第27話 百合

百合SFの短編集を読んでいるが、百合というのは日本独特の表現ではないと思うようになった。


百合とは、女性間の関係性を扱ったものとあり、定義は曖昧だ。この定義に当てはめると伊藤計劃のハーモニーですらその範疇に含まれるという。


海外のレズビアン短編集というのを以前読んだが、シビアな現実(今ほど同性愛に寛容でなかった時代)を反映している点を除いて内容的に百合とさほど違いはないように感じた。


それでも海外に百合に該当するジャンルは見当たらない。どこに区分があるのか。


日本の場合、どこかファンタジー寄りというか、お姉様と後輩とか、非現実的な設定が多い。読者は男性が多いのではないか。コミック百合姫なんて甘ったるくて読んでられない。中には普遍的な愛を説くものもあり、現実から完全に遊離しているわけではないのが厄介だ。私が読んだ海外小説の多くは実際にレズビアンだった作家たちが書いたものだ。当事者と部外者では当然乖離が生じる。その乖離がねじれにねじれ、今に至るのだと思う。


日本人はふわっとした言葉が好きだ。パパ活、上級国民、知らぬ間に浸透しているが、実態は謎のままというのがほんねではないか。


謎は謎のまま残しておくのも粋ではある。百合はそれでもいいのかもしれない。


しかし、ある日気づいたら何もかもわからなくなったらどうするか。陸の上で浦島太郎になったら笑うに笑えない。

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