第52話 尋問

 いま、周銀平という男は「関東管区絶対人権委員会」に所属していると確かに言った。

 これは、重要な意味を持つ。

 管区の下には地区という行政単位が存在する。

 通常、「啓発施設で再教育をうける」者は、あくまで地区の絶対人権委員会の管轄にあるのだ。

 つまり、今回はそれより上位の絶対人権委員が出てきたということである。

 しかも周銀平という名前は、明らかにC国人としか思えない。

 絶対人権委員会でも要職はC国人により占められているという話だ。

「さて、金井くんの件について、直接、平くん、あなたから話して欲しいのですが」

 緊張のあまり、吐き気がしてきた。

 ひとつ回答を間違えれば、恐ろしい運命がふりかかるだろう。

「そんなに怖がる必要はありませんよ。平くん。君に後ろ暗いところがなければ、の話しですが」

 流暢な日本語だった。

 たぶん、日本暮らしも長いのだろう。

「金井は……その、特に反人権的な発言や行動はしていない、と思います」

 これは嘘ではない。

「なるほど。ですが、彼は現に啓発施設で再教育をうけるために、身柄を保護されているのですがね」

 おかしい。

 実際には、金井の死体はすでに処理されているのだ。

 あるいはこの周という男のもとには、改ざんされた電脳での情報しか届いていないのだろうか。

「俺に言われても、正直、わからないとしか言いようがありません」

「なるほどねえ」

 周がため息をついた。

「では、ちょっと話題を変えましょう。最近、電脳上で公開されている小説についてです」

 心臓の鼓動が恐ろしく速くなっていく。

「題名は『真実の戦士』でしたか。その内容について、あなたは知っていますか?」

「あの」

 唾を飲み込む。

「もしかしてそれ、反人権的な内容が書かれているっていう……噂は聞いたことがありますが」

「なるほど。では、直接、読んだことはないと? 金井くんはどうでしたか?」

「金井とも……噂程度の話はしたと思いますが、たぶん米帝の謀略だろうって……」

 周が温厚な表情のままなのが、逆に恐ろしい。

 なにを考えているのか、まったく相手の思考が読めないのだ。

「米帝の謀略ねえ。まあ、実際、我々もそう考えています。おそらく日本語に堪能な工作員を使って小説を書かせ、外部から国内の電網に情報を流したのでしょう。なにしろ電網は世界中とつながっていますからね。いくら外部との防壁を堅固にしても、軍事用構築物は厄介なものです」

「詳しくは知りませんが、たぶんそんなところだと俺も思います。米帝らしい、卑劣な手段です」

 絶対人権委員会が米帝国の謀略だと見なしていることに、等は安堵した。

「米帝はそうやって、崇高な絶対人権主義を汚そうとする。まったく、許しがたい連中ですよ」

 だが、なぜか周は笑っていた。

 なにかがおかしい。

「ああ、ところでまた質問ですが」

 周がなんでもないことのように尋ねた。

「平くん。あなたは『なぜ国内にしか存在しないはずの電網にアメリカ帝国が外部から小説の情報を流すことが可能だと知っている』のですか?」

 顔色が変わったのが自分でもわかった。

「え、そんなこと言いましたか? すいません、緊張してて……」

 取り繕おうとしても汗が厭な汗が勝手に噴き出してくる。

「そう、君は確かに『詳しくは知りませんが』と無意識の予防線を張っていましたね。ですが、残念です。実はこの部屋には、あなたの思考を盗聴する特殊な機械が設置されているんですよ」

 金槌で頭をぶん殴られたような気がした。

「そんな……嘘でしょう? 思考を盗聴するなんて……」

「ええ、もちろん嘘です」

 周はにっこりと微笑んだ。

「ではもう一つ、質問です。『あなたはなぜ、盗聴、という言葉の存在を知っている』のですか?」

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