第5話 王の仕事

 深夜、明かりこそ消えて暗闇の中、しかし入り口に立つ三人が気になって、有斗はなかなか眠りにつくことはできなかった。

 声こそ発しないものの、息遣いや気配はどうしたって感じてしまう。

 なんども寝返りをうった挙句、ようやく眠りに落ちたと思ったら、今度は外も薄暗い早朝にたたき起こされた。

 まだほのかに東の空が明るいだけじゃないか。太陽も昇ってないぞ。絶対5時前だろコレ。

 寝ぼけ眼で文句を言う有斗から、女官たちは問答無用で夜着を剥ぎ取り、着物を着せる。

 椅子に座るのが精一杯で、頭が起ききれず寝ぼけ眼の有斗に

「はい、どうぞ」とセルノアが茶を差し出した。

 コーヒーのほうが欲しいんだけどな。でもこの世界にコーヒーとかあるかどうかわからないしなぁ。

 熱い。そして苦い。

 だがおかげで頭は少し目覚めることが出来た。

「こんなに早くから仕事?」

「ええ。今日から朝議です」

「ちょうぎ・・・?」

 ちょうぎってなんだ?

「日の出から正午までは陛下ご臨席の下、大臣公卿が参集して政務を行います。それが朝議です」

 ということは毎日この時間に起きないといけないのか。見たい深夜アニメがある日は正午からとかにしてくれないかな。録画じゃなく生で見たいんだよ!

 ・・・って、こっちではテレビもレコーダーもないんだった。

「どんなことをするの?」

「それぞれが日常の政務を行います。王として鎮座していただけるだけで王朝は安定を得ます。王がいなければ、権力争いと縄張り意識で日常の単なる政務すらとどこおりかねないのです。陛下が王座に座っている、それだけで私たちには十分なのですよ。もちろん陛下の判断を必要とする場合や許可を得るときは陛下に意見を求めることもありますけれども」

「それならなんとかなりそうだ」

 座っているだけでいいのなら。その言葉に安心して有斗は安請け合いした。


 朝議は大極殿だいごくでんと呼ばれるちょっとした体育館ほどの大きさの建物で行われた。

 一段高い座席にある椅子に有斗が座ると、群臣は一斉に立ち上がって拝礼する。

「陛下万歳、万々歳」

 声は幾重いくえにも反響し大きく響いた。

 学校の体育館を思い浮かべてもらいたい。

 校長が演説したり、文化祭で劇やなんかを催されるステージがあるだろう。あそこまで高くはなってない。階段で言うと一段か二段くらいだ。そこの中央に有斗が座る場所がある。で、有斗の前面はステージを降りたところからまっすぐに通路になっている。二メートルくらいの幅だ。そしてその通路を挟むように両側に二列の机が等間隔にならんで配置されていた。昨日挨拶した亜相以上の者たちは前のほう、有斗に近いところに全員いる。左府は有斗から見て左の一番前に、内府は右の一番前だ。

 なるほど、王から近いほど偉い人が座るのだろう。実にわかりやすい。


 有斗の席にはセルノアともう一人の女官が孔雀の尻尾を大きくしたような扇を両手で持ち近侍していた。セルノアが有斗の右。もう1人の・・・左にいるのは、たしかウラニアとかいう女官だ。

「暑かったら、いつでもおあおぎいたしますよ」とセルノアは有斗にだけ聞こえる声で耳打ちした。セルノアの本当の役目は有斗が困ったときに、こっそりヘルプをするためなのだ。


「陛下、具申したき議がございます」

 挨拶が終るや有斗に一番近い位置にいる、稀に見る悪人顔が、いや違う、左府が有斗に立ったまま拝礼し、上目遣いで見上げていた。

「う・・・うん。何かな?」

 その曖昧な返事を許可の言葉と受け捕らえたのか、

「実は畿内では盗賊が徒党を組んで悪事を働いております。平常ならばそうたいが管轄する事柄ですが、最近は民の倫理の荒廃こうはいはなはだしく、都内の犯罪すら霜台の手に余る事態であります。ましてそれらの賊は河北の賊と呼応しているのか年々凶悪になっております。格別の配慮にて人員の増強を願い奉ります。是非とも御許可を」

と、左府は長々と申し立てた。

 強盗をする悪いやつがいるから、それを討伐したい、でも今の人数では無理だ。だから人員を増やして対応したい。どこにも間違いはないな。うん、当然のことだね。

「それは重大な問題だね。そんな悪いやつらがのさばっていては皆迷惑する」

「では許可をいただけると考えてよろしいので?」

「う・・・」

 うんと頷こうとした、その時だった。

「陛下、そのことについて、わたくしめも申し上げたき議がございます」

 と内府のエヴァポスの大きな体が勢いよく立ち上がった。

 有斗は今度はエヴァポスに顔を向けた。その言葉の続きを待っていると、なぜかいつまでたってもエヴァポスは発言しない。

 僕にいいたいことがあるんじゃないのかと、有斗は不思議な顔でエヴァポスを見る。

 え? なになに? 何故押し黙っているの? それに何故みんな一斉に僕を見るわけ?

