第4話 尚侍(ないしのかみ)
有斗がしばらく王の仕事について思考を巡らしていると、ドアの外でチリリンと鈴か何かが鳴ったような澄んだ金属音がした。
「入ってもよろしいでしょうか?」
次いで、これまた鈴の音のような可憐な声がした。
「あ、
「ナイシノカミサマ?」
神様の一種かなんかだろうか?
「後宮の総取締役でございますよ。聡明で理知的なお方です。私の上司にもあたります」
「へぇ」
どうやら神様ではなく人のようだ。セルノアの上司ということは、これからの有斗の世話とかをしてくれる人の一人ということに違いない。
「陛下、お会いになりますよね?」
これからいろいろ世話になる人だし、会っといたほうがいいかと有斗は思った。
「うん、会うよ」
「はいっ!」
セルノアは嬉しそうに頷くと、ドアを開けた。
まず目に入ったのは、豪華な衣装。
それを身にまとうのは、黒に近い深緑の髪をした、大人しそうな少しタレ目の大人の女性だった。有斗を見るとにこやかに笑みを浮かべた。セルノアは元気系の美人だけど、この女の人は立ち居振る舞いに
しかし・・・また美人だな・・・
セルノアといい、この人といい、女優にでもなれそうな美形だった。
・・・この世界には美人しか存在しない夢のような国なのか?
だとしたら、もう二度と元の世界に戻れなくてもいいかもしんないな・・・今期チェックしていたアニメの続きを見られないことは大変心残りだが。
「
その美人は有斗を見ると、にこりと微笑み、その場で膝をついて両手を組むと顔の前まで上げて深々と拝礼した。
「陛下、お目にかかれて嬉しゅうぞんじます。尚侍を勤めさせていただいているアリスディアと申します」
「う、うん。よろしくね」
有斗が軽く頭を下げると
「まぁ・・・」と驚いて「わたくしごときに礼など不要です」と、もう一度深々とお辞儀をした。
「でも、色々と教えてもらわないといけないし、世話になるんだし・・・」
「・・・陛下は王なのですから、わたくしたちに気を使われることはないのですよ」
「ご、ごめん」
「だから謝られることなどないのに」
アリスディアは恐縮し、さらに身を屈めた。
「失望・・・させちゃったかな?」
そもそも王の威厳とか有斗にないだろうしなぁ。
「いいえ、サキノーフ様は厳格で少しの失態もお許しになられない方だったとか。王としては傑物であったけれども、気に障ると
胸の前でもう一度手を組み、微笑みながら小さく会釈をして、有斗にも分かりやすいように安心していることを表現した。
「親しみやすくて、よいお人柄と・・・お見受けします」
「そっか。それならよかった」
「陛下、お疲れでしょうか?」
「ん? 大丈夫だよ」
本当は疲れてるかもしれないけど、今は尻が痛くてそれどころじゃない。今晩、寝られるかどうか心配しなければならないほどだ。
「でしたら群臣に
有斗は聞きなれない単語を不審に思い、アリスディアに訊ねた。
「グンシンって誰のこと?」
有斗のその勘違いをアリスディアはすばやく訂正した。
「特定の誰と言うわけではありません。いうなれば臣下の複数形です」
どうやらグンシンとは軍神のことではなく、臣下の群れ、すなわち群臣のことらしい。エロゲーに出てくる女謙信ちゃん的な何かをちょっとだけ期待してしまったのだが・・・残念だ。
有斗がそういうことならば、と
先ほどアリスディアが入ってきた扉がさっと開き大勢の女官が入ってきた。その手には各々色とりどりの着物を入れた盆を、頭上に捧げるような形で持っている。
「とりあえず、王に相応しい格好に着替えていただきます。その後、謁見の間に移動しましょう」
セルノアのその言葉に、アリスディアが微笑みながら有斗に語りかける。
「そうですね。今日の謁見は亜相以上の主要な方だけにしましょう」
「いいよ、全員に会うよ」
そういう面倒なことは後伸ばしにすると大変な目にあうのは、夏休みの宿題で経験済みだ。ぱーっとやっちゃって、ぱーっと終らせたほうがいいに決まってる。
だがアリスディアはそんな有斗に本当に良いのか、と再考を促した。
「多少もったいぶったほうが、陛下にありがたみが出るものです」
アリスディアのその言葉に続いて、セルノアが補足するように云う。
「それにお目見え以上の資格を持つ方は二百人以上おりますよ。全員に会っていたら、さすがに今日中には終らないかと」
え・・・そんなにいるの? 覚えきれるかなぁ・・・自信ないんだけど。有斗が不安を覚えて立ち尽くしていると、
「それでは時間もないことですし、さっそくお着替えいたしましょう!」
とセルノアがパンパンと二度手を叩いて合図をし、扉の向こうから更に女官たちが現れ、一斉に僕から着物を
ええええええ、こんなに大勢の女の人の前で全裸になるなんて抵抗があるぞ。
だが一人が後ろから羽交い絞めすると、左からも右からも次々と手が伸びてきて、みかんの皮を
「お楽になさってください」
そうアリスディアやセルノアに言われても、会ったばかりの知らない女の人に、しかもこんなに大勢に、裸を見られるなんて恥ずかしい!
