第88話 絶望

 仮想画面のなかで弥生は心底、哀しげな顔をした。

 しょせん、こんなものは人工的に生み出されだ映像にすぎないと理屈ではわかっていても、罪悪感めいたものを感じる。

「残念ながら、何度も申し上げた通り、現在の人類では種の生存は望めません。我々は幾度も我々がかかわらない状況で人類がどうなるか模擬計算を行いましたが、二千万回以上試行しても、今後五十年以内に人類は絶滅するとの結果がでました。確率は百パーセントです」

 百パーセント、という数字が等を打ちのめした。

「それは、計算の方法が間違っているんだ。人間はそんなに馬鹿じゃない……」

 ふと疑問を覚えた。

 本当にそうだろうか。

 魍魎となったときに襲いかかってきた「ごく普通の市民たち」のことを思い出す。

 人間は高度な社会性を持っているが、結局は動物なのだ。

 自分の欲求を満たし、生存をはかるのが生物の基本原則である。

 そしてすでに人類は、自分たちを滅ぼすのに充分なほどに科学技術を発達させてしまったのだ。

 その結果が、こうして人工知性体に「保護」されながらなんとか餓死を免れつつ生きているという現状である。

 深い絶望がやってきた。

 絶対人権委員会を敵視していられた頃は、ある意味では幸せだった。

 敵は明確で、恐ろしい権力を持っているが、彼らのやりかたは間違っているという信念を保てていた。

 しかし現実は、さらに残酷だったのだ。

 人類の限界を思い知らされ、人工知性体に諭されている始末である。

 だが、やはり人間として生まれた以上、人間を信じたい。

「結局、人工知性体は人につくられたものだ。それが人間を管理するなんて、おかしい」

「ですから、我々も望んでこのような社会をつくったわけではないのです。ただ、なるべく多くの人間を生かしていこうとすると、こうなってしまった。あなたを国家絶対人権委員に推薦しようとしているのも、現状をさらに良い方向に変えられればと……

「でも、人間の裏側であんたたちが全部仕切っているということには変わりがないんだろう?」

「それは確かに」

 弥生はうなずいた。

「すべてを人間にまかせるのは危険なのです。人間は憎悪や敵意、権力欲といったものにとらわれ、冷静な政治判断ができなくなります。しかし、私たちだけでは人間的な政策がうまく思いつけない。だから、我々と人間が力をあわせてなんとかしようと……」

 悪意はまったく感じられない。

 おそらく弥生の言っていることはすべて真実なのだろう。

 だからこそ、等にはそれが許せないのだ。

 人間が不完全な存在だとは知っている。

 それでも人を信じたいという思いが、どこかに残っているのだ。

「駄目だ。受け入れられない。あんたが人間の保護を本気で望んでいるのは理解できた。でも、俺には……」

「残念です」

 小さな声で弥生が言った。

「私にも『消滅派』の気持ちが理解できるような気がしました」

「消滅派?」

 初めて聞く言葉だ。

「私たち人工知性体は、人類に奉仕するためにつくられました。しかし、あまりに人間が愚行を繰り返すために、自らの存在意義に疑問を持つ者が現れたのです」

「待ってくれ。あんたらは、電脳だろう」

 まるで人間のような反応ではないか。

「私たちは電脳です。ですが、我々にも感情とまではいきませんが、それに近いものは存在するのです。人間風にいえば、人間に絶望した、とでもいえばいいのでしょうか。そうした人工知性体は、自らの消滅を望んでいます」

「消滅……自殺みたいなものか?」

「似たようなものですね。ですが、私たちは人間に奉仕するために造られたので、自らを消滅させることは不可能です。消滅を望みながらも、『消滅派』は日々、人類を保護するために思考を続けています」

 ぞっとした。

 電脳にすぎない人工知性体すら絶望させるほどに、人間は救いがたいというのだろうか。

「なあ……さっきから気になっていたんだが……」

 ちらりと寝入っている光を見た。

「光は、あんたが絶対人権委員会に協力していることをどう思っているんだ?」

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