「陛下」

 有斗の後ろに控えていたセルノアが小声で話しかけてきた。

「『話してみよ』と許可をお与えにならないと、陛下に対して公に発言できないのです」

 あ・・・なるほどな。許しがないと話すことも許されないのか!

 なんか自分が王様って感じが急に実感できたぞ。気分がよくなった有斗は内府に許可を与えた。

「話してみよ」

「ありがとうございます」

 油ギッシュデブは有斗に一礼すると左府のほうを向く。

「左府殿、お聞きしたいことが」

「なんだね内府」

「霜台の増員とおっしゃられるが、それは通常の霜台の権限内で活動なされるのか?」

「当然そういうことになりますな」

「だとすれば、賊は京の城壁を超えさえすれば手出しが出来なくなる。霜台は官吏の監視と京内の風紀の取り締まりですからな。有効性に疑問を感じますな」

 内府はそこで再び有斗に向き直った。

「陛下、賊を全て取り締まり、いなくなった後、増員した官吏は余剰の人員となる危険性があります。冗官じょうかんの存在は朝廷の財政を圧迫し、長年の課題となっております」

 内府は有斗に向かって、深く頭を下げて願い出た。

「陛下、よって私は律令外ではありますが、臨時の新しい官の設立を具申します」

 なるほど臨時のバイトとかパートを雇うことによってトータルの人件費を下げようってことか、理にかなっている。

 だがここでもまた横から異論を掲げる人物が現れた。

「それならば私にも一案が。陛下、発言の御許可を」

 ちょびヒゲの貧相な中年、亜相のブラシオス・・・だったっけ。昨日の丸暗記って無駄じゃなかったんだな、意外と覚えているものだ。

「話してみよ」

 有斗は間髪いれずに許可を与える。

 よし、今度は奇妙な空白の時間を作らずにスムーズに議事を進行できたぞ。こうやって経験を積むことで、少しずつ王様という仕事にも慣れてくるのかな?

「内府殿の考え、まことにごもっともで小臣感じ入ってございます。ただ・・・ひとつ申し上げるなら、凶悪化した賊どもは武装をしており、ただの官吏や一般人には扱いが難しかろうと存じます。そこで私は軍から選りすぐって、内府殿が具申した新たな官吏に当てることを提言いたします」

 確かにそうだ。相手が武装している盗賊であるなら、僕みたいなヒョロモヤシではなくて戦闘経験のある兵士のほうが間違いは起こらないだろうな、と有斗はブラシオスの意見に一理があることを認めた。

 だがすぐさま、横から異論が差し挟まれる。

「またれよ、礼帝の御世より王都には王師を入れぬが決まり。それを忘れたか!」

「しかし、内府殿の案では雇われた者たちは果たして十分な働きをいたしますかな? 私には文官や、一般の者が武装した盗賊に立ちむかえるなどとはとても思えませぬがね。それに臨時の官なれば賊を殲滅すれば職を失うのですよ? つまり真面目に働けば職が無くなる。狡兎こうと死して走狗烹そうくにらるとの言葉を皆思い浮かべることでしょうな。それでもまだ真面目に働く律儀な者など本当にいるとお思いか!?」

「一朝一夕に賊の捕縛が可能などという考えが甘い。餅は餅屋だ。やはり霜台の人数を増強するという私の策が良策であると存ずる」

「それでは霜台に与える権限が大きくなりすぎる! 他の省との力の振り合いが変わり、霜台中心で政治が行われ、我等の・・いや、陛下の権威にも関わることになりますぞ! 不敬な!!」

「なんだと!?」

 三人の討論は有斗を置いてけぼりにして激しくなる一方だった。

 いや、三人だけでない。高官達はそれぞれ内府についたり左府についたりし「その方式では不備がある」だの「それでは法にあわない」だの「先例が無い」だの非難の応酬が始まった。

 さらにはさっきまで同じグループにいたものが何故か二派に分裂したかと思うと、互いにののしり合いはじめる。

 混乱は広がる一方だった。そして最後はすそが当たっただの、腕が当たっただの些細ささいなことで掴み合い、もはや乱闘寸前である。もう誰にも収集がつかない。学級崩壊をした小学生以下の集まりだ。

 これが国を動かしている高官の姿だとは誰が思おうか。うちの学校のHRのほうが三倍、いや五倍はマシだ。寝ているやつはいても、掴みあいの喧嘩をするやつはいないからな。

 とその時、「では、陛下に決めていただこうではないか!」と誰かが声をあげた。

 すると「よかろう!」とあちこちで返答がなされる。

 そして群臣たちは一斉に有斗に頭を下げた。

「陛下! どうぞご判断を!」

 有斗は目の前で行われた乱闘寸前の有様に議題をすっかり忘れてしまっていて、その時には何を成せばいいのかまったく判断がつかなかった。

「ど・・・どうしよう?」と助けを求めてセルノアに顔を向けた有斗だったが、セルノアは「私に聞かれても・・・」と困った顔をして目を合わせないように横を向いていた。

 え・・・これ本当にどうすればいいの・・・?

