ショートショート18「石を積む」
近所の河原には、石積みおじさんが現れる。毎朝決まった時間におじさんは現れて、河原の石をひたすら積み上げる。何のために積み上げているのかは分からない。変な人なんだろうけど、特に悪いことをしているわけじゃない。それを近所のみんなは知っているので、誰一人として警察に通報しようとはしない。
「ねぇ、おじさん」
ある日、ほんの気まぐれでおじさんに話しかけてみた。コーキシン、というやつかもしれない。
するとおじさんは、作業を止めて僕を見た。ニコリともしない、無愛想な表情だった。
「なんだ」
低い声でおじさんはそう言った。僕は続けて、
「なんでおじさんは、いつもここで石を積み上げてるの?」
と尋ねた。するとおじさんは、
「それはな、石を積むことがおじさんにとっての人生だからさ」
淡々と答えた。
「こうやって河原で石を積み上げるっていうのは、一見すれば何の意味もない作業だ。いい歳したおじさんが朝っぱらからやるようなことじゃない。だが、おじさんは止めようとは思わない。石を一つ一つ積み上げることは人生そのものだ。不揃いな石の上に石を積み上げるには相応の慎重さと集中力が要求される。生半可な気持ちでは到底できやしない。はたから見れば珍妙な作業だけど、それをやり遂げるには想像以上の真剣さが必要なんだ。それに気づいた時には、おじさんは河原の石を手に取って積み上げていたよ」
おじさんは自慢げに語っていた。しかし、僕にはおじさんの言っていることがよく分からなかった。さっきのは難しい話だったのかもしれない。僕もおじさんぐらいの歳になったら、分かるようになるのかな。
「そっか」
よく分からなかったけど、とりあえず僕はそう口にした。おじさんはしばらく僕を見つめてから、
「まぁ、いつか君にも分かるさ」
そう言って、再び石積みを始めた。
僕がおじさんと話をしてからしばらくして。河原におじさんが現れなくなった。いつから来なくなったのかは分からない。誰が最初に気がついたのかも分からない。ただ、いつのまにかおじさんは現れなくなっていた。
近所の人は誰もおじさんのことを惜しみはしなかった。たった一度だけ話をした僕以外に、おじさんと会話を交わした人はいなかったからだ。
それからさらに時間が過ぎて。おじさんのことを話題に出す人はいなくなった。まるで初めからおじさんなんていなかったかのように、みんなはそれぞれの生活に従事していた。
みんなが気にしなくなってからも、僕はおじさんのことを時折思い出していた。今頃おじさんはどうしているのか。別の河原で相変わらず石を積み上げているのだろうか。それでも、僕もまたみんなと同じように、自分の生活を過ごしていった。そうするうちに、僕もおじさんのことを次第に忘れていった。
僕は死んだ。車に轢かれた。一瞬の出来事だった。その数秒にも満たない時間で、僕は死んでしまった。
死んだ僕はあの世へ行った。自分の意思とは関係なく、目に見えない何かに導かれるようだった。
そして辿り着いた先は、どこまでも続く広い河原だった。そこでは僕と比較的歳の近い子どもがたくさん集まっていた。その子どもたちを仕切っていたのは、人間の大人よりも背の高い鬼だった。
その鬼が言うには、ここは「サイノカワラ」という場所で、ここには親よりも先に死んでしまった子どもが連れてこられるらしい。そこで子どもは、河原に落ちている石を拾って、ただひたすらに積み上げないといけない。
鬼に命令されて、僕は他の子どもたちと同様に石積みを始めた。石を積み上げるのは思いのほか難しかった。石の表面がどれもボコボコとしていて、上手く積み重ねることができない。ようやく三段、四段と積み上げられたと思ったら、鬼がやってきて石の塔を壊してしまう。それでまた始めからやり直さないといけない。
そんな作業が延々と続いた。とても辛かった。一体何のためにこんなことをやらないといけないのか。まるで意味が分からなかった。
と、そこで唐突に思い出した。こんな訳の分からない作業を自ら進んで行っていた人のことを。そして僕は、あの時おじさんが言っていたことの意味を理解した。
フラグメンツ 杜乃日熊 @mori_kuma
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