスディアかセルノアが書き込んでいるのを有斗も見ている。自分とは関係ない仕事をやっているのばかりだと思っていたけど、これも後宮の仕事のひとつなんだな。

「中書省と私たちの間でも同じことをしております。その全てを見比べた結果、今日まで陛下がご裁可し、この部屋を出た書類の分と、ここに今残っている分とはこの日報では一致します。すなわち無くなっている書類はないということです」

「ということは・・?」

「つまり考えられることは・・・元々陛下のところに来ていなかったとしか考えられません」

「え、なんで?」

「もちろん新法を発布させないためでしょう。中書には法案を起草する権限があります。だけど何日以内で法案を作らなければならないという規定もありませんから、その気になれば一年どころか何年でも起草しないことも可能です」

「そんな! 僕の王命で作った法なのに?」

「もし陛下がお望みでしたら、同じように王命を出されて中書に圧力をかけるしかありません」

「それでも彼等が書かなかったら?」

「中書を新法派の官僚に入れ換えると言えば、彼等とて有無を言わないはずです」

「そっか、アリスディアはやっぱり賢いね」

 アリスディアは不思議だとばかりに有斗の顔をまじまじと見る。

「どうして、そう思われました?」

「だって、どんな風にやれば中書に圧力がかけられるのかとか、僕にはさっぱり思いつかないんだ。でもアリスディアは直に思いつく。やっぱり賢いよ」

「後宮といえども同じ朝臣なのです。朝臣の考えそうなことなど簡単です。これくらいは当然かと」

「そんなものなのかな」

 大したことではないと言われると、有斗はかえってそんなことも考えられない自分が情けなくなってきた。

「陛下はまだまだ王になられたばかり、わからなくて当然なのです。気落ちなさらないでくださいね」

「うん。わかった」

 アリスディアは優しいな・・・

 本当は『これくらいわからないのですか?』と有斗の馬鹿さ加減に怒っても不思議じゃない。それなのにこうして有斗の情けないところのフォローまでしてくれる。本当に性格がいい。


 中書省に二人連れの官吏が早足で駆け込んでくる。

 後ろの随身ずいしんは膳に書類を置いて、両手で捧げるように持っていた。

 その特徴ある束帯。勅使ちょくしである。敷居を力強くまたぐと声を張り上げた。

勅命ちょくめいである!」

 その言葉に各々仕事をしていた中書省の官吏は一斉に筆を置き、机の脇で素早く伏礼する。

「勅を持って新法の起草を急ぐように。文面は宰相より下される。一言たりと違えるも許さず。今日中に作成するように命じる。欽此チンツー!」

 勅書を畳むと再び膳に乗せて中書令の前に恭しく捧げた。

「謹んで承ります」

 中書令は頭を上げぬまま、ひざまずいて勅書を押し頂く。

 こうして一連の儀式が終った。


 中書の官吏はお互いに目を見合わせていた。

 勅使が出て行くのを待って、一斉に口を開いた。

「だから言ったではないか。このような露骨な手段はいかぬ、と」

「しかしどうすればいいのだ?」

 ラヴィーニアは溜め息をつく。

「やれやれ案外几帳面だね、尚侍ないしのかみ様は。古式通りに真面目に日報をつけているとは予想外だった。それさえなければ新法を起草してないこともばれなかったんだけどねぇ」

 もう1人の中書侍郎であるヘイシオドスがラヴィーニアの溜め息に顔を上げる。

「で、どうするんだ?」

「そりゃ、やるしかないね。陛下のご命令とあらば」

「でも公卿たちが何か言ってこないか?」

 そう、新法を書かないという方法で時間を稼ぐことを命じたのは公卿たちなのだ。左府と内府両方から圧力をかけられては、中書省の一官吏ごときが断るわけにはいかない。食っていくためには職を失うわけにはいかないのだ。

「あたしらはできる限りのことはやった。陛下に起草したものを渡さなければ法律は発布されない。それで引き伸ばせる、ぎりぎりまで引き伸ばしたんだ。文句を言われる筋合いはない」