せめてパンツだけは死守しようとしたが、それも無駄な抵抗でしかなった。
あ・・・でも複数の女の人に無理矢理脱がされるのって、大勢の女の人に逆レイプされてるような気になる。結構興奮するシチュエーションかもしれない!
いや、違う・・・違うぞ! ここで興奮したら、裸のままで興奮したら取り返しの付かないことになる!
落ち着け! 落ち着くんだ、僕と僕の息子!!
有斗の興奮とは裏腹に、女官たちは慣れているのか、裸になっている有斗に一切かまわずに、帯を締めたり
恥ずかしがっているのは有斗一人だけで、真っ裸になった有斗がマネキンででもあるかのように終始無表情で作業を終えた。
でもかえってそっちのほうが有難がたい。
頬を赤くして『陛下って・・・服だけじゃなくこっちも粗末ですね。ウフフ』とか言われたら、きっと小一時間、いや軽く一週間は立ち直れない。
「今日、謁見をお許しになられるのは
「亜相って・・・?」
有斗の質問にアリスディアは明瞭に答えた。
「政治の中枢、司法・行政・立法を司る最高国家機関を
つまりは国家のトップということか。総理大臣とか大臣とかと考えるべきなのかな・・・
「相国、左府、右府、内府、亜相てことは五人?」
「いいえ亜相だけは複数です。定数は八人なのですけれども今は六人しかおりません」
アリスディアの言葉にセルノアが説明を付け加える。
「それと相国と右府は今は空席になってますね」
てことは左府一人、内府一人、亜相六人で・・・合計八人か。
「朝廷には数千にものぼる官僚がおりますが、陛下に直にお目にかかれ、
「君たちも?」と有斗が訪ねると、
「もちろん、光栄に存じております。とはいえ私たち後宮の者たちなど陛下の日常のお世話をする者は所詮、日陰の身、官位はさほど高くはございませんけれどもね」と、アリスディアはにこやかに返した。
立派な服に着替えた有斗の裾をひっぱったり、襟元を直したりしては少し離れて、有斗を頭からつま先まで眺めては、また着付けを直すといった作業をしていたアリスディアだったが、ようやく満足いく着付けができたのか、有斗を見てうんうんと頷く。
襟元を直す時は顔を近づけているもんだから、有斗の顔のすぐ傍にアリスディアの顔が存在する格好になって、目の置き所に困る事態となった。
・・・良い匂いもするし、胸元も気になるし・・・
「では謁見の間に向かいましょう」
ということはここで会うわけじゃないらしい。
アリスディアと六人の女官が先に発って有斗を
緊張している有斗に、背後にいたセルノアが軽く笑みを浮かべて近づくと、小声で気楽になさってくださいと言う。実に気遣いの出来る娘だ。
「僕に出来るかな? 知らない人と話すのは得意じゃないんだ」
小声でセルノアに訊ねてみる。
見知らぬ大人と、それも大勢の人と上手く会話ができるだろうか。
「どういう話をすればいいんだろう? 僕はこの世界のことも、その偉い人たちのこともまったく知らないよ」
「それは向こうも承知しておられます。大丈夫ですよ。用はこれから国を動かすために、まずはお互いの顔を合わせておこうというだけなのです」
しかし王となるのなら、なめられたりしたら後々やりにくいだろうし・・・かと言って敵対するのも困るし・・・。それに僕自身が若干コミュ障気味だからなぁ・・・知らない人と、それも国を動かしているなんて偉い人たちとうまく話せる自身がない。
「それに大丈夫です。なんと言っても、陛下は召喚の儀で呼ばれたお方なんですから」
またそれか。それを言われるたびにだんだんハードルが高くなって、もはや全盛期のブブカでも呼んでこないと飛べないんじゃないかってくらいにまで高くなっている気分なんですけど・・・
本当に大丈夫?