 有斗は途方に暮れた。


「ラヴィーニア殿。もうご帰還か」

 朱雀門の外で彼女は同僚の一人に声をかけられた。

「あたしは仕事が終ったのでね。中書省に寄って仕事が無ければ帰るさ」

「それにしても・・・大臣公卿どもときたら相も変わらず権勢争いなどと・・・せっかく招いた王に対して失礼だとは思わないのですか・・・!」

「おや、珍しい。内府殿の腰巾着こしぎんちゃくのあんたが義憤とは」

「相変わらず厳しいですなラヴィーニア殿は」

 その男は頭をかいて言い訳する。

「この政界を生きるための知恵です。誰かの保護がないと、いつ失脚するか分からない。ラヴィーニア殿くらい卓絶した頭があれば群れずとも生き延びれるのでしょうがね」

「あたしに世辞をいっても、何もでないよ」

「本当のことを申しただけです。世辞などと・・・しかし、ラヴィーニア殿。王が来られたのだ。これで少しでも世の中がよくなるはずなのだ。くだらない権勢争いなどせずに、臣たるもの国をよくするべく一致団結する時だとは思いませぬか?」

「そう内府殿に言ってくるように言われたか? 中書省を味方に引き込め、と」

「また今日も手厳しい」

「・・・冗談さ」

「しかし王がこの国のことを知らぬのをいいことに、皆、勝手なことばかり言うとは思いませぬか」

 珍しくも正論じみたことを演説する同僚にラヴィーニアは珍奇なものを見る目で眺めていた。

「左府殿は自分の手の内にある霜台を拡充しようとした。霜台は我々中央行政の監察をも掌る官庁です。強くなれば強くなるほど左府殿は組みしない官に圧力をかけられる。左府殿の考えは霜台を使って我々を牽制けんせいする意図があるのは明らかだ」

 熱っぽく話す同僚に対してラヴィーニアは一切反応を見せない。

「また武部尚書令ぶぶしょうしょれいの言うことも危険な匂いで満ち溢れています。羽林金吾武衛以外の兵を京内に入れることになれば、兵権を握っている武部尚書令の力が大きくなりすぎる。賊の一味だと言って無実の官吏をおとしいれることもあるかもしれない。いや、反乱を起こすことさえ可能だ。とても危険だ」

 ラヴィーニアはフン、と小馬鹿にするように鼻で笑った。

「あんたが押してた内府殿の案とて腹に一物あるじゃないか。あの案の通りに令外官りょうげのかんを新設するとしたら、その手配は内府殿の息のかかっている吏部尚省りぶしょうしょうがするんじゃないか? 選ばれるのも内府殿の与党じゃないのか? 例えば・・・あんたのところの穀潰ごくつぶしの従弟とかさ」

「これはまた手厳しい!」

「それに・・・今まで設置された令外官でひとつたりとも廃止されたものがあったか? どれもうやむやのうちに仕事がなくなっても存在してるじゃないか。職を与えてくれた内府殿に忠義を誓い私臣とならないと誰が言い切れない? どれもこれも己の権威を高め、懐をうるおし、隙あれば相手を蹴落とすためのものさ」

 ラヴィーニアは吐き捨てるように言った。

「とても国を思って考えられた提言とは思えないね」

「だけれども賊の凶悪化はここ数年の深刻なる問題です。無辜むこの良民は迷惑している。それに今年もおそらくは・・・」

「不作なのかい?」

「おとどしと同じ兆候が見られます。河北ではいなごの姿を見たとの知らせも」

「また賊になるしかない民が増える・・・か」

 そう言った一瞬、ラヴィーニアは悲しそうな目をした。

「そうならぬためにも、我々は王を呼び出したのではありませんか」

 おや、とラヴィーニアは意外な面持ちで同僚の顔を見上げた。この男にも少しは選良としての良心が残っているらしい。これが王が来たことによる効果なら、それだけでも大したものだと言えよう。とはいえあの気弱そうな少年が王などという大それたものを勤め上げられるとは思わなかったが。

「王・・・か。あの少年にできることがあるといいがな。今日の振る舞い見ただろう? うろたえて助けを求めて典侍の方を向いてオロオロしていたぞ」

「それはそうでしょう、来たばかりでこの世界のことは何も知らない。これから我々有志がお支えすればいいのです。王が来てくれた。やっとこれからはこの世界は良くなる、そう思うのです」

