第84話 提案
「そりゃ下のほうはそうかもしれないが、国家絶対人権委員会は……」
『そちらも同じことです。C国系が多いのは、単純に人口比率で換算しているためです。日本系の国家絶対人権委員会も決して少なくはありません。葦原さんが民族主義的傾向が強いことは承知しておりますので、受け容れがたいとは思いますが、真実です』
「信じられねえ……なんなんだ、この弥生って。つまり電脳だろ? しかも絶対人権委員会の補佐をしているとか。やっぱり俺らの敵じゃねえか」
「葦原! 弥生を馬鹿にすると、私が許さないよっ」
光の目が物騒な輝きを帯びた。
「お前もいろいろと怪しいもんだな。記憶がないとか本当なのか? そうやって俺みたいな奴をいままで何人も絶対人権委員会に売ったんだろ! お前みたいな奴が……」
突如、葦原がなにかの冗談のようにひっくり返った。
「葦原さん……ちょ、ちょっと」
『彼は民族主義的傾向があまりにも強すぎるので、少し眠ってもらいました』
見ると、窓際には自律機がいた。
ひょっとすると、葦原にむかって睡眠剤入りの微細な針でも撃ち込んだのかもしれない。
「弥生!」
光の顔色が変わった。
「いま、あなた、私の自律機を使ったでしょう! 一体、どういう……」
そのまま、光もまた床にくずおれた。
「光……光っ!」
あわてて脈を測ったが、心臓は普通に機能しているらしい。
呼吸も確認した。
少なくとも死んではいない。
「どういう……ことだ。なんだよ、これ……なんなんだよ……」
理性的に考えれば答えは一つしかない。
弥生が自律機を乗っ取り、二人を眠らせたのだ。
『さて、ようやく二人きりで話し合うことができますね。平等さん』
弥生が苦笑した。
『光にも困ったものです。この子は昔から気性が激しくて……』
まるでお転婆な娘に手をやく母親のようだ。
否、実際に光にとっては、弥生という人工知性体は母親のようなものだったのかもしれない。
「俺と二人きりで話がある。つまりは、そういうことですか?」
『そうなりますね。あなたが魍魎になってからの行動もすべて観察させてもらいました』
寒気がしたが、この国の監視機構をすべて把握していればそんなことは朝飯前だろう。
「なんのために、そんなことを……」
『その答えを得るためには、あなたも幾つか私の質問に答えてください』
弥生が真顔になった。
人工知性体なのだから感情があるかどうかはわからない。
それでも、こちらに真剣に物事を問いたいのだという意志は伝わってきた。
『あなたはこの国の現在の制度についてどう思いますか? 率直に答えて下さい』
今更、罠だとも思えなかった。
すでに魍魎として烙印を押され、このままでは逃げ惑うことしか出来ないのだ。
堕ちるところまで堕ちた自分に、絶対人権委員会がさらになにかをするとはさすがに思えなくなっていた。
「この国の人権主義は、偽物です。単に国家を維持するための装置としてしか機能していない。この国での生活は、たぶん昔の日本人からすれば悪夢のようなものだと思います。それが俺の本心です」
『でしょうね』
弥生はうなずいた。
『実際に、この国の絶対人権委員会ではかなりの腐敗がはびこっています。私たちは現在、時間をかけてはいますが、彼らを排除し、より真剣に人々を幸福にしたいと熱望するものたちを絶対人権委員会に加えています。なかなか適合者はいないのですが、喜ばしいことに、平等さん。あなたはさまざまな意味で私たちの考える基準を満たしています』
一体、弥生はなにを言っているのだ?
『社会での不正を許さない、現状を改革したいという強い意志。同時に、非常時となれば情に流されずに霧香さんのような相手も切り捨てられる非情さも持ち合わせている。あなたこそが、私たちが現在、求めている人材です』
弥生は言った。
『私は、新しい国家絶対人権委員会の一員として、あなたを推薦したいと考えています』
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