第3話 彼女はセルノア・アヴィスと名乗った

 抜けるような蒼い髪にふさわしい高く澄んだ声で、彼女は自分のことをセルノア・アヴィスだと名乗った。


「僕の名前はゆうあり。よろしく」

「よろしくお願いいたします!」

 有斗が自己紹介を返すと、かわいらしく元気な声で返事をする。

 典侍ないしのすけといって、王(つまり有斗のことだ)の身の回りの世話なんかをする女官の一人らしい。文章や金銭とか色々管理を任されてる・・・ようなことを言ってた気がするが、難しい言葉が多々並んでいて、噛み砕いたのち、ようやく理解できたのはそれくらいだった。

「えっと・・・名前でよんだほうがいい?それともナイシノスケ・・・だっけ?」

「陛下のご自由に。呼びやすいように呼んでいただければ結構です」

「じゃあ・・・セルノアさん」

 セルノアは目を大きく見開いて驚きを表した。

「そんな・・・もったいない! 私ごときに敬称は入りません」

「でも・・・」

 会ってすぐ、いきなり呼び捨ては抵抗感があるなと、有斗は思った。

「なんか失礼じゃないのかな?」

 有斗はそう言ったが、彼女はうつむくと、上目使いで遠慮がちに訂正した。

「セルノアです」

 そして遠慮がちに有斗に目で訴えた。

「・・・セルノアとだけお呼びください」

 うおっ、可愛い・・・可愛すぎるだろコレ!

 いいなぁ・・・こんな娘が彼女だったらなぁ・・・自分の灰色の人生も変わるんじゃないだろうか。でもきっともう彼氏とかいるんだろうなぁ・・・

 そんなことを考えるくらい、有斗はすっかりセルノアに骨抜きにされていた。


「さ、どうぞ」

 とりあえず王宮にまで来てほしいと言ったセルノアは、有斗を先導し、とある動物の前に連れて行った。

「馬・・・だね」

 そこにいたのは有斗もよく知ってる動物だった。といっても有斗が住んでいたところは田舎ではなく、そこそこの地方都市なので、実物を生で見たのは初めてだった。

 いや、小さいころに動物園で見たことはあるかもしれない。まあその程度の認識である。

 思ったよりでかい。圧迫感がある。あとちょっと獣臭い。

 乗り物と聞いて、チョ○ボとかドラゴンとかスライムだとかを想像してたので有斗はちょっと残念だった。

「あ、ご存知でしたか。よかった」

 セルノアはほっと胸をなでおろす。いや馬くらい普通知ってるぞ・・・ひょっとして馬鹿って思われてるのか・・・?

 頭の悪さは自覚していたものの、そこまで酷くはないと、有斗は少しだけ不快な気分になる。

 怪訝けげんな顔の有斗を横目にセルノアは「それでは」と馬の口を取り、「さあどうぞ」と乗るように促した。

「え・・・いや・・・その・・・」

 セルノアは不思議そうに有斗の顔を眺めていたが、目線を顔から下げていって、足に到達したとき何かに思い当たったのだろう。

「あ、とどきませんか。じゃあ私が踏み台がわりになりますので、どうぞ」と、突然四つんばいになった。

 短足なのを馬鹿にされてる・・・? 有斗の心の中でいつもの被害妄想がむくむくと大きくなる。

「そうじゃなくて馬なんか乗っ・・・」

 そこまで言ってあることに気がついた。

 これは・・・

 セルノアのお尻のラインが丸わかりになっているこれは・・・

 ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 グラビアアイドルとかがよくやっている女豹めひょうのポーズとかいうやつじゃないか!!


 つまり


 綺麗な女の子が、僕のために、僕の前で、四つんばいになってエロいポーズをしてる!


 ・・・これは興奮せざるをえまい!!


 どうせなら「全裸の」という形容詞がついていたら最高なのだが、それは贅沢ぜいたくというものだろう。

 ああ生きていて良かった!

 いつもはただウザいだけだと思っている親だが、もしこの場にどちらかでもいれば、ハイタッチして生んでくれたことに感謝するだろう!