「・・・」

 これは本心か偽りの心か、ラヴィーニアはその心底を計れない。

「それだけを言いたかったのです。なにせ貴女はあの伝説の科挙で探花たんかになられた程のお人だ。状元じょうげん榜眼ぼうがんがいなくなった今の宮廷で、若手官僚の尊敬を一身に集めているのは貴女です。貴女が中心になって新しい朝廷をつくるのも悪くはない。大臣に遠慮して言わないだけで心底に良策を秘めておられるのでは?」

 言っている言葉は段々と危険な意味合いが増してきた。

 大臣公卿を差し置いて権力争いをしろということなのか。

 ラヴィーニアは態度から相手の心を探ろうと、頭ひとつは高い同僚の目を見上げた。

「・・・・・・」

 黙して何も語らないラヴィーニアから視線を逸らすと、一礼し別れを告げた。

「もし私にできることがあれば一声おかけください。お力になります。ではこれにて」


 ラヴィーニアは同僚が角を曲がるまでじっと後姿を見つめていた。

 振り向きもしないし足取りも普通だった・・・か。

 溜め息をひとつつくと、ようやく背を向け中書省へと足取りを向ける。

「さてさて何者かの企みか、はたまた本当に王を支える心が芽生えたのか一体どちらかな?」

 ラヴィーニアは首を捻って呟いた。

「それにしても召喚の儀で呼ばれたというだけで、かくも人々に希望を抱かせる、か」

 だとしたらやはり儀式は本物であるのかもしれない。

 だが、とラヴィーニアは独りごちる。

「・・・本当にあの儀式が異世界から救世主を呼び出すのだとしたら、あれくらいの騒ぎ、軽く鎮めてみせるのが当然だと思うんだけどねぇ・・・」

 実におかしなことだ、と首を傾げた。


 はじめての朝議は何も決めないまま終った。

 有斗がどの案を採用すればいいのか狼狽しているのを良いことに、群臣たちは互いにののしりあい、朝議は混迷を極めた。

 最後は有斗の「その議は考えておく」という一言でようやく散会となった。

 まぁそれもセルノアがここは引き伸ばしましょう、と耳打ちしたままに言っただけなんだけれども。


 寝室など王の私的空間である内裏と呼ばれる一角に引き返してきた。ということは、これで今日の仕事は終わりかな? と有斗は甘い考えに浸っていた。


「あ・・・れ? 確かこっちじゃなかったっけ?」

「いえいえ、こちらですよ」

 ・・・こっちだと思ったんだけどな。勘違いか。同じようなつくりだから一向に地理を把握しきれない。だが到着した部屋はやはり有斗の部屋ではなかった。

「ここは紫宸殿です。陛下の執務室にあたります」

「え? まだ仕事あるの?」

「もちろんです。こちらをご覧ください。各省から上がってきた書類です」

 指差された先には机に山ほど積まれた書類の束があった。

 よくもまぁこんなに綺麗な山を作ったものだ。書類一個取り出すだけで今にも崩れそうなその山は、職人芸的な組み上げ方で机の上に積み上げられていた。

「これらは陛下の許認可を待っております」

「何をすればいいの?」

「ここに積まれている書類は朝議で既に決定済みのものばかりです」

 それ・・・おかしいぞ。

「今日の朝議って何も決まらなかったよね?」

「ええ、ですからこれは昨日までの分です。陛下の了承を持って施行される分なのですよ」

「ということは中身も知らないよ? ハンコ押すだけでいいのかな?」

 それならば、ちょちょいとやっちゃえばいいや、などと有斗は無責任に思った。

「当然、陛下がおられぬ時に決定した事柄なので、もし陛下が不満に思われるなら判をつかなくても結構です。その場合は差し戻され、再度朝議で検討されることになります」

 ・・・めんどくさそうだな。まぁみんなで決めたことなのだから間違いもないだろう。やはり何も考えずにハンコ押していこっと。

 だが、それにしても多い。標高は五十センチを超えてるだろ、この書類の山。

「毎日このくらいの書類を処理するものなの?」

「まさか! これは年初以来貯まっていた分です」

 ということは毎日ここまでの量があるわけではないんだ。

 そう、ほっとした有斗に衝撃の一言が飛んできた。

「そうですね大体この二倍くらいですね。初日ですのでこれは少なめに持ってまいりました。まだまだ別の部屋に積まれておりますので、こんなものではございませんよ」

 別の部屋にある? 二倍・・・だと!?

 有斗はウンザリした表情で書類の山をもう一度見つめた。

 とりあえず一番上の書類を取って広げてみる。

 当然のことであるが、全てみみずののたくったような例の草書体で書かれているため、まったく分からない!