「それはそうだが・・・彼等は納得してくれるかな?」

 ふん、とラヴィーニアは鼻をならした。

「そもそも陛下に新法撤回を納得させるだけの奏上を考えられなかった公卿どもの責任だよ。自分たちの尻拭いは自分たちですればいいのさ」

「まさか新法派の肩を持つので?」

「新法派は少数派だし、多数派工作をする高官がいない。朝廷の大多数は反対しているんだ。それでも新法を推し進めようとすればきしみが発生する。軋みはやがてゆがみとなって、裂けて割れるものさ。いつか乱がおこるだろうねぇ」

 含みを多分に持ち、ぎょっとするような内容をさらっと言い放った。

 だがそのラヴィーニアの言葉は啓示に富んでいる、ヘイシオドスはそう思った。

「・・・そうなると貴女はどうするのですか?」

「亡をす、さ。それだけだね」

 亡を推す・・・か。

 亡ぶものを推して倒すという意。

 文意的に考えると倒れるのは新法派ということになるが・・・

 だが、とヘイシオドスは思う。新法派には王がついている。倒すつもりで寄りかかった左府や内府がうっかり倒れることだって無いわけじゃない。

 これは政争になる。勝ち馬に乗り間違えると自分の命だって危ないかもしれない。


 朝議が終ると、官吏は紫宸殿ししんでんから一斉に退室し、王の在所である内裏を建礼門から出、官庁エリアである朝堂院ちょうどういんへ向かう。建礼門から外は内侍司ないしのつかさたちの耳を恐れることはない。公卿たちは王への不満を隠すことなく、どこそこで固まっては密語していた。

「中書省がついに法案を起草し、陛下のところに持っていったらしい。これで新法が成立することは確実な情勢だ」

「しかも条文は中書に書かせず、新法派が書いたものを通させたとか」

 それは中書に与えられた大事な権限である。それを勝手に新法派とかいう、どこの馬の骨ともわからぬ成り上がり者に与えるなんて、と官吏たちは怒っていた。

 ここにいる彼等は中書省に属してはいないが、官吏ということでは同じだ。王の命令ではあるが、自分たちの神聖な縄張りへ、断りも無く余所者が手を突っ込んできたような不快感を感じていたのだ。

「これでは我等の苦労も水の泡だ」

「どういたします?」

 一斉に視線が注がれる先は左府だった。

「陛下が決めたことだ。しばし見守るしかあるまい」

「それでよいのですか? 左府殿」

「ここまで押し込まれては我等とて対処する方法はないであろう?」

「そんな!」

 左府は大きく溜め息をつき、天空を見上げた。

「我々としては陛下が正気に戻られることを願うだけだ」


「陛下、これが冗官の一覧です」

 そう言って差し出されたのはプリクソスが調べた冗官の一覧だった。

 有斗は「うん」、と言ってそれを手にすると、びっくりした。

 渡された書面にはびっしりと何行にもわたって名前と官名が書き連ねてあった。

 まぁ例の草書体なので、何が書いてあるかはまったく分からないのだが。

 だが内容はわからなくても、見ただけで理解できることもある。

「ずいぶん多いね」

「御意。それだけ社稷しゃしょくをかじるネズミが多かったということです」

「こんなに一度に首にしたら、官吏たちが文句言ったりするんじゃないかな? 大丈夫?」

「しかたのないことです。それに全員首になるわけではありません。他の部署に回ってもらったり、新法で設置される新しい官に就いてもらう者もいるのです」

 プリクソスのことだからここのリストに載ってるのは冗官だっていうことに間違いはないのだろうけど・・・

「ひとつだけ訊ねていい?」

「おっしゃってください」

「この冗官の整理は、特に諸官の反対が多かった」

「そうでしょうね。同僚や自分が首になるかもしれないと思えば、反対するでしょう」

「うん」

「その中で僕が気になる意見があった」

「なんでしょう?」

「冗官の整理をする者、つまり君だ、プリクソスには大きな権限が集まることになる。それこそ冗官でもないのに気に入らない者や宿敵を首にする事だってできる、と」

「陛下!」

 プリクソスの叫びは悲鳴に似ていた。

「私をご信じください。このプリクソス、私心を持って政を行おうとは思っておりません!」

「う、うん。わかってる。君は信じているよ。セルノアが推薦してくれたぐらいだし、改革を行おうとしている信念も感じるし」

 有斗だってプリクソスがそういったことをしているとは思わない。ただそういう噂が生まれる素地をこの新法が内包しているのではないかと思われること事態にどこか隙があるのではないか、そう言いたかったのだ。