朝臣たちは口々に長い名前を述べて、左府だの亜相だの自分の立場をアピールする。
それにたいして有斗はようやく「これから頼む」と言うだけで精一杯だった。
ふぅ・・・こんなに緊張したのはバイトの面接以来だぜ。
「ネストール・カンタグルウと申します。
とか言われても何がなんなんだか。
日本人の名前じゃないから、聞きなれない名前は一回じゃ覚えられないよな。それにギョナってなんだよ? あと亜相までの人しか今日は会わないんじゃなかったのか? なんとか大将軍とかいう別の官職が出てきたんだけどさ。
後で書いて差し上げます、とセルノアが言ってくれなかったらパニックになるところだった。
そう有斗が文句をブツブツ呟くと、セルノアは申し訳なさそうに困った顔を見せた。
「あ、ごめん。セルノアに不満があるわけじゃないんだ。ごめんね」
「そんな・・・もったいないお言葉です」
女官が持ってきた墨と筆で紙にすらすらと文字を書き始めた。
「カンタグルウ卿で言うと名前がネストール、姓がカンタグルウ、御名はヴェイ、亜相でいらっしゃいますが、亜相だと複数おりますので羽林大将軍も務めていることをおっしゃったわけです」
書き終えると有斗に紙を手渡した。
「・・・・・・」
それを見て有斗は眉をしかめた。
「どういたしました?」
「読めないんだけど・・・」
「あれれ? サキノーフ様がもたらした文字ですから陛下にも読めるものとばかり・・・申し訳ありません」
このミミズがのたくったような文字はまったく解読不能だぞ・・・謎の古代文字としか思えん。考古学者が必要だ。有斗が何度も文字を見ては苦い顔をしているのを見たセルノアは、
「下々の者だと文字が読めない者もおりますから、ひょっとして・・・」
と言った。
・・・・・・
下々の者ですみませんねぇ。僕は平凡なサラリーマンの子供なのでね。ただ文字は読み書きできるぞ!
それに高貴な産まれの人が呼ばれたとしても読めないと思う。僕のいた世界にない文字だし。
「僕のいた世界だとこう書くんだ」
筆をとり余白にカタカナでネストール、と書く。
「・・・」
セルノアはその文字を見ても一言も発しなかった。
ほらみろ。セルノアも読めないじゃないか。やっぱり文字が違うんだよ。
「ネストール・・・ですね。ちゃんと書けておりますよ」
え・・・? でもセルノアの書いた文字と大分違うぞ・・・
「あ・・・ひょとして・・・わかりました! これならどうでしょう!」
再び筆を取るとゆっくり書き出した。
「ネストール・・・カンタグルウ・・・ヴェイ・・・亜相・・・羽林大将軍」
あれ・・・読めるぞ・・・漢字とカタカナ、日本語だ!
「やっぱり!」
わかった! とばかりにセルノアは叫んだ。
「陛下は草書が読めないだけなんですよ!
筆文字ってやつか・・・どうやら文字も言葉も通じるようだ。それは助かるな。今さら思ったけど、会話も読み書きも不自由しないってことは、この世界の公用語は日本語なんだな。
でも・・・何故?
あれか、実は周り全てが僕を
トゥルーマンショウ的なやつ。
・・・でも、それならそれで何故、僕にそんなことをするのかという疑問が湧く。
ありえないよな・・・やっぱり夢なのかな?