 もっとも何故ハイタッチをしたかということを知ったなら、両親は生んだことを後悔するかもしれないが。


「あの・・・」

 素晴らしき妄想の中に身を委ねてしまっていた有斗は、セルノアが声をかけるまで全く現実世界に戻って来ていなかったようだ。いつのまにかセルノアは立ち上がっており、不思議そうにこちらを見ていた。

「大丈夫です・・・か?」

 何故『です』と『か』の間に微妙な間を入れる?

「え? な、何?」

「ああ・・・よかった」

 セルノアはほっと胸を撫で下ろす。

「三回お呼びしても反応がなかったので心配しました」

 まずい・・・今始めて呼ばれたという記憶しかねぇ。しまった。妄想世界に完全に入ってしまっていたか。なにか取り返しのつかないことしてなければいいが・・・

「僕・・・今、どうしてた?」

「嬉しそうに宙を見つめておられました」

 ふぅ・・・ギリギリセーフだろう。思ってたことを口に出してしまったら危なかったが。

「そ、そう。ちょっと体調が悪くて、それでね。アハハ」

「そ、そうでしたか。ウフフフ」

 ぎこちなく笑うと、セルノアは同じようなぎこちなさで笑い返した。

 ・・・よし、な、なんとか誤魔化せただろ・・・

「で、馬に乗っていただきたいのですが・・・」

 あ、そういえばそんな展開だった。

「あのさ、悪いんだけど、僕、馬に乗れないんだ」

「あ、そうでしたか。・・・申し訳ございません」

 セルノアはぺこりとお辞儀した。

「ごめんね。せっかく用意してくれたのに」

「あ、そういう事態も想像しておりましたので、お任せください!」

 と、言って有斗の後ろを指差す。

「馬車も用意しております!」

 振り返ると、なるほど馬車がある。四頭立てで二輪の黒くピカピカ光ってる立派な馬車だった。

 馬のすぐ後ろに御者が座る席があり、さらにその後に二人ほど座れる座席が前向きについていた。軽自動車から運転席より前と後部座席より後ろを取って、ドアや天井やハンドルやらを取って、そして前の座席と後ろの座席の中間の下部に車輪がついているといったら想像しやすいだろうか。

 手で触ると、それは鉄ではなく、木材に黒塗りされているような少しひんやりとして柔らかな手触りだった。

「お気に召しましたか、宮廷にある馬車の中でも一番素晴らしい馬車を持ってまいりました!」

「へぇ、そうなんだ」

「馬も御者ぎょしゃも宮廷一です!」

 なんだか自慢げなセルノアちゃん。でも僕、馬車はおろか馬のことなど何もわからないからなぁ・・・と、有斗はしげしげともう一度馬車を眺める。

 馬のいいやつって速いとか、命令によく従うとかなのかな?

 馬車のいいやつって・・・なんだろ? よくわからないな。

 まぁ、馬に直に乗らないならなんでもいいや。乗ってりゃ勝手に王宮とやらにつくだろうし。ともかくここは前向きで行こう! ポジティブシンキングで! 王様の生活とかちょっと興味あるからね。

 それにセルノアって、本当に可愛い。外見だけじゃなく仕草とか話し方とか全てが本当に可愛い!

 クラスの女子など、リアル女からはよくて存在自体を無視。下手すれば汚物を見るような目でしか見られない僕としてはその全てが新鮮!

 それに・・・もしかしたらギャルゲとかラノベみたいにフラグが立つかもしれないし!