「ごめん・・・セルノア読んでくれない?」

 有斗が差し出した書簡をセルノアは恭しく奉げ取った。

「あ、はい。わかりました」


 セルノアに読んでもらってから、書類に判を押すことになるので一枚処理するのに時間が思いのほかかかる。

 それにしてもこの枚数だ。ハンコを押すだけで腱鞘炎けんしょうえんになりそうだぜ。

 しかもちょくちょく、いろんな省から役人が来ては。何々についてご意見を賜りたいだの、何々したいので許可をして欲しいだのと邪魔しに来る。

 当然、何のことかさっぱりなので『よく吟味しておく』という名の先送りだ。

 よく政治家や官僚があいまいな答弁でお茶を濁しているけど、アレって今の僕と同じで、よくわからないから適当に誤魔化しているだけなのかな、とかどうでもいいことばかり心に浮かんだ。やりたくもない作業をしているせいだろう。


 その後も延々と判子を押した。

 一枚に一個押すときと複数押さなければいけないときがあるのは何故なんだろう?

 御璽はんこも合計六個あって使い分けしてるのは何故なんだろう?

 まったく訳が分からないよ。

 肉体が疲れるっていうことはないけれど、自分が何をしているか十分に理解できてない作業を延々とするってのは精神的に疲れる。


 ところで驚いたことに、どうやらここではランチがないらしい。

 昨日に引き続いてだから、たぶんここでは当たり前のことなんだろうけど。

 昼ごはんないと頭がうまく働かないとおもうんだけどなぁ・・・

 だから疲労感の上に空腹感もが有斗に覆いかかる。

「甘いものが食べたい」

 チョコとかビスケットとか菓子パンとか。専門店の本格的なやつしか駄目だとか贅沢は言わない。日本で簡単に手に入るやつでいいから! この世界にコンビニなりスーパーなり駄菓子屋なりがあれば今すぐ行きたい、そんな気分。・・・どこにもないとは思うけど。

「はい陛下」

 ことり、と机の上で何かが置かれる音がした。見ると、机の角にセルノアが皿を置いていた。

 皿の上にはみっつの丸い物体が載せてある。

「これは?」

「さっきおっしゃったではありませんか。甘いものが食べたい、と」

「え? それ口に出してた?」

 心の中で考えていたことだったのだが・・・いや、まてよ。セルノアがエスパーで僕の心を覗いているという可能性も捨てきれないぞ。

 すると僕がセルノアの胸や後姿を合間合間に見てはいやらしい妄想をしているということを知られてしまっている・・・!?

「はい。しっかりと口に出してましたよ」

 そうですよね。それはないですよね。

 よかった。と一安心して、皿の上の物体を観察してみる。焦げ目がある。一見すると焼いている餅のような外見だが・・・日本の常識がここでも通用するとは限らない。まぁこの際甘くなくてもいい。とりあえず小腹がふくれてさえくれれば何の文句も無い。

 口に入れてみると舌の上に甘味が広がっていく、作ったばかりなのかほのかに温かい。

「甘い」

 中には餡子あんこが入っていた。

 表面を包む、少し硬く塩味のする餅と相まって実に絶品だ。

 空腹がそう思わせるのかもしれないけれども。あっという間に三個平らげた。

「ありがとう。おいしかったよ」

「お喜びいただけたようでよかったです」

 有斗の食べる姿を心配そうに眺めていたセルノアは、有斗の喜びようを見てほっと胸を撫で下ろす。

「それにしても、僕が欲しいと言っただけで、よくこんなものがすぐに出てくるね。どっかから頂いたお土産かお中元の残りとか?」

「いえ、陛下が希望なさったので膳司かしわでのつかさが作りました。陛下に余りモノを出すなどということは断じてありません」

 へぇ・・・これを短時間で作るには人手と材料がいるだろうに。

「材料とか備蓄しているの?」

「当然です。後宮は陛下の為だけに存在するのですから」

「ふうん・・・」

「陛下のご希望ならば、多少、無理をしてもできる限りのことは叶えるのが私たちの仕事です!」

 じゃあ・・・もし僕がセルノアにアレやコレを頼んだとしたら・・・もしかしてやってくれたりする・・・のか?

 これは楽しみが広がってきたな!

「だけどもっと上がございます。陛下がおっしゃりたいけど立場上おっしゃれないことを鑑みて、陛下の意を汲み物事を行うことができるのがよい女官だと言われます」

 よい女官と言うより、そこまで思考を読まれていたら逆に何か怖い。

「それが僕の意に反していたらどうすればいいの?」

「そうですね・・・陛下が禁令を出すか本人に口頭で言ってやめさせるしかないですね」

 うわぁ。めんどくさいなぁ・・・

 まぁでもわかったことがある。

「王ってのはうっかり口を滑らすととんでもないことになるんだね・・・」

 今回は『食べたい』くらいだからこの程度ですんだけど。

「はい。その通りです」

 セルノアは幼稚園児によくできましたと褒める保母さんのように有斗に優しく微笑みかけた。

「それゆえ昔から綸言りんげん汗の如しと申します。王が何気なくおっしゃったことであってもその発言は神聖であり、絶対的なもので過ちは無いものとされます。私たち臣下は朝議や奏上といったものを除いて、私見を差し挟むことは許されません。そんなことをしたら王の権威が無くなってしまいますから。また一回、口にした言葉は仮に誤りがあっても、それを訂正してしまうと、王自らが自身の無誤謬性むごびゅうせいを否定することになるのでご自身での訂正もできないのですよ」

 自分で自分の間違いを直せないだと?