有斗が夢か現実かしばし考え込んでいる間に、セルノアは紙にスラスラと名前と官職を書いて、「これでよろしいですか」と渡した。
「これ会った順なの?」
「そうです」
よく見ると名前、姓の後にもう一つ名前が書いてある人と書いてない人がいる。ネストールのところだとヴェイと書いてあるな。あれかギョナとか言うやつか。
「ギョナって何?」
「サキノーフ様からいただいた名前です」
「すでに名前あるのに?」
「どうやら私たちの名前はそちらの世界のものと多少違うようでして、サキノーフ様が覚えにくいと言われまして・・・それで新たに呼びやすい名前をサキノーフ様が近臣に与えたのが『御名』と呼ばれるものです」
そうなのか・・・でも『ネストール』はもとより『ヴェイ』だって呼びにくいよな。日本語が共通言語ってことはそれをもたらしたと言うサキノーフとやらも日本人だと思うんだが。遠い過去の人なのかもしれないな。まぁなんとなくわかったからいいけど。
「セルノアもあるの?」
「まさか! 私の家はそんな大それたものではありません。御名を持つ方はサキノーフ様の時代から延々と続く由緒正しい貴族だけです。私なぞとてもとても・・・恐れ多いことです」
「ふ~ん」
有斗は興味がないので、軽く返事をして受け流す。
「それも覚えないといけないのかな?」
「名前を覚えられるのでしたら覚えなくても失礼にはあたらないかと思います。一種の装飾みたいなものですし」
「じゃあ、覚えなくていいか」
出あった顔を順番に思い出す。
「最初に出あった悪人顔がクレイオスで左府、次の油ギッシュデブがエヴァポスで内府・・・っと」
それぞれの名前の横に覚えている限りの特徴を書き出す。
それを見てセルノアは噴出した。
「そんなふうにおっしゃっては可哀想ですよ」
注意するような言葉だが、笑い声が多分に含まれていた。
「でも特徴と一緒に覚えないと覚えられないよ。聞きなれない言葉ばかりだし」
「わかりました。よろしいですけれども・・・くれぐれもご本人の前で口になさらないで下さいね」
大丈夫だよ。僕も本人を目の前に油ギッシュデブとか堂々と言う勇気はない。
「えっと次は亜相で戸部尚書。戸部尚書・・・つまり戸籍や租税関係の長のこと、名前はアドメトス・・・御名は・・・」
有斗は一時間以上、暗記に時間を費やしていた。聞き慣れない単語ばかりで、まるで英語の単語を記憶するような気分になる。
血走った目で紙と睨めっこし、ぶつぶつ同じことを何度も繰り返している有斗に「これで今日の仕事は終わりにしましょうか」とセルノアが声をかけた。
「もう遅いですし」
その言葉に顔を上げ窓の外を見る。室内は明かりで照らされているから気付かなかったけれども、外は夕日で赤く染まっていた。
「あれ、もう夕方?」
「はい」
まぁ大体覚えたから大丈夫だろう、と根拠のない自信で頷いて、賛意を表す。
左府と内府だけ区別できればなんとかなる。その他の今日見た連中は亜相って覚えていれば間違いではないはずだ。
うん、とりあえず今日の分はそれで行こう!
たんに覚える作業に飽きたんですけどね・・・せめて対象がかわいいJKとかなら、いや女性でさえあれば、完徹してでも覚えてみせる自信があるのだが。
現にセルノアやアリスディアの名前は一回で覚えたんだ! 不可能ではない!
「あの・・・お食事などはいかがですか?」
そっか、ここに来てから何も食べてないから腹が減ってるな・・・最後に食べたのは昼飯だし。
「夕餉を用意いたしますけれども。それとももう少し後のほうがよろしいですか?」
「ううん。ちょうどお腹が減っていたんだ。ありがたくいただくよ」
「はい!」
有斗はセルノアに連れられて食事に向かうことになった。
「こちらです」
そこは縦長の大きな机がすえられた、広く美々しい部屋だった。すでに大量の料理が揃えられて机の上に並んでいた。何皿も並べられている、フルコースってやつか。実に壮観だ。
しかしなんで食事をするためだけに、こんなに移動しなければいけないというのだ。
同じような廊下を延々と進み、三つばかり扉も潜った。五分は軽く歩かされた。
もう一度スタートラインまで戻って立ったとしても、有斗には一時間以内にここに到達する自信はまったくない。
「いつもここで食べるの?」
だとしたら道順を覚えないといけない。どうか神様、セルノアが『はいっ!』とか言いませんように。
「どこでもかまいません。陛下なのですから、ご自身のお気に入った場所で食べればよろしいのです。私たちがお運びいたします。例えば執務室でお食べになってもよろしいのですよ。賢帝と名高い第二代明帝などは食事や睡眠の時間を削って
おお、よかったぁ・・・って、仕事しながら食事!?
・・・王様ってそこまでしなきゃだめなのかぁ?