 いやいや、ひょっとするとエロゲなみのフラグが・・・と、まったくもてた記憶のない有斗は甘い空想に浸って、勇躍ゆうやくし馬車に乗り込んだ。


「到着しました!」

 二時間後、相も変わらずハイテンションのままで王宮に到着したことをセルノアは有斗に告げた。

 有斗は転げ落ちるように馬車から降りた。腰と尻には強烈な痛みを抱えていた。

 よ・・・ようやく、この責め苦から開放される・・・

「サスペンションって大事なんだな・・・」

 尻を押さえながらつぶやいた。有斗の馬車初体験の感想はそれだった。初体験は痛いとか聞くけど、確かに・・・イタイ、などと有斗は見当違いもはなはだしい感想を抱いていた。

 出発する前に座席には、セルノアが「これを敷くと大丈夫ですよ」と言って渡してくれた、クッションというか座布団みたいなやつを敷いたんだけど、ほとんど効果がなかった。

 まぁ考えてみてくれ。1時間ほどの山道を馬車が走るんだ。馬車には車軸が直についているので、路面のデコボコだとか、車輪が石に乗り上げる度に、くぼみに落ちる度に、あるいはカーブにさしかかる度に、その感覚をダイレクトに乗客のお尻にたたきつけるのだ。

 いうなれば、一時間スパンキングされ続けるようなもの。

 ・・・ん? ・・・だとしたら、これはむしろご褒美なの・・か・・・?

 ・・・いやいや、それはないな。

 だってもの凄く痛いもの。血が出てないか心配なくらいだ。

 それにあれが嬉しいのは、美人に叩かれるからだ。そうでないスパンキングは単なる罰ゲームに過ぎないのだ。

 有斗は尻を押さえながら、激痛に顔を歪ませて、がにまたでよちよちとかっこ悪く歩いた。そうしないと尻が痛くて歩けない。

 それにしても、セルノアは涼しげな顔をして普通に歩いている・・・横に座っていたはずなのに・・・この差はなぜなのだろう、有斗は疑問に思った。

 不思議がる有斗に、

「路面を見て揺れを予測しつつ、体を任せておけばなんということはないです」との談話が返ってきた。

 最初から言ってくれよ・・・聞いてもできるとは思えないけどさ。心構えとかあるじゃん。有斗は恨みがましくそんなことを思った。

「そうだったんだ・・・」

「ひょっとして馬車もお乗りになられたことがございませんでしたか?」

「ないなぁ・・・僕のいた世界では馬車も馬も見たことはないよ」

「そうなのですか。結構不便な世界なのですね」

 ・・・いや、こっちよりは遥かに便利な世界だよ。自転車とかバイクとか自動車とかあるし。なにより道路は舗装されてて、サスペンションだってあるしな。


 気がつくとそこは、ぐるりと囲まれた白い壁の中にいるようだった。

 いや、違う。塀だな・・・これは。

 後方には入ってきたと思われる跳ね橋式の門がゆっくりと閉まっていく。門の両脇には見張り台を兼ねている塔が立っており、中には兵士が幾人か詰めているのが見える。前方には大きな扉がついた壁面が見えた。その壁面は巨大で窓が幾重にも連なっていた。これが王城だろうか。二階ほどの高さについているドアの前はフラットで、そこから階段が左右に分かれ地面まで緩やかに弧を描いている。その階段も広く、立派な手すりがついたやつだ。

 白い大理石か何かでできているのだろう、階段も手すりも陽光を受けて白く輝いていた。

「あれ・・・? もう城の中・・・? ここって城しかないの? 街とかないの?」

 城って街とかがあるんじゃないのだろうか。城に勤めている人とかが住むような。

 それともこの城は広大で中に街が入っているとかかな・・・

 王城っていう以上首都の真ん中にあるのを想像してたんだけど、違うのだろうか。有斗の知っている王城とかってそんなものだった。まぁ、それもゲームの中での話ではあったが。

「何を言ってるんです? 街中を抜けてきたじゃないですか」

「え・・・ほんと?」

「はいっ!」

 おかしい・・・全然記憶にない。

 ケツの激痛に気を失いかけていたからか・・・?

