第89話 監視
「それについては複雑ですね。私は何度か彼女に状況を説明しましたが、彼女はある程度までは受け入れました。ですが、彼女は私が絶対人権委員会に奴隷のように扱われていると、勝手に判断しているようです。おそらく絶対人権委員会は光にとっては悪役でなくてはならないので、こうした非合理的な解釈をしているのでしょう。こういうときに、私は彼女がわからなくなります」
だろうな、と等は思った。
やはり人工知性体と人間の間には、大きな溝があるのだ。
だから人工知性体はその気になれば人間なしでも国家を運営できるにもかかわらず、人間を絶対人権委員会のような組織にいまだに加入させている。
「しつこいのは承知ですが、もう一度、問います。あなたは絶対人権委員会に入るつもりはありませんか」
「悪いが、無理だ」
等はひどい疲労を覚えた。
「俺にとっては、絶対人権委員会はやっぱり敵なんだ。それに、あんたら人工知性体が牛耳ってるのもおかしいと思う。こんな体制はいつか崩壊する。いや、俺が……俺たちが崩壊させる」
「崩壊はそのまま人類文明の終焉と、人類の絶滅を意味しますが」
「それはあんたらの思い込みだ。人間は、そこまで馬鹿じゃない」
「なるほど、あなたの意見はわかりました。しかし、もしその気になれば、いつでも私を呼んで下さい。私はいつもあなたのことを見守っています」
監視の間違いじゃないか、と嫌味を言おうとも思ったが、あっけなく弥生は画面から姿を消した。
自分の判断は間違っていない、と思う。
しばらく呆然としていると、やがて光や葦原たちが目を醒ました。
偶然ではなく、おそらく自律機を使ったなんらかの手段で弥生が覚醒させたのだろう。
「くそっ……なんだか、急に眠くなったと思ったら……」
葦原は目を瞬かせたが、ふいに鋭い目で等を見た。
「おい、平。お前も寝ていたのか?」
「いや、俺は……」
そこで等は失言に気づいた。
「待て。まさか、お前だけ寝ていなかったのか? さっきの明らかにおかしいぞ。たぶん、あの弥生とかいう電脳の仕業だろ。その間にお前……あいつと話をしていたんじゃあないか?」
さすがに葦原は鋭い。
「えっと……その……」
ここで下手な嘘をついても、後々、面倒なことになるのはわかりきっている。
思い切って、等は真実を述べた。
いつのまにか光が仏頂面を浮かべてこちらを凝視している。
「おい……ふざけるなよ、お前」
葦原の目に凶暴な輝きが宿った。
「それで、お前、絶対人権委員会に入るつもりじゃあないだろうな」
「まさか、ちゃんと断りましたよ」
だが葦原はもともと猜疑心が強い性格だ。
どう見ても納得したようには思えなかった。
「まあ、とりあえずはそういうことにしといてやるが。仲間が電脳に誘惑されて、絶対人権委員会に魂を売り渡したとは考えたくねえからな」
やはり、疑念を抱いている。
「ちょっと、葦原さんっ」
今度は光が鋭い声を放った。
「弥生はただの電脳と違う、立派な人工知性体よ。いってみれば、弥生も被害者よ。むちゃくちゃな絶対人権委員会のクズどもに利用されているんだから」
さきほど弥生が言った通りだ。
「利用してるのはどっちかな? 電脳のほうがC国人どもを操ってるんじゃないか?」
「あんまり失礼なことを言うと……ここから、出て行ってもらってもいいんだけど」
光が本気だと、すぐに葦原は悟ったようだ。
「ああ、さすがに言い過ぎたか。悪かったな。光、あんたにとっちゃあの弥生は大事な存在なんだよな」
「わかればいいのよ」
このあたり葦原は切り替えが早く、光も案外、単純である。
「そんなことより、昔の地下鉄の線路がこのあたりにあるって話だが……」
葦原の言葉に光がうなずいた。
「そう。それよ。逃走路としては使えると思わない? とにかく、地上にいると二人とも目立つ。だから、文字通り、地下に潜れば当分は……」
いきなり、派手に硝子の割れる音が聞こえてきた。
「なに……?」
光の顔色が変わった。
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