息抜き短編集

夜坂莢

1.僕の私のMMO

「お前今回さすがに床舐めすぎだろww」


クエストが終わってすぐ、パーティメンバーのChromeがこんなウィスパーを送ってきた。

「いやーごめん…転職したばっかりだから許して…」

そう、わたしは今回、魔道士から騎士になって初めてのパーティ戦だったのだ。それは彼も知る所。メンバーに迷惑をかけてしまったのは事実だけど、恐らく本気で怒ってはいないはず……。

「許してほしければ、その自慢のオーディンヘルム+13を渡すんだなww」

うん、よし。この軽口の感じなら大丈夫そうだ。ちょっと安心した。

+13の防具なんて、運が悪ければ100万円を積んでも出来上がらない代物なのだから、冗談に決まっているのだ。

「あ~~兜まで奪われちゃあ床が美味くて一生止めらんねえよ」

「冗談だってwwPSないのに紙装甲とか、もはやただの地雷だしwww」

……いつも通り、憎たらしい奴め……。まぁこれが楽しいんだけどさ。


わたしは普段、昼間は働いて、夜にはオンラインゲームをする毎日を送っている。

何を隠そう、わたしの夫も同じパーティに居て、金髪長身の美女を操り、メンバーを回復したり強化したりと忙しく動き回っている。

”女性アバターでヒーラー職”ともなれば、振る舞い次第では姫扱いされることも多いのではないかと思うのだが、Chromeの口調ではそんな事は起こりえないようだった。

そしてわたしの方は、逆に男性アバターでプレイしている。

ギルド内では「異様に女性受けの良さそうなイケメン」と評されてはいるものの、リアル性別については深く追求されたことはなく、ボロの出にくい丁寧語のせいもあってか、普通に男性として過ごせている。

いつもと違う自分を演じられることは、モンスターを狩るのと同じかそれ以上に刺激的だった。


狩りが一段落したので、わたしと夫は同時にゲームからログアウトし、夕食を摂ることにした。

その日の出来事、仕事のこと、ゲームの攻略法、パーティメンバーの噂……などを取り留めもなく喋りながら、クリームシチューを平らげる。

2人とも朝が早いため、雑談もそこそこに、午後11時には各々の部屋で就寝。

そして朝起きて、向い合ってトーストをかじり、出社する……。

何の変哲もない、近すぎず遠すぎない、普通な距離感の夫婦生活。

これがわたしにとっては、幸せでたまらないのだった。

好きな人と結婚できるなんて自分には奇跡のように思えたし、朝起きても一人じゃないし、仕事から帰ってきても彼が居てくれる。

この生活が、永遠に、いつまでも続いてほしい。


そう思いながらベッドに寝そべり、そしてわたしはヘッドギアを外し、机の上に置いた。

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