「だけどそういう意見があるということは知っておいて欲しい」

「今回、提出しました名簿には、私の友人や新法派のものも多く含まれております! もし守旧派が疑いを抱くならば、彼等も入れて名簿をもう一度作り直します! どうか改革を停滞させるようなことだけはお考えくださいますな」

「そっか。新法派もいるんだ・・・」

 それならば朝臣の反対意見を黙殺することができるだろう。

「うん。わかった。疑って悪かったね」

「いえ。陛下のお疑いはもっともなことです。わたくしめも陛下に疑念を抱かせぬよう心に刻んでおきます」

 プリクソスは本当に真面目を絵に描いたような人で、自分とは大違いだと有斗は感心した。


 中書から新法の書かれた書類がやっと有斗の目の前に来た。

 青苗法、屯田法、冗官整理法、塩管理法、農田水利法・・・どれもプリクソス等が心血を注いで作ったものだ。

 それをもとの文面と間違いがないか一言一句、アリスディアら女官たち総出でチェックしてもらった。

「どうやら文面は新宰相殿の案のままですね。中書といえども書き換えることははばかったのでしょう」

 新宰相とはプリクソスのことだ。こちらでは官吏は名前で呼ぶよりも官名で呼ぶのが通例だとか。宰相は7人いる。プリクソスはその中で一番新しく宰相になったので『新宰相』と呼ぶらしい。さらに新しく宰相になった者が出たらどうするのか、聞いてみたら、その時は兼ねている官職を使って、宰相中将とか戸部宰相というふうに呼ぶか、または住んでいる地名をかぶせて烏丸宰相とか西堀川宰相と呼ぶらしい。普通に名前で呼んだほうがよくないか、と思うんだけれども古来からの仕来りだそうだ。

 とにかく現代っ子の有斗には理解しがたい先例が多くて戸惑うことばかりだ。

「それはそうですよ、尚侍様。陛下が勅令までお出しになったのですから」

 セルノアが得意げにそう言った。

「ではこれをもう一度、中書省に戻して中書令、中書侍郎に署名を貰ってきますね」

 アリスディアが有斗の手から書類を奪い取ると、すくっと立ち上がった。

「え? これで終わりじゃないの!?」

「まだまだ折り返しでございますよ」

 有斗は呆然とした。

 なんでこんなにややこしい手続きしなきゃならないんだ。王様の命令なんだから、命じたらすっと文章になってすぐに全国に施行されるものじゃないのかよ。

「署名を貰って、正式な勅旨として太政官に送付しなければなりません」

「そこで大史と大丞の署名を得て複製を作り、その全てに玉璽を押して、地方に送ってはじめて法律として施行されるのです」

「僕が玉璽を押すだけでいいんじゃないかなぁ?」

「それはいけません」

 当然の疑問だと思うのだが、一言のもとに否定された。

「こうなったのには訳があるのです。そうしないと偽の命令書を作って、悪事を働くものが出かねません。わざと何人もの手元を通ることによって、複雑な手続きを踏むことで偽物を作られないようにしているんですよ」

 有斗のサインや印鑑、または中書の署名だけあれば勅命として交付できるのだとすると偽の勅書が氾濫はんらんしてしまうことになる、とアリスディアは説明した。

 確かに。それはそうか。複雑な手続きもそれなりに意味があるんだな、と有斗は納得した。・・・少しやりすぎな気もしないでもなかったが。


 全ての作業が終ったのは深夜を回っていた。時計を持っていない有斗には正確な時間を推し量る術はないのだけれど、月の傾きからうしの刻(午前三時)を回っているらしい。明日の、というか今朝の朝会起きてられるのかな・・・と有斗は心配になる。

