1.軟弱王子

一介の部隊長から一国の王となった初代ジークフリードの子孫が全て勇猛果敢な賢王であるとは限らない。

それをよく体現するのが既に初代の偉業が伝説と語られる頃に生まれた王子……8代目のジークフリードである。


彼は軟弱だった。

ただし体ではなく心が。


彼を幼名で呼んでいた頃から剣を教えている師は「勿体ない」と禿げ上がった頭を撫でながら静かに嘆き。

宮廷占い師は王子の星を読み「歴代王の心の弱い部分を全て抱えて生まれた」と溜め息混じりに語る。

しかし今は亡き先代ジークフリードが戴冠した頃から仕えている執事長は「お優しい方です」と丸眼鏡越しの瞳からじわりと溢れる涙を拭き。

お抱えの庭師は「第二王子が居なければ変わっていたかもしれん」と、王子が好きだというマーガレットの花壇を整えていた。


城に仕える人々の殆どは分かっていた。

王子の気質は人を優先するがあまり過敏になるほど優しくて、先代ジークフリードと弟である第二王子に対して勇猛ではない自分を対比して苦しんでいる事に。

ただ、先代を盲信していると言っても過言ではない大臣と、一つ違いの第二王子だけはそんな王子の心情が分かりかねると言った様子であり、先代が亡くなる三年前に王妃である母を失ってからは、肉親であろうとも傷付く事を恐れた王子は日がな自室か大図書館へと息を潜めるように過ごしており、先代が没してからは、ますます自室から出ないようになってしまっていた。

彼は二親を失った悲しみにより、いく日も己の枕を涙で濡らし、その嗚咽は周りの廊下にまで響いていたという。


そんな王子を誰かが軟弱王子と陰で呼び始めたのは戴冠式を目前とした頃であっただろうか。

今やその呼び名はどこから漏れだしたのか城下町全体に広がっており、家臣にそう呼ばれる次代の『竜殺し』に対しての不信感がじわじわと広がり始めていた。

勿論城下町の人間でも、王子に触れ合った事のある者はその触れ合ったら壊れてしまいそうな優しさを知るので彼を軟弱王子とは呼ばなかったが、繊細なガラス細工のようなその心で国をまとめ上げる事が出来るのかという不安はあった。

城の人間は繊細な王子を気遣って、城下の不信や不安の言葉をその耳に入れないように気を配った。

しかし、王子はどこで知ったのかその噂を全て知り尽くしており、家臣の気遣いも察していた。

そして、感謝した。

自分には勿体無い家臣を持ったと。

こんな自分を愛してくれる。

その事実が王子を静かに動かしていた。


戴冠式前夜。

日が登れば竜殺しの名を継ぐ筈の王子は一筆の手紙を残して忽然と姿を消してしまった。

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龍のちぐら 蒼鬼 @eyesloveyou6

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