第19話 エッセイの役割とは

時々、思いつきをこうしてエッセイとして発表しているのだが、特に意味はないと思う。


自分の考えや感情は変化するし、過去の自分を誇ることもしない。むしろ恥ずかしいことだらけで構成されており、読み返すのが苦痛だったりする。


つまり、エッセイと恥は切っても切り離せないのかもしれない。


恥はできるだけかきたくないので、エッセイの書き方みたいな本を読んでいる。


私はこういうハウツー本が苦手だ。小説のハウツー本なんか役に立った試しがない。飯の種をわざわざ開陳する馬鹿もおるまい。同じ意味で、自己啓発本も意味がなさそうだ。


すぐに役に立つという言葉を警戒する。すぐに役立つものはすぐに陳腐化するのだ。


現代将棋のスピードはとても速くて豊島名人が何やってるのか正直わからない。ミスが少ないというのは以前からだと思うが、AIを取り入れ、どうしてその形なのかもはや素人では理解できない境地にいたりつつある。とんでもなく強いのは確かだ。


現在進行形で変化している部分で切り捨てられる部分は無駄ではない。細胞と同じく新陳代謝だと思えばスッキリする。


私のエッセイもそんな風にありたいと思う。





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