第5話 ユーレカ





 偶数番街、そう言っていた餓鬼先輩の言葉を頼りに小休止を終えた僕は自転車に跨り二番街をあとにした。

 まっすぐな道に差し込むように通っている斜めの道は偶数番外にいることを考えれば奇数番街への入口だ。僕はそれらを無視して自転車を漕ぎ続ける。

 二番街以外の四番街、六番街へ続く直角に繋がっている道を横目で探す。

 「おい、どうしたんだそんなに急いで。」

 明らかに僕に掛けられた声に急ブレーキを掛けた。すっかり油の抜けたブレーキ機構はヒステリックな金切り声をあげる。

 「四条ヶ崎先輩。」

 日も落ちかけた夕暮れ、四番街を通り越して六番街へ至る道の手前で四条ヶ崎先輩は発見された。思わず目頭が熱くなる。

 「目がうるうるで気持ち悪いぞ。」

 四条ヶ崎先輩は煙草を挟んだ手をこちらに向けて振り嫌悪感を表す。この大げさな感じは昔からの癖だった。

 「ずっと探していたんですよ。今日一日中ずっと。」

 「なにを言ってんだ。俺だってかなり待ってたんだぜ、ここで。見ろよ今日買った煙草がもうこんだけだ。」

 そういうともう二、三本しか残っていないソフトパックの口をこちらに見せた。

 「なんだその変な顔は。お前が俺に電話してきたんだぞ、六番街交差点が一番近いだろうからそこで待ってろって。今日の昼頃に。」

 全然記憶がなかった。昼といえば僕が奇数番街を駆け抜けているか……。そうか、そこの記憶までも餓鬼先輩に食べられてしまったようだ。まったくはた迷惑な人だ。しかしここで一から説明するのも、その上に餓鬼先輩に責任があるというのもなんだか信じてもらえなさそうなので、僕はそのことには閉口し、平謝りすることにした。

 「いやあ、すみません。」

 「すみませんってなあ。まあいいや。なんか届け物があんだろ?確か、百目鬼先輩からだよな。」

 「この3Dってそこからなんですか……。」

 「いや、お前が……、まあいいや。そんで、どれがそうなんだ?」

 僕は頭に疑問符が浮かぶのを必死に抑えながら鞄から本を取り出した。

 「なんだよ、一日探したって。キチンと住所書いてあんじゃねえか、酔っ払ってんのかよ。」

 四条ヶ崎先輩の手に渡ったその小包の裏面にはしっかりと住所が書いてあった。

 「あれ、あれ?おかしいな。お酒を飲んだ覚えはないんですけど、脳内麻薬が出過ぎてたんですかね。今日暑いですし。」

 「相変わらず変な奴。」

 含んだ笑と共に四条ヶ崎先輩が肩を組んでくる。

 「すげえ待たされたのはムカつくけど、許してやるよ。お前が奢ってくれたらな。」

 意地悪な笑みを纏った横顔に灯り始めた街灯が反射する。

 気付けばすっかり日は傾き、足はいつも僕らが利用している大衆酒場『百目』に向いていた。




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傾木さんは古書店に住んでいる。 @tokyokabi

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