第51話 絶対人権委員

 すでに校内に、光と自分が「怪しい関係」だと知れ渡っている。

 つまりは光もまた「思考感染をうけている者」と見なされるはずだ。

 それからあえて高橋と他愛のない世間話を続けたが、内心、ずっと怯えていた。

 午後の授業も、心ここにあらずといった感じだった。

 とにかくこの状況をなんとかしないと、本格的に厄介なことになる。

 いきなり教室の扉が開けられた。

 突然のことに、みなが背後を振り返る。

 黒い制服を来た男たちがいた。

 人権保護官だ。

 これは悪夢だ、と等は思った。

 人権保護官は地区の絶対人権委員会に所属し「反人権的行為を行ったものを保護する」役職である。

 昔でいえば警察だ。

 これまた昔風に言えば、保護とは名ばかりで実際には逮捕である。

「嘘だろ……」

「やだ……」

 悲鳴をあげるものや、泣き出すものまで出始めた。

 光によれば、絶対人権委員会は意図的に人権保護官を恐れるような噂を流しているのだという。

 そうすればみな「反人権的行動」をとらなくなるからだ。

「我々は人権保護官ですが、今回は保護措置のためにきたわけではありません」

 その言葉を聞いて、教室のなかがしんと静まり返った。

 誰もが固唾を呑んで、人権保護官を凝視している。

「本日、ここにやってきたのは、金井洋一くんと特に親しかった方々に、彼に関する事情を詳しく伺うためです」

 丁寧な言葉を使ってはいるが、かなり威圧的な態度のように思えた。

 恐怖のあまり、体が激しく震えていく。

 事情は高橋も同じようだ。

「平等さん。そして高橋雄二さん。お二人とも、ご同行願えますか」

 覚悟はしていたが、実際に名前を呼ばれると心臓が口から飛び出しそうになった。

「ご安心下さい。事情聴取は、この高級学校のなかで行われます。もちろん、人権には配慮いたします」

 そう言われてもどこまで信用できるかわからない。

 人権保護官はつかつかと教室のなかに入ってくると、等の手首を掴んだ。

 乱暴ではないが、有無をいわさぬといった感じだ。

 現代日本の隠語では、あまりにも絶望的な状況を表現するのに「人権保護官に保護されたような」という言い回しがある。

 まさにいまの状況にぴったりだった。

 事実、なりゆきによってはこれから「保護」されるかもしれないのだ。

 高橋も抵抗はしていなかった。

 というより、その気力がないのだろう。

 無意識のうちについ光に目をやったが、彼女は落ち着いていた。

 まったくといっていいほど動揺していない。

 光という存在の本質がまたわからなくなる。

 高橋とともに、教室の外に連れだされた。

 そのまま廊下を通り、階段を下って一階の会議室へと案内された。

 ただし、室内に連れていかれたのは等だけだ。

 高橋は、なぜか廊下で待機という形になった。

 あるいは順番に、事情聴取を行うつもりかもしれない。

 会議室の奥には、一人の男が腰掛けていた。

 見るからに高価そうな礼服姿である。

 過去の日本では、スーツと呼ばれていたらしいが、いまでは礼服という呼称で統一されている。

「どうも始めてまして」

 福々しい顔で目が細い、温和そうな中年男性だった。

 でっぷり太っているということは、それだけのカロリーを摂取できている上流階級ということだ。

「私は周銀平と申します。関東管区絶対人権委員会の絶対人権委員です。どうか、よろしくお願いいたします」

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