第83話 弥生
「は?」
等は呆然とした。
「光。なに言っているんだ。お前、絶対人権委員会を憎んでいるんだろう」
「当たり前でしょう!」
光が柳眉を逆立てた。
「絶対人権委員会の連中じゃないわよ! でも、彼らに助言を与える存在」
「どう違うってんだ、C国野郎と」
葦原も苛立っていた。
「ぜんぜん違うわよ。そもそも、その友達は……」
ふいに、電脳から幾つも開かれた仮想画面の一つが瞬くと、一人の女性の映像が現れた。
『光が混乱を招くような発言をしたようで、申し訳ありません。私が、光の友達です』
画面のなかで、奇妙な衣装をまとった若い女性が微笑んでいた。
大昔、弥生時代の人々の来ていた貫頭衣とよばれるものによく似ている。
髪型も、当時の女性のものに近かった。
歴史の授業で見覚えがある。
『私は「弥生」と呼ばれています』
「なんの冗談だ」
葦原が不快げな顔をした。
「弥生って、弥生時代だからかよ……」
『このような外観は、当時の女性の姿を想像して作られたものです』
「幻像で、本当の面は見せないつもりか?」
挑発的な葦原の態度にも、弥生と名乗った女は動じなかった。
『いえ、私には姿というものが存在しないのです。人格らしいものはありますが、人権も存在しません』
そこでようやく、等は以前、周の言っていたことを思い出した。
「ひょっとしてあなたは……人工知性体ですか?」
『さすがですね』
弥生が微笑んだ。
「私は大亜細亜人権連邦によって建造された人工知性体です。弥生というのは私のための呼称です」
「人工知性体って……つまり、電脳ってことかよ」
葦原が怯えたようにつぶやいた。
『正確に言えば、電脳をもとにして思考する知性体、ですね。あなたたちの思考が有機脳を使って行われるように、私は電脳を基盤として物事を考える。その点が少し違っている程度です』
「それって、少しって問題なのか?」
葦原の言うことももっともだ。
『生きている世界に若干の違いはありますが、私たちはあなたたちのように生物としての基本的な欲求がないぶん、また違った角度から物事を俯瞰することができます。私は、光が幼いころから、人間たちに気付かれないよう、彼女と接触していました。絶対人権委員会は、もともと私のような存在を、政策などの補佐役として利用してきましたが、いまでは私たちの力は、実質的には絶対人権委員会の人間たちのそれを上回っています』
その言葉の意味することに気づき、等は慄然とした。
「それって……この大亜細亜人権連邦を支配しているのは、つまり、絶対人権委員会ではなくて……」
『見方によっては、私たちこそが真のこの国の支配者、と言い換えることも可能でしょうが、それも厳密にいえば正確とはいえません。私たちは別に支配など望んでいないのですから。私たちは、人間に奉仕するためにつくられた存在です』
頭が混乱してきた。
「じゃあ、とりあえず、あなたはいまの絶対人権委員会に奉仕している、ということですか」
『そのとおりです』
「おい、ちょっと待て」
葦原が怒鳴った。
「じゃあやっぱり、お前ら、よくわかんねえけどC国人どもの手先じゃねえか」
『そんなことはありません。現在の絶対人権委員会の構成員は、さまざまな民族から成り立っています』
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