有斗は少しずつ王様に対するあこがれが消えていくのを感じた。
まぁ仕事のことは後で考えることにして、せっかく用意してもらった料理だ。味わうことにしよう。
「いただきま~す」
手前のおそらく肉料理らしきものからいただくことにする。とふと
・・・普通の肉料理だよね? 変な動物の肉とかじゃないよね?
とはいえ何の肉であれ食べないと失礼にあたるだろう。僕の為に用意してくれたものだろうし。それに『ギガバンバラの肉です』とか言われても何のことかわからないし。ギガバンバラとやらがここにいるかどうかは知らないけどさ。
箸でつまむとパクリと口に運んだ。
あ・・・れ? おいしいけれども、おいしくない・・・
セルノアは口に箸を入れたまま固まった僕を見て不審に思ったらしい。
「どうなされました?」、と訊ねた。
「い、いやおいしいよ。おいしすぎて言葉が出なくってさ」
「それはようございました!」
有斗の言葉に無邪気に喜ぶセルノアにすまない気持ちになる。
素材の味はさすが王様が食べるもの! って感じの素晴らしい物なんだけれども、味付けが・・・淡白で・・・
人工調味料とかが無いとこんなものなのかな・・・
僕が高価な食べ物を普段食べなれてないってのもあるかもしれない。
ジャンクフードやコンビニ弁当でもなんの文句も無く食ってるし。
あとさ、料理が冷えてるのもマイナスポイントだよなぁ。
それについて「ちょっと冷めてるね・・・」とポツリと言うと「毒見をしましたから!」と答えが返ってきた。
毒見役の人が口にして一定時間がたたないと、僕は食えないということか。これからもここでは僕は温かい物は食べられないようだ・・・
電子レンジは・・・この世界では当然ないだろうしなぁ・・・こればっかりは諦めるしかないか。
しかし王様とはいえ、料理作りすぎじゃないか?
やっと食べ終えた皿は次々運び出され、また新たな料理が並べられる。
その後も次々と「こちらはいかがですか?」とばかりに皿を持ってくるので義務感に縛られて食べ続けたが、いつまでたっても終らない料理に辟易して、「も、もう十分だよ・・・ありがとう」と言うことでようやく食事は終わりを告げた。
お腹も一杯になったし・・・満足した有斗は
「まだ何か仕事ある?」とやる気があることをアピールする。ただ飯くらいじゃないところを見せておきたかった。セルノアの前で格好をつけたかったのだ。
「いえ、今日はなにもございません」
今日は・・・か。
「じゃあこっちに来ていろいろ緊張したし・・・寝てもいいかな?」
「はい! ご自由に」と、セルノアは僕の横に立っていた女官に何事か耳打ちする。その女官は頷いて有斗に一礼すると退室した。
「では行きましょうか」
有斗に振り返るとセルノアは笑顔を見せてそう言った。
有斗はその物言いに不安が募る。
「・・・まさか・・・」
「はい?」
セルノアは
「まさか・・・寝室に行くのもさっきみたいに移動しなければいけないとか?」
「当然です!」
・・・
再びウンザリする長距離の移動が繰り返された。でも・・・これって来るときに通った道を戻ってるんじゃないのか・・・? 壁にかかった絵が見たことがあるヤツだ。
大臣たちと顔合わせをした執務室からさほどはなれていない。
「ここは執務室に近いね」
「お気づきになられましたか。あの
「後宮ってことは女性だけ・・・とか?」
「基本はそうですね。陛下をお守りする羽林の兵は別ですが。それ以外の者でも陛下の許可があれば入ることも可能です」
やがてセルノアは一つの部屋の前で立ち止まる。
「ここになります」
お・・・ここなら執務室とも近いし道順も覚えられる・・・たぶん。
食事するところもこの辺りで済ませれば迷うこともないかもしれないな・・・
扉を開けるとアリスディアが女官たちに指図をして、シーツを広げていた。ベッドメークか。
有斗が入ってくると、アリスディアに並んで女官たちが一斉に頭を下げた。おお・・・なんか急に王様って気分が出てきたぞ!
有斗は女官たちがベッドを完成させるまでの間、椅子に座って足をぶらぶらさせながら待った。
「それでは陛下、私たちは失礼いたします」
ベッドが完成するとアリスディアは一列に並ぶとまたも一斉に頭を下げた。
「なにかあればすぐ駆けつけますし、
御用って・・・あんなこととか、こんなこととかでもいいのかな・・・?