 あと一時間あるかないかだぞ・・・


 有斗が疲労にぐったりしているとアリスディアが近づいてのゆうの礼をした。

「陛下、おめでとうございます」

 まわりにいた女官たちも同じように一斉に礼をする。

「おめでとうございます」

「ありがとう。僕を支えてくれる君たちのおかげだよ」

 眠いのは有斗だけじゃないのに、有斗が起きているからと、寝ずにいる女官たちには頭が下がる思いだ。

「特に毎日、僕に取り次ぎを求める朝臣たちの相手までしてもらっているセルノアには感謝してる」

 セルノアに軽く頭を下げる。

「そんな・・・光栄です」

 満座の中で褒められてセルノアは少し得意そうだった。


 だけれども新法を無理に通したことは、後々有斗に手痛いしっぺ返しとなって帰ってくることになる。

 有斗は水面下で何かがきしみ始めていたことに、まったく気付いていなかった。


 典侍ないしのすけの仕事は多い。その中でも一二を争う重要な仕事と言えば、朝臣から王への取次ぎ、また逆に朝廷百官に対して王の意向や命令を伝えることである。

 今は新法が施行されたばかりで、その仕事量はハンパない多さだ。本来なら律令で規定された人数は四名なのですけれども、王がいないということで一人に減らされていたのですよ、とセルノアは笑った。

 あっさり言ってはいるが、本当はいろいろ大変なんだと思う。最近、顔色が冴えないし、ふと見るとぼーっと宙を見ていたり、声をかけても反応が遅れることも度々ある。それはそうだろう、典侍四人分の仕事を一人でしていることになるのだから。いや蔵司、書司をも兼ねているので実質六人分以上だ。

 そのうえ有斗が毎日同じことを奏上する朝臣達に飽き飽きして、彼等の奏上を検閲する役割をセルノアに与えちゃったから、セルノアは息をつく暇がないのかもしれない、と有斗は急にセルノアの心身が大丈夫か不安になる。

 ひょっとして僕がセルノアに負担かけちゃってるんじゃないのかなと、さりげなくセルノアに聞いてみることにした。

「典侍は本当は四人が定員だって言ったよね?」

「そのとおりです」

「だけど今はセルノア一人だよね? 一人で大丈夫?」

「お気遣いくださりありがとうございます。なんとかやっておりますのでお心お安う」

 セルノアは笑って答えた。

「それに陛下が来てくださいましたから、人数は定数に戻す方向で話がすすんでいるようですよ」とセルノアは言った。

「いつごろ?」

「さぁ・・・今は新法で朝廷も右往左往していますから、新法が片がついてからでしょうか」

 え・・・それまでセルノアの仕事は今のままか、それで大丈夫なのかな?

「それでは陛下。今日もお疲れ様でした。わたくしは宿直ではありませんので申し訳ありませんが、お先にあがらせていただきます」

 一礼をするとセルノアは顔をあげたが、その顔色は病気でもしてるんじゃないかと思われるくらいに悪く見えた。

 有斗は慌ててセルノアを引き留める。

「待ってよセルノア」

「はい?」

「顔色が悪いよ、本当に大丈夫?」

「これくらい平気です」

 そう言ってセルノアは鈍い有斗の目にもわかるくらいの作り笑いを浮かべた。やっぱり無理をしている。

 ・・・本当に大丈夫なのか?

