第85話 人工知性体

 あまりのことに、なんと答えて良いかわからなかった。

 予想外、などという生易しいものではない。

 いままで絶対人権委員会は敵であり、打倒すべきものだったのだ。

 にもかかわらず、弥生というこの人工知性体は、絶対人権委員会に等を勧誘しようとしている。

「そうやって敵対者を取り込むつもりですか。俺は……そんな手にはのりません」

「まだ、あなたはこの国の……いえ、世界の現状についてなにもご存知ないようです。もっとも、その秘密を知るものはごくごくわずかですから、当然ではありますが」

 世界の秘密とはさすがに大げさすぎる気もするが、相手は絶対人権委員会の補佐をする人工知性体だ。

「この国は絶対人権委員会によって統治されている。あなたはそう認識していますね?」

「それはそうでしょう」

 弥生の存在が恐ろしくなってきた。

「一体、なんなんですか? 今更、俺をなぶって愉しいですか?」

「私にそのような趣味はありません。あくまでも、真剣にあなたと対話をしているつもりですよ」

 弥生は残念そうにつぶやいた。

「絶対人権委員会が、結局はこの国のすべてを掌握している。連中の気まぐれで、この国はひどいことになっている。そう認識しているのは事実ですが」

 率直に等は答えた。

「あなたの認識は半分は正解ですが、半分は間違っています。絶対人権委員会の補佐をつとめる人工知性体である私たちが……実質的には、現在の政策のほとんどを決定しています。古い委員は私たちをただの電脳と認識していますが、新しい委員のほとんどは、私たちが勧誘をしたものです。おそらくあなたが国家絶対人権委員会に入れば、最年少記録ということになるでしょうが、いまの絶対人権委員は民族、性別、年齢などは選考の基準にはなりません。それは私たち人工知性体が判断することです」

「ちょっと、待ってください……」

 背筋が冷たくなった。

「それって、つまり、実権を握っているのは、人工知性体であるあなたたちってことじゃないんですか……?」

「実権を握っている、という表現は適切ではありません。あくまでも私たちは裏方です。しかし、古い絶対人権委員が認識しているよりも、人工知性体の意志が政策に反映されているのは事実です」

 昔の娯楽創作物では、電脳によって人類が支配される動画や小説がよくあった。

 周はそんなことはないと馬鹿にしていたが、彼が考えている以上に事態は深刻になっているようだ。

「それって、あなたたちが……俺たちを人形みたいに操って、この国の人間を支配しているようにしか聞こえないんですが」

 厭な汗がにじみ出てきた。

「誤解ですよ。私たちはむしろ、人類を『保護』しているのです。私たちがいなければ、おそらく今、地球上の人類はほとんど絶滅に近い状態になっていたでしょう」

「そんな馬鹿な」

 いくらなんでもありえない。

「なんでにそんなことが……」

「大規模な環境破壊による天然資源の減少、人口増加による食料などの争奪戦、そしてその結果、発生する大規模戦争……特に熱核兵器を用いた最終戦争の勃発……」

 不吉な言葉を弥生は並べた。

「現実に、今から十年ほど前、あえて国家の名前はあげませんが、ある国が対立する国家に数百発の戦略核弾頭を使い奇襲攻撃をしかけようとしました。もし私たち人工知性体が介入しなければ、その時点で人類はほぼ絶滅していたはずです」

「な……」

 大亜細亜人権連邦も大量の核兵器を保有している。

 もちろん自衛のためであり、人権主義を護るためのものだ、と絶対人権委員会は説明していたが。

 そのとき等はある恐ろしいことに気づいた。

「えっと、そのある国って、大亜細亜人権連邦じゃ……」

「違います。別の国家です」

 おかしい。

「なんで……なんで『大亜細亜人権連邦の人工知性体であるあなたが他国の人工知性体の行動を知っている』んですか?」

 答えは、一つしか考えられない。

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