 まぁいいや、と有斗はさらりと受け流した。過ぎたことをくよくよ考えても仕方がないし、

「とにかくまず、くつろげる部屋へ。いろいろとご質問もおありでありましょうから」

「そうしてくれると助かる・・・」

 ドアも、鎧兜、ただしフルアーマーじゃない、を着こんでかたわらに控えていた兵士たちが、セルノアとそれに続く有斗に一礼して、ゆっくりと押して扉を押す。重そうな音を立てて扉が開いた。まっすぐ続く廊下は右側には中庭に面した採光の窓が並び、左側には扉が並ぶ。学校の廊下のようなかんじだ。きっと扉の向こうには部屋が並んでいるに違いない。

 セルノアが有斗を先導する。その十メートル以上前にさらに四人の兵士が何事か小さく叫びながら進んでいた。

 不思議そうな顔をしていた有斗に「先触れの者です」とセルノア。

なるほど。彼らが言葉を発して通り過ぎると、廊下に居た人々は慌てて脇に除け、腰を屈めたり、肩ヒザを突いてうつむいたりした。

 ああ、大名行列だっけ? 前を横切った外人を切り殺して大変なことになったやつ? なんとか事件とか日本史で習った気がするな・・・偉い人が通る前は、道を開けないといけないんだったっけ。あれと同じやつなのかな。

 進めば進むだけ、皆が道を避けて脇に開く。それが自分の為だと思うと有斗は気分が良くなる。

 王様っていいかもしんない・・・


 廊下の突き当たりの扉を開けると、そこは学校の体育館ほどの大きな部屋で、真ん中にドーンと大きな机と無数の椅子が備えられていて、こっちの壁には剣が掛けられていたかと思うと、あっちの壁には美術館で飾ってあるような特大の絵があったりもする。机も、椅子も、絨毯じゅうたんも、剣も、絵も、みんな装飾がすばらしく細緻さいちだった。

 セルノアはこの長大な机の一辺を占拠している立派な一つの椅子を引き出すと、有斗に座るように促した。

「陛下、どうぞ」

 有斗は差し出された椅子に遠慮なく座った。

「ありがとう・・・セルノアこそ座ってよ」

「ありがとうございます」

 セルノアは一礼すると有斗から見て左側にあたる机の側面にある椅子に座った。

「まず、何からお話いたしましょうか?」

「あ・・・そうだね」

 何から聞こうか? この世界のこと? この国のこと? 王様って何をするの? 何故僕が王様なの?・・・etcetc

 疑問点だらけだ。

 まぁ、まずは優先順位の高そうなやつから聞いていくとしよう。

「セルノアさん」

「セルノア、で」

 セルノアが有斗に有無を言わせないような口調かつ、顔だけはにこやかな表情で言った。

「う、うん。セルノア」

「はい」

「彼氏いるの?」

「・・・・・・」

 十秒ほども沈黙は続いただろうか。

「はい?」

 うわ、セルノア、一瞬素だっただろ。それがあんたと何か関係でもあるの? と言う顔をしてた。

 あれだよね~

 クラスの女子がグループ内でキャッキャ騒いでいるところに、自分の知ってる単語が出たからって、会話の輪に加わろうと話しかけたときに、その女子たちが僕に向ける視線ってこんなかんじだったよね~。ウザイ、とか話の輪に入ってくるんじゃねぇよゴミムシ、とかテメェには話してねぇんだよクソオタクが、とか。

 情けない過去の記憶が、走馬灯のように有斗の頭の中をぐるぐると回っていた。

「ご、ごめん。関係なかったね・・・」

 あまりにも気安く話しかけられたので調子に乗ってたよね・・・どうせ、僕みたいなやつが、セルノアみたいな美人と普通に会話できるわけないもんな・・・異世界から召喚された者だから話してるだけで、友達になろうとか恋人になろうと思って声をかけてくれたわけじゃないもんな。