 うっかりろくでもないことを言わないように、これは本当に気をつけないといけないなぁ・・・


 結局今日のノルマをこなして自室に引きこもれた頃には、外は暗闇に包まれ星々が瞬いていた。

 大げさな王の衣装を脱いで机の上に投げ捨てると、僕は大きく背伸びをして身体をほぐし、身体も心も緊張から解き放つ。

 今日からここは有斗のパラダイスである。

 なぜなら、部屋に帰って来るなり女官たちに有斗が命令したからだ。

 安全を守るためにしかたない、と抵抗する近衛や尚侍をなんとかいいくるめて協定を結んだのだ。

 寝室とその前の前室には、王以外の立ち入りを原則禁ず、と。

 だって二十四時間見張られているってのはつらい。このままだと睡眠不足とストレスで頭がおかしくなるのは目に見えていた。


「部屋の掃除や着付けはどうするのですか」と尚侍は最後まで抵抗したが、有斗の決意は固かった。

 まぁ有斗が王様なんだから最後は有斗の意見が通るよな。

 そのために部屋の掃除まで有斗がやることになったけれども、しかたがない。

 ちりとりとほうきを持って掃除をする王様なんて、有史以来、きっと有斗以外いないに違いない。歴史に残る珍事だ。


 ヒヤッホウウウウウウウウゥ!


 だけど、これで人目を気にしなくて済む。・・・なんだってできる!


 しかし・・・王様を引き受けて実は後悔してる。

 なんていうか覚えることは多いし、やらなければならないことも多いし、常に人の目があるから、気が休まらないし。王様って結構大変な仕事だな・・・

 ・・・給料ってもらえないのかな?

 そういえばお金の話をしていなかった。

 嫌になればいつでも帰っていいと言ってたから・・・日給? 週給? 普通だと月給とかだよな。

 時給だとしたら今から勤務時間を書いておかないと忘れちゃう・・・注意しよう。も時給だとすると、そうとう高くないとやってけないぞ・・・。王様なんだし、少なくともコンビニバイトの二倍は貰わないと割に合わない。

 朝八時から夕方十七時だから時給八百五十円くらいか、それの二倍の千七百円として・・・九×千七百円=一万五千三百円・・・

 いや、食事の時間は引かなきゃダメか?でもなぁ・・・マナーに気をつけなくてはならないし、横で誰かがいるから気も休まらない・・・しかも食事中もどこかの役所から官僚が来てはいちいち支持を仰ぐ。これを休憩時間にされたとしたら、ちょっとやってけないぞ。

 まあいい。

 で、月に二十日働くとして・・・おお! 三十万円ももらえるぞ!

 ・・・


 いや、ちょっとまて。

 土日だから休むとか・・・あるのか?

 日本円がこの世界でもある・・・ことは絶対ないだろうし。一切説明もなかったな。

 明日聞いてみるか・・・もし『ありません』とか言われたらどうしよう・・・とんだブラック企業だぞ、それは。給料の話も聞いてないし、そこらへんは是非詰めておきたいところだ。

 よし! 給料と休みに関して明日から交渉してみよう!

 そう有斗が皮算用していると扉がコンコンと小さく鳴った。

「陛下、お時間よろしいですか?」

 あの声はセルノアだな・・・こんな時間に何の用だろう?

「こんな時間に来るなんて、なにか急な事件でも起こったの?」

 ドア越しに声をかける。

 しかし一向にセルノアが入ってくる気配はない。

 荷物で手が塞がっていて入れないとかだろうか・・・

「どうしたのセルノア? 入れないの?」

 もう一度声をかけてみる。扉の向こう側で人が動く気配がする。

「はいってよろしいので?」

 あ、そっか僕が原則立ち入り禁止にしたんだったっけ。

「どうぞどうぞ」

 有斗がそう言って扉を開けると廊下に立っていたセルノアが目を白黒させた。

「そんな・・・! 私なんかのために陛下がドアを自らお開けになるなんて! いけません。あってはならないことです!」

「え・・・そうなの?」

「そうです。これからはこんなことをしないでくださいね。私が尚侍様に叱られます」

「う・・・うん。わかった」


「あ、そうそう夕食ですがいかがいたしますか? 昨日のところで召し上がりますか? それともどこか陛下が食事に使いたい場所がありますか?」

 さっきおやつを食べたから、昨日ほど気にならなかったけれども、空腹である。それに時間を考えるとそろそろ夕御飯食べる時間だった。

「う~ん・・・そうだな。ここで食べよっかな」

 今日は仕事で疲れた、あの長距離をまた往復するのはもう勘弁願いたい。

「わかりました。ではこの部屋に持ってくるよう手配をいたします」

 後ろに控えていた二人の女官にてきぱきと支持を出し食事を持ってこさせようとする。その声は少しかすれている。

 そっか・・・僕のためにずっと書類を読んでいたから・・・

 振り返ったセルノアに「ごめんね。僕が字が読めなくって。セルノアの喉に負担かけちゃったね」と謝ると「そんな・・・もったいない。陛下に心配していただけるとは・・・!」と、かえって恐縮する。

