台風の朝、吹けば飛んでくヒエラルキー。




翌朝。



台風、直撃。



まあ季節がら旬ではない所為か(台風に旬もへちまもあって堪るものか、とも思うが)、そこまで大型ではなく、ひとまず屋根の心配だけは免れそうだった。


それでも朝から横殴りの雨が雨戸に叩きつけられ、私はその音でいつもより一時間も早く目が覚めた。


下へ降りて行くと、そうか、自分も高校時代はこんなんだったなア――と思わせる勢いで、モモがサンドイッチを頬張りながらドタバタと朝の支度をしていた。


耳を澄ませば、台所からトントンという朝の声。


どうやら黒江さんも早めの朝ご飯の準備に取り掛かっているらしい。


割烹着を着て味噌汁を作る黒江さん、まさに日本の旧き良きおふくろの姿。味噌のCMのオファーが来てもよいくらい。


私は廊下で無作法にも大きく開きっぱなしになったスーツケースを見ながら、忌々し気に言う。


「おはよう――にしても、とんだ『お泊りセット』だな、これは。今時の女子高生というのは、どこへもかしこへもこんな大荷物を持ってウロウロするものなのか?」


溢れ出さんばかりの化粧水、化粧道具、恐らくは髪に当てるであろうコテ。富山の薬売りだってもう少し訳の判る物ばかり持ち歩いている。


いやはや、最近の女子高生というのは面妖な――そんなことを思っていると、モモが短く「ジャマ」と言い放ち、私は隅っこへ追いやられる。


俺、一応この家の主なんだがな――


やるせない気分で、居場所を求めて台所へ入ると、黒江さんがせっせと弁当箱に卵焼きを詰めている最中だった。


「おはよう――なんだこれは、今日はピクニックか?」


黒江さんは脇目も振らずに、結い上げた髪をこっちに向けたまま答える。


「おはようございます。いえ、違いますよ。これはモモちゃんのお昼です。折角私が料理番をしているのだから、購買の焼きそばパンよりはまともなものを食べさせてあげたいと願う、ささやかな親心ですよ」


「ふうん」


気のない返事をして、冷蔵庫からオレンジジュースのボトルを掴みだす私。一人でいたころの悪癖で、如何に大きな入れ物であろうと、それが自分専用である限り、直接口を付けて飲んでしまう。


寝起きの乾いた喉に、柑橘類の酸味が染み渡る。「プハァ」と銀蔵爺さんもかくやという盛大な爺臭い声を上げると、腹が空いていることに気が付いた。


「黒江さん、朝ご飯は?」


「まだですよ」


即答。


「へ?」


「ですから、まだですって。いつもならまだお目覚めになっていない時間じゃないですか。モモちゃんを出したら、私たちの朝ご飯に取り掛かりますので、もう暫くお待ちを」


「え、でも、モモがサンドイッチを――」


「あれはモモちゃんのですよ」


そう振り返った黒江さんは、口調も表情も穏やかそうだが、そこはかとなくピシャリと窘める叱責の響きがあった。


「朝はドタバタとして、満足にご飯を食べる時間がないと言うので、間に合わせのサンドイッチを作ってあげたんです。先生は、『朝からパンなんてパサパサしてて食えたものか』って仰ったじゃありませんか。和食の朝ご飯は相応の手間暇が掛かるんですよ――お願いですから、どっかで大人しく待っていてください」


「ハイ……」


そう言われてズコズコと退散する私。



アレ、おっかしいなあ。俺、主の筈なんだがなあ。



同じ屋根の下に女性と暮らすという、絶対的なヒエラルキーの現実を目の当たりにして、私はまた一つ結婚への不信感を強めていったのである。





ごめんなさい、母上殿――やっぱ俺、結婚無理だわ。



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