 有斗は思いっきりブルーな気分になった。

「あ、申し訳ありません。違います!」

 落ち込む有斗にセルノアはすばやくフォローを入れた。

「あまりにも予想とは違った質問なので、頭が混乱しただけなのです!」

「そ、そっか・・・」

「だから陛下の場を和ませようとする冗談に反応できなかっただけなのですの。ウフフ」

「そ、そうなんだよ。アハハハハ」

 取りつくろった感満載だなぁ・・・

 まぁでもちょっとブルーな気持ちも持ち直したし、真面目に聞いていく事にするか。

「じゃあ、さ。まずひとつ。なぜ僕が王様に選ばれたの?」

「召喚の儀で、この世界に呼ばれたからです」

「・・・えっと・・・それって何?魔法みたいなもの?」

「そうですね。そう考えていただいてもかまいませんね。違う世界からこの世界に王を呼び込む太古の秘術です」

「と、いうことは王様が死ぬたびに異世界から誰かを呼ぶの?」

 呼ばれた人だってそれまでの生活や仕事がある。家族だっている。それらを置いてここに来るなんて、迷惑じゃないのかな・・・

 突然居なくなったら、一種の拉致らち事件だろ。ポリス沙汰になってしまう。

 王様になるのを断って、帰ってしまった人とかもいるのかな・・・?

「いいえ、陛下で三例目です」

「・・・三回目!?」

 そんなに少ないのか。失敗したり、間違って変な悪魔とか呼び出したらどうすんだよ。もうちょっと実験に実験を重ねて、確実に安全を確認してから、呼び出して欲しかった。成功したからいいけどさ。

「じゃあ前の呼び出した王様が死んだから僕を呼び出した・・・ってことかな?」

「いいえ、以前、召喚された王様が崩御なされたのは、四百年以上前のことです」

「え・・・? じゃあその間の四百年間はどうしてたの?」

 今の日本みたいに民主主義とか・・・かな?

 でも民主主義から王様が治める国家に戻ったりとか歴史的に逆進してないか? そんなことってあるのか?

 ・・・僕の記憶にはないなぁ・・・と、首を捻る有斗にセルノアが説明を始めた。

「最初にこの世界に召喚されたお方を神帝、またの名をサキノーフ様と申します。そのお方の子孫が代々このアメイジアを統治してまいりました」

 『ました』ってことは過去の話か。

「わかった! 子孫がいなくなったので、召喚の儀で僕を呼んだんだ。そうだね?」

「いいえ子孫はおられます。関西かんせいの地で女王の座におつきです」

 ・・・さっぱりわからない。女王がいるならなんで僕が呼ばれたんだ? その人が王としているのなら、なんの問題もないはずでは・・・

 ・・・ん・・・女王?


 ・・・”おんな”プラス”おう”・・・?


 つまり女だ。


「わかった! 僕を女王と結婚させるために呼んだ・・・とか?」

 いや・・・ちょっとまて。それは僕の気持ちガン無視じゃないか! セルノアみたいに美人で優しかったらなんの問題もないけどさぁ。ブサイクな上に性格が悪かったら・・・・・・

 人のことをとやかく言えない立場だけど、僕にだって相手を選ぶ権利くらい少しはあるはずだ!

 ・・・ってまてよ、女王ってことは何歳かわからないな・・・僕の母親より年上とか・・・いや、もっと年上で、よぼよぼの・・・おばあさんだったら・・・どうする?

 断ろう! 絶対に断ろう!!

 そんなことを脳内で考えているとその不安が顔にでも出ていたのであろうか、セルノアが両手を振って、有斗のその想像そのものを否定した。

「いえいえ、違います」

 お・・・よかったぁ・・・

「でも、そうするとなぜ王が必要なの?」

 女王だって王様だ。国に王様は二人も必要ないだろう。

「話せば長くなるのですが・・・よろしいですか?」

「・・・なるべく簡単にお願いします」

 教科書どころかゲームの説明書すら満足に読まず、適当にプレイしては途中でどうにもならない状態になっては投げ出すばかりの有斗には長い話を理解するのは無理だ。いきなり、ルシのファルシのコクーンにパージなどとその世界特有の単語をずらずらと並べられても困るのである。言われて理解できる程度の短さにしてくれないと。