「でも本当に大丈夫? 喉がつらいなら明日は別の人に頼もうか?」

「大丈夫ですよ。ほら! わたしは元気だけが取り柄ですから!」

 胸を手のひらで叩いて、なんでもないことをアピールした。

「そんなことはないと思うよ」

 有斗は思ったことをそのまま口に出した。

「セルノアは優しいし、美人だし、明るいし、欠点を探すほうが難しいよ」

 こんな性格のいい子はそうそういない。

「そ、そんな・・光栄です」

 セルノアは下を向いて真っ赤になった顔を隠した。うっわ、かわいいなぁセルノア。

 なんつうか・・・萌えるね!


 やがて女官たちが皿に入った料理を持ってきた。

 昼飯抜きだったから空腹なのだ。さっそく箸を掴むや、片っ端から胃に食料を流し込んだ。

「それにしても、今日の朝議はびっくりした。あんなに荒れるもんなんだね」

「私もびっくりしました。派閥があってよく紛糾ふんきゅうしているという噂は聞きましたが、まさかあのような事態とは・・・」

「え? セルノアはいつも朝議に出ているんじゃないの?」

「まさか!」

「でも今日僕の横にいたけど・・・」

「あれは陛下の身の回りのお世話をするためにあそこにいただけ。暑ければあおぐとか、喉が渇いたら水をお運びするとか、お腹がすかれたとき給仕するために、です。いままで陛下がおられなかった以上、私が朝議にでることなんてあるわけがありません。当然今日が初めての朝議です。それに後宮の者は政治に口出しなどはしないもの。後宮が表向きのことに口出しするなど国を傾けるもとです」

「そうなんだ」

 できた子だなぁ・・・本当に頼りになるし。僕よりも彼女が王様やったほうがいいんじゃないかと思うくらいだ。そうだ今日の朝議のことに対する意見もついでに聞いてみるか。

「今日の賊対策のことだけど、どうしたらいいと思う? 皆一理あるよね。どの案にも納得できるところもあるし、反論にも一定の理があるようにも思える」

「陛下・・・」

 セルノアは有斗の質問に困ったような顔をしていた。

「後宮の者は表向きのことには口出ししないほうがいいと言ったばかりですよ」

「あ、そっか。ゴメンゴメン」

「でも、僕にはこっちに友達も知り合いもいない。相談できる人がいないんだ」

「・・・」

「王と典侍ないしのすけという間ではそういったことを話すのはタブーなのかもしれないけれど、知り合いと言うか・・友達と言うか・・そういった関係で僕に助言して欲しいんだ」

「・・・!?」

「ダメかな?」

「そんな・・・私ごときにもったいないお言葉!」

 僕のその言葉にセルノアは感激して目をしばたたかせる。

「・・・そこまで言われるのでしたら・・・私には政治向きの難しい話などわかりませんが・・・あえて申すなら」

 じっくりと言葉を選びながらセルノアは僕に言った。

「そうですね。利害関係がなく、才長さいたけ忠義にあつい官吏に訊ねるのがよろしいかと」

「・・・なるほど」

 それが後宮の者である彼女が僕に言える精一杯の助言なのだろう。

 でも才長け忠義にあつい官吏って誰だ? こっちに来たばかりの僕には検討もつかない。

 そうだセルノアなら知っているかな?

「誰か心当たりはいる?」

「申し訳ありません・・・官吏のことは後宮に住まう私にはさっぱり分かりません。思いつかないですね」

 だがセルノアにも心当たりはないようだった。困ったな。


 セルノアが退出したので、さて寝ようと準備にかかったが、部屋が広く、昨日と違い人気ひとけがないので、夜になると室温は下がっていく。結果的にトイレに無性に行きたくなる。

 ・・・これはヤバイかも。

 急いで扉を開けて廊下に急いで出た。

 そこには有斗担当の女官が1人と警護するための衛兵が二人廊下に立っていた。

 女官はセルノアだった。

「あれ? セルノアまだいたの?」

「今日は私、子の刻まで陛下御付の役ですので」

 有斗のお付の女官は昼は二人、夜は一人必ず張り付いている。

 夜なんかしてもらうこともないし、なくしちゃえばいいと思うんだけどな。

 本当は十八禁なことがOKならば、してもらいたいことは山ほどあるんだけど、さすがにそれは口には出せないし。

 しかし典侍って後宮の女官の副取締役、偉い人って聞いたけどこんなことまでやるんだ。大変な仕事なんだな・・・

「何の御用事でしょうか?」

 にこやかに微笑んで、すっと近づくセルノアに対して僕は紅潮した顔で、

「ト、トイレ!」と小声で言うのが精一杯だった。

「トイレって・・・?」と小首を傾げた。

 あ、そうか日本語が通じるといってもトイレとか外来語は通じないんだな。これからは気をつけないと。

 でも今は一刻を争う、トイレを他の言葉で置き換えセルノアに説明するよりも、一秒でも早くトイレに行かなければ!