 いや、そんなわけはない。僕のせいで疲れているけど、僕が王様だからそれを口に出せないのだろうと有斗は察した。ならば話は有斗から切り出さなきゃいけない。

「やっぱりアリスディアに言って、セルノアは取次ぎの役目か僕の世話係のどちらかを外してもらうことにするよ」

 有斗はセルノアから感謝の言葉が帰ってくるのを想像していたのだけれども、帰ってきたのは意外な言葉だった。

「陛下!」

 セルノアの叫びは悲鳴に近かった。

「何か私にいたらぬところがありましたでしょうか!?」

 有斗の手を両手で押しいただくと、真剣な眼差しでじっと有斗の目を覗き込んだ。

「い、いや。ないよ」

「それでは何故、私を解任に!?」

「セルノアの体を心配しているんだよ。疲れているようだったし」

 だが有斗の言う言葉はセルノアの耳を素通りして聞こえていないかのようだった。

「おねがいいたします・・・どうか私に陛下のお世話をさせてください!」

 その剣幕にたじろぐ有斗をよそに、セルノアの感情は高ぶる一方だった。

「おねがいします! おねがいです陛下! 私が何か気に障るようなことをしたというのなら、おっしゃって下さいませ! 二度といたしませんから!!」

 セルノアは涙を浮かべて必死に有斗に懇願する。

 しかし弱ったな。一度落ち着いてもらわないと、これじゃ話も出来やしない。

「ちょっと! 落ち着いてセルノア!」

 セルノアの手を強く掴んでゆっくりと大声で諭すように話した。

「別に君を典侍の職から解任するとかいうんじゃなくて、体力的にきつそうだったから、仕事を減らそうとしただけだよ!」

 セルノアはやっと有斗が自分に話しかけていることに気がついたようだった。

「あ・・・」

 セルノアは安堵したのか大きく嘆息した。

「・・・そうだったのですか」

 どうやら自分の勘違いに気付いてくれたらしい。

「ひょっとして陛下に嫌われたのかと思って・・・よかった」

 心の底から安堵した表情を見せる。とんだ杞憂きゆうだ。

「君が僕を嫌いになることはあっても、僕が君を嫌いになることなんかないよ」

「ほんとうですか!」

 有斗の言ってることが真実かどうか疑っているのだろう、食い入るように顔を近づける。

 有斗の顔のすぐ前にセルノアの綺麗な顔がある。気恥ずかしさのあまり目を背けた。

「どうして目をそらすんですか?」

 とがめるような口調だった。

「いやだって・・・」

「ひょっとして・・・さっきのは嘘だったりします?」

 眉間にしわを作ってセルノアは有斗に非難じみた表情を向ける。そうじゃないんだけど・・・まいったな。どう話せばセルノアが納得できるように話せるんだろう?

 正直に話すしかないか。まるで告白のようで、ちょっと、いやだいぶ恥ずかしいけど。

「セルノアみたいな綺麗な女の子に見つめられるとドキドキするというか・・・恥ずかしくて目が合わせられないんだ」

「!」

 セルノアは真っ赤になると金魚のように口をぱくぱくと動かした。

「あ、あの・・ほ、ほんとうですか?」

「う、うん」

 セルノアも有斗も顔を真っ赤にして下を向いていた。

「嬉しいです。お世辞とはわかっていても、このセルノア舞い上がるような気持ちです」

「大体、セルノアを嫌いになるなんてありえない。君みたいに綺麗で、優しく、賢い頑張り屋さんを好きになることこそあっても、嫌いにはならないよ」

「あ、ありがとうございます」

 セルノアは満面の笑みを浮かべて目を輝かせた。

「陛下、私頑張りますね。陛下に決して失望させません!」

「ごめんね。仕事終ったのに引き留めちゃったね。また明日ね」

「はい! また明日よろしくお願いいたします!」

 セルノアは頭を下げると真っ赤になったまま今度こそ部屋から出て行った。

 これは・・・ひょっとして・・・いい感じになってきたのでは?

 脈があるような気がしてきたぞ!


 ・・・

 だけどさっきのセルノアはちょっとアレだったな・・・思い込んだら真っ直ぐというかなんというか ・・・

 少し、そうほんの少し怖かった。

 一つのことに夢中になるとなにも見えなくなる系の娘なのかな・・・?

 有斗は自分の言葉に女の子が真っ赤になってドギマギするという、これまで経験したことのない幸せな時間を脳内で反芻はんすうしながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。

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