「わかりました」

 ひとつ咳払いをして、セルノアは語りだした。

「かつてこのアメイジアには二百有余の国があり、互いに争いあっていました。そのころには魔術や呪術がごく当たり前のものだったといいます。ある時、魔術儀式が失敗しました。なんの魔術だったかは、今となっては分からないのですが、とにかく失敗した。だけど違う魔術として成功してしまったのです。そう、異世界とこの世界を連結し、王となるべき賢者を呼び出す魔法に。その時呼び出されたのがサキノーフ様。初代皇帝、すなわち神帝です。かの御仁ごじんは呼び出されるや、瞬く間にその国を支配し、さらには分裂していたこのアメイジアをもわずか八年で征服してしまったと言います」

 サキノーフ様とかいう人のことを話すセルノアの目は、尊敬と憧れの眼差しでとても輝いていた。まずい、そんな凄い人と同一視されては困るんだが、とても同じようなことはできそうにない、と有斗は少し焦る。

「戦術や武具や稲作、それだけでなく文字も、文化も、暦も、政治機構も全てサキノーフ様がもたらしたものと言います」

「へぇ・・・凄い人だったんだね」

「サキノーフ様崩御後は、血を引いた者が代々帝位を継ぎました」

「で、その血を引いた人・・・女王だったっけ?それがいるのに、何故僕を王にしようと呼んだの?」

「百年あまり前のことです。そのころ王位を巡って争いが起き、群臣は二つに割れ、諸侯も二つに割れました。二派から王が代わるがわり立ち、廃され、そしてまた立つ。そういった混乱の時代が続きました。片一方の王は王都から放逐された後、戦乱のない関西の地に行き、かんという難攻不落の要塞を閉じて、その地を統治しました。残されたもう一方は、勝利し王都に残ったものの、その後の宮廷の権力争いや諸侯の戦いに巻き込まれて、ついには血脈が絶えてしまったのです」

 そう言った時のセルノアの表情は苦しげだった。この世界に生きる人々の悲しみが、彼女の顔に表れているかのようだった。こんな有斗といくつも変わらない、年若い女の子が自分の喜びや悲しみで無く、国のことを憂えねばならない、そのことが有斗にこの世界の現状の状況の厳しさを言わずもがなに物語っていた。

「だけど王が崩御なされても、一度燃えあがった戦いの火は消えませんでした。争いは憎しみを生み、その憎しみからまた新たなる争いが産まれたのです。王都では高官や王師同士が戦い、また地方でも群雄が連合離反を繰り返す・・・その終わりなき連鎖。その後、宮中はなんとか平和を取り戻しました」

 それが今の我々の姿ですと、セルノアは悲しそうに言った。

「だが仮初めの状態です。いくつもの派閥が存在し、水面下で暗闘をくりかえしています。いつまた兵火が起きるやもしれませぬ。そこで皆が熟慮した結果、王をほうじて国家を安定するにしかず、と」

 ふと感じた疑問点をぶつけてみた。

「カンセイに居ると言う女王様に、来てもらえばよかったんじゃないかな?」

 他の世界の普通の学生である有斗よりは役にたつこと間違いなしである。

「それも考えましたが、朝廷はかつて女王の祖先を追い出した側の子孫という側面があります。女王は我々のことをどう思っているでしょうか? あまりいい感情を抱いているとは思われません。それに王を放逐したときに、その王を奉じていた高官たちも共に関西に去りました。彼らの子孫も今の朝廷を許さないでしょう。我ら関東の臣はよくて失脚、悪ければ獄門台ごくもんだいつゆと成り果てるでしょう」

 確かにそうである。追い出されたほうは追い出したほうを今でも恨んでいてもちっともおかしなことではなかった。

「ですから、我々はサキノーフ様を呼び出した過去の偉大な歴史に習おうと、陛下を呼び出すことに決めたのです」

「なるほど」

 そこは納得できる。

 でもなぁ・・・王様って具体的に何をすればいいんだ? まったく想像できないぞ。

「じゃあ次に、この国ってどういう感じなのかな? 国がいっぱいあって互いに争っているとか?」

「まず、この国は海によって異国から隔絶されております。かつては交流もあったようですが、今は途絶えて久しいのです。ですから異国のことはくわしく分かりませんし、また特に知る必要もないのではぶきますね」

