いつかどこか。
いつかどこか。
軽い頭痛とともに覚醒した僕はベッドの上に横たわっていた。
頭が重い、頭痛の所為とも思ったが物理的に重い、そう気付いた。
そう、僕の頭にはドラえもんで出てくるようなヘンテコなヘッドセットが被されていて、かなりの重量を誇っていた。
さっきまでの事を思い出してみる。
酷い、とても酷い夢を観ていた気がする。
僕が塔を登っていて。
どうだったんだっけ、とにかく酷い夢だった。
ヘッドセットを乱暴に外して体を起こす。
ここは、どこだ。
ただのベッドだと思っていたこれは不気味にピンクの蛍光色で薄くライトアップされている棺桶型で僕はそこに横たわっていたのだ。さらにヘッドセットを被ってだ。
僕の服装はいつも通りの私服だった。
ここにはどうやってきた...?
直ぐにそんな疑問が湧いた。
僕はしがない学生だ、なぜこんな、なんと表現しよう、こんな場所に。
周りを見渡すと蓋が閉じきった棺桶がたくさん並んでいた。
なんでこんな、墓地のような場所に。
焦りで顔から汗が滴る。
ポタリと落ちる。
ここに来るまでの事を思い出してみることにしよう。
1月6日。
正月気分が抜けきらない中、僕は驚いていた。
1月だというのに全国的に夏日と発表がなされ、酷い暑さに街は包まれていた。
この時期といえば、通常放送を塗り替えて特別番組を放映するのだがそれをさらにこの異常な陽気に対しての特別番組で塗り替えられていた。
偉い学者は語る。
「こんなことありえません、私たちの常識が通じないのです。この場に呼んでもらったのはありがたいですが、私から言える事はなにもありません」
偉いのかどうなのかあやふやになるくらいの台詞を彼は口に出していた。
この日から世界中が不安で渦巻き始めた。
4月12日。
世界は変わっていた。
あの1月6日の異常な陽気からだんだんとおかしくなっていた。
あの日と同じく世界全体が暑くなったり、逆に寒くなったり、天変地異だ。
気候だけではない、人もおかしくなっていった。
某国の大統領は全世界へのメッセージとして現在の天変地異についての見解を示す演説中に、突然懐に忍ばせていた拳銃を自分の喉元に突きつけ引き金を引いた。
その時は全世界同時生放送をしていて、ドロドロと流れる血はほとんどの人の目に映っただろう。
絶望ではないが、何かよくわからない恐ろしいものがこの世界を覆っているという事実が皆の中で出来上がっていた。
ドゥームズデー・カルトが僕らの周りでざわめき始めて、よくわからない呪文を唱えるおかしな人たちが御伽噺の世界から飛び出してきて直ぐ側で踊っていた。
僕は日常の変貌に肯定も否定もせず、このなんとも言えない非日常を灰色の眼で俯瞰して観ていた。
人はそれを現実逃避と言う。
8月14日。
いよいよ『おかしい』が、『争い』へと変わった。
喉元を赤く染めた大統領の代行として臨時でその任に就いた大統領代行も、前は喉元だったから次はこっちの方が面白いだろうと言わんばかりにこめかみに銃弾を撃ち込んだ。
これは前回と比べて比較的おとなしめの自殺で、生放送中にそれを実行した訳ではない。
自室で静かに決行したのだ。
なぜ、僕が知っているかって?それは後にネットにその動画が流出したからだ。
これを機に某国は力を弱める。
トップの自殺だけじゃない。某国内でのドゥームズデー・カルトの運動が過熱し様々な問題に発展していったからだ。
弱まるという事は狩られるわけで、いろいろな国が言いよったり、ナイフをチラつかせたり、そこから火種が生まれ、争いへと傾いた。
ここまで来ると海の向こう側で起こっている争いに影響して島国に住む僕らは3つに分かれた。
1つはドゥームズデーが来るのを信じてやまない人たち。こいつらはこの島国の大半を占めると言ってもいいだろう。
2つ、諦めた人たち。こいつらは全てを諦めてなにが起こっても喜びも悲しみもしない、そんな人たち。
3つ、僕はこれに当たる。まだ何かこの『終わり』を止める事が出来るのではないかと、諦めない人たち。
この3つだ。
他にも分類しようと思えばいくらでも出来るが、とても大きな区分で分ければこんなところだろう。
ともかく、この3つの人種がこの島国でひしめき合っていたのだ。
11月10日。
「今こそヒトは1つになるのです、この重大な事実を受け入れて棺という箱舟に入り、次代に向けて手を取り合うのです」