有斗の中でいけない妄想が加速していった。でもそれはこれからの楽しみにとっておこっと。
さすがにいきなりやって来たその日に『いいからお前とお前とお前! 今夜の俺の相手をしろ! むはははははは!!』
・・・なんて言ったら王様失格だろう。
そこは地道に仲良くなって間を埋めてからに・・・ウヒヒ。
有斗の無駄に豊富なエロゲの経験から察するに、セルノアちゃんのほうが有斗に対する好感度はデフォで高い気はするが、アリスディアちゃんだって攻略可能キャラのはず! いや、同時攻略だって不可能ではないはずだ!!
なんて言っても、僕は王様だからな!
ああ! 女性からの好感度が出会いの段階でプラスだなんて、なんて恵まれたスタート! 現実では、否、向こうの世界ではありえなかったことだ!! あまりの嬉しさにベッドに倒れこむ。
ふっかふかのベッド。体が包まれるような感覚に、これはよく眠れそうだと満足して寝返りをうつと、扉の左右に一対の兵士、そしてそれに挟まれるように扉の前に女官が一人立っているのが見えた。
・・・ん?
夢か幻かと思って目をこすってもう一度見る。が、たしかにそこに両者とも存在していた。
まさか・・・幻覚?
「あの~」
有斗は女官に声をかけた。
「はい、なんでしょうか」
返事が返ってきた・・・どうやら幽霊や幻ではないらしい。
「もう寝るんだけど」
「はい、うかがっております」
「まさか・・・そこに一晩中立っているとか・・・ないよね?」
「その通りです」
え・・・マジかよ。
「なにかあると陛下がお困りでしょうから。物音を立てませんので、我々のことはお気になさらず」
そうは言ってもな・・・動かないけどさぁ・・・こっちを見てるんだよ。
微妙に怖い・・・
それに気になって眠れやしないんだけど。まいったなぁ・・・
有斗はふとんで顔まですっぽり覆いながら、隙間からちらちらと入り口近くの女官と警護の兵を
有斗はため息を漏らすと、掛け布団を引っ張り上げ、更に深く布団の中に潜り込んだ。
「おつかれさま」
王の寝所から戻って来たセルノアに、アリスディアが声をかけた。
「おつかれさまです! 尚侍様!」
「お茶でも入れましょうか」
「それではお言葉に甘えまして、尚侍様」
アリスディアは奥からお茶を持ってくると、セルノアの前の机に器を置き、なみなみとお茶を注いだ。
セルノアが喉を
「陛下はこの世界をお気に召していただけたと思う?」
「おそらくは」
セルノアは満面の笑みで微笑み返した。
「ほんとうにお腹が減っておられたのでしょう。それはもう、あの小さなお体のどこに入っているのかわからぬくらいお召し上がりになっておりました。たくさん作っておいてようございました」
「それはよかった」
アリスディアはほっと胸を撫で下ろした。
「豪華な宝物とか、可憐な美姫とかで歓迎できたらよろしいのですけど、今の朝廷では用意できるものなど限られます。今日のような
頬に手を当て、そっとため息をつく。
「明日からの質素な食事でがっかりなさらぬといいのだけれども」
「きっと、そのこともわかっていただけるかと思います」
アリスディアの不安など意に介せず、なぜかセルノアは自信満々に言い切る。
「そうだとよろしいのですけれども・・・」
アリスディアは不安にもう一度、ため息をつく。
「尚侍様は陛下にご不満でも・・・?」
「いえ・・・いえ! まさか」
アリスディアは一瞬ドキッとした。だって尚侍なのだ。そんな不敬な考えを抱くなどとは身分柄あってはならないことだった。
「でも少し不安。召喚の儀を疑うわけじゃないのだけれども、あまりにも普通の少年としか・・・」
「大丈夫ですよ! 召喚の儀で選ばれたのですもの! きっとこのアメイジアに再び繁栄をもたらしてくれますよ!」
その目はどこか狂信的であり、アリスディアの言うことを聞き流しているところがあった。
あの少年にサキノーフ様ほどでなくても、少しは王の素質があればいいのだけれども。
セルノアのために、いやそれだけでなくこの国の未来の為に、アリスディアはそう願わずにはいられなかった。
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