「うん」

「この国は大きく分けて二つに分かれます。南北に背骨のようにそそり立つのがしゅりゅう山脈。その中央には、大河が穿うがった渓谷を塞ぐように関所が設けられております。その関の周りはつづみの形をしており、人呼んでかんと言います。そこを境に気候や風土も違うので西をかん西せい、東をかんとうといいます」

「僕が今いるのはどっちなの?」

「ここは関東になります。さらに関東は大きく分けてよっつ。ここ王都のある地域を中原、または畿内と言います。中原より大河を北に渡れば河北、東に渡れば河東になります」

「・・・? その大河は北にも東にもいけるほど広いの?」

 瀬戸内海みたいなものだろうか。

「いえ、大河はこう曲がっているのです」

 セルノアは机の上で指を滑らせ、L字の形を指し示した。

「なるほど」

「関西は女王の治める地で我々とは関係ありません。また河東はオーギューガ家とカヒ家が長い間戦い続けており、交通が絶たれ群雄の割拠する蛮勇の地と化しております。河北はもっと酷く、巨大に膨れ上がった盗賊団が野にあふれ、自衛するために豪族も私兵を増やしては相戦い、朝廷の威光はまったく届かないがいの地となり果てております」


「また、中原を南に下れば、そこもまた気候、風土、風俗が異なる地であり、南部または南郡と呼ばれております。南部は昔は朝廷に抗して大きな争いなどもございましたが、今現在は落ち着いてます。かろうじて王朝の威光が通様するといったところですか」

「・・・ということは・・・この国は広いけれども、王の支配下にある土地が狭いってことかな?」

「・・・はぁ・・・ありていに申せばそうなりますね」

 もうしわけなさそうに肩を落としてセルノアは言った。自分の責任でもないだろうに。

 まぁいいだろう。最初は皆小さい勢力からだ。少なくとも僕がやった戦国時代を扱ったシミュレーションゲームだとそうだ。ちなみに僕は三回やって三回とも敵にやられてゲームオーバーだった。四回目はもうやる気もおきなかったな。

 ・・・こんな僕だけど王様なんて大丈夫なのかな・・・

「でさ、王様って具体的に何やるの? 僕みたいな素人でもできるかな?」

 王様の玄人プロってのも聞いたことはないけど。

「もっともなご質問ですね」

 セルノアは有斗が王になることに興味を示したのが嬉しいらしく、頬を上気させ説明を始めた。

「当然細かい手続きや作法は私たちがお教えします。陛下に望んでいますのは何よりもかたよりのない政治です」

「政治・・・?」

 政治って、そりゃあ文字としては知ってるけど、実際問題何をすることを政治って言うんだろう?

「陛下はこの世界のお人ではありません。したがってあらゆる利害関係の外におられます。その公平な目で、朝廷の上に立ち、公平な目で臣下から上げられる上奏文に対して判断してもらいたいのです。細かい実務や煩雑はんざつな手続きなどは、わたくしたち家臣に任せてしまえば結構ですので」

 なるほど・・・確かに僕はこの世界のことをまるっきり知らない。だからこそ誰かの利益を考えて行動する必要はないもんな。

 日本の政治なんか支持母体に配慮しまくって変なことになってる。

 ・・・と親父がぶつくさ文句を言っていた。

「それくらいなら、できる気はするな・・・」

「そうです! 召喚の儀で呼ばれた陛下ならきっと簡単なはずです!」

 有斗にはわからないが、召喚の儀で呼ばれるってことは、どうやらこの世界では大変なことにあたるようだった。

 あまりハードルを上げられても困ると有斗は思った。飛ぶのは有斗なのである。上げすぎると失敗したときにとんでもない目に合いかねない。

 そう思ったけれども、

「それに、私をはじめ後宮の者も、朝廷の高官たちも何かあれば支えますので、きっとできますよ!」と、セルノアに笑いかけられると嫌ともいえない。

 根拠のない後押しだったが、有斗はそれくらいならできるんじゃないかななどと気楽に思い始めていた。

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