 不審顔のセルノアをその場に残し、有斗はトイレへと急ぎ足で向かう。

「なんのことだかわかりませんが、私でよければお手伝いしましょうか?」

 それはちょっと・・・小さい子供じゃないんだし。

 それに見られるのはいろいろ恥ずかしい。

「い、いや」

 小さい声で婉曲えんきょくに断る。

 もう声を出すと洩れそう・・・!

 たしかここの廊下を進んで、二つ目の扉を開ければ・・・って!?

 有斗は記憶と違う眼前の光景に唖然とした。

 何故両側に扉がある・・・!?

 記憶では確かドアは一つだけだった。

 扉の模様も周囲も見たが、駅のトイレなんかである、青で紳士、赤で淑女を表している例のマークは当然無い!


 右・・・? いや左・・・か?


 まさか、どちらかが男子トイレで反対が女子トイレとかいうベタな展開なのかっ!!

「陛下・・・? どうなされました!?」

 ええい! ここは運だ!僕は右の扉を勢いよく開けた。

「あっ! そこは!!」

 あれ・・・違ったのか!? こっちが男子トイレではなかったのか!

 ということはあれだ。中にいる可愛い女子にビンタされて、また一つ新たなフラグが立つ! とかいうやつだな。

 攻略可能キャラが1人増えるのならビンタのひとつふたつぐらい・・・!!

 ・・・否! 攻略可能キャラよりも今はトイレが欲しい! なんならおまるでも、ペットボトルでも、オムツでもかまわない!


「あ・・・れ・・・?」

 そこは女子トイレではなく、すすけた物置だった。当然ビンタをしてくる攻略可能な萌えキャラもいなかった。

 中はかなり広く壁や天井は埃だらけだったが、壁の装飾や天井画の精密さから考えるに、かつては美麗な部屋であったろうことがうかがえた。室内には僕が使っているような高そうな調度品が山となって積まれていた。だがそれらはことごとくどこかが壊れているとか、色がげているとかしていることが違っていた。

「ここは・・・?」

 有斗は驚いてセルノアに振り返った。

「その、倉庫です」

 倉庫・・・ここは後宮の中の僕の部屋に近いところだぞ。後宮って本来は王の妻とか妾だとかがいるところじゃないのか?

 それが倉庫だって?

 それにこの壊れた調度品の山は一体・・・?

「すみません!」

 セルノアは突然僕に頭を下げた。

「これが、この朝廷の現実なのです。新しい物を買うどころか、修理するお金もないのです」

 セルノアの口からは衝撃のセリフが発せられた。

「でも僕の部屋とか大極殿とかはあんなに綺麗で美しいのに?」

「陛下の目に映るような場所をなんとか見られる形にするのが精一杯なのです」

 申し訳なさそうに目を伏せる。

「その・・・朝廷も予算不足なものでして・・・」

 とすると初日と今日の夕食の差も、もしかして?

「まさか、初日の豪勢な食事は?」

「その・・・陛下に喜んでもらおうと奮発しました」

「ひょっとして、セルノアが僕のためにいろいろやっているっていうのも・・・?」

「すみません・・・この朝廷には王が長い間いなかったこともあいまって女官の数は往時の五分の一以下なのです・・・」

 そうか・・・大変なんだな・・・

 それは王様と言うことで浮かれていた有斗に冷や水を浴びせる言葉だった。大変なところに来ちゃったかもしれない。

 これは・・・給料の話とか、し辛くなっちゃったぞ。とても切り出せる雰囲気ではないな。

 でも豪勢な食事とか食べちゃったし、このまま帰るってのも食い逃げみたいで感じ悪いよねぇ。世の中には一宿一飯の恩義ってものがあるよね。

 それに今すぐにしなければならないこともある。有斗は思考を止めるとセルノアに訊ねた。

「で、さぁ今更こんなこと聞くのなにかと思うかもしれないけど、聞いていい?」

「・・・はい」

「便所ってどこかな?」

 有斗のその言葉にセルノアは笑い声をあげ、噴出ふきだした。

「も・・・もう・・・もうしわ・・・けございませ・・・ん」

「笑うところじゃないよ?」

 こっちはもう限界に達しそうだというのに・・・!

「お笑いする気はございませんでしたけど、あまりにも意外で・・・! でも、それならそうと早く言ってくだされればよろしかったのに」

 セルノアはそう言っている間もくすくすと可愛く笑い続けていた。

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