この日、突然に世界政府を語る機関が生まれて僕らを救うと宣言した。
そして、この『終わり』の原因は僕たち、ヒトというモノの始まりに起因しているからだと。
僕たちヒトはただの肉体だけの人形で、この地球という星の気候を制御する超高性能コンピュータの演算結果の絞りかすがその人形に宿り、宿ったそれを我々は意識と呼んでいるのだと世界政府の代表は語った。
僕はその演説をテレビで観ていた。街では大型ビジョンで流れているようだ。電波ジャックに近い形で放送は始まっていた。
代表は続ける。
そして何故、『終わり』が起こっているのか、それは我々の意識を生成しているコンピュータが人口の増加に耐えられなくなり処理が追いつかないために、気候は狂い人々さえも歯車がかち合わなくなっているのだと。
「終末信仰めっ!」「狂ってる!」「私たちを騙そうとしているのだわ!」「妄言はもうたくさんだ!」たくさんの人がその言葉を否定した。テレビに向かってのぼやき、ネット上での書き込み、デモ。様々な形で人々はアクション。
すると代表は「ならば、少々手荒ですが試してみましょう」と言い、画面が切り替わる。
代表の声はナレーションとして残っている。
「ここは某所の地下奥深くにある空間です、ここには例のコンピュータがある。処理が追いつかないとはいえ、ここにコマンドを入力し実行すれば、それが反映される、まぁ処理が追いつかないので少し時間はかかりますが」
とても早い展開に人々は食い入る様に観ているのではないのかと、僕は思った。少なくとも僕は興味深く、食い入る様にそれを観ていた。
「では、先ほども言いましたが少し手荒かもしれませんがあなた方に、ヒトに事実を受け入れていただく為に地震を起こしてみましょう、もちろんヒトに被害が及ばぬ地域で」
カタカタというキーボードの打鍵音をマイクが拾っていた。
そして、エンターキー。
5時間後、誰も居ない海のど真ん中で大規模な地震が起きた。
いつかどこか。
これまでの事を思い出していた僕は最後の記憶を思い出す。
結局のところ、世界は救われたかったのだ、
彼が言っていた「今こそヒトは1つになるのです」というのは、処理が追いつかないコンピュータの処理をヒトの脳を使って補完することで、処理を追いつかせる。
そしてごく僅かの将来が有望な子供達が残された。
僕が背を預けていたこの棺型のベッド、これはそのシステムを実現する機械だ。
みんなは1つになって思考を、考えを1つにして、全てを受け入れ、脳を世界の処理に捧げたのだ。
もちろん、最初はそんな非人道的な事を受け入れるヒトなんていなかった。もちろん僕もそうだったが、代表の語る言葉はヒトの心を揺れ動かした。
そして、あの電波ジャックから5年後、人々は受け入れ始めた。
それが、これまでの記憶。
しかし、何故僕は目を覚ました?
最新のコールドスリープ技術を使って脳だけを生かしながら冬眠状態にあった僕は何故、目を覚ました?
いまはいつだ。ここはどこだ。
周りの棺は開かない。
家族も、友達も、好きだったあの子も。
みんなは寝ている。
世界は静寂の処理を続けている。
静寂の処理を続けている事に今、とても僕は恐怖している。
僕以外のほとんどのヒトが人々が、こうなっているだなんて。
棺が詰め込まれているこの部屋は外側からロックされている。
僕はどうする事もできない。
逆に棺は退避地だったのだ、実際この部屋自体が棺だ。
それからすこし。
コールドスリープから解放された僕の体は飢えに苦しんでいた。
涙が溢れている。
どの棺も開かない。ビクともしない。
『終わり』が始まってから始めて僕は絶望した。真っ黒に。
あの時は代表の言葉に躍らされて高揚感に満ち溢れていた人類だが、僕だが、苦しみしか頭にない。
もう、自分の体が持たないのはわかっていた。
何日経ったか、今がコールドスリープを開始してから幾つの時が過ぎたかもわからない、100年?1000年?
最後に思う事は怨み。
ごく僅かの子供達が地上に残った。
彼ら彼女らの事を怨む。
獣の声を上げながら、僕の体から力が抜けて。
僕は、いや、僕の意識の処理は終わりを迎えた。
乱雑者たち。 とりをとこ @toriwotoko
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