第59話 差別

 葦原が白い目を霧香に向けた。

「おい、お嬢様! いい加減にしとけよ! 人権、人権と綺麗事ばっかり並べ立てて、このC国人にへいこらするつもりかよ! 日本人の誇りはどこにいったっ!」

「今度は過激な民族主義者ですか。我々はどの民族も平等に扱っているつもりですがね」

「嘘を言うな!」

 周にむかって葦原は、さらに鋭い言葉を浴びせかけた。

「じゃあなんで、絶対人権委員会の要職はみんなC国人がしめてるんだよっ! 日本人を犬みたいに扱いやがって……昔から人の肉とか平気で食ってるXXXXごときがなにを言うっ」

 すっと冷気のようなものを感じた。

 周から、なにかこちらの肌を粟立たせる奇怪な力が発されているかのようだ。

 いまの周からは、笑顔が消えていた。

 なんの表情もない、仮面のようになっている。

 怒っているのだ、とようやく等も理解した。

「私は、かつてこの日本という国にあこがれていましたよ」

 意外な言葉に、等は驚いた。

「日本は科学が進んでいる。素晴らしい文化もある。私はそう学んでいました。当時のC国はK党に支配されていたので、日本に関する真実はかなり歪められて、軍国主義の悪の帝国のように思われていた。でも、多くのC国人は、日本製品の素晴らしさや、日本人の道徳心の高さに感心していたんです。実際、一部の富裕層は日本に憧れて大量に日本製品を買い込んで帰国したほどです。私もそうした、日本好きの一人でした。だから、日本に留学しました。留学と言っても消された言葉ですから説明が必要ですね。昔は、他国でその国の教育をうける、という制度があったんです」

 どうやら周は、見た目よりもかなり年上らしい。

 三十代後半ぐらいかと思ったが、話の内容からして五十代には届いているはずだ。

「ですが、実際に私を待ちうけていたのは……失望でしたよ」

 淡々としているのに、異様な迫力を感じる。

 葦原でさえ、あっけにとられているようだ。

「葦原さん、あなたの世代なら知っているはずです。当時のC国人は、日本人から白い目で見られていた。確かに当時の、K党支配下のC国は、危険な国でした。まずは西太平洋の海洋覇権を握り、最終的には日本の支配を目論んでいた。でも、だからといってC国人全員がK党や軍部と同じ考えをもっていたわけではないんです」

 一応、歴史として光の家でそのあたりのことは調べたが、当事者から言われると重みがまるで異なる。

「しかし、人間というのは哀しいものです。私はどこにいっても『危険なC国人』でしかなかった。当時のC国人というのは仮想敵国の住人であり、スパイみたいなものだという目で見られていました。また一部のC国人が残念ながら犯罪を行っていたため、C国人は犯罪者予備軍のように考えられていたんです。さらに言えば観光客のマナーも日本人からすれば悪かったので、完全な野蛮人扱いです。むろん、日本人は口に出しては言いませんよ。でもわかるんですよ、態度でね」

「じ……実際、似たようなもんだろっ」

 ようやく葦原が叫んだが、どこか虚勢を張っているようにも思えた。

「いましたねえ。あなたみたいな人。C国人はみんな敵。だから追い出せ。C国人は劣等民族。怠け者。ずるい。卑怯。嘘つき……日本人というのはいつも本人に直接は言わないんですね。陰口として聞こえてくる。ネット……いまの電網でも似たような発言であふれかえっていました。そして、私はようやく理解したんです。日本は私の考えていたような素晴らしい国ではないと」

「だから、日本を恨んでいるってのか」

「いえ」

 周は、ひどく哀しげな顔をした。

「あなたは信じないでしょうが、私は今でもこの日本が好きですよ。日本人は、基本的に善良で、助け合う人々です。私たちC国人のように個人や一族の利益中心でものを考える人は少ない。もし私がC国人ではなく、別の国の人間だったなら……いまでもときおり、そう考えることがあります。そして、だからこそ……葦原さん、私はあなたのような差別的な人間が、嫌いです」

 葦原がびくりとした。

「前たちだって、いま日本人を差別してるだろ」

「あなたにはそう思えるのかもしれませんね。でもこれでわかったでしょう。差別されるというのが、どういうことか」

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